第8話
カチャカチャと食器の鳴る音が異常に大きく響く。ピリピリとした張りつめた空気に一つ溜息をついて、レオザは真横に座るシラに視線を向ける。
「…おい。なんなんだ、この空気?」
ピリピリした空気を出している張本人に聞けば、フン、とそっぽをむく。答える気はないとでも言うようにシラは黙々と食事を続けていく。
「返事くらいしろよ…」
深い溜息をつきながら、レオザは額に手をあてる。
そんな兄と妹を見ながらラースは唐突に全然関係のないことを聞いていた。
「…キャロル、というのはレオザ様のお子ですか?」
キャロルという名前にシラとレオザはピクリと反応する。食事をするためにしか動いていなかったシラの口が、漸く言葉を発する。
「…キャロルに会ったの…?」
食事が始まってやっと皿の上から視線が移り、シラはラースをまじまじと見つめた。
「昨日の夜に。知らない間にいなくなっちゃったけど」
肩をすくめてみせるラースを興味深そうにレオザは見遣る。
「キャロルはなんか言ってたか?」
「特には。いくつの時の子ですか?」
「…俺の子供じゃねぇよ」
レオザの言葉にラースはきょとんと首を傾げる。近くに控えるタオと顔を見合わせてラースはシラに視線を移す。
「…まさか、シラの?」
「馬鹿じゃないの?」
冷やかにラースを睨んでシラは皿の上のブロッコリーを口に運ぶ。若干の歯応えのあるそれはシラの口の中でコリコリと音をたてている。
「地位のある人物の子供では?」
ラースの言葉にシラは馬鹿にしたように笑う。
「キャロルは子供じゃない。ああ見えて結構な婆さんなんだから」
ニヤリと笑うシラにきょとんと首を傾げてラースは問うような視線を向ける。と同時に唐突にキャロルの声がかかる。
「お婆さんなんて失礼ね。一応私、見た目は12才なのよ?」
「見た目だけな」
キャロルの登場に一瞥をくれてレオザは皿の上の料理を口に運ぶ。それをむっとしたように見つめてキャロルは頬を脹らませる。その姿は幼い子供そのものである。
「もう!生意気なんだから!また野菜ばっかり残してるし!」
「別にいいだろ」
「良くない!」
レオザに向けていた視線を急にシラの方へ向けてキャロルは不満げに口を尖らせる。
「シラもちゃんと野菜食べなさい!」
肉を口に入れながらシラはこくこくと頷く。イライラしたようにそれを見つめるキャロルにラースは問いかける。
「あなたは子供ではない?」
問いかけるラースを見つめてキャロルはこくりと頷く。
「キャロルは幽霊だよ」
肉を呑み込んだ後でシラはラースに視線を向ける。
「…それ、冗談?」
「まさか。超本気」
ラースとしっかりと視線を合わせてシラはビシッとキャロルを指差す。
「我が一族の守り神様ですとも」
どうだ、と言わんばかりの表情をするシラをキャロルは不満げに見つめる。
「なんか馬鹿にしてるでしょ?」
「あぁ、やっぱわかる?」
「もう!」
ぷぅ、とキャロルは頬を脹らませる。愛らしいその姿にラースは不思議そうな顔をしてみせる。
「幽霊ねぇ…具体的に何かできる?」
「出来ないわよ。だって物に触ることも出来ないんだから」
腰に手をあててキャロルは威張るようにラースを見遣る。
「…ふーん…」
興味津々にキャロルを眺めてラースはにこりと笑う。
「成長するの楽しみにしてたのに」
「…口が上手いのね」
呆れたようにキャロルはラースに向かって溜息をつく。それからくるりとシラの方へ向き直り、ビシリと指を指す。
「そのよく回る口で早くシラを口説くなりなんなりしなさいよ」
フン、と息をついてキャロルはラースを睨む。目をパチパチと瞬かせてラースはにこりと笑う。
「…まぁその内ね。おいおいと」
「冗談じゃないわよ。私は結婚なんかしないって言ってんでしょ?」
じろりとラースとキャロルの二人を睨んでシラは早々に立ち上がる。
ガタンと椅子を鳴らしたシラに斜めからレオザがこれ見よがしな溜息をつく。
「…お前、まだそんな事言ってんのかよ?いい加減諦めろ」
「嫌よ!」
キッとレオザを睨んでシラは更にいい募る。
「大体自分だって結婚してないのに私にばっかり言わないで!政略結婚とかあり得ないし!散々そう言ってきたでしょ!?」
確かに言われたが、納得した覚えはレオザにはない。そもそも恋愛をして結婚できるなど、シラだってできないことはわかっているはずだ。理解はしているが納得できないとしても、口先で騒がれてもどうこうする気はレオザにはさらさらない。要するにまだまだシラはお子様で考えが甘いのだ。深い溜息をつくレオザを横目で眺めてラースは口を開く。
「…つまり、政略結婚じゃなきゃいい訳だ。…なら話は早い。シラ、試しに付き合ってみよう」
「………はぁ!?」
庭にまで聞こえそうなくらい大声を出してシラは目を丸くしてラースを見遣る。わなわなと驚きで全身を震わせて穴があく程ラースを見つめている。『あり得ない』と口の中で呟き『馬鹿じゃないの』とシラの中で声がする。
「……なっ…」
「期間はハデル滞在中まで。その間にこの政略結婚が纏まれば良し。そうでなければ今回はお互い縁がなかったということで。…どうです?」
未だに何も言えそうにないシラを無視してラースはレオザに視線を向ける。面白そうにラースとシラを眺めてレオザはニヤリと笑う。
「面白いな、それ。…わかった。話を纏めるのはそっちに任す。俺から勝手に進めることはしない。それでいいよな?」
バルに視線を移し、彼が仕方ないと溜息をつきながら頷くのを確認してレオザはラースを見遣る。
「ご協力感謝します」
にこりと不敵に微笑んでラースはシラの手を取ったのだった。