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第1話



黄金の砂が風に舞い上がる。辺り一面には広がる金色の砂漠。前には金色の水平線がどこまでもつづき、その果てのない景色に感嘆の溜息を漏らさぬ者はなく、澄んだ青い空に輝く強い太陽からの光線にげんなりとした溜息を漏らさぬ者もまたいない。限りなく美しい景色は体験してみればまた違った溜息を生むのだと、従者を後ろに大勢付き従えた少年は酷く不満げな顔をする。その姿を真横で盗み見ている同じ年頃の少年は深々と溜息をついていた。




砂漠の王国と呼ばれるこの国、ハデルは通り名どおり、周囲を砂漠に囲まれた小さな国である。古くから貿易を中心として栄えたハデルは小さいながらも裕福な国として有名である。特産品として最も有名なのが、この国独自の植物、ナリタリカと呼ばれる花から作られる香辛料と染め物である。ナリタリカから作られる香辛料は料理に加えれば食欲をそそる匂いと味が口一杯に広がり、一度食べたら忘れられないと評判である。そして染め物はナリタリカの花のようにうっすらと発光し、キラキラと輝く、深い海のような青色になる。

ハデルを訪れる者は皆、ナリタリカから作られる二つの特産品の内どちらか、又はその両方を必ず買って帰って行く。

勿論ハデルの国民は例外なくナリタリカの恩恵を得て生活しているのだ。ハデルの料理には必ずと言っていい程ナリタリカの香辛料が入り、ハデルの民は皆、ナリタリカで染めた服を身につけている。日に焼けた褐色の肌にその深い青はよく似合う。そして国民は商人が多く、明るく賑々しい街に一歩踏み込んだ者は砂漠とのギャップに面食らうと言われている。




そのハデルには若い王とその妹姫が君臨している。王は齢28。妹姫に至ってはまだ16歳である。そして何より妹姫は絶世の美女である、と噂は砂漠を越え、海を越え、隣の国を越えて砂漠を渡る少年の国、ジーナにまで至っていた。砂漠から一歩ハデルに踏み込んだ少年は他の者と同様賑やかな街の様子に思わず息を呑む。彼はジーナの第一王子である。名前をラース・タザラン。ジーナの王族タザラン家の由緒正しいお坊ちゃんである。そのお坊ちゃんが大勢のお供を引き連れてわざわざハデルにやって来たのはラースとハデルの妹姫との間に起こった婚約の話の為である。



「…すげぇな…」

ぽつりと呟くラースに小さな頃から一緒の側近タオは思わず溜息をつく。

「…分かってますか?感心するのも結構ですけど、何しに来たか忘れてないですよね?」

「分かってる分かってる。ハデルのお姫様との婚約を纏める為に来たんだろ?」

露店を物珍しそうに眺めてフラフラと歩きながらラースはタオを見向きもせずに答える。

「そうですよ。…名前は覚えてますね?」

ジロリとラースを睨むタオを気にせずラースは全く違う名前を口にしてみせる。

「サリー様とかなんとかだろ?」

「一文字も合ってないですよ。シラ様ですよ、シラ様。覚えて下さいね」

了解の意味を示したいのかラースは露店に視線を向けたままひらひらと手を振る。と、急に露店の前でしゃがみ込みラースは装飾品を手にとる。銀細工のブレスレットをタオに見せてにっこりと笑った。

「母上にどうだろう?」

ラースの母、ジーナの王妃ミナは他国にも名を轟かす程の美人である。透き通る真っ白な肌に輝く金の髪、整った顔の大きな瞳は空のように青く見る者を魅了して止まない。ラースの手にとったブレスレットは王妃によく似合いそうである。が、今は王妃の贈り物を選んでいる場合ではないのだ。

「…確かに似合うと思いますが…それを今見る必要はあるんですか?」

「…?」

きょとんと首を傾げるラースにタオはぴくりと眉を上げる。

「ハデルとの約束の時間まであと少ししかないんですよ!もう、よそ見ばっかりしてないで早く行きますよ!」

言うが早いかタオはラースからブレスレットを取り上げる。それを元に戻してラースの襟首を掴むと、そのままズルズルと主人を引きずって歩き出す。こんな事ができるのは幼い頃からの付き合いの賜物だと分かってはいるが、ラースの危機感のない様子にタオは溜息をつかずにはいられなかった。




ラース達がじゃれあいながら歩き出す一方、ハデルの王宮では若き王、レオザがドスドスと足音を響かせて広い王宮を歩き回っていた。彼が歩き回っている理由はただ一つ。たった一人の妹、シラを探しているからだ。

「レオザ様、こちらにはいらっしゃいません!」

「はぁ!?…あーいーつー…どこ行ったんだ!?」

わなわなと肩を震わせるレオザはくるりと声のした方を振り返る。青い顔の衛兵を見て、レオザは溜息をつく。まだ20そこそこの若者はつい最近衛兵になったばかりだ。シラをしっかりと見張る事ができないからと叱責するのも気が引け、溜息と共に再び顔を上げたレオザは途端に唖然とした顔をする。衛兵の後方5メートル程先の窓から出ようとする一人の少女の姿が見える。

しなやかな体躯、褐色の肌に金色の髪が眩しく光る彼女は視線に気づいたのかくるりと振り返る。

「…バイバイ」

彼女はにっこりと笑いひらひらと手を振る。

「お前…何してる!?ふざけんなよ!」

「ふざけてる訳じゃないって。じゃーね、お兄様」

言うが早いかレオザの妹、シラは窓から乗り出していた身体を勢いよく宙に浮かべる。その後は重力に従い一直線に地面へと進んでいく。シラの身につけているナリタリカの青い服と短い金の髪がふわりと風に揺れていく。シラの褐色の長い手足は伸びた状態から徐々に屈折し柔らかく緑の大地に着地する。心地好い風に肌を撫でられシラは満足げににっこりと笑い、自身が先程までいた窓辺を振り仰ぐ。呆れて頭を抱える兄と口をあんぐりと開けたまま声もあげられない衛兵にシラはひらひらと手を振る。

「ジーナの王子とやらによろしく」

よく通るハスキーボイスが風に乗り、シラは心残りは何もないといった様子で颯爽と歩き始めた。


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