『短編版』弥生の大地で、俺は村を豊かにする
蝉の声。
湿った土の匂い。
そして、遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声。
「……ここ、どこだ?」
俺は目を開けた。
視界に広がったのは、見覚えのない天井だった。
木の枝。
草。
泥。
現代日本で暮らしていた俺には、どう考えても見慣れないものばかりだった。
「……夢?」
身体を起こそうとした。
しかし。
「痛っ……!」
頭に激痛が走った。
思わず頭を押さえる。
すると、その瞬間だった。
頭の中に大量の記憶が流れ込んできた。
知らない家。
知らない両親。
知らない村。
そして――俺自身。
「……そういうことか」
しばらくして、俺は状況を理解した。
俺は死んだ。
そして、生まれ変わった。
しかも――
「弥生時代……?」
どうやら俺は、現代日本から遥か昔の日本へと転生してしまったらしい。
身体は十五歳ほど。
名前は――
「……ハヤト」
この村で暮らす少年、ハヤト。
父親は村の狩人。
母親は畑仕事をしている。
そして俺は、村長の長男だった。
村の名前は――アサヒ。
人口は百人にも満たない小さな集落。
家は竪穴住居。
畑では稲や粟を育て、狩猟や採集も行っている。
つまり…
「本当に弥生時代じゃねえか……」
俺は頭を抱えた。
スマホもない。
電気もない。
コンビニもない。
水道もない。
当然、ネットもない。
現代人としては最悪の環境だ。
しかし。
俺には一つだけ、とんでもない武器があった。
「知識……か」
現代日本で生きていた頃の記憶。
農業。
衛生。
保存食。
建築。
金属加工。
土木。
そして――科学の基礎知識。
専門家ではない。
何でも作れるわけでもない。
だが、知っている。
現代人として当たり前に知っていること。
それだけでも、この時代では十分に大きな価値になる。
「だったら……」
俺は立ち上がった。
「この村を豊かにしてやる」
それが、この世界で生きていくための目標になった。
※
「兄ちゃん!」
外へ出ると、少女が駆け寄ってきた。
「起きた!」
「……誰だ?」
「何言ってるの? 私だよ!」
少女は頬を膨らませた。
十歳そこそこに見える。
長い黒髪。
日に焼けた肌。
大きな瞳。
記憶を探る。
「ああ……ミナか」
「そう! 妹のミナ!」
俺の妹だった。
どうやら以前のハヤトは、妹とかなり仲が良かったらしい。
「兄ちゃん、昨日倒れたから心配したんだよ」
「悪かったな」
「本当に心配したんだから!」
ミナは俺の腕を掴む。
そして、しばらく俺の顔を見つめた。
「……なんか、兄ちゃん変わった?」
「そうか?」
「うん。前より怖い顔してる」
「それは……考え事をしてるからだ」
「ふーん?」
ミナは首を傾げた。
俺は苦笑する。
転生したことなど言えるはずもない。
幸い、十五歳という年齢なら、急に性格が変わっても「大人になった」で済むだろう。
そう考えていた。
そのとき。
「ハヤト!」
大声が響いた。
振り返る。
そこにいたのは、三人の少女だった。
一人は赤茶色の髪。
一人は黒髪。
そしてもう一人は、少し背が高い少女。
「……誰だ?」
思わず口にすると、三人が固まった。
「え?」
「ハヤト?」
「忘れたの?」
しまった。
記憶にあるはずなのに、俺自身は彼女たちを知らない。
慌てて記憶を探す。
「……サナ」
赤茶色の髪の少女。
「ユイ」
黒髪の少女。
「カナ」
背の高い少女。
幼馴染らしい。
そして――
「三人とも、どうした?」
俺が尋ねると、サナが呆れたように言った。
「どうしたじゃないよ。昨日倒れたって聞いたから、様子を見に来たの」
「そうか」
「……本当に大丈夫?」
「ああ」
するとユイが俺の顔を覗き込んだ。
「目つきが変」
「そうか?」
「うん」
カナも頷く。
「なんだか、別人みたい」
俺は冷や汗をかいた。
だが――
「まあ、元気ならいいか」
カナは笑った。
「それより、父さんが呼んでるよ」
「親父が?」
「村長会議だって」
なるほど。
この村では、村長の家族も重要な役割を担う。
十五歳になった俺も、そろそろ村の仕事を覚える時期だったらしい。
「分かった」
俺は村の中央へ向かった。
※
「今年は厳しい」
村長――俺の父親が言った。
集まっている男たちは、皆険しい顔をしている。
「稲の生育が悪い」
「雨が少なかった」
「去年より収穫が減るぞ」
「狩りも獲物が少ない」
俺は黙って話を聞いていた。
なるほど。
問題は明確だ。
食料不足。
そして、それは毎年起こり得る。
「父さん」
「何だ?」
「畑を見せてくれ」
「畑を?」
「ああ」
父親は怪訝そうな顔をした。
「お前が見ても変わらんぞ」
「それでもいい」
畑へ向かった。
俺は土を手に取った。
……かなり固い。
水はけも悪い。
そして驚いたことに、畑には雑草がかなり残っている。
「これじゃ効率が悪い」
「何?」
「畑を区画に分けよう」
「区画?」
「ああ」
俺は地面に棒で線を引いた。
「水を通す溝を作る」
「溝?」
「畑に水を引くんだ」
父親は眉をひそめた。
「水を引くと言っても、川は遠い」
「だから、少しずつ溝を掘る」
俺は地面に簡単な図を描いた。 川。
水路。
畑。
排水用の溝。
「雨が降ったら水を溜める場所も作る」
「……」
「乾いたときは、そこから水を使う」
男たちは黙っている。
俺はさらに続けた。
「それから、同じ場所で同じ作物だけを育てるのはやめる」
「どういう意味だ?」
「畑を分けるんだ」
輪作。
豆類。
雑穀。
根菜。
作物によって土から奪う栄養が違う。
この時代に現代農業そのものを再現することはできない。
だが、基本的な考え方なら伝えられる。
「それに、草を燃やして灰を撒く」
「灰を?」
「土に混ぜる」
父親が腕を組む。
「……本当に効果があるのか?」
「試してみればいい」
俺は笑った。
「失敗しても、死ぬわけじゃない」
村人たちが顔を見合わせた。
※
その日の午後。
俺は畑の一角を借りた。
「本当にやるの?」
サナが聞いてくる。
「ああ」
「失敗したら?」
「笑われる」
「それだけ?」
「それだけだ」
サナは笑った。
「じゃあ私も手伝う」
「ありがとう」
ユイもやって来た。
「私も」
カナも続く。
「私も手伝うよ」
三人が並んだ。
俺は思わず笑う。
「三人とも暇なのか?」
「暇じゃない」
「じゃあ何で?」
サナが顔を赤くした。
「……昔から一緒だから」
ユイもそっぽを向く。
「心配だっただけ」
カナは笑う。
「ハヤトが変になったからね」
「変って何だよ」
「前より頼りになりそう」
その言葉に、俺は少しだけ嬉しくなった。
※
数日後。
小さな水路が完成した。
もちろん現代の用水路とは比べ物にならない。
だが、川から水を引き、畑へ流すだけなら可能だった。
「水が来た!」
ミナが叫ぶ。
水が溝を流れていく。
村人たちが集まってきた。
「本当に流れたぞ」
「これなら畑が乾かない」
「雨が少なくても使える」
父親が俺を見る。
「……ハヤト」
「何?」
「お前、どこでそんなことを覚えた?」
一瞬、心臓が止まりそうになった。
だが。
「夢で見た」
「夢?」
「ああ」
「……変な夢だな」
「そうだろ?」
父親は苦笑した。
どうやら納得したらしい。
そして一ヶ月後。
「収穫が増えたぞ!」
村中に声が響いた。
試験的に作った畑では、明らかに去年より作物が多かった。
まだ劇的な変化ではない。
だが――
成功した。
「ハヤト!」
父親が肩を叩く。
「よくやった」
「まだこれからだよ」
「これから?」
「ああ」
俺は村を見渡した。
竪穴住居。
小さな畑。
貧しい食事。
不安定な生活。
疫病。
飢え。
そして――争い。
この時代を生き抜くには、農業だけでは足りない。
「もっとやることがある」
「何を?」
「まず、井戸を作る」
村人たちがざわめいた。
「それから食料を保存する倉を作る」
「病気を減らすために、水と排泄物を分ける」
「魚を干して保存する」
「塩を使う」
「道具を改良する」
「鉄が手に入るなら、農具も変える」
父親が目を丸くした。
「お前……」
俺は笑った。
「この村を、日本で一番豊かな村にする」
それが俺の最初の目標だった。
※
その夜。
俺は一人で外に出た。
満天の星。
現代では見ることのできなかったほどの星空だった。
「……すごいな」
思わず呟く。
そのとき。
「ハヤト」
背後から声がした。
振り返る。
サナだった。
「どうした?」
「眠れなくて」
「そうか」
サナは俺の隣に座った。
「ねえ」
「何?」
「本当に、どこでそんなこと覚えたの?」
心臓が跳ねる。
「……秘密」
「秘密?」
「ああ」
サナはしばらく俺を見つめた。
そして――
「じゃあ、私も秘密にする」
「何を?」
「ハヤトが変になったこと」
「助かる」
「その代わり」
「?」
「私を置いていかないで」
その言葉に、俺は少し驚いた。
そして笑う。
「ああ」
この世界で俺は生きていく。
農業を変える。
村を豊かにする。
病気を減らす。
道具を作る。
交易をする。
やがては――
この小さな村を、大きな国へと変えてみせる。
そして。
俺の隣には、いつしか多くの少女たちが集まってくることになる。
それを俺が知るのは――
もう少し先の話だった。
弥生時代。
歴史の教科書では、ほんの数ページで終わる時代。
だが。
俺にとっては、ここが人生の始まりだ。
現代の知識を武器に。
俺は、この時代を生き抜いていく。
――これは、一人の転生者が歴史を変えていく物語。
短編版となります。
需要があれば連載版を投稿しようと思います。




