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『短編版』弥生の大地で、俺は村を豊かにする

作者: 猫撫子
掲載日:2026/09/27

 蝉の声。

 湿った土の匂い。

 そして、遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声。


「……ここ、どこだ?」


 俺は目を開けた。


 視界に広がったのは、見覚えのない天井だった。


 木の枝。

 草。

 泥。

 現代日本で暮らしていた俺には、どう考えても見慣れないものばかりだった。


「……夢?」


 身体を起こそうとした。


 しかし。


「痛っ……!」


 頭に激痛が走った。

 思わず頭を押さえる。

 すると、その瞬間だった。


 頭の中に大量の記憶が流れ込んできた。

 知らない家。

 知らない両親。

 知らない村。


 そして――俺自身。


「……そういうことか」

 しばらくして、俺は状況を理解した。


 俺は死んだ。

 そして、生まれ変わった。


 しかも――


「弥生時代……?」


 どうやら俺は、現代日本から遥か昔の日本へと転生してしまったらしい。

 身体は十五歳ほど。


 名前は――

「……ハヤト」


 この村で暮らす少年、ハヤト。

 父親は村の狩人。

 母親は畑仕事をしている。


 そして俺は、村長の長男だった。


 村の名前は――アサヒ。


 人口は百人にも満たない小さな集落。

 家は竪穴住居。

 畑では稲や粟を育て、狩猟や採集も行っている。


 つまり…


「本当に弥生時代じゃねえか……」


 俺は頭を抱えた。

 スマホもない。

 電気もない。

 コンビニもない。

 水道もない。

 当然、ネットもない。

 現代人としては最悪の環境だ。


 しかし。

 俺には一つだけ、とんでもない武器があった。


「知識……か」

 現代日本で生きていた頃の記憶。

 農業。

 衛生。

 保存食。

 建築。

 金属加工。

 土木。

 そして――科学の基礎知識。

 専門家ではない。

 何でも作れるわけでもない。

 だが、知っている。

 現代人として当たり前に知っていること。

 それだけでも、この時代では十分に大きな価値になる。


「だったら……」

 俺は立ち上がった。


「この村を豊かにしてやる」


 それが、この世界で生きていくための目標になった。



※

「兄ちゃん!」


 外へ出ると、少女が駆け寄ってきた。


「起きた!」


「……誰だ?」


「何言ってるの? 私だよ!」


 少女は頬を膨らませた。

 十歳そこそこに見える。

 長い黒髪。

 日に焼けた肌。

 大きな瞳。

 記憶を探る。


「ああ……ミナか」


「そう! 妹のミナ!」

 俺の妹だった。


 どうやら以前のハヤトは、妹とかなり仲が良かったらしい。


「兄ちゃん、昨日倒れたから心配したんだよ」

「悪かったな」

「本当に心配したんだから!」

 ミナは俺の腕を掴む。


 そして、しばらく俺の顔を見つめた。


「……なんか、兄ちゃん変わった?」

「そうか?」

「うん。前より怖い顔してる」

「それは……考え事をしてるからだ」

「ふーん?」

 ミナは首を傾げた。


 俺は苦笑する。

 転生したことなど言えるはずもない。

 幸い、十五歳という年齢なら、急に性格が変わっても「大人になった」で済むだろう。


 そう考えていた。


 そのとき。


「ハヤト!」

 大声が響いた。

 振り返る。

 そこにいたのは、三人の少女だった。

 一人は赤茶色の髪。

 一人は黒髪。

 そしてもう一人は、少し背が高い少女。


「……誰だ?」

 思わず口にすると、三人が固まった。


「え?」

「ハヤト?」

「忘れたの?」


 しまった。


 記憶にあるはずなのに、俺自身は彼女たちを知らない。

 慌てて記憶を探す。

「……サナ」

 赤茶色の髪の少女。

「ユイ」

 黒髪の少女。

「カナ」

 背の高い少女。

 幼馴染らしい。


 そして――


「三人とも、どうした?」


 俺が尋ねると、サナが呆れたように言った。


「どうしたじゃないよ。昨日倒れたって聞いたから、様子を見に来たの」

「そうか」

「……本当に大丈夫?」

「ああ」

 するとユイが俺の顔を覗き込んだ。

「目つきが変」

「そうか?」

「うん」

 カナも頷く。

「なんだか、別人みたい」

 俺は冷や汗をかいた。


 だが――

「まあ、元気ならいいか」

 カナは笑った。


「それより、父さんが呼んでるよ」

「親父が?」

「村長会議だって」


 なるほど。

 この村では、村長の家族も重要な役割を担う。

 十五歳になった俺も、そろそろ村の仕事を覚える時期だったらしい。


「分かった」

 俺は村の中央へ向かった。



※

「今年は厳しい」

 村長――俺の父親が言った。


 集まっている男たちは、皆険しい顔をしている。


「稲の生育が悪い」

「雨が少なかった」

「去年より収穫が減るぞ」

「狩りも獲物が少ない」

 俺は黙って話を聞いていた。


 なるほど。

 問題は明確だ。

 食料不足。


 そして、それは毎年起こり得る。

「父さん」

「何だ?」

「畑を見せてくれ」

「畑を?」

「ああ」

 父親は怪訝そうな顔をした。


「お前が見ても変わらんぞ」

「それでもいい」

 畑へ向かった。


 俺は土を手に取った。

 ……かなり固い。

 水はけも悪い。

 そして驚いたことに、畑には雑草がかなり残っている。


「これじゃ効率が悪い」

「何?」

「畑を区画に分けよう」

「区画?」

「ああ」

 俺は地面に棒で線を引いた。

「水を通す溝を作る」

「溝?」

「畑に水を引くんだ」

 父親は眉をひそめた。

「水を引くと言っても、川は遠い」

「だから、少しずつ溝を掘る」

 俺は地面に簡単な図を描いた。 川。

 水路。

 畑。

 排水用の溝。


「雨が降ったら水を溜める場所も作る」


「……」


「乾いたときは、そこから水を使う」

 男たちは黙っている。


 俺はさらに続けた。


「それから、同じ場所で同じ作物だけを育てるのはやめる」

「どういう意味だ?」


「畑を分けるんだ」


 輪作。

 豆類。

 雑穀。

 根菜。

 作物によって土から奪う栄養が違う。

 この時代に現代農業そのものを再現することはできない。

 だが、基本的な考え方なら伝えられる。


「それに、草を燃やして灰を撒く」

「灰を?」

「土に混ぜる」

 父親が腕を組む。


「……本当に効果があるのか?」


「試してみればいい」

 俺は笑った。


「失敗しても、死ぬわけじゃない」

 村人たちが顔を見合わせた。

※

 その日の午後。

 俺は畑の一角を借りた。


「本当にやるの?」

 サナが聞いてくる。


「ああ」

「失敗したら?」

「笑われる」

「それだけ?」

「それだけだ」

 サナは笑った。


「じゃあ私も手伝う」

「ありがとう」


 ユイもやって来た。

「私も」


 カナも続く。

「私も手伝うよ」


 三人が並んだ。

 俺は思わず笑う。


「三人とも暇なのか?」


「暇じゃない」 


「じゃあ何で?」

 サナが顔を赤くした。


「……昔から一緒だから」

 ユイもそっぽを向く。

「心配だっただけ」

 カナは笑う。


「ハヤトが変になったからね」

「変って何だよ」

「前より頼りになりそう」

 その言葉に、俺は少しだけ嬉しくなった。



※

 数日後。

 小さな水路が完成した。

 もちろん現代の用水路とは比べ物にならない。

 だが、川から水を引き、畑へ流すだけなら可能だった。


「水が来た!」

 ミナが叫ぶ。


 水が溝を流れていく。

 村人たちが集まってきた。


「本当に流れたぞ」

「これなら畑が乾かない」

「雨が少なくても使える」


 父親が俺を見る。

「……ハヤト」

「何?」

「お前、どこでそんなことを覚えた?」

 一瞬、心臓が止まりそうになった。


 だが。

「夢で見た」

「夢?」

「ああ」

「……変な夢だな」

「そうだろ?」

 父親は苦笑した。

 どうやら納得したらしい。


 そして一ヶ月後。

「収穫が増えたぞ!」

 村中に声が響いた。


 試験的に作った畑では、明らかに去年より作物が多かった。

 まだ劇的な変化ではない。


 だが――


 成功した。


「ハヤト!」

 父親が肩を叩く。

「よくやった」

「まだこれからだよ」

「これから?」

「ああ」


 俺は村を見渡した。


 竪穴住居。

 小さな畑。

 貧しい食事。

 不安定な生活。

 疫病。

 飢え。


 そして――争い。


 この時代を生き抜くには、農業だけでは足りない。


「もっとやることがある」

「何を?」

「まず、井戸を作る」

 村人たちがざわめいた。


「それから食料を保存する倉を作る」

「病気を減らすために、水と排泄物を分ける」

「魚を干して保存する」

「塩を使う」

「道具を改良する」

「鉄が手に入るなら、農具も変える」

 父親が目を丸くした。

「お前……」

 俺は笑った。

「この村を、日本で一番豊かな村にする」

 それが俺の最初の目標だった。



※

 その夜。

 俺は一人で外に出た。

 満天の星。

 現代では見ることのできなかったほどの星空だった。


「……すごいな」

 思わず呟く。


 そのとき。

「ハヤト」

 背後から声がした。


 振り返る。

 サナだった。

「どうした?」

「眠れなくて」

「そうか」


 サナは俺の隣に座った。


「ねえ」

「何?」

「本当に、どこでそんなこと覚えたの?」


 心臓が跳ねる。


「……秘密」

「秘密?」

「ああ」

 サナはしばらく俺を見つめた。


 そして――

「じゃあ、私も秘密にする」

「何を?」

「ハヤトが変になったこと」

「助かる」

「その代わり」

「?」

「私を置いていかないで」

 その言葉に、俺は少し驚いた。


 そして笑う。


「ああ」


 この世界で俺は生きていく。


 農業を変える。

 村を豊かにする。

 病気を減らす。

 道具を作る。

 交易をする。


 やがては――

 この小さな村を、大きな国へと変えてみせる。

 そして。


 俺の隣には、いつしか多くの少女たちが集まってくることになる。

 それを俺が知るのは――


 もう少し先の話だった。


 弥生時代。


 歴史の教科書では、ほんの数ページで終わる時代。

 だが。

 俺にとっては、ここが人生の始まりだ。


 現代の知識を武器に。


 俺は、この時代を生き抜いていく。


 ――これは、一人の転生者が歴史を変えていく物語。

短編版となります。

需要があれば連載版を投稿しようと思います。

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