第一話 ゴブリンには勝ちたい
ブラック企業で働き、社畜魂も染み付いてきた頃、俺は過労死した。享年……多分三十歳くらいか。よく覚えていない。
心残りはギャルゲーを全ルート攻略できなかったことくらいか……。
「あらあら、死んでしまいましたね」
「……そうですね」
目の前には、女神様らしき人がいる。手を頬に当てて少し残念そうに微笑んでいる。
「俺、どうなるんですか?」
「異世界に行きますね」
「はぁ………」
異世界、か。ラノベとかでよくあるやつだけど、まさか本当にあるとは……。
だけど、また一から新しい人生を歩んでいけるというのは少し楽しそうな気もする。
「あ、赤ん坊からではありませんよ。……死んだ少年の身体にあなたの魂をブチ入れます」
ずいぶんと女神様らしくない言葉遣いだな。てか、死んだ青年の身体に入れちゃって大丈夫なのか?
「……あ、チートスキルとかないんですか?」
「ありますけど、私やあなたが決められるものではありませんね」
そうなのか、残念だ。
「あ、あなたの能力が決まりました。……ええと……」
とその時、突然女神様の表情が曇った。
「チッ……ずいぶんと、厄介な能力ですね」
「えっ……女神様、何かあったのでしょうか……」
女神様に舌打ちされたんだけど。
「それじゃあ、さようなら」
「えっ、ちょっ……心の準備が……!?」
俺は温かい光に包まれて、意識を失った。
――――――――――――
「ノクスっ、死なないで……!」
ん、誰だ……?
深い眠りから覚めたような感覚と共に目を開けると、目の前で美少女が涙を流していた。
「ぇ……ノクス!?生きてる、生きてるよぉぉぉ……!」
いや、急に抱きつかれても困るんだが……って、近い近い。
耳から溢れた白髪が顔に当たってくすぐったい。だけどいい匂いがするのでどうでもよくなった。
……っ、じゃなくて。なんでこの中学生くらいの女の子が俺みたいな社畜おっさんに抱きついているんだ?
と、俺はそこでようやく思い出した。自分が転生(というのかは分からないが)したことに。
この美少女はアルシア=リーディスという名前らしい。
そして俺はノクス=アウローラという少年の身体へ入り込んだらしい。アルシアの幼馴染だ。
女神様は死んだ少年の身体に俺の魂をブチ込むとか言っていたが、ノクスは一回死んでしまったのか。
両親も、俺(正確にはノクス)が生き返ったことに涙を流しながら喜んでいた。さぞ、愛されていたのだろう。幸せ者だな、ノクス。
さて、俺がこの世界に来てから数カ月の月日が流れた。
この身体はどうやら病気だったらしいが俺の魂が入ったことで多分完治した。
しかし問題はある。大きな問題が。
それは、金がないことだ。
俺(というより、ノクス)の両親は、病気のノクスを治療するために借金をしていたらしい。
ということで家族会議となった。
「すまん。俺がもっと稼げていれば……」
父親は、歯を食いしばって俯く。
ちなみに、家族会議には幼馴染であるアルシアも参加している。彼女は幼い頃に両親を亡くし、俺の両親に引き取られたのだ。
彼女もこの家族の一員だ。
「……あのっ、私がこの家を出ていけばだいぶ楽になると思います。今まで育てていただきましたし、もうこれ以上は大丈夫です」
「それはだめだ」「それはだめよ」
両親の声が重なった。
アルシアはこう思っている。
本当の子供はノクスだけなのに、自分まで一緒に育ててくれているから負担が大きくなる。それなら自分が出ていけば借金の返済も楽になる、と。
「アルシア、私たちにとってはあなたも大切な家族なの。今さら出ていけなんて言うはずないでしょう」
「……っ、ごめんなさい」
母親はアルシアを撫でる。
……しかし、どうしたものか。子供二人を養いながら、平民の稼ぎで借金を返済するのはかなりキツい。
どこかに平民でも高収入の稼ぎが得られる仕事でもあれば………………ん?
「………俺が冒険者になればいいのでは?」
「「「……………は?」」」
家族三人の声が綺麗にハモった。
――――――――――――
「では、最初は最低ランクのFランクからのスタートですね。頑張ってください」
「ありがとうございます」
家族みんなに反対されたが、俺はどうにか押し切って冒険者になった。冒険者登録ができる最低年齢が十五歳、ノクスはちょうど十五歳だったのでギリギリ冒険者になれた。
ノクスは俺がこの世界に来る前は病気でほとんど寝たきりだったらしいので身体は弱かったが、数カ月のリハビリで完全に動けるようになった。
初めての任務はスライムの撃破。薬草採集などの依頼もあったが、出来るだけ高収入の依頼をこなしていきたい。
少し不安だが、まあ大丈夫だろう。女神様がいうには、俺にもチートスキルがあるらしいし。
草原に来た。まるでド◯クエだ。
そうだ。魔物と出会う前に、スキルを試してみよう!
「いけ! 俺のチートスキル……!」
こんなんでいいのか、と思ったが、伸ばした俺の手のひらの前の空気が裂けたように歪む。
「おお……!」
なんか、凄いんじゃないのか……!?
すると次元が裂けたような演出と共に、二つの禍々しい……
いや、禍々しくなかった。二つの木剣だった。
「………は? なんだこれ……、最強の魔法が放たれるとか、そういうのないの?」
落胆していると、いきなり視界にゲームでよくあるウィンドウのようなものが現れた。
◇◇◇
名称:木製の双剣
能力:特になし。
◇◇◇
「そんなバカな………」
俺は膝から崩れ落ちた。俺のチートスキル、木剣なのか?
い、いや。もしかしたら真の力が覚醒するかもしれない……! そう信じて、俺は出現したスライムと対峙した。
「………ッ!」
俺は、全力を振り絞って片方の木剣を振り下ろした。
ぷよんっ、と音がした。
「うおっ……!」
木剣がスライムの弾力で押し戻され、俺は数歩後退りする。当たり前といえば当たり前か。木剣で魔物を倒そうなんて、駆け出し冒険者が出来るわけない。
スライムなんてワンパンできるだろう、と落胆的に考えていた俺は、背後からゴブリンが来ていることに気づかなかった。
「ガッ……!?」
後頭部に強い衝撃が走る。前に倒れてからようやく、こん棒を叩きつけられたのだと理解した。
甘く見ていた。漫画の主人公のように簡単に上手くだろうと。
「………っ、ゴブリン!?」
声でゴブリンだと分かった。一発食らっただけで、頭がくらくらして意識を失いそうだ。
痛い、怖い。
「ちょっとアンタ、ゴブリン相手にやられてるわけ?」
と、その時だ。かなり嘲笑気味の声が聞こえてきた。声からして少女だ。
振り返ると、ゴブリンの首が地面に落ちていた。いつの間に……?というか、声がした方を向いたのに誰もいない。
「なんだ?……、うわっ!?」
後ろを向いていた視線を再び前に戻すと、今度は中学生くらいの少女がいた。
ルビーのような赤髪のセミロングが印象的だ。スライムは既に消滅していた。
「アンタ……何やってるわけ?」
「え……いや……その」
「はぁ?ハッキリ話しなさいよ!」
「す、すみませんっ!!」
俺を助けてくれた人に失礼だが、ずいぶん面倒……というか、俺と相性が悪い人と出会ってしまったらしい。
「まあいいわ……でも、ゴブリンにも勝てないような雑魚に冒険者なんか向いてないわよ」
「……っ」
普通にムカついたが、俺の精神年齢は三十を超えている。なので気づいた。彼女は俺をバカにしている節もあるが、同時に心配もしてくれているのだと。
「ありがとうございます、心配してくれて」
「は、はぁ!?あたしはバカにしてるだけだし!」
やはり、根は優しいらしい。
「名前を聞いてもいいですか?」
「……ルーシェよ。ルーシェ=ヴェルディガス」
「俺はノクス=アウローラです。よろしくお願いします」
俺が手を伸ばすと、彼女は少し迷ったが握手をしてくれた。異世界の挨拶はよく覚えていないが多分これでいいのだろう。
「う、うがああああああっ!!」
友好な関係を築けたと内心ガッツポーズをしていた俺だが、突然ルーシェが叫びだした。
「ど、どうしたんですか!?大丈夫ですか!?」
「アンタ、その『です』とか『ます』とかそういう敬語やめなさいよ!ほんっとムカつくのよっ!」
「は、はいすみま……ごめん、ルーシェ!」
俺は、ルーシェと仲良くなった。
後で驚いたのだが、ルーシェはノクスと同じ十五歳らしい。ということは冒険者になってまだ一年も経っていないということだ。
「なんでルーシェはそんなに強いの?」
「逆になんでアンタはそんなに弱いのよ」
「うぐっ……」
やめて……、そのピュアな瞳が……、嘲笑を含まないその純粋な疑問がおじさんの心を削っていくんだよ……!
「今日、冒険者になったんだ」
「はぁ? それでスライム対峙の依頼なんか受けたわけ? 最初は簡単な雑用を受けながら、身体を鍛えていくのが普通でしょ」
そうなのか……。あれ、だったらルーシェは何故もう魔物の討伐の依頼を受けているのだろうか。
「……っ、アンタ止まりなさい。魔物が出たわ!」
何!?………き、気づかなかった。目を細めると、確かに遠くにゴブリンのような影が見える。しかも五体。
「あたしが倒してあげるから、そこで見てなさい」
ルーシェはそう言うと、腰に携えていた剣を抜く。十五歳が持つにしては高級そうな、勇者の剣みたいな剣だ。
◇◇◇
名称:家宝ヴェルディガス
能力:高い魔法伝導率。
◇◇◇
見入っていると、突然ウィンドウが現れ、情報が開示された。家宝の剣だったのか。
『身体強化』
『炎付与』
ルーシェは剣に炎を纏わせると、風を切って勢いよくゴブリンに突撃した。
……あれ多分、ウ◯イン・ボ◯ト超えてるよ。流石、異世界だ。
遠くで炎が煌めいたかと思えば、ルーシェが爆速で帰ってきた。もう五体のゴブリンを倒してきたというのか。
俺は、自分の弱さに心が折れかけた。
結局、スライム討伐の依頼は失敗した。
――――――――――――
「お、ルーシェ。また会ったね」
「アンタ、また魔物討伐に来たわけ?懲りないわね」
俺が冒険者になってから一週間が経った。
今日もスライム討伐の依頼を受けている。ゴブリンには勝てないが、スライムなら時間をかければ倒せるようになった。
なんせ、スライムの攻撃力はほぼゼロだからな。
「そういったって、やめるわけにはいかないんだ。俺は金を稼がないといけないからね」
「そう……まあ、今日も着いていってあげるわよ」
「本当か……! 助かるよ」
ルーシェは強い。もしものことがあってもルーシェがいれば大丈夫だろう。
……精神年齢三十歳を超えている俺が、十五歳の少女に助けてもらうとか、大人げなさすぎるのでは?
「ほら、スライムよ。アンタ倒してきなさいよ」
「わかった……!」
そうして俺は『木製の双剣』を両手に、スライムを打ち続けた。しかしルーシェはそれが我慢できなかったのか。
「だーっ! 長いわね! スライムくらい瞬殺しなさいよ!」
「だ、だけどこの木剣じゃ……!」
「しょうがないわね!」
ルーシェはまるでゴリラのように(失礼)俺の方へ向かってくると
『炎付与』
俺の唯一の武器である木剣を、燃やした。
「………、あああああああッ!? ちょ、ちょっと何やってるんだルーシェ! 木を燃やしたら………って、あれ?」
「うるっさいわね。燃えないわよ、炎付与なんだもの」
俺が目を見開いて燃えているのに燃えていない二つの木剣を眺めていると、スライムはその隙をついて体当りしてきた。
「うわっ……!」
俺は間一髪で、スライムの体当りを、二つの木剣を交差することで防ぐ。
ピギャァァァァ!!
すると、スライムが悲鳴を上げて燃え出した。そして、なすすべなく消滅、魔石が転がった。
「す、すご……」
「でしょう、ふふん」
ルーシェは少しばかり頼りない胸を張って、ドヤった。
俺が褒めちぎると、ルーシェは気分を良くしたのか、俺の木剣に炎付与をかけてくれた。
この調子だと、スライム討伐の依頼は達成できそうだ。
――――――――――――
変化は、突然起こった。
たまたま、魔石が木剣に触れたのだ。
突然、木剣が光った。
「な、なによそれ!」
「俺にもわからないよ!」
わからないが、俺の中には確信めいた考えがあった。
そう……真価だ。俺のチートスキルが、ついにその真価を発揮する時が来たのだ!
木剣は光りに包まれながら、その形状を変化させていく。
「おお、おおおおっ!」
ついに伝説の剣に…………!
……ならなかった。
木剣は変化して、なんかもっと弱そうなスライムみたいな剣になってしまった。
ウィンドウが現れた。
◇◇◇
名称:スライムの双剣
能力:形状の変化が可能
◇◇◇
このウィンドウとは別に、新たなウィンドウが現れた。
◇◇◇
<双剣>は
木製の双剣からスライムの双剣へと進化しました
◇◇◇
「進化……?」
見た目的に、退化したように見えるのだが。
「な、なによその、べちょべちょした剣! 気持ち悪いわ!」
ルーシェは、いたって真っ当なセリフを吐いた。
やっぱり俺にはチートスキルはないのだろうか。




