力の安住地
魔王の頭が消し飛び、その肉体が冷たい石床に崩れ落ちてゆく。
「倒した!? この僕が、魔王を……!!」
シガム自体が自分の行動に驚いているようだった。しかし確かに、この非戦闘員のシガムが俺の力を勝手に発動し、一撃で魔王を葬り去った。後ろでセリーナが騒ぎ立てる。
「やったあ! シガム君!! 私たちのパーティが魔王を倒したんだよっ!!」
「ええ……やりましたね……」
なんて事だ、やられた。魔王の最高クラスの肉体に寄生すれば、最高の身体に最高の魔力、部下までもが自在に手に入っと言うのに、この呪い封じのシガムの腕に逆戻りとは……
その時だった。
魔王の部屋の入口から、叫び声が聞こえた。
「ええっ!? いやぁ! 魔王様……!?」
そこに居たのは確か、最近魔王城に配属になった下級魔族の女だった。名前は覚えてない、鳥みたいなやつだった。人間の上半身に鳥の羽と足。それを見て俺はシガムに提案する。
「シガムよ、ちょうどあそこに手頃な魔物が来た。あれは戦闘力の低いやつだ。俺達は魔王はもう倒した。関係はここまでにしよう。俺をあいつにつけかえろ、それでお前はもう自由だ」
しかし、シガムは拒絶した。
「ヴェルミナさん、それは断りますよ。僕がなんであなたを僕に寄生させ直したのか……分かってないんですか? 」
それは重く、苦しそうに伝った声だった。
「あなたはこれから……ずっとそこです。僕の右手はあなたにあげます。他の誰にも寄生させません。」
俺にとってそれは屈辱的な、死の宣告にも等しい宣告だった。俺は声を張り上げた。
「貴様っ!! 力に溺れたか、俺の力を、俺の魔力を自分が占有する為に……!! 」
「違いますよ!!」
俺の発言を切るように、シガムも声を張った。
「ヴェルミナさん、あなたが魔王に突き刺さった時、この世界を終わらせるんじゃないかってくらい、強く恐ろしい呪いの力を感じました。僕は魔王やヴェルファージ以上に、今のあなたが恐ろしい……」
その声は震え始めていた。
「僕はあなたは解き放ってはいけない。きっと僕はこの日の為にアンカースだけを習得してきたんです。そんな運命を感じるほどに、あなたを逃がしてはいけない、僕も逃げてはいけないと思うんです……」
俺は唖然として、言い返す事が出来なかった。魔王に突き刺さった時、確かに意識が高鳴った。全力で寄生を発動しようとした。その思いの分だけ、シガムの意識は強く反応していたと言うわけか。
すると、後ろからセリーナがよってきて、シガムの右手を両手で包むようにすくいあげた。
「すごいよシガム君っ!! こんな強い力手に入れたんだもん! 勇者さんより強いんじゃない!?」
「ちょと、危ないですよ、触ったら……!」
「大丈夫だよっ! 任せて、私……人間の時のスキルも使えるみたいだからっ!」
そういうと、セリーナの手の周りに柔らかな光の綿が舞い、俺の指が突き刺さったシガムの手が、白く発光しだした。
「錬成っ!!」
その一言と共にその光は沈んでゆき、俺の指は突き刺さった形からシガムの人差し指として成り代わり、その手に空いていた穴も埋まって皮膚が元通りになっていた。
「これは……っ! くっついてる!?」
「シガム君の右手と、寄生の指を材料に、ひとつの手として錬成したんだよ! これでヴェルの右手の完成だね!」
セリーナは意気揚々と語っているが、自分の体が細胞単位でシガムの右手に癒着しているのが感覚として分かる。
対象に指先を突き刺すだけで良かった再寄生が、シガムが手の平を完全に食い込ませるか、シガムの手が生きたまま食われるでもしない限り、寄生を再起動出来ない。
「おいっ! ふざけるなよお前ら、こんな事して……!」
俺が取り乱した声を聞いて、入口でショックのあまり崩れ落ちていた鳥女が口を開いた。
「ヴェルミナ様……! そこにおられるのですかヴェルミナ様!!」
全員の視線がが鳥女に集まった。俺も意識を向けるが、俺はこの鳥女の事など覚えていない、魔王はその眷属の能力によって有象無象の女魔族に囲まれていた。……俺にとってはこの鳥女も、その中の一匹に過ぎなかった。城内で何度か見かけた気はするが。興味を持ったことすらない。俺は突き放すように声をかけた。
「俺は今この男の右手の中にいる。誰だ貴様は」
「ヴェルミナ様……! 私……ハルピィと申しますっ! 私、ヴェルミナ様は処分されたとバフォメット様から聞いていて……! その意思と共に存命であられる事に、深く感動しております……!」
ハルピィと名乗った鳥女はその羽で口を覆い、涙を流している。魔王が死んだ悲しみでも、魔王殺しの人間が居る恐怖でもない、それは喜びから溢れる涙だと感じた。
「はははっ、なんだ貴様、魔王が死体を前に感嘆を漏らすなど、中々に不敬な振る舞いではないか」
するとセリーナが小声でシガムに耳打ちする。
「どうする? 魔物だし、やっつける?」
「なんか様子がおかしいです、話だけでも聞きましょう」
シガムは落ち着いていた。その様子を羽の陰から目を移すようにして確認しつつ、ハルピィは続けた。
「私は魔王様に仕えるために魔王城への所属を望んだのではありません……ヴェルミナ様、あなたにお会いしたくて此処へと来たのです」
魔王ではなく俺に逢いに来た……? あまりに都合良さげな話に、俺の疑心は深まっていった。俺は元々能力無しと謳われた上級魔族だ。魔王城の他の魔族からは笑われ、相手にもされてこなかった。
「俺に会いに来るやつなど、魔族の中にいるものか、何かを企んでいるのか貴様」
「いえ、とんでもありません、私はヴェルファージ様の配下の娘でして、幼い頃よりあのお方が人間と闘う果敢な姿を見て育ちました。」
それを聞いてシガムの拳に力が入った。
「ヴェルファージ……」
当然だろう、シガムの村の敵が俺の父親、そしてそれをこの鳥女が果敢と称えているのだ。
「で、父上の配下の娘が俺に何の用だ?」
「はい、ヴェルファージ様の死後、我らヴェルファージ隊は途方に暮れていました、そこに魔王城防衛隊長の一人にヴェルミナ様……あなたの名前が上がりました。私はヴェルファージ様の親族であるとすぐに分かりました。それで魔王城への転属を願ったのです……」
なるほど、筋は通る。だがしかし、父上の因縁がどこまでもついてまわる、これはまるで呪いだ。俺は飽きれた声で答えた。
「そうか、お前のような者の存在、気付きもしなかったわ」
「はい、私も防衛部隊への配属を申し出たのですが……与えられた任務は産み子でして……城内にてその日の為に待機しておりました」
産み子……俺が嫌悪する魔王のシステムのひとつ、下級魔族を種の苗床と化し、死ぬまで下級魔族を産ませ続ける鬼畜の所業だ。
「ははっ、なるほどな、ならば魔王は死んだ! 苗床にならずに済んで良かったでは無いか!」
「ええ……ですから、それを成したのが他でもないヴェルミナ様のお力であったと言うならば、私は涙を流すほどに嬉しいのです」
ハルピィは顔を隠していた羽をどけ、その口元を見せた。大粒の涙が次々とこぼれ落ち、高揚したように赤らんだその顔に、安堵を思わせるつり上がった口元が、彼女の真の幸福をもの語っていた。
そして俺はそれを見て、冷淡に告げた。
「なるほど、ハルピィと言ったな」
「はいっ!!」
俺に自分の名前を呼ばれた彼女の顔は一気に明るくなった。
「貴様……食え、この男、シガムの右手を、今すぐに。そうすれば俺の命はお前の身体に宿る。共に永遠に羽ばたく事が出来る」
俺が発したその発言に、ハルピィは自分の生まれた意味を悟ったかの如く、パチパチと煌めく笑顔を見せた。
「はい、もちろんです! 私の身体、ご自由にお使いくださいっ!!」
ハルピィは駆け出した。シガムはそれに対して焦りを見せる。
「ちょ! 黙って聞いてれば、何恐ろしいこと指示してるんですか! 絶対食わせませんからね!!」
セリーナが構えた。
「やるしかないよシガム君……!!」




