特化能力
俺に深手を負わせた勇者のガキも、俺を使い捨てた魔王の幹部も、今なら簡単に勝てる。
目の前の肉屑と化したゴブリン共と大差ない奴らだ。俺は圧倒的な力を手に入れたと言うのに、寄生対象に選んだガキの抵抗魔法だけが俺の支配を制限する。
「ぐおお……許さんぞ貴様! 身体の支配権を渡せ!」
「嫌だって言ってるじゃないですか! あなたこそもう出てってくださいよ!」
「寄生は一度だ、もうお前に決めた、お前の体は俺のものだ! 抵抗するならお前の家族、友人、仲間を次々に殺してやるぞ!」
「僕の体は僕の物です!! それに僕には家族も友人も……仲間もいませんから! それ、脅しになってませんから!」
この男は墓穴を掘った。平然と仲間が居ないと言い放った。この男は俺がさっき戦った勇者パーティの後衛だった男。仲間が居ないなど仲間を守る為の見え透いた嘘だ。
「ハハハ! 嘘が下手だな、お前のパーティに居た勇者も戦士も魔道士も、今の俺なら相手にならん! あと二人、女もいたな! 全員お前の前で八つ裂きにしてくれるわ!」
怯えろ、迷え、精神に隙間を開けろ。そこから侵食して、体を奪って俺の報復は始まる……!
「知りません、勝手にしてください!」
「ハハハ、そうかならば、引き換えにお前の体を……」
……え?
「勝手にしろだと、貴様は仲間を見捨てるというのか、今の俺は本当に強いぞ。本当にさっきの勇者なら余裕で勝てるぞ。」
「あんな人たち、仲間でもなんでもないですから!」
「は……?」
おかしい、確かに勇者と戦った時コイツは後ろにいた。攻撃役の男3人と回復役の女が1人いて、コイツは……あれ?
記憶をたどると、この男は気にならないどころか、本当に何もしていなかった。本当にただ後ろで荷物を持って、もう一人の女とそこに居ただけだった。
「お前……パーティのメンバーでは無いのか?」
「形式上メンバーでしたよ! でも僕はヴェルミナ討伐のパーティ募集に片っ端から応募してて、あのパーティーが入れてくれただけなんです!」
ヴェルミナ討伐……俺じゃないか、人間達は俺を倒すためにそんなにより集まって居たのか。
「それで入れてもらったら、ヴェルミナ前の扉の、6人で踏むスイッチの仕掛けの人数合わせだから、邪魔だから後ろで見てろって……!!」
6人で踏むスイッチの扉……そういやあったな、そんなの。
「で、ヴェルミナ討伐したら、報酬の取り分が減るから、犠牲者名簿に入れとくって言われて、置いていかれたんですよ!! 僕は騙されてたんです! 強い勇者様だと思ってたのに……!」
「はっ、愚か者が、救いようがないな」
この男は既に精神的に参っていたようだった。それでも私の支配を拘束するこの制限魔法の紐は少しも緩まなかった。まるで術をかけていると言うより、こいつの存在自体がこの術だと思わせる程に強固な精神防壁が張られている。
そして……その時だった。
闘技場の観客席、平面のバトルフィールドを見下ろすための上段から、石を叩く蹄の甲高い足音が近寄ってきた。
「おや、戦闘能力の無い一般人だと聞いていたのに、やけに元気ではありませんか。」
「バフォメット……!!」
そう発したのは、小綺麗な燕尾服にヤギの顔を持つ魔物。魔族執事バフォメット……魔王軍の幹部であり、俺の直属の上司。勇者に敗走した俺の四肢を裂き、このゴブリンの飯場に投げ込んだ張本人だ。
「というか、ゴブリン全部死んでるじゃないですか、困ります……いや、別に困りませんが、困りますねぇ」
コイツは俺の殺したいやつランキングの中でもぶっちぎりだ、そして今出会いたく無かったやつランキングでもぶっちぎりだった。宿主の身体をコントロール出来れいれば敵では無いが、宿主が先にコイツに殺されてしまうかもしれない。
「おい小僧、この魔物はバフォメット、能力は『反転』だ! 一旦逃げろ、お前が死ぬと俺も死ぬ!」
「逃げろって言っても、どこに……!!」
「おや、おかしいですね元部下のヴェルミナの声が聞こえたような気がしますが……いや気のせい? いや、しましたよね。」
「どこでも良い! 早く逃げろ! 影と自分の位置を反転され続けたら、永久に逃げられなくなるぞ!!」
「逃げられると思いますか? 逃げてみてください、あなたはもう逃げられませんよ。『反転……!』」
その掛け声と共に、辺り一帯に転がっていたゴブリンの遺体が、一斉に黒く染まった。影の入れ替えだ。その直後、影の黒色が自分の居場所を思い出したかのように溶けて地面に埋まる。ゴブリンの遺体が影の中から姿を現す。それらは一斉に闘技場の地面に埋まっていた。これがこいつの能力……反転。
宿主の影も揺らめいた。それと同時に本体も揺れる。一度寝かされたらもう起き上がれない。
俺は……しくじった。寄生対象をゴブリンにしとくべきだった。ゴブリンの身体でも十分だったんだ。欲を出してこんな一般人に中途半端に寄生してしまい、しかも寄生を止める魔法持ち……。俺が『犠牲』によって得た魔王をも越えるこの力が台無しだ……!
しかし……
「アンカース!」
宿主が左手を突き出し、呪文を唱えていた。俺の寄生を防いだ時の呪文だ。反転を受けたというのに、宿主の体は倒れなかった。バフォメットの能力に対抗している。
「おや、体が起きたままですよ、それでは息が出来てしまいます。早く寝てください、反転。」
バフォメットは確かに能力を使っている。しかし…効かない。
宿主が左手を胸に当て、不安そうに抗議した。
「呪い系の現象を制限する魔法、これが僕のアンカース。僕が使える唯一の魔法です。その反転とか言うやつ……効きませんから……!!」
「反転を防いだ……!? 良くやった! お前……」
バフォメットの次の判断は早かった、既に闘技場の観客席から飛び上がり、宿主に向かって飛びかかってきていた。
「反転を受けないとは……驚きですね! いや予測できますが、驚かされました! ですが私は能力を使わなくても強いんですよ……!!」
「小僧……!右腕を振り上げろ!!」
「えっ!はい……っ!!」
宿主が振り上げた拳から、俺の魔力が形を成し、暗黒の槍が突き出した。それは槍と言うよりは塔に近い、とにかく極太の刺し殺すものだ。それは精密にバフォメットの身体の中央を捉え、闘技場の天井を突き破った。
「ぐわふ……っ!!」
バフォメットの情けない断末魔と、破裂音が鳴り響き、白い毛が弾けて闘技場に舞散った。コイツを守る為に俺は勇者と戦い、敗北し、その責任を問われ、コイツの手によって廃棄された。ソイツの羽毛がゴミのようにその辺のホコリに混じっていくのを見て、俺は宿主に尋ねていた。
「小僧、お前……名前は?」
「え、あっと……シガム・クローレンツ」




