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真の能力

 魔王の力も、勇者の光も、俺の指一本の前に平伏する。


 ──さあ食事の時間だ。


 愚集が肉に群がり、鋭利な爪で肉をちぎり、臭い口へと運んで行く。そいつらは人間にゴブリンと呼ばれている種族だ。俺たち上級魔族は、下級魔物の種族などわざわざ判別はしない。


 与えられた肉を貪るだけの下等種族コイツらの脇に、食べ残しの指が転がっている。



 それが俺だった。


 俺の意識はこの惨めな食べ残しにしか残っていないと言うのに、俺には今、力がみなぎっている。


 上級魔族は生まれつき、固有能力を保持している。俺は上級魔族として生まれたのにそれが無かった。


「我が息子が能力を持たずして産まれたようで、申し訳ございませぬ」

「要らぬわそんなゴミ、始末せよ。」


「いえ、魔王様のお役に立てるよう、精一杯の教育を……」

「口ごたえしたな、貴様を次の街攻めの先駆けの長として任命する。」


「……ははっ、つかまつりました。」


 俺の命があるのは父上の命懸けの献身があったからだと伝え聞いた。だがそんな事はどうでもいい、俺は俺の為に幼い頃から鍛錬を積み重ね、肉体の力だけで魔王軍の上級士官にまで成り上がったのだ。


 しかし、勇者には通用しなかった。俺は幹部を逃がすために戦った。しかし敗れて帰ると、敗北の責を受けて下級魔物の餌にされたのだ。


 中間で働く者の苦悩だ、上層部は保身が強くて現場の苦労など見て見ぬふりというわけだ。


 そして食われてる最中に、俺は気づいた。

 俺は能力無しの魔物では無かった。


 能力は『犠牲』と『寄生』


 優美な肉体と戦闘経験を持ち、筋力と卓越した防御技術によって、痛みを知ることのなかった俺は、自分の身体に似つかわしく無い、この補助のような能力の存在に気づいていなかった。


 ゴブリンに肉を抉られる度に『犠牲』が発動し、痛みと共に快楽が訪れて、力が増していく。頭部を食われた時は特に爆発的に力が増した。今、肉の最後の一欠片となった指であるこの俺は、この状態でありながら、確信を持って魔王よりも強い。


 しかし指一本の体では活動限界が短い。『寄生』は身体の九割程を失った時に覚醒して自覚した。なので俺は今、どのゴブリンを乗っ取って、俺を捨て駒扱いした魔王のやつと、俺を切り伏せた勇者のやつをぶちのめしてやるか、それを思案中だった。


 右のやつが良いか、左のやつが良いか……違いが分からない、全て下等、全て愚劣。俺にとっては全部が程度の低い肉片に過ぎない。命の限界が近い。適当に一匹を選ぼうとしたその時……


 ゴブリンの飯場であるこの地下闘技場に、新たな餌が放り込まれてきた。それは人間だった。しかもそいつには見覚えがあった。勇者パーティとしてこの魔王城に侵入し、後衛を務めていた男だ。


 力の程度などは知らない、俺が対面した勇者パーティで戦ったのは、前衛の勇者と戦士、支援火力を飛ばしてくる魔道士であり、こいつが何をしていたのかなど考える余地も無かった。



 しかし有象無象のゴブリンと勇者パーティの一員、どちらを選ぶか? 考えるまでもないだろう。俺は迷わずそいつを『寄生』の対象として選んでやった。



 指の中に残った血液を全て噴射して、指の弾丸となった。勇者パーティの男の顔面へと突撃、脳天を貫通しない程度ギリギリの威力で突き刺って、その身体をいただく!!


 男は瞬間、右手を出して防御した。


「あわっ! 指が来る……!?」


 酷く情けない声を聞くと共に、男の右手を貫いた所で止まった。額まであと指一本分届かない。だが問題ない、この腕から血を支配、血管を通して脳に到達し、貴様を乗っ取ってやる。



「アンカース!!」

 男は咄嗟に呪文を唱えた。

 身体……と言うか指が動かない。魔力の制御が効かない……


「痛い、痛い……! なんなんですかぁ! この指はぁ!」

「貴様っ! 貴様こそ何をした!この呪文は……」


「呪詛抵抗系の魔法ですっ! だって今何か、精神支配系のやつ使おうとしてましたよね!?」

「ぐおお、この俺がこんな小僧なんかに……」


 グヒヒヒ……ガルルル……


 息をつかせず、ヨダレを垂らしたゴブリン達が、男の元に集まってきた。


「う、うわっゴブリン……しかもこんなに沢山……!」


「お、おい! こんな雑魚共さっさと倒せ! お前勇者パーティだろうが! 俺はお前に寄生したんだ!お前に死なれると俺も死ぬ!!」


「無理です、僕は戦闘スキルは習得してませんし……!」


 ゴブリン以下の雑魚人間だと……不運だ。

 なんてやつに寄生してしまったんだ。コイツの全コントロールを奪えれば問題なかったが、支配箇所が右手の甲だけに限定されてしまった。だが……



「小僧、お前を生き残らせる! 右腕を振るえ!」

「右腕を……!? こうですかあ!!」


 男が右腕を振るうと、俺の魔力が放出されて黒い刃が飛び出し、闘技場の向こう側の壁に一直線の斬痕を残した。土煙が舞い上がり、その中を薄汚れた下級魔物共の血が雨となって降り注いで混ざり合う。目の前の一面が肉塊と化していた。しかしこんなヤツらは動く肉塊か、動かない肉塊かの違いしかない。


 しかし男は震えて、腰を抜かしていた。


「こ、こんな強力な魔力……! この指なんなんですかあ!?」


「俺はヴェルミナ。この魔力制限を解除しろ、お前の身体は俺が有効利用してやる。」


「ヴェルミナって、さっき倒した脳筋のめっちゃ強いやつじゃないですかっ!! い……嫌ですよ!! アンカース! アンカース!」


「うっ……グググ……」


 ……コイツ、殺すっ!


 魔王も勇者も、今の俺なら敵では無い、コイツのこの制限魔法が解除された時、世界を俺の下に屈服させてやる……




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