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プロローグ







 隣国・カストルの侵攻を受けて、オーロの命運は風前の灯火だった。

 元々、国境の侵略を始めたのはオーロ側であり、反撃にあったに過ぎない。

 オーロ国王は、昨年王位を継承したばかりの年若いカストルの国王を侮って、領土を広げる為の侵略戦争に踏み切ったのだ。

 しかし、カストルの若き国王は、オーロ国王の読みをあっさりと裏切り、軍神の如き強さを示した。

 カストルと国境を接する以外の総てを海に囲まれながら冬には海が凍るオーロは、冬に戦争が出来る国ではない。雪解けを待って隣国に侵攻を始め、雪が降り出す前に占拠してしまう気でいたオーロ国王の目算は外れ、激しい反撃に遭い、あろう事か反対に侵攻を受ける羽目になった。

 海に囲まれた国とはいえ、殆どが荒れ地でこれといった産業もなく、冬には雪に閉ざされてしまう為、冬を越す為の費用が嵩むオーロは貧しく、戦争を続けられるだけの経済力はなかったのだ。国土を広げる事で国を豊かにしようと考える国王が現れたのもある意味自然な事だったのかも知れない。

 カストルの進軍先で領民から略奪を行うオーロ軍の兵達を、カストルの兵達が捉え横暴を阻止しているという。無抵抗の領民には一切剣を向ける事なく、刃向う兵士にだけ剣を向けるのだというカストルの軍の侵攻を、領民は受け入れたようだ。自分達を害する自国の軍よりも、自分達を助けてくれる敵国の軍を領民は歓迎するだろう。

 貴族達は我が身大事とばかりにさっさと都から逃げ出し、いまや都に残っている貴族階級の者は、ドーン将軍率いる親衛隊の精鋭と、宰相と、領地を持たず宮廷で王族に仕える行き先のない者達だ。

 カストルの軍が都まであと2日で到達するだろう状況を迎えても、自国の軍の勝利を信じている愚か者は国王自身だけのようで、自軍の不甲斐なさを嘆き続けて将軍を叱咤している。

 若い頃は勇猛果敢で知られたドーン将軍も、流石にこの戦況を引っ繰り返す術はないと思える。事ここに至っても和平の申し入れの検討もせず、さりとて降伏する気もなく、反撃の機会があると思っているのである。

 侵略戦争を仕掛けたオーロの王には、落ち延びたとて行き先などない。

 城を枕に討ち死にするか、降伏して自分一人の命で部下や力ない者達を助けてくれるように懇願するか、ドーン将軍は取るべき術を検討していた。

 気の毒なのは、再三、侵略戦争をやめるように進言しながら王に聞き入れて貰えなかった世継ぎの王子だ。

 オーロ国王にはたった一人、亡き王妃の残した王子がいる。亡き王妃に似た容姿でありながら、大学の教授が舌を巻くほどの秀才振りを齢14にして発揮している才能溢れる王子は、帝王学を身に着けて次代の為政者として領民からも慕われ期待されていたのだ。

 王子は年齢よりも高い知識を身に着けて博識ではあったが、如何せん王妃に似て体が弱かった。その為、14歳になっていて且つ博識でもあった王子を、国王は政治向きには参加させようとはしなかった。

 侵略戦争をやめるようにと進言していた王子の言葉に、国王は一切耳を貸さず、現状を招いたのである。

 地下牢には、王に讒言して捕えられた忠義の者が数名いる。彼等は逃げもせずに地下牢にそのまま留まっているという。彼らが逃げずに地下牢に留まってきたのは、王子の存在故だったのかも知れない。

 思い悩むドーン将軍の耳に、小さく控え目なノックの音が届いた。


「誰だ?」


 静かに誰何すると、ドアを開けたのは、彼の愛息子にして親衛隊の精英隊員であるリオン・デ・ドーンだった。


「親父、少しいいか?」

「公務中だぞ。将軍と呼べ」


 将軍としての顔を向けようとする父親に、リオンは構う事なく後ろを振り返った。

 指先で呼び寄せる仕草をすると、足音を立てないようにして数人の男達が駆け込んでくる。


「リオン?彼等は何者だ?」


 目撃者のいない事を確認してドアを閉めたリオンに、将軍は低く問い掛ける。

 顔を隠していたマントを脱いだ男達は将軍に礼を取る。


「俺が時々忍びで都の街中へ出ていたのは知ってるだろう?」

「それで?」

「その時に知り合った市民の、謂わば顔役って云うのか?代表で来た者達なんだ」


 訝しむ将軍に、中でも一番年長らしい男が口を開いた。


「お忙しい時とは存じますが、市民達の意見として取り纏めた事がございます。王様にはお聞き届け頂けないかも知れませんが、将軍様なら聞いて下さるのではないかと、リオン様に無理をお願いしてお目通りさせて頂きました」


 礼節のある態度に敬意を感じて、ドーン将軍は話を聞く態度を取った。


「これは、一部の豪商などを除く多くの市民の総意でございます」


 つまり、金持ちではない庶民の総意という事だろう。

 彼等は、カストルの軍が侵攻しても抵抗する意思がない事、軍があくまでも抵抗するなら街から出る事、そして、世継ぎの王子には是非とも落ち延びて欲しいと希望している事を告げた。


「それは……」

「王子様は、今度の戦をやめるように再三王様にお願いなさったと聞いています。けど、リオン様から聞いた王子様のご気性では、落ち延びる事を承知なさらないのではないかと思われます」

「確かに、殿下は王族として誇り高い方だからな」


 侵略戦争を仕掛ける王を排除し、王子を立てれば、少なくともカストルの侵攻を受ける事態にはならなかった筈だった。

 そうしなかったのは、現王もまた、国を豊かにしたいと望み領土の拡大を図って侵略しようと思い立ったからだ。

 自身の贅沢ではなく、国を豊かに、領民の暮らしを豊かにしたいと思って始めた侵略戦争だったのだ。

 王の望みを知っていたからこそ、思慮深い事で知られる宰相も、進言して地下牢に投獄された臣下も、王を見捨てる事はなかったのである。


「そなた達の気持ちは解った。しかし、何と言って殿下を説得したら良いものか……」

「説得する術はございましょう」


 突然割って入った声の主は、この国の知恵袋である宰相だった。


「宰相閣下」

「リオン殿が見慣れぬ者を連れて将軍の部屋へ入ったと、影から報告がありましたのでな」


 あっ、と小さく声を上げたリオンは舌打ちをする。

 影とは、姿を隠して他人に気付かれないように諜報活動を行う者達の事で、報酬で動く者もあれば、一つの一族に仕える者まで多種存在する。

 オーロ国にもそういった影は存在してきた。

 影が宰相の耳に入れたという事は、王の耳にも入ったという事だろう。それはあまり良い事態ではないと思い、リオンは背中に冷や汗が伝うのを感じた。


「ご心配は要りませんぞ。陛下のお耳には届けぬように言い置きました。私個人の使う影でございますからな」


 ふぉっふぉっふぉっと、低く笑う宰相に、リオンの背中から緊張が抜ける。

 市民の代表としてきている男達は、宰相と聞いて恐れおののいてしまった。

 委縮する彼等に静かな視線を向けて、宰相は慈しむように言う。


「どうか、陛下を悪く思わんでくれよ。陛下は国を豊かにしたいと領土を広げる事をお望みになられたのじゃ。ご自身が豊かになる事をお望みになったのではないのでな」


 それでもここまで来てしまっては事態の収拾を付ける為に王族が責任を取らなければならない。

 それに、例えオーロの国が敗れカストルに隷属される事になろうとも、世継ぎの君が生きていれば、国の再興が叶うかも知れない。再興が叶わずとも、世継ぎの王子が生きてあれば、カストルの対応次第では領民が王子を旗印に内乱を起こすかも知れないと、カストル側が考えるだろう。

 それを、王子を説得する材料にすればいいと、宰相は考えた。

 宰相の意見に、将軍もリオンも賛同した。


「残る問題は、誰が殿下にお供するか、だがの……」


 学問は博士が舌を巻くほど身に着けている王子だが、世俗の事は何も知らないと云っていい。

 それに、王子にはある事情があり、それを知っているのは、父王を除けば、宰相と、母親が王子の乳母であったリオンだけだ。


「俺がお供しますよ」


 溜息混じりに言うリオンに、宰相が視線を向ける。

 ポリポリと鼻の頭を掻いているリオンに、宰相は将軍の夫人が王子の乳母であった事を思い出す。


「いや、リオンだけでは心許ない。幸い親衛隊の精英達が私と一緒に城に残っている。その者達もお供に着けよう」


 事情を知らぬ将軍が言うのを宰相が否定する。


「いや。リオン殿だけで充分じゃろう。余分に供が着けば目立ち易くなる。それでは王子に落ち延びて頂くのに支障を来し兼ねぬ。幸いリオン殿は親衛隊一の使い手じゃ。私の影も付けるゆえ、護衛には充分じゃろう」


 一人納得したように頷く宰相にトントン拍子に話を進められて、将軍は口を挟む隙を失くした。

 市の代表は、これが噂に高い宰相か、と妙に感心しながら将軍の口出しを許さない手際を見ていた。


「カストルの軍が都に到達したら、我らは城で迎え撃とう。市街戦にはせぬゆえ、安心するがよい。どうか殿下とリオンを無事に落ち延びさせてくれよ」


 時を争う事になると判断した将軍は宰相の意見に反論はせずに、市民の男達に頭を下げる。

 男達は恐縮して、必ず王子とリオンを無事に都から脱出させると約束した。


「リオン殿、これを」


 宰相はリオンに幾つかの革袋を渡す。

 小振りの割にずっしりと重い革袋の中身が何であるかを、世情に長けたリオンは察して苦笑した。

 リオンが見慣れない男達を将軍の部屋へ招いた時点で、何もかもを見越して用意してきた目端の利く宰相の器量に、初めから宰相の所へ行けば話が早かったようだと思った。


「親父殿、俺はこのまま王子を説得したら彼らと一緒に城を出る」


 リオンは真剣な目を向けてさらりと口にする。

 事実上、今生の別れとなるだろうに、まるで散歩に行ってくる、とでも告げているような口調だった。


「……解った。気を付けてな。殿下を頼むぞ。お前が一番割の悪い役目かも知れん」

「知れん?間違いなく、だぜ。幸か不幸か母上から殿下をお守りしてくれと言われて育ったからな。最後までお供させて頂くさ」


 じゃあな、とあっさりと踵を返して、リオンは男達を伴って将軍の部屋を後にした。


「さて、残るはあの頑固者の説得だが、幸い宰相閣下が知恵を授けて下さったからな。何とかなるだろう」


 軽口を叩きながら。




「良い御子息を持たれたな、ドーン将軍」

「何のまだまだ未熟者でございますゆえ。……ですがきっと殿下を守ってくれましょう」


 隣国カストルの王は世代交代したばかりで年若い。

 確かリオンより年下だった筈だ。

 若いと侮ったのがオーロ王の失態だったと今となって知れたが、今更である。


「陛下を説得するのは無理じゃろう。もう意地になっておられる故。我等は城を枕に討ち死にかの」

「敵は抵抗しない者には剣を向けぬそうですから、城に残った者達には市内へ逃れるように勧めましょう」

「地下牢に囚われている者達は如何しようかのう」

「陛下の御座所は地下牢からは遠くなります。戦火が広がる事はありますまい。そのままにしてカストルの軍に解放される方が後々立場が良くなるでしょう」


 二人しかいなくなった重臣は、善後策を練って夜を明かした。




 オーロ王国が事実上この世から消失したのは、それから3日後の事だった。

 オーロ軍一の使い手と有名だったリオン・デ・ドーンだけを供にした世継ぎの王子の行方を知る者はいない。





 20年以上前にプロットを作成し、その後くも膜下出血で一時書けなくなり、最近になって書いてみようと思い立ちました。

 細部は忘れてしまった部分もありますが、現在の自分の発想で補って参ります。

 スローペースになると思いますが、気長にお付き合い下さいませ。

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