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其ノ漆**見習い書記官の特命



「――兄さん? まだ起きてる?」


 扉を叩く音と、妹の声に、わたしはハッと我に返った。


「あ、ああ。今開けるよ。ちょっと待ってくれ」


 慌てて城から借りてきた文献を片付けると、わたしは椅子から立ち上がって、扉を開けた。


「ごめんなさい、仕事中に。今日、兄さんに荷物が届いてたの。明日、レスイちゃんのところに行くなら、お姐さん達のところにも立ち寄るでしょう? もし、手伝いが要るならと思って」


「あ。そうか、そろそろ薬も要るだろうね。手伝ってくれるかい?」


「ええ。そう思って支度しておいたの。お城の仕事も大変でしょうけど、落ち着いたら下りてきて? わたし、先に始めているから」


 本を読んでいるのなら、もう少し灯りを増やしておくわね。


 妹は、両の手に持っていた蝋燭の明かりをわたしの部屋に置くと、椅子に掛けてあった上着をわたしの肩に羽織らせ、部屋を出て行った。


「そうか、明日は非番だっけ」


 妹が羽織らせてくれた上着の袖に腕を通すと、わたしは立ち上がって、妹の待つ階下へと降りていった。


「あら、もういいの?」


「ちょうど、切りが良かったんだ。どれ、替わるよ」


 妹が碾いていた石臼の前に私が座り、ゴロゴロと音を立て始めると、妹は荷物から石の塊をいくつか取り出した。


「このくらいで足りるかしら?」


「ああ、いいね。今回のはどうだい?」


「ええ、おじさんと一緒に見比べて、一番良さそうなのを選んで貰ったの。しばらく顔を見ていないけど、ぐうたら兄さんは元気か? って」


「・・・・・・別に、ぐうたらしてるつもりは、ないんだけどなあ」


「いいのよ、兄さんはそれで。おじさんだって、本気でそう思ってる訳じゃないと思うわ。おまけもしてくれたし」


 見て? ホラ、素敵でしょ?


 妹はニッコリと笑うと、衣の懐から綺麗なかんざしを取り出して、髪に挿した。


「やあ、いいね。いつもそういうので、髪を飾っておけばいいのに」


「働いてる時は、あちこち動き回るから、壊しちゃうかも知れないもの。なんだか勿体なくて」


 それでも、妹は嬉しそうに、そのかんざしの先でキラキラと揺れるちいさな飾りに指先で触れると、火に掛けた鍋を掻き回し始めた。


「兄さん、そっちができたら計って持ってきてね」


「ああ、秤はどこにあったっけ?」


「いやだ、目の前にあるでしょう?」


「ああ、ああ。そうか」


 机の上に置かれた異国製のその秤には、二枚の皿が載せてある。

 目盛りの中心に秤の針を合わせた後、それぞれの皿に、目安となる石の塊と羊皮紙を置き、羊皮紙の皿の上に、石臼で碾いた鉱石の白い粉末を、さらさらと載せた。


 若干、瞳を寄り目にしながら、釣り合いが取れるよう、慎重に粉末を加えると、そうっと椅子から立ち上がり、鍋を火に掛けている妹のもとに慎重に運んでいく。


「これで、ええと・・・・・・六ピリカか。あと、三回分くらい碾けばいいかな?」


「うん、それだけあれば、お姐さん達の分も作れると思うわ――ねえ、もうこのくらいで良いかしら?」


「ああ、良さそうだね。どれ? ・・・・・・うん、いい頃合いだ。あまり固まらないうちに混ぜてくれ」


 再び椅子に腰掛け、石臼をゴロゴロと碾き始めたわたしに、妹は鍋の火加減を見ながら話し始めた。


「ねえ? 兄さんのお城でのお勤めには、お世話になっている方もいらっしゃるでしょう? 一度、家にご招待した方がいいんじゃないかしら?」


「・・・・・・え、家に?」


「だって、兄さんみたいに文官のお仕事に慣れていない元ヒツジ飼いに、いちから仕事を教えていくなんて、とても大変だと思うもの。お忙しいとは思うけど、一度ご挨拶もさせていただきたいし・・・・・・家みたいなボロ家じゃ、兄さんが笑われちゃうかしら?」


「いや、そんな事はないよ。クコル尉官はそんな方じゃないと思う。そうだね、尉官は王子殿下の側仕えもなさっておいでだから、家に来ていただけるお時間があるかわからないけれど、一度聞いてみるよ」


「王子殿下の、お側仕えの方って・・・・・・もしかして、黒髪黒目の御方?」


「ああ・・・・・・そうだけど、なんでおまえが知ってるんだ?」


 我が妹と尉官様のような方が知り合いだとは考えにくく、首を傾げたわたしに、妹は呆れたように溜息をついた。


「もう。兄さんたら、お城勤めのくせに知らないの? この国の王子様と尉官様は、おふた方とも黒髪と黒い瞳でいらっしゃるでしょう? わたしくらいの歳の娘ならみんな、士学寮で先生として教えてくださっている尉官様のことを、『士学寮の黒王子』って呼んでいるのよ?」


「へえ。そうなのか・・・・・・?」


「本物の黒王子様にはとても手が届かないけれど、尉官様は王族じゃないもの。もしかしたら妻になれるかも。って、憧れている娘は多いのよ。お人柄も優れた方みたいだし」


「はあ、妻ねえ・・・・・・もしかして、おまえもそうなのかい?」


「いやだ、違うわよ。兄さんたら。ただの噂話だってば。第一、尉官様がわたし達みたいな庶民を、相手にする訳ないでしょう?」


 妹は髪飾りを揺らし、屈託のない笑い声をあげた。

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