其ノ参**夕暮れの訪問者
――あまりにも、眩しい光。
わたしは掛けていためがねを外し、傍らの机の上に静かに置いた。
瞼を開くと、城に上がるまで長年慣れ親しんでいた視界が広がる。
よりはっきりと、胎内に宿る子の姿を感じ、わたしはそっとレスイちゃんのお腹に直に触れた。
「・・・・・・・・・・・・」
レスイちゃんのお腹に宿る、ちいさな命の姿をじっと窺う。
溢れ出すように輝く胎児の身体は、健やかに育っていることをわたしに伝えてくれていたが、気になっていたその姿は、前回診せて貰った時から、ほとんど変わっていなかった。
――今の状態で無理に動かすと、この子に負担がかかるかも知れない。
「レスイちゃん、少し足に触るからね?」
こくりとレスイちゃんは頷いて、足先をわたしに向けた。
足首の少し上あたり、内くるぶしから指四本ほど上がったところに指先を押し当てる。指先で強めの圧迫を何度か繰り返すと、レスイちゃんは微かに表情を歪め、まもなくお腹の子が、わずかに動いた。
足のツボを圧されているレスイちゃんが、少し痛そうな顔をしながら、わたしを見てニコリと笑う。モコモコと胎内の赤子が動くのを、レスイちゃんも感じているのだ。
「・・・・・・どうなんだい?」
全てが曖昧な視界の中、おばさんの心配そうな声が聞こえる。
わたしはレスイちゃんの足から指を離し、衣を元通りに直すと、その背に手を当ててゆっくりと彼女の身体を起こした。
「逆さ子は直っていませんが、よく動いているし、とても元気ですよ。まだ産み月まで時間があるので、これだけ動く子なら自分で回れるかも知れません。キナを炊いて、もう少し様子を見ましょう」
机に置いてあるめがねを手に取り、妹の顔を見ると、妹は頷いて戸棚からキナと呼ばれる薬草を練って固めたものと、小皿を取り出してきた。
「少し熱いけど、すぐに身体が温まるからね。お腹は張ったりする?」
「・・・・・・少し」
わたしの問いに、レスイちゃんはお腹に手を遣り、ちいさく頷いた。
レスイちゃんの言葉を受け、わたしはいくつかのキナの中から三つを選び出すと、ひとつを手で割り裂いて、先端を尖らせた。
「兄さん、火を置くわね」
「ああ、ありがとう」
キナの先端を指で摘み、だいぶちいさくなった蝋燭の火が灯された小皿にかざすと、やがて、炎で燻されたキナから微かな煙が立ち上った。
煙の上がるキナを、横座りするレスイちゃんの足と小指に、そっと乗せる。
「・・・・・・不思議なもんだねえ。そんなところに燃やした薬草を置いて、逆さ子が直るなんてねえ。ウルちゃん以外に、やってるひとがいるのかい?」
「いえ、ボクも本で読んだものを、見様見真似でいろいろと試してきただけで、趣味のひとつみたいなものですから。異国の薬学の応用なんて、立派な知識をお持ちの薬師様に叱られてしまうかも知れませんし、誰かに聞いてみたことはないですねえ」
キナの先端で燻るちいさな赤い火を、じっと眺めているレスイちゃんの額には、うっすらと汗が浮き始めた。お腹に置かれている手が、時々愛おしむように胎内にいる我が子を撫でる。
「・・・・・・動いてる」
「うん。元気ないい子だね。レスイちゃん、毎日歩いたりしてる?」
「歩いてるわよぉ、わたしも一緒に。おかげで、おばさん痩せちゃったわー」
あはは。と、ふくよかな身体を揺らしながら陽気に笑うおばさんの声に、妹とレスイちゃんもふきだした。
この元気なおばさんからレスイちゃんが生まれたなんて、彼女の大人しさからすれば想像もつかないけれど、性格そのものは良く似た母娘だと思う。
頃合いを計って、わたしはレスイちゃんの足からキナを取り去った。