其ノ拾肆**巫女姫達との語らい
「ねえ、旦那センセ? 今日こそはお泊まりくださるんでしょう?」
「そうそう、あたしたちもお城のお話、聞きたぁい!!」
いつの間にか、座敷はどこからかわたしが尋ねてきたという噂を聞きつけ、挨拶がてら顔を出しに来た娼姫たちであふれかえっていた。次々に差し出される酒杯と、可愛らしい女性達に囲まれ、まんざらでもなかったわたしは『城』という言葉が出た途端、心地よく巡っていた酒の酔いが一気に醒めるのを感じた。
「ね、ね、旦那センセはもう、黒王子様にお会いしたんですか?」
「このあいだ、わたし達、お姐さんのお使いで街に出掛けたんですけど、その時にちょうど黒王子様がいらしてるって噂が流れた途端に、街の娘達がみんないなくなっちゃって、店番の子までいなくなっちゃったんですよー!? お店の奥にいたおじいさんは、耳が遠くて話も通じないし、困っちゃった」
「あら、じゃあそれであの時、戻って来るのが遅かったのね?」
ノイエさんの言葉に、当時を思い出してうんざりしたように肩をすくめた娼姫は頷いた。
「お姐さんの書き付けをいただいていたから、それを見せたら買い物はできましたけど、店番のお嬢さんが戻るまで、店を手伝ってくれって言われちゃって、断れなかったんです」
「あら、でもそのおかげで、戻ってきたお嬢さんから黒王子様の話が聞けたんでしょう? 随分浮かれちゃっていたのは、どちらさまでしたっけ?」
笑ってからかう同僚の声に、娼姫は大きく頷いた。
「そりゃあ当然よ! 手伝いまでして、何も御礼がないなんて、あり得ないでしょ!! どうせなら王子様を連れてきてくれるお釣りがきたっていいくらいよ?」
「あら、やだ。それじゃ手伝いよりも、お釣りの方が高いじゃない?」
ワッと笑い声をあげた娼姫達は、笑いを収めると一斉にわたしを見つめた。
「お城のお話、聞かせてください!!」
一斉に可愛らしい娼姫達のキラキラとした眼差しに見つめられ、わたしは城での自分の身分を思い、思わず口籠もった。
「いやあ、実はわたしは城の書庫で仕事をしているから、王子殿下にはお会いしたことがないんだ。しかも見習いだから、殿下にお目に掛かれる機会なんて、よほどのことがない限りは、ないんじゃないかなあ?」
「あら、じゃあ旦那センセは、ずっとおひとりでお仕事をされておいでなんですか? 寂しくありません?」
互いに顔を見合わせて頷く娼姫達に、わたしは手を振って笑ってみせた。
「いや、そんなことはないよ。時々クコル尉官や巫様もおいでになるからね」
「わ、すごい。旦那センセ、クコル尉官様って、お仕事に関してはものすごく切れ者というか、とにかく部下に無理難題を押し付ける厳しい方だってお聞きしましたけど・・・・・・怖くありませんか?」
「はは。クコル尉官はそんな御方じゃないよ。いったい誰がそんな失礼なことを言ったんだい?」
笑いながらのんきに尋ねるわたしの背後で、楽しげな声がした。
「わたしデース」
引き戸が開き、現れたのはこの国の巫を務められるミルフ老師の姿だった。
「おやおや、どこかで聞いた声だと思えば、ナタネくんじゃないの? これはまた賑やかデスねえ。楽しい宴は大好きデス。わたしも混ぜてくだサイ」
予測していなかった突然の出没に腰を抜かしそうになったわたしを前に、巫様は涼しい顔でスタスタと座敷の中に入って来た。
「そういえばきみは、このポロチセで生まれたそうデスねえ?」
「は、はい・・・・・・! うわっ!? 巫様、どうぞこちらにお座りを! 申し訳ありません!!」
慌てて上座から立ち上がろうとしたわたしを、巫様は面倒くさそうに手をひらひらと振って制した。
「ああ、いいのいいの。わたしはネ、こっちの狭~ぁい場所で、可愛い娘ちゃん達に囲まれている方がいいんデス」
「で、ですが・・・・・・」
よいショ。と、座敷内にひしめく娼姫達の間に座り込んだ途端、ひとりの娼姫が声をあげた。
「きゃっ! ミルフちゃんたら今、お尻触ったでしょー!?」
「もー! 油断も隙もないんだから。いくら巫様でも、これ以上は娼姫として、しっかりお代を頂戴しますからねー??」
「あんまり悪戯ばっかりしてると、櫛羅様に叱られちゃうんだから!」
「きみ達のことで櫛羅に叱られるなら、わたしは巫として本望デース」
娼姫達に文句を言われながら、巫様は楽しそうに娼姫達の手を握った。
「いつ来てもここは良い。女性は皆、こうして賑やかに笑っているのが一番デス。我が国の城はどこを見ても男ばかりで、ちっとも楽しくありまセンから、このポロチセこそが、わたしにとっては大切な城のようなものデス」
「お城に女性ばかりがいたら巫様がお仕事にならないと、皆様ご存じなのでしょう? 巫様のおためを思われた、王帝陛下と王子殿下の賢明なご選択でございますわね」
「ふふん・・・・・・まぁ、いずれあの男も、そうは言っていられなくなるんじゃないデスかねえ? いったいどうするつもりなのやら・・・・・・」
ノイエさんの言葉を受け、チラリと楽しげな笑みを浮かべた巫様は、なみなみとさしつがれた酒を、旨そうに煽った。
「ところでナタネくん。尉官から、例の話は聞きましたか?」
「あ――は、はい。しかし、本当にわたしが担わせていただいても良いものなのかと・・・・・・お受けしたものの、これといった実績もありませんし、自信がないのです」
「ふーん・・・・・・自信ねえ」
巫様は、酒杯の中身をゆらゆらと揺らしながら何事かを考えていたが、やがてわたしの顔をじっと見つめられた。
「とりあえず、まずはきみのことからでも、始めてみたらどうデスか?」
「わたし自身のこと・・・・・・ですか?」
「そう。ものごとの入口なんてものはネ、どんな切っ掛けでも良いんですヨ。きみ自身のことだって、この国で起きた事実の一部には違いありまセンからネ」
「ミルフちゃん? 旦那センセは、なんのお仕事をされるんですか?」
ひとりの娼姫の言葉に、巫様は楽しそうに笑った。
「それはもちろん、わたしの部下とくれば女性の口説き方の特訓デス」
「えー!? 旦那センセが??」
その場にいた娼姫達は、一斉に顔を見合わせて笑い出した。
「ダメよー。いつもわたし達からだって、必死に逃げ回ってるのにー!!」
「ね? それなら、わたし達が旦那センセを特訓してあげましょうよ。女手なら売るほどあるもの」
「じゃあ、とりあえず旦那センセ、今晩は三人以上はお相手してくださいね?」
「え!? い、いや・・・・・・今日はもう、ずいぶん酒も飲んでいるし、それに明日は仕事があるから」
「だーいじょうぶ、わたし達が腕によりをかけてお世話申し上げますから。うふふ・・・・・・旦那センセと共寝できるなんて、滅多にないもの。嬉しい」
きっと商売上の言葉に違いないのだが、それでもつい嬉しいと思えてしまう罪つくりな言葉を、わたしの耳元でささやいた娼姫は、巫様を振り返った。
「ね? ミルフちゃん、大事なお役目のために旦那センセをお借りしても良いでしょう?」
妙な方向に転がり始めた話に動揺しているわたしに、巫様は面白がるような笑みを浮かべた。
「そうデスねえ。職務上、喜ばしいことではありまセンが・・・・・・わたしも無粋なことはしたくありまセンから、明日は午後から登城しなさいヨ。上司のわたしが許可します。ゆっくり楽しんできなサイ」
「は・・・・・・?」
「きゃ~!! やったー!! さ、旦那センセ、行きましょう?? ルニちゃんにはお使いを出しておきますから、ご心配なさらないでくださいね?」
あれよあれよという間に娼姫達に取り巻かれたわたしは、楽しげに手を振って見送る巫様と、困ったように笑うノイエさんや娼姫達を座敷に残したまま、群がる柔らかな手に引き摺られ、身体を押されながら宿屋棟の閨へと連れ去られたのだった。