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其ノ拾参**巫女姫達との語らい



 ノイエさんをはじめ、レスイちゃんと巫女姫見習いのふたりの少女に囲まれての楽しいひと時を過ごしたのだが、そんな中、わたしが先ほどこちらに向かう途中で知った環状壁の通用門を破壊した荷牽き牛の話をした際に、チセちゃんとエナちゃんから何気なく問われた疑問が、わたしに思いがけない新たな興味をもたらしてくれることとなった。


「そういえば、この国の牛はみんな角がちゃんと生えたままですよね? あんなに畑がたくさんあるのに、牛の角は使わないんでしょうか?」


「角? きみ達の国では、牛の角を畑仕事の道具に使うのかい?」


「いえ、そうじゃなくて肥料作りのために使うんですけど・・・・・・」


「こちらの国では、どんな使い方をされるんですか?」


 不思議そうに首を傾げるチセちゃんとエナちゃんの様子に、わたしはあまり深く考えずに話し始めた。


「うん? そうだねえ、せいぜい飾り物や角笛に加工したり・・・・・・後は、そ、その・・・・・・まぁ、その位かな? 他に良い使い道があれば、伸びすぎた角も捨てられるばかりじゃないんだろうけどねえ」


「まあ、旦那センセ。お顔が赤いですよ?」


「いや、は・・・・・・はあ。どうもすみません」


 思わず身を縮めて口ごもったわたしと、クスクスと袖口で口元を覆って楽しげに笑うノイエさんに、チセちゃんとエナちゃんは顔を見合わせた。


「あなた達の国では、どんな使い方をしているの?」


 ノイエさんの言葉に、エナちゃんはニコリと幼さの残る笑顔を覗かせた。


「山の雪が解け出す頃に、切り取った牛の角に牛やヤギの糞をたくさん詰めて土に二季ほど埋めておくんです。取り出す頃には匂いもなくなっていますから、それを水で薄めて畑や牧草地に撒くと、豆や麦がよく育つんですよ」


「わたしが住んでいた村長むらおさばばさま達は、谷の洞穴から削ってきた石の粉をいくつも混ぜて、畑に撒く薬水を作ることができるんです。牛の角に詰めて土で寝かせるところは、エナの地域と同じです」


 続くチセちゃんの言葉に、わたしはすっかり夢中になっていた。


「へえ、混ぜ物の石粉かぁ。それは面白いなぁ・・・・・・ええと、今日はなにか書くものは・・・・・・」


 興味を引かれたわたしが、座りなおして自分の衣をゴソゴソと探り始めると、ノイエさんが部屋の隅に設えてある文箱から羊皮紙と竹筆を取り出してくれた。


「はい、どうぞ」


「ああ、すみません。それで、その石の粉ってのはどんなものがあったか、わかるかい?」


 わたしの質問に、チセちゃんは口ごもった。


「あの、それが・・・・・・わたし達だけだと危ないから、谷には入っちゃいけないって言われていたので・・・・・・いつもわたしの弟達が、荷運びのためについて行っていたので、お土産に小さな欠片を貰ったことはありましたけど」


 あの、これです。


 そう言って、懐から小さな布袋を取り出したチセちゃんは、袋の中身を机にあけて見せてくれた。


「まぁ・・・・・・これは・・・・・・結晶ね?」


 ノイエさんの声に、皆は机の上の小さな石塊をじっと見つめた。


「本当はもっといろんな色があったんですけど、どんな名を持つのかまではわかりません。でも、この他にも見た目の少しずつ違う石がいくつかあったのは憶えています」


「ふぅん・・・・・・これは長石の一種だね。なるほどなぁ、畑には埋まっていない石で肥料が作れるとすると・・・・・・ええと・・・・・・」


 目の前の石を手に取り、しげしげと眺めていたわたしは、ふとノイエさんの顔を見つめた。


「今は何刻でしょうか?」


「ちょうどさっき、六つが鳴ってましたけど・・・・・・もう、旦那センセったら。わたし達よりも、すっかりこの綺麗な石に夢中なんでしょう?」


「え? あ、いや。その・・・・・・今ならまだ、石屋が開いてるんじゃないかと思ったもんですから。け、決して皆さんのことを蔑ろにした訳じゃないですよ?」


 既に腰を上げかけていたわたしは、笑いを堪えている女性達に囲まれ、頭を掻いて座りなおした。


「巫女姫様も朝からずっと、旦那センセにお会いできるのを楽しみになさっていらしたんですよ。ねえ?」


 ノイエさんの声に、レスイちゃんは耳を赤くしてこくりと頷いた。


「ああそうだ! レスイちゃん、ボクは肝心なことを忘れていたよ」


 わたしは懐に手を入れると、我が妹から預かっていたちいさな布包みを取り出した。


「はい。ルニから、レスイちゃんに渡してって。安産のお守りだって」


「・・・・・・きれい。ルニちゃんが、作ったの?」


「うん。ホラ、ボクも着けてるからね。レスイちゃんと、ルニと、ボクの三人でお揃いだよ」


 わたしは衣の袖を捲り上げ、二の腕に撒いた飾り帯をレスイちゃんに見せた。


「そうだなあ、じゃあこれも何かの縁だ。きみ達ふたりで、レスイちゃんの腕にこれを巻いてあげてくれるかい?」


「え!? わたし達がですか?」


「あの、娼嬌様がおいでですから・・・・・・この国に住まわせてもらえることになったばかりのわたし達なんか、とても・・・・・・」


 恐縮し、座したまま後ずさりするチセちゃんとエナちゃんに、ノイエさんは微笑んだ。


「巫女姫様のお腹に宿られた御子は、この国の護り神、櫛羅様の授かり子なの。この国の民に生まれ変わったあなた達ふたりにも、これからたくさんの幸運が訪れるように、巫女姫様にお守りの御印を結んで差し上げてちょうだいな」


「お願い、します」


 レスイちゃんはニコリと笑って、静かに自らの腕を差し出した。


「し、失礼します!」


 一気に緊張を高めたチセちゃんとエナちゃんは、レスイちゃんを挟むように座りなおした。


 チセちゃんがレスイちゃんの手を取り、静かに衣の袖を捲り上げると、編み上げの腕飾りを両の手に捧げたエナちゃんが、レスイちゃんの二の腕に腕飾りを巻いた。


「巫女姫様、お苦しくはございませんか?」


「大丈夫・・・・・・とってもきれい」


「はい。巫女姫様にぴったりのお色で素敵です。こちらでお結びいたしますね」


「ひとつ目を結んだら、もう一度撒いて。ずれない様に・・・・・・そうそう。じゃあ、最後は旦那センセ、お願いします」


 ノイエさんの声とともに、飾り帯の一巡目を結び終えたエナちゃんは、それぞれの紐の先をわたしに手渡してくれ、レスイちゃんの前から座したまま場をずれてくれた。


「じゃあ、レスイちゃんに――可愛い女の子が生まれますように」


 おそらく、この授かり子は女児だ。女児であれば手元に置いて育てることもできるし、レスイちゃんもレスイちゃんのおばさんも、きっと喜ぶに違いない。


 ――ボクもルニも・・・・・・それからこの国の民も皆、きみの誕生を待っているからね。


 飾り紐をきつくならない様にしっかりと結び終え、衣の上からレスイちゃんのお腹に両の手を添えながら眼裏と胸の奥で感じる眩しい光の中に心の中で祈ったわたしは、静かに瞼を開いた。


「旦那センセは、この子がどちらかお分かりなんでしょう?」


「ええ。残念ながら、おそらくは。という程度でしか解らないんですけど」


 ノイエさんの声に、わたしはレスイちゃんの顔を覗き込んだ。


「どうしようか? レスイマアは、この子がどっちか今知りたいかい?」


「・・・・・・ううん、わたしも・・・・・・待ってる」


「うん、そうだね。どっちが生まれてもいいよね。ボクもそう思うから、楽しみにしておこうね」


「うん」


 腕に巻かれたルニの手製の腕飾りを、衣の上からそっと押さえたレスイちゃんは、その手で自らのお腹を優しく撫でてふわりと笑った。


「巫女姫様のお加減も大事なくて、旦那センセもご安心されましたでしょう? そろそろ暗くなってきましたから、そろそろ夕餉のお支度に掛かりましょう。すぐに膳をお持ちしますわね」


 ノイエさんは立ち上がると、チセちゃんとエナちゃんを伴って座敷から出て行った。

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