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其ノ拾**ポロチセ館



 ポロチセ館の入り口に向かって歩いていると、館の中からひとりの女性がちいさな手桶と柄杓を持って、出てくるのが見えた。

 長い髪をきれいに結い上げ、衣の袖を帯に挟んで土埃の舞う道に水を撒き始める。


 館の入り口脇の木製の長椅子には数名の男が座り、水を撒く女性の姿にチラチラと視線を遣りながら、館の中に案内されるのを待っている。やがてひとりの男が腰を上げ、その女性に話し掛けようとした瞬間、女性はわたしの姿に気がついて声をあげた。


「あら、旦那センセ! 来てくださったのね、嬉しいわ」


 女性の背後で声を掛けそびれた男からの、ジロリと睨み付けるような視線をまともに受け、わたしは思わずその場に立ち止まってしまった。


「センセ? ・・・・・・あら、旦那さま方、そんな怖いお顔をなさらないでくださいましな。お疲れでしょうけど、もう少しだけお待ちになって?」


 わたしの様子に首を傾げ、背後を振り返った女性はニッコリと男達に微笑みを向けると扉の脇に手桶と柄杓を置き、わたしの方に小走りに駆け寄って来た。


「おいでなさいませ、旦那センセ。皆、お待ちしてましたのよ」


 誰から見ても明らかな商売上の言葉とはいえ、見ているだけで思わずウットリしてしまうような、きれいな微笑みをまともに受けたわたしは、慌ててあらぬ方向に目を泳がせながら、口の中でモゴモゴと呟いた。


「あ、ああ。いやいや・・・・・・その、今日はレスイちゃんと・・・・・・あと、これ。皆さんに。どうぞ使ってください」


「んもう。旦那センセったら、あたし達にはお土産ばかりでいつも逃げてばっかり。またこっそりと、上手にお帰りになられるおつもりなんでしょう?」


「そ、そんなことは・・・・・・」


「ダメよ、センセ。今日こそは帰しませんからね? たまにはちゃんと遊んでいっていただかなくちゃ」


 いたずらっぽい微笑みで軽く睨まれ、さあさあどうぞ。お入りになって。と、女性はわたしの腕を引くように店の中へと案内してくれた。


 皆さんに誤解のないように説明すると、これは決してわたしがモテているという訳ではない。彼女たちは皆、このポロチセ館を訪れる客に対して同様の態度で迎えてくれるものなのだ。


 この館は、下働きの者から帳場、飯場、宴場、酒場、それから宿場で客の閨の相手を勤める娼姫に至るまで、全て女性のみで賄われている。簡単に言えば、居酒屋と宿屋の複合施設のような館であり、彼女達は酒場と宿を営みながら、その奥に構えられた館とそこに住まう者達を守っているのだ。


 ――そう。ポロチセ館は、表向きは酒場と娼館、その奥にはこの国を護る神獣『櫛羅』に仕える巫女姫たちの暮らす祈祷楼、という、ひとの心の拠り所としての二面性を持つ建物だ。ちなみに、ポロチセという言葉には、赤子が衣の上に纏う、ちょうど皆さんで言うところの『おくるみ』という意味がある。


 女性を女性が守り、不特定多数の男たちと閨を共にする娼姫が、神に仕える巫女姫を守る。一見、相反する取り合わせのようにも思えるが、人々の身体を癒し、活力を与える酒場や娼館と、人々の心を癒し、救いをもたらす祈祷楼の役割には相通じるものがある。


 他国では巫女と娼婦を同じ場所に置くなどと、考えられないことなのだそうだが、この国の、遊牧の民を祖とするわたし達にとって、女性は命を生み出し、仲間の絆を高める大切な宝だという古来からの価値観から、巫女と娼婦を同等に扱うことは、至極当然のものとして皆に受けとめられているのだ。


 いつだったか、わたしの馴染みの娼姫が閨の枕話の中で、もともとポロチセ館の仕組みは、長年に渡りこの国の祭事を取り纏める『巫』を勤める御方の発案がもとになっているのだと、笑いながら話してくれたことがある。


 ――わたしもごく普通の男だ。この館に顔を出し、美しい女性たちに囲まれていれば、それなりに馴染みの娼姫ができてくる。妹もそれは知っていて、たまに自分でも顔を出し、娼姫たちのことを“お姐さん”と呼んでは、可愛がられているようだった。


 ちなみに、巫女も娼婦は国の違いに関わらず『お姫さん』という愛称で呼ばれる事が多い。正式な呼び名は“巫女姫”“娼姫”という。

 それに対し、ポロチセ館を訪れる客は全て『旦那さま』もしくは『旦那衆』と呼ばれる。男女の別を問わずそう呼ばれることから、面白がって何度もこの館を訪れるうちに、いつの間にか特定の娼姫と身体馴染みになってしまい、果てには男性と同じように、娼姫を自分の家族として身請けし、ともに暮らすようになる女性たちもいるのだという。


 ――ポロチセ館の娼姫たちは、基本的にこの国の生まれではない。

 これはこの国で彼女たちがこの職業に就いている理由のひとつでもあるのだが、その辺りのことについては、後ほど話すことにしよう。

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