第9話 挑戦
ディケンズと別れたライラは、工業区に入った。
武具に使う魔物の素材や食品の加工を行うところが多い為、他の区と比べると清潔さは無く、また独特の臭いが漂っていた。
ライラは顔馴染みの武器屋を覗いた。
「おっ!メイリスの女狩人じゃねぇか。」
ニグ、メイリスを含めても女の狩人は数名しかおらず、メイリスにはライラ一人の為、通称として、そう呼ぶ者も少なくない。
「オッス。ちょっと訊きてぇことがあるんだけどよ。」
「何だ?」
「ウィーグテイルの甲殻って武器にはならねぇか?」
「あのサソリか?」
「そそ。」
「う~ん。甲殻ってのは元々守るためのもんだからな。鋸状になってる鱗とかなら兎も角、あの甲殻では難しいだろうな。」
「やっぱ、そうか・・・まぁ、売っちまうか。ありがとよ。」
「おい。ちょっと待て、防具になら使えるぞ。」
「防具かぁ。素早さが落ちるのはちょっとな・・・」
「籠手ならどうだ?あれなら素早さは大して落ちねぇし、いざと言う時、咄嗟に守れるぞ。」
「なるほど・・・」
ライラは少し考えた。
「じゃあ頼むか。」
「手、出してみな。」
武器屋の言葉にライラが手を出すと、紐で素早く手首から二の腕の寸法を計り、メモをした。
そして、別の紙に必要素材を書いて、ライラに渡した。
「じゃあ、後で素材を持ってきな。代金は出来上がった時で良い。」
「了解。んじゃヨロシクな。」
武器屋を出て先に進むと、工業区の中では小綺麗な建物が見えてくる。
ハーラル王国に於けるギルド本部。全ての依頼は一度ここに集まり、危険度、地域が精査されて、各町へと送られる。ただし、緊急性の高いものに関しては各町の任命者の判断で依頼が出され、事後報告にされる場合もある。
ライラは扉を開け、隙間から半身だけ入り、中を見渡す。
お目当ての人物がいない事を確認した時、受付の一人と目があった。
当然、顔見知りである為、受付嬢が会釈をすると、ライラは両手を頭の上で伸ばして耳を作り、その後に床を指差す。
ララは下にいるか?とジェスチャーで尋ねる。
分かりません。と首を振った受付嬢に手を上げ、お礼を言うと本部を出て、建物の横にある地下への階段を降りていく。
階段を降りるとギルド本部の丁度真下に当たる、右手に扉がある。
入るとそこは酒場であった。
メイリスの酒場と違い、カウンターの奥には酒瓶が並んでおり、バーと呼ぶような洗練されたお洒落な作りになっている。
とは言え、客の殆どは狩人と仕事を終えた工業区の職人たちなので、もう少し夜が耽ればメイリスと変わらぬ猥雑さになる。
辺りを見渡しながら、カウンター席に腰を掛けたライラの前に水が置かれた。
「ライラ君。ご無沙汰だね。」
「ザインさん、何か適当な酒をくれ。」
「了解。」
短髪に口髭のある50前後のマスターが酒を作る隣には、少し露出多い給仕服を着た女が気怠そうに洗ったグラスを拭いている。
「よぉ。」
ライラが声を掛けると女も「よぉ。」とだけ返した。
ライラの前に酒が置かれる。
ライラは一口飲むとザインに尋ねた。
「ルルたちは来てねぇのか?」
「二人なら昨日、ガルートに向かったよ。」
ガルートはニグの北西にある小さな村。王都に比較的近くはあるが、発展は余りしておらず、綿花などの農業を主とする田舎町である。
「ガルート?あぁ、そんな時期か・・・」
「蜂退治だね。」
この時期になるとガルートの近くに20㎝ほどの蜂の魔物が巣を作るために現れる。
その蜂自体は温厚で、手を出さなければ危険では無いが、彼らの蜂蜜を求めてロックロックスという魔物がやって来る為、村に近い場所に巣を作らないように毎年ある程度の距離で蜂退治が行われている。
「ガルートはブロウ君の故郷だし、ルル君は村の子供たちに人気だから、一週間位は戻らないかもね。」
ブロウ・ルブド。屈強な肉体を持つ、スキンヘッドの黒人で、その剛腕を活かした両手剣と水魔法を使える狩人。
その相棒であるルル・シ=カはラビリタスと呼ばれる種族で二足歩行のウサギのような姿をしており、柔軟な身体と俊敏性で相手を翻弄しつつ、手に嵌めたガントレットと風魔法を交えて戦う。
「そうか・・・タイミングが悪かったな。」ライラは酒を飲み干し、おかわりを頼んだ。
分かっていたのか、すぐにおかわりを出したザインが言う。
「今日は一人なのかい?」
「いや、ディケンズはエドゥリアの所に寄ってる。まぁ、その内来るさ。」
「なるほどね。ところでライラ君たち向けの依頼があるんだが、見てみるかい?」
「アタシたち向け?悪いけど、流石にここの連中に仁義を切ってからじゃないと不味いな。ここの連中に先に見せてから、残ったなら話を回してくれ。」
「いや、そうじゃないんだよ。君たちは何やら面白い事をやってるらしいそうじゃないか。」
「面白い事?」
ライラは少し思案し、すぐに砂漠の頂点取りの事と気づいた。
「流石はザインさん。情報を掴むのが早ぇな。」
「ここでは情報が命だからね。」
そう言うとザインは笑った。
「アタシたち専用の依頼って事か?」
「まぁ、一応は誰でも請けれるけど、強力な魔物な上に見返りは薄いからね。誰も請けやしないよ。見てみるかい?」
「ああ、頼むよ。」
ザインは紙に何かを書くと、カウンターの横にある筒から伸びている紐の先に引っ掻けた。その筒は煙突の様に天井を抜け、上のギルド本部に繋がっている。
ザインが紐を引くと、スルスルと紐が上がっていき、暫くすると一枚の紙が戻ってきた。
その依頼書は普通の紙と違い、黄土色をしている。
それはハーラル王国のシンボルカラー。つまり王国からの正式な依頼である。
「魔物研究所からの依頼だよ。素材の提供。公的な報酬は無し。まぁ、国への貢献と言うところだね。」
受け取ったライラが依頼書を見る。
「依頼主はモドンのジイさんかよ。アルドギドスの牙と甲殻の納品。アルドギドスって言うとあのデカい恐竜だよな。」
アルドギドスは二足歩行をする獣脚類で、強靭な下半身と尻尾を持つ恐竜型の魔物。前肢の爪や牙はそれほど脅威ではないが、尻尾と口から放つ火球には注意する必要がある。
「特に期限は定められてないし、依頼以外の素材は自由にしていいらしい。どうする?請けるかい?」
「まぁ、期限が無いなら、請けちまっても良いが、一応ディケンズに相談だな。」
暫く談笑していると、扉を開けてディケンズが入ってくる。
辺りを見ながら、ライラの隣に座ったディケンズが「なんだ。あいつらいねぇのか。」と言った。
「蜂狩りだとよ。」
「ああ、そんな時期か。」
ライラが依頼書をディケンズに回す。
「ん?」
「アタシらようの依頼だと。」
「アルドギドスか。こいつは中々だな。」
「本によればランクBだな。どうする?やるか?」
「そうだな。小手調べと行くか。」
「んじゃあ決まりだな。まぁ、期限が無い以上、ヤバいと思ったら逃げちまえばいいし。」
「それじゃあギルドに報告しておくよ。」
「頼むよ。」
「メイリスに戻って、準備したら出発だな。」
「とりあえずは景気付けの酒だ。」
そのまま二人は酒を飲み。メイリスに着いたのは夜中だった。




