第8話 ニグの錬金術師
大通りの十字路まで来た二人は足を止めた。
右に曲がれば、再び居住区に向かい。左に曲がれば、工業区がある。道なりに行けば港まで続いている。
「酒場に行くけど、お前はどうする?」
「俺はエドゥリアの所に部品を取りに行くさ。」
「そうか、了解。宜しく言っといてくれ。」
「お前は顔出さないのか?」
「あ~アイツはなぁ~。」
ライラは面倒くさそうな顔をする。
「たまには会ってやらない悲しむぞ。」
「また今度だな。あっ!そうだ。ついでにこれ。」
そう言って短パンのポケットから一枚の鱗を取り出した。
「こいつを売っといてくれ。」
「何だこれ?」ディケンズがまじまじと鱗を見つめながら訊いた。
「知らねぇ。まぁでも高く売れるだろ。」
ディケンズがハッと気付く。
「お前まさか!」
「大丈夫だよ。エドゥリアの店なら足は付かねぇよ。」
「全く・・・お前って奴は。」ディケンズが呆れて溜め息をつく。
「取り分は折半で構わねぇから。んじゃ、宜しくな。」
ライラは手をひらひら振りながら、工業区へ消えていった。
再び居住区に戻ったディケンズが家々を抜けていくと、小さな林の向こうに一軒の店が見える。店と繋がる形で隣に家が併設されている。
その昔、ハーラル王国が、まだ小さな国であった時、首都であるニグはただの港町であった。
砂漠の国にとって一番重要になる物、それは水だった。
飲み水は勿論、生活用水の確保をする事が何より先決になる。それは国が大きくなればなる程に、困難になっていった。
そんな折り、ふらりと訪れた錬金術師の男が海水を真水に変える装置を作り出した。
当時の国王は喜び、錬金術師に一つだけどんな願いでも叶えると約束した。
すると男は金でも地位でも無く、町外れに一軒の店を建てたいと要望した。
そうして建てられた店は、男の死後、誰も住まうことはなかったが、数年前に男の曾孫である一人の娘が現れ、店を再開した。
それがエドゥリアのアトリエ『ルプランデル』である。
エドゥリアは商業区にある薬屋や病院と競合しないよう、薬は傷薬のみ特化させ、その他は生活に役立つ道具を販売している。
生活だけで無く、戦闘に活用できる物もある為、兵士や狩人たちも重宝されている。
ディケンズが店に入ろうとすると、丁度、薬を買って出てきた住人とすれ違う。
住人はディケンズを見て、一瞬ビクッとなったが、ディケンズは何事もなく通り過ぎた。
メイリスの皆は慣れているが、ニグではまだ、リザードマンという種族に驚く者も少なくない。
ディケンズが扉を開け、中に入ると目の前の棚に、分かりやすく住人向けの傷薬が陳列されている。壁際の棚には様々な道具が置かれていた。
奥のカウンターにいた一人の女がディケンズに気付き、お辞儀をした。
「ローゼル。景気はどうだ?」
「お陰さまで、繁盛しております。」
女は抑揚のない声で答えた。
ウェーブのかかったセミロングの青い髪、砂漠の街では稀有な透き通るような白い肌とグレーの瞳。
給仕服を着ているが、ドレスを着ていれば、何処かの貴族の娘と見紛うような容姿である。
「エドゥリアはいるか?こないだ頼んだ部品が出来たと聞いてな。」
「マスターならアトリエにおります。呼んできますので少々お待ち下さい。」
暫くすると奥の扉が開き、エドゥリアが入ってきた。
黒髪ボブカット、丸眼鏡の奥には細く曲がったキツネ目が見える。
白衣を着ているが、身長が低く小柄な為、裾が床を擦りそうになっている。
その容姿から幼く見られるが、24歳の立派な大人である。
「ディケンズさん、こんにちわ。」
「おう。」
挨拶をしながら目で店中を探す。
その様子を見たディケンズが答えた。
「ライラならいないぞ。」
「えぇ~、最近全然来てくれない・・・」
エドゥリアが露骨にしょんぼりする。
「まぁ、今度は無理やりでも連れてきてやるさ。それより依頼品はあるか?」
「あ、はい。こちらです。」そう言って輪っかのような部品を見せる。
「それか。そいつは俺で付けれる物なのか?」
「何ならここで取り付けましょうか?」
「いや、出来れば自分で整備出来るようにしておきたい。」
「なるほど。じゃあ説明書を作ってきますね」
そう言うと奥の部屋へ戻っていく。
「相変わらず、ライラにご執心だな。」
「マスターの趣味と言ってもいいでしょう。」
それは同性への憧れ以上の感情だった。
「因みにこの間は代金の代わりに、髪の毛を貰っておりました。」
「か、髪の毛?・・・そんなもん、どうするんだ?」
「コレクションとの事です。」
ローゼルは淡々と答えた。
「あ、あぁ・・・ライラが来たがらない理由が分からんでもないな。」
二人が世間話をしていると、エドゥリアが戻ってきた。
「こちらが説明書です。取り外しと機能の説明、整備に関しても簡単に書いてありますが、持ってきて貰った方が早いかもですね。」
「済まないな。」
説明書を受け取って、しまおうとした時、先程ライラに渡された鱗に気づいた。
「そうだ。こいつを買い取れるか?別に高値でなくて構わない。」
鱗を受け取ったエドゥリアが眺めなから訊く。
「鱗・・・何の鱗なんでしょう?」
「それが分からん。」
「分からない?拾ったのですか?」
言いながら鱗をローゼルに回した。
「いや・・・」ディケンズが言い淀む。
「中型の竜の物の様ですが、種族までは分かりませんね。」
「う~ん。何か分からないのはちょっと難しいですね。複数枚あるなら調べて使えますが・・・」
「盗品ですか?」ローゼルが言う。
「ああ、まぁ、そんなとこだ。ちょっと魔物研究所に用があってな。」
「だとするとライラ様ですか。」
ディケンズの性格上、この手の盗みはしないと分かっていた。
ローゼルの言葉にエドゥリアの目が光る。
それに気付いたディケンズが補足する。
「因みにライラは短パンのポケットに入れてたぞ。」
言った瞬間、エドゥリアがローゼルから鱗を引ったくる。
「折角なので買い取りましょう。ローゼル、言い値で払って。」
「御意に。」
「それではこれで。」
そう言って、鱗を胸に抱え、エドゥリアは奥の部屋に入って行った。
「いくら入りますか?」
「いや、部品の代金をまだ払ってないからな。それとチャラで構わない。ライラには売れなかったと伝えとくよ。」
「承知しました。」
その後、いくつかの道具を購入し、店を出ようとした時、ローゼルが声を掛けた。
「ディケンズ様、こちらをエリーザ様に。」
手にはハーブを持っていた。
「ハーブか。いくら払えばいい?」
「いえ、お代は結構です。少し多く発注してしまいましたので。」
ローゼルがミスをするとは思えないので、恐らくわざとであろう。
「良いのか?」
「はい。グラシスニードと言うハーブです。乾燥工程が必要ですが、エリーゼ様なら問題無いでしょう。」
「分かった。渡しておくよ。そう言えばエリーの奴が、一度店に来て欲しいって言ってたぞ。」
「メイリスに行くのは、マスターの意向次第ですので、難しいかもしれませんね。」
「そうなのか?エドゥリアにしたってライラに会えるじゃないか?」
「そうなのですが、マスター曰く、押し掛けるの違うそうです。あくまで『待つ』のが良いそうです。」
「そう言うものなのか?」
「それが乙女心なのよっ!!」
今まで冷静に感情の起伏無く話していたローゼルが人差し指でビシッ!っとディケンズを指差し、大きな声で言った。
そして、直ぐにいつも通りに戻る。
「と、申しておりました。」
「な、なるほど。俺には分からんな・・・」
「私にも解りかねます。もし宜しければ、エリーゼ様の方からお越し下さいとお伝えて下さい。」
「あぁ、そうだな。伝えておくよ。」
「有難う御座います。」
そうして、ディケンズはルプランデルを後にした。




