第66話 時をかける幼女②
ポッポリーが事情を説明している中、モルンはモウズに乗る一人の狩人を見ていた。
紫かがった青い鱗を持つリザードマン。所々に見られる傷から潜ってきた修羅場の数が伺えた。
そして何よりも目を引くのは左腕だった。
その左腕は肘から先が無く、代わりに銃器のような物が取り付けられていた。
(あれは間違いなくドワーフの機械・・・だが、生身と結合したと言うのか?)
「どうした?」
気が付くとディケンズが手を差し伸べていた。
モルンが考え事をしていたうちに話は進み、ディケンズの後ろに座ることになっていた。
そのまま持ち上げられるとモウズの後ろへ座らされた。
「落ちないように気を付けろよ。」
「うん。」
モウズに揺られて進んでいく。ディケンズとポッポリーは世間話をしていた。
モルンは再び、その腕を見た。
(機械と生身の結合・・・この時代でそんな技術があるとは考えにくい。もしかするとドワーフの中にも時魔法を使う者がいるのかもしれんな。)
「やっぱり気になるか?」
モルンの視線に気付いたディケンズが左腕を挙げながら聞いた。
「ああ、やっぱり驚きますよね。」
ポッポリーが同調する。
「どうしちゃったの?」
モルンは幼子を演じながらも、純粋に気になり尋ねた。
「何年も前にな、この砂漠に『不浄王』って魔物がいたんだよ。ソイツと戦った時にスパッとな。」
ディケンズは右手で手刀を作り、左腕を切るような仕草をしながら説明した。
「んで、ドワーフって種族の奴らに頼んでみたら、こんな事なったんだよ。」
言ってディケンズはハハッと笑った。
「不浄王?」
「ああ、ええっと・・・正式な名前はケイオスヘッドだな。聞いたことあるか?」
モルンは首を振る。
「白くて大きい怪物でね。枯れた枝みたい角が生えてて、お顔には大きな穴が空いてるんだよ。」
ポッポリーは身振りを加えながら、不浄王の容姿を説明した。
(世界樹の朽角に、真理の穿穴・・・つまりは原始の神の眷属。翼を持たぬことを考えれば、天使の出来損ないか・・・よくもまぁ、こんな時代まで生きていたものだ。)
その後も二人は世間話を続けながら進む。
「そういや、ユメルの結婚式はいつなんだ?」
「来月のはじめって言ってましたよ?」
「そうか。何かしら祝いを用意しとかねぇとな。」
「楽しみですねぇ。」
穏やかで緩やかな時間が流れた。モルンはその状況に、何とも言えぬ歯痒さと、居心地の良さを感じた。
モルンが自身の魔法に気付き、周りも気付いた時、モルンの世界は一変した。
力の露呈した彼女を見る周りの者たちの目に浮かぶのは、奇異であり、畏怖であった。
ある者には金の成る木であり、ある者には貴重な研究材料。そしてまたある者にとっては、ただの恐ろしい怪物。
知人はおろか、身内でさえも、彼女を見る目を変えた。
自分を見る母親の瞳に恐怖の意を見出だした時、彼女もまた、今までの全てを棄てて、この力を選んだ。
自分の人生を歩むのは、他の誰でも無く、自分でしかない。ならば他者と繋がりなど、絶っても問題ない。
時を越えることにより、普通の者が得ることの無い叡智を得た。世界の秘密の片鱗にも触れた。
自分自身、それで満足していた。
しかし、この穏やかな時間は、忘れていた何かを思い出させた。遠い昔に捨てた、当たり前にあったかもしれない日常。
長くは続かない。薬を得て、元に戻れば、もう味わうことも無いだろう。だが・・・
彼女はモウズに揺られ、いつの間にか眠っていた。
彼女が目を覚ますと、モウズの上で一人だった。
眼を擦りながら辺りを見ると、少し離れたところにディケンズとポッポリーが見える。
二人の対峙する先には翼の生えた蛇のような魔物がいた。
ディケンズの左腕に取り付けられた銃口から小さな光弾が連射される。
魔物は空中を蛇行するようにそれを躱した。
「ディケンズさん!殺しちゃダメですよ!」
「分かってるよ。追い払うだけだろ?」
魔物が口から放った毒液を躱しながら、ディケンズが銃口を弄る。
「ポッポリー!今だっ!」
その合図と共にポッポリーが大きめの岩を投げる。
ディケンズが岩目掛けて光弾を放ち、魔物の目の前で岩が爆発する。
驚いた魔物がそそくさと逃げ出していく。
「これで大丈夫だな。」
「ですね。」
「おっ?起きたみたいだな。」
「アナちゃん。こっちだよ。」
ポッポリーの示す先には青い実をつけた植物があった。
「一緒に取ろう?」
ディケンズは辺りを見ながら言う。
「多分大丈夫だろうが、俺は一応辺りを警戒しとくよ。」
「お願いします。」
そうして、ポッポリーとモルンはラクサーナの実を採取した。
「良し!これくらいで良いかな。」
「多分大丈夫だと思う・・・」
「ディケンズさん!もう大丈夫で~す!」
「取れたか?」
「はいっ!ありがとうございました。」
「・・・ありがとう。」
「なに、気にする事はないさ。お袋さん、良くなるといいな。」
モウズに揺られながら、町に戻る最中、モルンは再びやって来た穏やかに時間から逃げるように眠りについた。
すやすやと寝息を立てるモルンを見ながらディケンズが呟く。
「しかし・・・本当なのか?」
「何がですか?」
「こんな子供が砂漠に一人なんて・・・ありえないだろ。」
「そうですね。」
「本当に親の治療の為なのか?」
「分かりません・・・でも。」
「でも?」
「どこか寂しそうに見えたんです。」
ポッポリーは優しい眼差しをモルンに向けながら言った。
「本当に大丈夫?」
「うん。ありがとう。」
錬金術のアトリエで薬を作った後、モルンは知り合いがいると嘘を着き、ポッポリーと別れることにした。
そして、ポッポリーもそれを受け入れた。
「気を付けてねっ!」
「お姉ちゃんも・・・」
「うん。ありがと。じゃあね!」
笑顔を手を振って、飛び去っていくポッポリーをモルンは見つめた。
(いっそ、子供としてこの地に残ってしまえば・・・)
モルンは頭を振った。自分の中に沸いて出た、下らない考えを払拭するように。
禁呪と呼ばれる外魔法を得た者の末路は知っている。
星魔法使いは破壊した星の魔力に呑まれて精神に異常をきたした。無魔法使いは自身の生み出した無を制御しきれずにその身を喰われた。所詮、人智を越えた我々には、幸せな結末など訪れてはならないのだ。
モルンは一軒の家の軒先にあった箒を拝借し、人目に付かないよう、家の裏手に回る。
もう一度だけ名残惜しそうにポッポリーの飛び去った方向を見つめるとゆっくりと薬を飲んだ。
身体の中で魔力の高まりを感じる。だが身体はまだ子供のままだった。
(すぐには戻らんか・・・だがこのままでは直にあの土地神がやって来るだろう。早いとこ、この時代からずらかるか。)
モルンが手を翳すと青い光の時計が現れ、モルンの身体は光の中へ消えていった。
青い光の中からモルンが飛び出す。
辺りを見渡すと、そこは砂漠の真ん中であった。
(時代は変わったが、場所がそれ程離れていない・・・まだ魔力が戻っていないか・・・)
「まぁ、いいさ。」
モルンは箒の強度を確かめる。そうして跨ろうとした瞬間。
「あれぇ~!」
どこかから少女の声が聞こえた。
上空からハーピーの少女が降りてくる。
「迷子なのぉ?」
モルンはその姿を見て驚いた。
「ポ、ポッポリー・・・」
「ポッポリーのこと、知ってるの!?」
モルンは思わず頷いた。
「ポッポリーも有名になったものなのっ!」
ポッポリーは両翼を腰にあて、自慢気に言った。
「それで、きみのお名前は?」
モルンは一瞬迷ったが、彼女なら問題ないと考えて正直に名乗った。
「・・・モルン。」
「モルンちゃんなの。よろしくなの!」
「それで、迷子なの?」
モルンは首を振った。
「ベールズに行くの。」
「ベールズ?」
ポッポリーはベールズの方角を見た。
「ここからだとすごく遠いの。ポッポリーが連れてって上げるの。」
そう言うとポッポリーは宙に浮き、足に捕まるよう促した。
「私、飛べるから大丈夫。」
箒に跨ったモルンの身体が宙に浮く。
「えぇ~!凄いの!」
そうして二人は楽しそうに話ながら北の空へと飛んでいった。
その姿をライラが見つける。
「お。ポッポリーじゃねぇか。あいつも年相応の友達がいるんだな。」




