第62話 爪痕
「ふわぁぁ~」
ライラは大きな欠伸をした。
二人はゆっくりと砂漠を進んでいく。
晴れ渡る空から太陽が照りつけるが、時折吹く乾いた風のお陰でそれほど暑くはない。寧ろ心地よさすら感じる状態だった。
「なんか魔物が少なくねぇか?」
「そうだな。」ディケンズは特に気にする様子もなく答えた。
「不思議に思わねぇのか?」
「先の戦いで多くの魔物が死んだのさ。手負い魔物はまだ大人しくしてるし、草食動物たちも警戒心が高まってるんだろ。」
魔王軍との戦いに於いて、死んだ者たちは弔われ、追悼の儀の後に港の一角に慰霊碑が建立された。だが死んだのは人間だけで無い。多くの魔物たちもまた、尊い犠牲を払ったのだ。
「ああ・・・なるほどな。」
ライラは納得しながら辺りを見渡した。
「モドンのジイさんが言ってた、魔法陣の出現で生態系が変わるってのも、あながち嘘じゃねぇんだな。」
ギルニアの地は土地神ルーゼスの手により守られた。だが、ガルヴァールが砂漠の破壊を選ばず、そこに住まう者だけを狙っていれば、違うを結末を迎えていたかもしれない。
暫く進むとヴァルチャーと呼ばれる死肉喰いの鳥たちが上空を旋回しているのが見えてくる。
それと同時に死臭が漂ってきた。
「うっ・・・」
思わず二人は顔をしかめ、ライラは手で鼻を押さえた。
そして、ちらほらと魔物の死骸が見えてくる。
そこは第一陣の魔物と王国軍がぶつかり主戦場となったところであった。ライラたちも最初はこの辺りで戦っていた。
最も多くの血が流れ、命が失われた場所。
兵たちの遺体は軍により回収されたが、魔物や魔族のものは放置されている。
本来ならば、死骸はヴァルチャーたちや肉食獣によって処理されるが、数が膨大であるが故、その多くがそのまま朽ち始めていた。
「まるで不浄王が通った後みてぇだな。」
「いや、それより酷いぞ。」
幾ばかの魔物がライラたちを無視して死骸を貪るなか、二人は死骸を避けて通っていく。
「これが戦争の爪痕って奴か・・・」
「まぁ、みたいなもんだろうな。」
あまりの腐敗臭にライラが咳き込む。
「流石にキツいな。一気に抜けよう。」
「ああ。」
二人は足早にその場を離れた。
「そろそろ飲んどくか。」
暮れ始めた空を見て、ディケンズが呟く。
「ああ。すぐに効くわけでもねぇからな。」
二人はエドゥリアの作った身体を暖める丸薬を飲む。
「しかし、魔界ってとこはあんなのがうじゃうじゃいるのかね。」
あんなのとは魔王ガルヴァールの事だ。
「うじゃうじゃはいないだろうが、ミゼットの口振りからするとそれなりにいるんだろうな。」
ライラはガルヴァールの戦いを思い出した。
ルーゼスの話では、ルーゼスが手を抜いていたようであったが、それでもその地では強大な力を持つとされる土地神と渡り合っていた。
そしてそのガルヴァールでさえ、ルーゼスは「魔王の器ではない」と言い放った。それはガルヴァールが魔王の中でも弱い部類にいると言うことを示す。
「魔界っての相当ヤベぇんだな・・・」
「ミゼットの受け売りだが、人間ってのは大半の奴が争いを好まない傾向にある。だから平和を保ちやすいんだと。だが、魔界の連中はほとんどの奴が好戦的で、力で捩じ伏せて己の力を誇示する、力こそ全ての世界。だから争いが絶えないんだとよ。」
「ほ~ん。それじゃあすぐに滅んじまいそうなもんだなけどな。」
「魔界の中でも上位に位置する魔王たちはある程度、自分たちの陣地を理解した上で、互いに均衡を保とうしてるらしい。だが下っぱや中堅の魔王たちは野心の為に戦争を繰り返すんだとよ。」
「そう言うことか。」
「こっち例えるならダンクロアのじい様が均衡を保とうしても、ヘイリッドやミゲイルみたいな地位の奴が手当たり次第、争いを仕掛けてるようなもんだろうな。」
「そいつは悲惨だな。」
「昔、魔王がこっちに侵攻してきた話を知ってるか?」
ディケンズが切り出す。
「ああ、知ってるよ。聖凱騎士団だろ?しかし、そんな連中ホントにいたのかねぇ。」
遠い昔、ルブトスという魔王が地上への侵攻を企てた。各国の王たちは騎士の中から類い稀ない実力を持つ者を選出し、その十人の騎士により結成されたのが聖凱騎士団である。
彼らの活躍により、魔王ルブトスは打ち倒されて、世界に平和が訪れたと言われており、今尚各地には彼等の由縁の物や場所、子孫を名乗る者たちがいる。
「いたのかねって、そりゃあ歴史として残ってるだからいたんだろ。」
「でもよ。相手は魔王だろ?10人そこらの奴でどうになるもんかね。」
「騎士団つっても、戦争なんだから皆で戦ったんだろ。その指揮官が代表として名を残したって事じゃないのか。」
「だとしてもよ・・・じゃあガルヴァールの件、ルーゼス抜きのアタシらだけで何とかなったと思うか?」
「それは・・・」
「歴史なんて書いたもん勝ちだろ。縁のもんだ遺物だなんて言ったところで、調べたって本当かどうか分かりゃあしない。」
「そうかもしれねぇが・・・と言うかお前は一体何が言いたいんだ?」
「さぁな。アタシにも分かんねぇ。兎に角、過去にしろ未来にしろ、実際行って見れる訳じゃねぇんだ。だからアタシたちは目に見えるもんを信じて、今を堅実に生きるしかねぇんだよ。」
そう言ってライラは進んでいく。
「俺たちが堅実に生きてるとも思えないがな・・・」
ディケンズは呟くと、ライラの後を追った。
「うぅ~寒。」
ライラは身震いしながらローブを纏う。
辺りは既に夜の帳が落ちていた。
「薬飲んでも寒ぃな。」
「なに、狩りが始まって動き出せば、丁度良いさ。」
「肝心の魔物が見当たらねぇけどな。」
昼にも増して、辺りに魔物の気配は無かった。
風の音が響く中、二人はゆっくり進んでいく。
「満月か・・・」
空を見上げてディケンズが呟いた時、ライラが遠くに何かを見つけた。
「おい、何か光ってるぞ。」
「あぁ?」
視線の先には楕円形の物体があり、周囲が仄かに明るんでいた。
ある程度近づいた時、ライラが手を出し制止を掛けた。
そこにあったのは人の腰くらいの高さの赤い岩の様な物。上部は窪んで穴になっており、中でオレンジ色の何かが光ってる。
熱源であるらしく、周囲の温度を上げているようだった。
「あんなもん、昼に見たことあるか?」
「いや、無いな。」
「つーことは、そう言うことだよな。」
「だろうな。」
どこからか現れた数頭の草食動物が光へと近寄っていく。
「あぁあぁ、哀れなる犠牲者だな。」
「仕方ないさ。本能的に暖を求めたんだ。これも奴さんの狩りのスタイルだろうな。」
「助けてやるか?」
ライラの問い掛けにディケンズは首を振った。
「これも自然の摂理だ。手を加えるべきじゃないだろう。」
「そっか。」
ライラは少しでも暖が取れるよう両手を前に伸ばしながら、その光景を見つめた。
ディケンズはモドンから貰った本を取り出す。
そうしてモドンが印を付けた「夜に活動する魔物」の名前を見る。
「名前じゃ分からないが、火を使いそうなところで考えるとレッドテイルっ奴かもしれないな。」
「テイル?じゃあ、あの岩みてぇなのは尻尾なのか?」
次の瞬間、岩のようなものからオレンジ色の液体が噴射される。
それは周囲に着弾すると同時に発火した。一頭に当たり、燃えながら転がった。
驚いた草食動物たちが逃げ出そうとするが、至る所に火が着いている為、パニックを起こしている。
その時、地面から鋏が飛び出し、その内の一頭を捉えた。
そのまま砂の中からサソリの魔物が這い出てくる。
以前戦ったウィーグテイルと良く似た姿をしている。ただ違うのは頭部に迫り出すような角が付いており、左の鋏と液体を噴射した尻尾は深紅に染まっている。
獲物を喰らっている魔物を見ながらライラが言った。
「レッドテイルで良さそうだな。」
「ああ。じゃあ先手必勝と行くか。」
言いながらディケンズがソールオングルを構える。
「食事中のところ、邪魔するぜ。」
ソールオングルが火を噴き、狩りが始まった。




