第59話 ギルニアを統べる者⑧
凄まじい衝撃音と共に巨人の身体が横に弾き飛ばされた。
ライラはそっと目を開け、その光景に目を見開いた。
そこに映るもの。白い皮に包まれた強固な肉体、枯れ枝のような非対称の角、そして目も鼻も口も持たぬ、まるで深淵に続く洞窟のような穴の空いた顔。
「不浄王・・・」
立ち上がった巨人が咆哮を上げ、威嚇する。
不浄王もまた、空を見上げ、狼の遠吠えの如く、機械音
にも似た高い咆哮を上げた。
両者が同時に駆け出し、ぶつかると同時に組み合う。
体格では巨人が勝っていた。しかし、圧倒的なその力で不浄王が組伏せると、馬乗りになって巨人の顔を殴打する。
「よく見ておけ。」
気づくとライラの隣に土地神ルーゼスが立っていた。
「あれがお前が目指す、この地の頂点。『ギルニアを統べる者たち』だ。」
「たち?」
ライラが聞き返した時、双頭竜の片方が不浄王に向かって口を開く。
口の中が白熱化していき、凄まじい火炎放射を放った。
次の瞬間、ライラの身体が震える。
胸に閉まっていた砂の羅針盤が、今まで無いほどの激しい反応を示す。
ライラが困惑していると、目の前の砂が盛り上がり、巨大な砂の壁が現れる。
「なっ・・・」
言葉を失うライラの前で、砂の壁は火炎放射を完全に防ぎきる。
そして、砕け散ると中から一人の女が現れた。
ライトグリーンの腰まで伸びる長い髪。古い神官を思わせる金の装飾をあしらった白いワンピースの様な服からは、2本の足の他に蛇の尾が伸びている。
「私の手を煩わせるなんてね。」
呟いた女はルーゼスとライラの方を一度だけ見るとそのまま竜に向き直した。
「あれがギルニアの三番手。砂漠の中層にある遺跡を支配する魔物。アデラシアだ。」
「ミゼットの言っていた・・・」
以前ミゼットが言っていた。地下の遺跡を治めるその者は、ライラと同じく砂魔法を使い、不浄王よりも強いと。
アデラシアが手を翳すと、地面から幾つもの砂の刃が飛び出す。それはライラの砂の爪とは違い、鋭利さを備わっていた。
砂の刃は、火炎放射を放った竜の長い首に幾つも傷を入れて、大きく怯ませていく。
アデラシアが回るように尾を振り上げる。その動きに合わせるように飛び出した一際大きい砂の刃は、竜の首を撥ね飛ばした。
ライラはその威力の高さに息を飲む。
「そして。」
ルーゼスが言うと同時に双頭竜の足元から、何かが這い出す。
暗い緑色の蛇のように長い体を持つ竜。
長く地中に住まい、退化したのか目は白濁としており、前後に2本ずつある脚はそれほど脅威には見えない。だがその全身にはサボテンの様に鋭い針が、ところ狭しと生えていた。
「中層と深層の間で泳ぎ続け、巨大な砂の波を作り出し、中層と深層を分断している古竜。スーラ・ビシュラ。」
古竜は双頭竜に巻き付くように登っていく。全身の棘が双頭竜の体に食い込み、切り裂いていく。振りほどこうと暴れるが、片首がやられ、体力を失っている双頭竜の力では抗うことは出来なかった。
双頭竜の体を傷だらけにさせながら、ジリジリと締め付け、最後にその首に喰らい付き、喉元を咬み千切った。
双頭竜は抵抗することも出来ず、その巨体を砂に沈めた。
周囲は静まり返る。人々は勝利したことへの喜びよりも、ギルニアに住まう、未だ見たこと無い魔物とその強さに唖然としていた。
ルーゼスが空を見上げて呟く。
「本丸のお出ましか。」
ルーゼスはつむじ風と共に姿を消した。
上空に浮かぶ魔法陣が赤く光り始めた。
しかし先程までとは違い、光の柱が伸びる事は無かった。代わりに赤黒い稲光が魔法陣の周囲に走る。
「何て魔力だ・・・」
ブロウが呟いた。
「ヤバいのか?」
ほぼ魔力を持たないディケンズには感じ取れなかった。
「ヤバいなんてもんじゃねぇぞ。」
そこへバアルがやって来る。
「二人とも無事か?」
「ああ、何とかな。そっちは?」
「動けるが、戦うのは無理だろう。」
そう言うとバアルも魔法陣を見上げる。
「戦えたところで、勝てる見込みは無さそうだが。」
「退くか。」ディケンズが提案する。
「だな。だがその前にルルたちを回収しねぇとな。」
皆が後退していく中、魔法陣に動きがあった。
激しい稲光と共に、魔法陣の中から禍々しい爪を持つ黒い手が現れる。
そしてゆっくりとその全貌を露にした。
魔王ガルヴァール。
3mほど人型の魔族。牛の骨の様な頭部。赤黒い皮膚を持つその身体は細身だが、禍々しい魔力を纏わせている。
蝙蝠を思わせる翼、鋭い爪を持つ2本の腕の他に、脇腹からも腕が伸びている。骨を繋げた様な細い尻尾の先には鋭い針が付いていた。
宙に浮いているガルヴァールに向かい、アデラシアは即座に砂の刃を飛ばす。
ガルヴァールは手も翳さず黒い球体を作り出した。
砂の刃が球体に吸収されると同時に球体を放つ。
アデラシアが砂の壁を作り出すも、対処出来ないと踏んで、その場から離脱する。
球体は砂の壁に当たると一瞬で粉々した。
壁が壊れる寸前に、それを踏み台にして跳んでいた不浄王が殴りかかるも、ガルヴァールは片腕でその拳を止めると、そのまま不浄王を地面に叩き落とした。
古竜が尻尾を振り上げて棘を飛ばす。
ガルヴァールは動かず、黒い球体を放つ。球体は棘を蹴散らし進むが、砂に潜り回避していた古竜はガルヴァールの真下から飛び出した。
牙の届かぬギリギリまで浮上したガルヴァールが殴り付け、古竜を墜落される。
魔王とギルニアの主たちの戦いは続く。
先程まで圧倒的な強さを誇っていた3体に対し、魔王はその強大な力で対抗する。
3対1と言う数的不利でありながら、対等に渡り合っていた。
暫く攻防が続いた後、痺れを切らしたガルヴァールが4本を腕を広げ、魔力を込める。
するとガルヴァールを中心に球状の衝撃波が広がり、3体を吹き飛ばした。
そのままガルヴァールは空高くへ浮上した。
「まだ抗うか。愚かな下等生物どもが。」
ガルヴァールが天に片手を翳すと黒い球体が現れ、徐々に大きくなっていく。
「最早、この地の魔物などどうでも良い。この私に牙を剥いた報いは受けてもらう。」
みるみる大きくなる球体はバチバチと黒い稲光を纏っていた。
「退けぇっ!!」
「逃げろっ!」
人々はニグに向けて、慌てて退却していく。
魔物たちもまた、本能的に逃げ惑う。
ギルニアの主たちだけが、それでも尚、抗おうと攻撃を繰り出す。しかしそれもまた、球体の中へと吸収され、更に球体が肥大した。
「逃げても無駄だ。この砂漠ごと塵となれっ!」
ガルヴァールが手を振り下ろすと黒い球体が地上目掛けて飛んでいく。
その時、ルーゼスの声が聞こえた。それはその場にいた全員にハッキリと聞こえた。
「その言葉の意味を理解した上で言っているのだな・・・」
いつになく、低く鋭い声だった。
地上に落ちていく黒い球体の前に、突如巨大な砂嵐が現れ、球体を蹴散らして四散させる。
砂嵐が消えるとそこにはルーゼスがいた。
「この砂漠を消すと言うことは、土地神である私に戦いを挑むと言うことで良いのだな?」
「土地神風情が私を倒すと言うのか。」
「貴様も魔王ならば、その地での土地神の強さは分かっているはず。」
「それでも力で捩じ伏せるまでだ。」
「魔王と聞いていたが、ただの愚者か。」
ルーゼスの服の上から光で出来た鳥の翼が生える。
手には光で出来た剣と盾が現れる。
「来るがいい。神の力、その身に刻んでやろう。」




