第46話 夜の帳
「うぅ~っ!寒っ!」
フード付きのマントを羽織ったライラが身震いする。
あれから三日後。ライラたちは夜の砂漠へ来ていた。
ニグとメイリスの中間地点。通常、移動する際は少し迂回する形になる海沿いの街道を通るが、急ぎたい時などは砂漠を突っ切る事もあるため、国によりある程度警備されている場所である。
なので比較的安全な場所ではあるが、夜はその姿を変えていた。
月明かりに照らされた一面の砂の海は、そこまで暗くはなかった。
モウズの踏みしめる足音と時折吹く風の音だけが響く、その場所は静けさと肌寒さから、より一層の不気味さを醸し出すと同時にどこか神秘さを感じる。
「大丈夫か?」
「ああ、問題ねぇ。身体を動かし出したら気になるほどでもねぇさ。」
エドゥリアに頼んである薬はまだ手に入れていない。
しかし、人の営みが比較的近いからか、砂漠の中心部に比べれば寒さは緩和されているようだった。
「しかし、何もいねぇな。」
視界に入る限り、魔物の姿は無かった。
「夜行性の奴がいるとは言っても、大半は寝てるだろうからな。」
「本当にボックスラットがいるのかねぇ。」
夜の砂漠へ出る際に受けた依頼。ボックスラットの毛皮納品。
砂漠では珍しい黒い毛皮を持つ小型の魔物。昼の砂漠ではあまり目撃が無い魔物である。
「モドンのジイさんの話じゃあ、本来夜行性らしいぞ。昼にたまに見掛ける奴は群れからはぐれた奴なんだとよ。」
「あんな奴、夜じゃ喰われるだけな気もするけどな。」
暫く進むと、前方の地面から数体の魔物が飛び出す。
人間の腰辺りの高さの小型の恐竜であった。
その頭は円錐状に尖っており、目や口は見当たらない。
「何だありゃあ?」
ライラは剣に手を掛ける。
「ヤバそうでは無さそうだな。」
ディケンズも身構える。
「見た目で判断は危ねぇけどな。」
「奴さん、こっちには気付いてないぞ。」
「先手を仕掛けるか?」
恐竜の頭が花びらが開く様に展開し、襟巻きのようになると中から顔が出てきた。
「襟巻きだったのか。」
「なるほど。砂の中を進む為の構造ってことか。」
「確か、ムスナキドラスだな。」
「知ってんのか?」
「見るのは初めてだが、襟巻きが付いてるそんな名前の魔物がいたはずだ。」
「強ぇのか?」
「さぁな。」
恐竜は何度か鳴き、意思の疎通をすると北に向かって走り出した。
「追うか?」
ライラが尋ねる。
「あんまり深追いすると危険だが、成果無しってのも避けたいからな。」
二人は距離を取りつつ、恐竜を追う。
暫く追っているとディケンズが何かに気付いた。
「ライラ。あれを見ろ。」
ディケンズが指差す先には巨大な黒い影が蠢いていた。
二人はモウズを止め、少し離れたところから観察する。
巨大な影は目や口はおろか、手足があるのかすら定かではなく。黒い塊のように見えた。
「スライム・・・じゃねぇよな?」
「よくわからんが、毛皮っぽくは見えるな。」
恐竜たちは威嚇しながら近づき、一頭が飛び掛かる。
すると、黒い影は恐竜が飛び掛かったところから分断し2つ別れる。
小さい方の塊が更に分断して、幾つも小さな影がそこらを走り回る。
「ん?」ディケンズが何かに気付いて目を細めた。
「ライラ。ありゃあボックスラットだぞ。」
「あ?」
ライラが目を凝らして見ると、確かにそれはボックスラットだった。
黒い毛皮を持つネズミ型の魔物は、天敵に対して自分たちが大きな魔物に見えるよう、身を寄せ合い集合体となっていた。
「何だよ。ビビらせやがって。」
「依頼達成だな。一匹頂くぞ。」
「おうよ。」
蜘蛛の子を散らすように逃げるボックスラットに狙いをつけ、ライラが切りつける。
首もとに斬撃が当たり、ボックスラットが倒れるも、横から素早く現れた恐竜がそれを咥えて走り出す。
「おい!待て。アタシの獲物だぞ!お前が漁夫の利を得るんじゃねぇ!」
追いかけるライラを無視して恐竜が走る中、突如地面が揺れだした。
「何だ?」
地面から棘の付いた角を持つ魔物が現れ、恐竜と周囲のボックスラット、ついでにライラも吹き飛ばした。
「のわぁ!」
ライラは空中で受け身を取り、着地と同時に剣を抜く。
現れたのはサメの様な頭部を持つガメルドーラだった。
「ガメルは夜も動くのか。」
「大丈夫か?」
後ろからやって来たディケンズが尋ねる。
「ああ。」
「依頼分の一匹は押さえた。ガメルなら昼でも狩れるし、退くか?」
ディケンズのモウズにはボックスラットが一匹吊るされていた。
「だな。でも変だぜ。」
「変?」
「ガメルの野郎、戦意がねぇみてぇだ。」
飛び出してきたガメルドーラは、威嚇してくる恐竜たちを気に止めることな無く一方へ走り出していた。
すると突然、地面から白い吸盤の付いた触手が飛び出し、ガメルドーラの尾ビレに巻き付く。
ガメルドーラが振り返りながら角で切りつけると、青い血が飛んで触手が離れるも、更に2本の触手が現れて両足に取り付き、そのまま地面へ引きずり込んだ。
「何だ!」
ライラは驚きながらも武器を構える。
「ライラ。下がれ。」
ディケンズがライラの前に出て、ソールオングルを地面に向けた。
放たれた光弾が爆発し、砂を巻き上げながら地面を抉る。
その中ではガメルドーラを絡み取ろうとする軟体生物の魔物の姿があった。
爆発の衝撃で触手が離れ、ガメルドーラが砂から這い出し、軟体生物もその全貌を地上に現す。
くすんだ白い体色、吸盤の付いた8本の触手の奥には小さな牙のある円形の口があるイカの様な魔物。頭の後方にある胴体は地中の瓦礫や鉱石、魔物の骨などで固められた殻に覆われていた。
「ディケンズ。見たことあるか?」
「いや、ない。だが頭足類の魔物がいるのは聞いたことがある。」
「どうする?」
そう聞くライラの表情は戦いたいと言っていた。
「夜の魔物なら素材に価値はあるだろうな。やるだけやるか。」
「了解。」
ライラは言いながらローブを脱ぎ捨てた。
二人が加勢すると気付いたガメルドーラも角を振り上げ、威嚇する。
頭足の魔物はライラとガメルドーラに触手を飛ばす。
自分の身体ほどの太さの触手を屈んで躱すと、剣で切り上げる。
直撃するも、ヌメり気のある体表に剣が滑り、そのまま反撃で殴られ、吹き飛ばされた。
ガメルドーラもまた、角での斬撃を巧みに躱され、腹部に一撃を入れられる。
その隙にディケンズが頭部を狙い光弾を放つが、魔物は身体をくねらせ殻で受けた。
光弾は殻を貫き爆発するも、層が厚いのか表面が抉れただけで本体へのダメージは出ていないようだった。
「ちっ!」
もう一度、狙おうと構えるが、そこへ触手が飛ぶ。
ディケンズは振り返るように尻尾で凪ぎ払う。
しかし、触手は尻尾に巻き付き、そのままディケンズは持ち上げられて、地面へ叩き付けられた。
「ぐあっ!」
一方でガメルドーラが突進を仕掛けるが、別の4本の触手でそれを抑え込む。
ディケンズの身体が再び宙に持ち上げられた時、ライラは走り出し、今度は両手でしっかりと剣を握ると、ディケンズを捕らえている触手に思い切り剣を振り下ろす。
青い血が吹き出し、触手は暴れながらディケンズを放した。
「済まねぇ。」
「気にすんな!大丈夫か?」
「ああ。今なら狙える。」
魔物はガメルドーラの突進を受け続けている。
ディケンズが再度狙おうとソールオングルを構えた時、その場に黒い影が近づいてきていた。




