第43話 シーサイド・ブロウ③
「・・・何だありゃあ?」
ライラは間抜けな声を出した。
その視線の先には船を包む巨大な水の球体があった。
ライラだけではなく、浜辺にいる者たちは魔物を含めて全員、呆然とそちらを見ていた。
「ブロウの奴、本気を出したってことか?」
ディケンズも疑問を呈した。
「魔術師でもねぇ奴が本気出しましたで、あんな事になられたら堪ったもんじゃねぇだろ・・・」
「ま、まぁ兎に角、船の方は大丈夫そうだな。俺たちはこっちを片付けるぞ。」
「ほいよ。」
ライラが魔物を向き直す。魔物はまだ船の方を見ていた。
「ディケンズ。アタシがチャンスを作るから一撃で決めてくれ。」
「分かったが、そんな簡単に行くのか?」
「アタシも本気を出すんだよっ!」
叫びながら走り出したライラ。魔物もそれに気付き、正面から来るライラに向け、角を振るう。
角の射程より前で止まったライラは、おもむろに両手を地面に突っ込む。
「ディケンズ!」
合図を受けるも、どうなるか分からなかったディケンズは、とりあえず両手で斧を握り、駆け出した。
ライラが手を砂から振り上げると魔物を囲うように6本の砂の爪が現れ、先程のブロウの魔法のように、魔物を包み込んで砂の球体を作り出した。
「ディケンズ!首だ!首に叩き込め!」
「首っつったって、どこ・・・」言いかけた時、球体からはみ出ている角が見えた。
「あそこかっ。」
角の位置からあたりをつけて、ディケンズが斧を振りかぶった。
ライラが更に魔力を込めると砂が崩壊して崩れ、魔物は元の姿に戻った。
砂によって体表の水の膜が失われているところへディケンズの一撃が入る。
切られた首が跳ね飛び、海の中へドボンと落ちた。
それを確認したサハギンたちは、おずおずと後退して海に飛び込み、海賊船の方へ逃げていった。
「何とかなったな。」
首の無くなった魔物の死骸を足で小突きながらライラが言った。
「ああ。後は軍の連中に任せりゃいいだろ。」
ディケンズは港の先を見ながら答える。
魔物の死骸に狩人たちが集まって、物珍しそうに見ている。
「海の魔物の素材は珍しいから、高く売れるか?」
「このままだと、国に持ってかれるな。」
「先に剥いじまうか。」
そうして、心配そうに港の方を見ているディケンズ以外の者たちは、いそいそと魔物を剥ぎだした。
翌日。騎士団によって海賊は撤退し、豊漁祭二日目は滞りなく行われた。
「負けたぜ。」
「なに、今回はお前さんの勝ちみたいなもんだよ。」
ブロウとDDが握手を交わした。
釣りコンテストは祭史上最多となる41匹を記録したDDの優勝で幕を閉じた。
後片付けの始まった浜辺に漁師や狩人が集まり、皆で昨日の事件や祭について話していた。
「お前さんたちがいなけりゃ、コンテストどころか、私は死んでたかもしれないよ。」
「いや、それはそれ。これはこれさ。あの時も言ったが、勝ち逃げは許さねぇ。来年のコンテストまでくたばるんじゃねぇぞ。」
「お前さんもね。」
DDは船の方を見た。
「とりあえず今は船を何とかしないとね。」
火による全壊は免れたが、全体が水浸しになり、色々な物が壊れていた。
「いやぁ、あの時はアレしかなかった。済まねぇな。」
「何言ってんだい。お前さんがいたからあれで済んだのさ。積み荷は何もなくなっちまったけど、私らが居れば、また新しい思い出を積み込んでいけるさ。」
「そうだな・・・」
ブロウたちが話している横で、しゃがんだライラがバケツに入った3匹の小さい魚を海に向かって放流する。
「アタシが喰えるくらい大きくなったら、済まねぇけどもう一回ディケンズって奴に釣られてくれ。」
魚たちは波に揺られ、沖へ向かっていく。後ろからは「うるせぇよ。」とディケンズの声が聞こえた。
ライラの隣に立っていたポッポリーは魚たちに片翼を振る。
「お魚さん、バイバイなの~」
DDが海の方を見る。
「海賊どもには逃げられたらしい。港の場所を知られちまった以上、またやって来るかもしれないね。」
DDは少し不安そうに呟いた。
「それに関しちゃ問題は無いさ。」
「え?」
「ルルがちゃんと手を打っといた。」
「そうなのかい?」
DDの言葉にルルが頷く。
「海賊船に忍び込んだ時、船底に、爆弾を仕掛けた。」
「ええ!」近くにいた漁師たちが驚く。
「エドゥリアのとこで仕入れた奴でな。時間が経ってから爆発するらしい。」
「確か、24時間後。」
「じゃあ・・・」
「今日の夜には海の藻屑さ。」
「アンタたち、ある意味海賊より恐ろしいね。」
その後、解散しそれぞれが帰路に着く。
ライラとディケンズは各区へ続く十字路に来ていた。
「んじゃ、飲みに行くか?」
「いや、俺は今から帰るぞ。」
「帰る?もう寝るのか?」
「いや、メイリスにだ。」
「こんな時間からか?」
そろそろ陽が暮れ始める時間だった。
「ドイルの親父とルネラさんにエリーを今日中に連れ帰るよう頼まれてるんだ。」
「なるほど。なら仕方ねぇな。アタシは明日帰るから宜しく伝えといてくれ。」
「おう。」
荷物を取りに宿に向かうディケンズを見送ったライラがバーのある工業区へ向かおうとした時、商業区の方から良い匂いが流れてきた。
祭は終わりを迎える中、最後に売り切ろうと商人たちが様々な海産物を焼いている匂いがこちらまで届いていた。
「昨日、魚で呑んだから今日は肉と思ったけど、この匂いには勝てねぇな。」
ライラは誰に言うでもなく呟くと、商業区へ向かった。
魚に貝、イカやタコ、珍しい海の魔物の肉など、色々な物が美味しそうな匂いと音を立てている。
ライラはあちこち見ながら回る。
貝ってのもアリだななどと考えていると、前方に一人の少女が見えた。
まだ若いポニーテールの少女は、串に刺して焼かれた魚を嬉しそう頬張りながら歩いてくる。
旨そうに喰いやがるな。ライラが思った瞬間。
「あわぁ!」
躓いた少女の手から串焼きが飛ぶ。
ライラは咄嗟にそれを取った。
「ありがとうございます!」
「気にすんな。気を付けろよ。」
ライラが串焼きを返し、通り過ぎると背後から再び声が上がった。
「あぁー!!」
何事かと振り返ると、少女はライラを睨み付けていた。
「お前がライラだな!」
「あ?」
当然知った顔ではない。思い当たるフシを考えていると少女が声を上げる。
「わ、私と勝負しろ!!」
言うと同時に指を指す代わりに持っていた串を突きだし、その拍子に焼魚がスルりと抜けて、地面に落ちた。
「あわぁ!」
「・・・なんだこいつ。」
ギルニア砂漠北西の町、ヨーズリー。
狩人であり悪魔であるミゼットに、憲兵さえも追い出され、事実上支配されている町である。
豊漁祭のその日、町の西側は断崖絶壁であり海の恩恵などないヨーズリーであるが、事前にニグから仕入れていた海産物を焼いて、町の人々は宴会をしていた。
そういった馴れ合いには興味の無いミゼットは、町の周辺を警戒に出ていた。
モウズに乗り、ゆらゆらと歩いていたミゼットは何かに気付いて呟いた。
「臭ぇな・・・」
ミゼットはモウズを降りると、今度は誰から聞かすように言った。
「臭ぇ・・・トカゲ臭ぇぞ。」
するとミゼットの後ろに一人のリザードマンが姿を現す。
ディケンズとは違う赤黒い体色をしており、身体も若干細身である。
「ミゼット・グラニス・・・やはりそうか。」
「あぁ?」
ミゼットが振り返る。
「ヴァルシィヴァ半島の血染め巫女。」
それはミゼットの暗殺稼業時代の古い通り名だった。
「だとしたら?」
「俺は名はサーベルス。コズモンド・デル・エルサスの者だ。」
「そうか・・・遭難したんなら、金さえ払えばベールズまで案内してやってもいいぞ?」
「ふざけるなっ!」
サーベルスは曲剣を抜いた。
「ふざけるな?ふざけてるのはどっちだ。」
ミゼットの目付きが鋭くなり、凄みの効いた声で言った。
「お前ごときが、このあたしに勝てるとでも思ってるのか?」




