第36話 鳥と兎と心臓と
ライラとディケンズが砂漠を進む。
「ここにもいねぇのか。」
「縄張りを考えると、この辺りには居そうなもんだがな。」
その時、何か気配を感じたディケンズがモウズに乗ったまま、頭を下げて姿勢を低くした。
「ちゃくりぃ、あっ!」
後方から飛んできたポッポリーは、ディケンズに避けられ、モウズの頭に当たって弾かれると「わぁ~!」と叫びながら砂地を転がった。
「だから、背中に着陸するなって言っただろ。」
「よぉ、ポッポリー。相変わらず元気だな。」
「ヤッポポー!元気なの。」
ポッポリーは頭を擦りながら答えた。
「また暇になったのか?」
「そうなの。ちょっとの間は大丈夫なの。」
ポッポリーが自由時間になったと言うことは、不浄王が縄張り移動を終え、暫くは動かないと言うことである。
「あっ!ちょっと見てほしいの!」
「どうした?」
「必殺技を覚えたの!」
「ひっさつわざ?なんだそりゃ?」
困惑しているライラの横でディケンズが少し考えて答えた。
「必ず殺す技で、必殺技じゃねぇか?」
「必ず殺す技?なんつーネーミングだよ。そんな便利なもんがあるなら、アタシが覚えたいくらいだな。」
「いいから見るの!」
ポッポリーは翼を広げて、空気を吸い込み、頬を膨らませた。
「なのぉ~!!」
大声と共に空気を吐き出すと輪っか状の衝撃波が発射されて、ボフッっと砂を抉った。
砂の中で眠っていた小さなカエルが飛び起き、ポッポリーを見て驚き、すぐに砂の中に逃げた。
「にゃはは!『なの砲』なの!」
ポッポリーは楽しそうに言うと、もう一度構える。
それはハーピーの使う怪音波と呼ばれる技だった。
無論、「なの」と言う必要は無い。
再び『なの砲』を放つと、同じようにカエルが飛び出して、潜っていく。
「カエルさんもビックリなの!もう一度やるの!」
「おいおい。ポッポリー。もう止めてやれ。」
「え~何でなの?面白いの。」
「カエルさんが可哀想だろ。ポッポリーだって寝ようとしてるところを何回も起こされたら嫌だろ。」
「う~ん。嫌なの!」
「だったら止めなさい。」
「分かったの。カエルさん、ごめんなさいなの。」
ポッポリーは地面に頭を下げた。
「威力は兎も角、場合に寄っては使えそうな技だな。」
ライラが冷静に評価した。
「そのなの!ピンチの時は助けてあげるの!」
「おう。そん時は頼むぜ。」
「ところでこの辺でギルニアウルフを見なかったか?」
「ワンワンならあっちにいたの!」
言いながらポッポリーは北東を指差す。
二人は顔を見合わせた。
「これ以上先は奴らの縄張りじゃないぜ?」
「どういう事だ?」
「なんかを追いかけてたの!」
「獲物を追って、縄張りを出たのか。」
「まぁ、無くは無いだろうが、珍しいな。」
「ポッポリーはそろそろ行くの!」
「おう。ありがとな。」
「バイバイなの~!」
ポッポリーは空高くへ去っていった。
「まぁ、とりあえず向かってみるか。」
「だな。」
二人が進んでいくと、遠くにギルニアウルフが見えた。
それと同時にライラが「うっ!」と呻いた。
「どうした?」
ライラはポケットから砂の羅針盤を取り出す。
「こいつが反応しやがった。」
「方向は?」
「行き先だ。」
「ギルニアウルフか、相手の方か。」
「行ってからのお楽しみだな。」
ライラはニヤっと笑い、モウズを走らせた。
向かった先には、8頭のギルニアウルフに追われる1頭の魔物がいた。
「ありゃあ、ラコディルじゃねぇか。」
ディケンズが魔物を見ていった。
小型の獣脚竜で、鋭い爪を持つがそこまで強力な訳では無く、一対一なら兎も角、群れをなしたギルニアウルフには捕食対象である。
「ウルフどもから逃げ切れる程速くないだろ、あいつは。」
1頭のウルフが飛び掛かった時、ラコディルは振り返り、鼻先をクイッと上に上げた。
すると地面から砂が盛り上がり、壁を作る。
ウルフが壁に阻まれたの見たライラが叫ぶ。
「あいつかっ!ディケンズ!ウルフどもは任せた。」
砂の玉を作り出し、数頭の目潰しをして、一人でラコディルを追うため、速度を上げた。
「おい!待てよ・・・ったく、仕方ねぇな。」
ディケンズはウルフたちの前に立ちはだかる。
ラコディルは暫く逃げたが、追跡者がライラ一人と確認すると振り返り、脚を止めた。
追い付いたライラはモウズから飛び降りる。
「アタシ一人なら勝てると踏んだか。舐められたもんだぜ。」
ラコディルが飛び掛かる。鋭い爪が腕を掠めるが、ライラは横に躱しながら、反転して切り抜く。
背中に傷が入り、転倒するもすぐに立ち上がり、再びラコディルが飛び掛かる。
ライラは後ろに跳んで避けたが、その時後ろの砂が盛り上がり壁を作る。
追い詰められた様に見えたが、同じ砂魔法を使うライラは、そのまま壁をすり抜けた。
すり抜ける事を予測していなかったラコディルはそのまま壁に激突する。
砂の壁がドサッと崩れる。
そこへライラが切り掛かるが、ラコディルは爪で受け止める。
もう一方の爪の反撃を籠手で受けたライラは、そのままバク転するようにラコディルの顎を蹴り上げる。
怯んだところへ、首を狙い剣を突き刺す。
ライラは、もがき暴れるラコディルから距離を取った。
暫くし、沈黙したラコディルに近づいたライラは一息つく。
「・・・さて。」
土地神ルーゼスの話では、砂魔法を強化するには、同じく砂魔法を使う者の心臓を喰らうこと。
ライラはラコディルの胸を裂いた。
「見てて気持ちのいいもんじゃねぇな。済まねぇが、アタシの糧になってくれ。」
そうして心臓を取り出す。
そして、いざ目の前に持ってくる。
紛うことなき心臓だ。
「これを・・・喰う。」
一瞬の逡巡が生まれる。いや、一瞬どころでは無かった。ライラは心臓を持ったまま停止した。
「何やってんだ。お前は。」
依頼品であるギルニアウルフの毛皮を剥ぎ取ったディケンズがやって来て、声を掛ける。
「何って、そりゃあ・・・準備だよ。」
「何の準備だよ。喰ったら仕舞いだろ。」
「簡単には言うなよ。生の心臓だぜ。」
「リザードマンの俺に同調を求めるな。魔物にとって、生の内蔵は普通だ。むしろ栄養価が高い。まぁ、俺は喰わねぇがな。」
「う~ぬ。」
「そもそも喰う為に狩ったんだろ。じゃなきゃそいつは死に損だぞ。」
「わーてるよ。そんなこと。」
ライラは目をギュっと瞑ると、一思いに噛みついた。
「うっ!」
「噛むな。味わうな。飲み込んじまえ。」
ライラは一気に口に放り込んだ。そして上を向き、全てを飲み込むように喉を動かす。
暫くの死闘の末、ライラはその場に倒れ込んだ。
「どうだ。新たな力を手にいれた気持ちは。」
「気持ち・・・悪ぃ。」
「だろうな。」そう言うとディケンズは水を差し出した。
その後、ディケンズはげっそりとしているライラをメイリスまで連れ帰った。
ライラは酒場寄ることなく、ベッドに沈んだ。
王都ニグ。
ギルド本部の地下にある酒場のカウンターでブロウが酒を飲んでいた。
「ザインさんも人が悪いな。」
「そうでもないよ。皆、してるさ。」
「そんなことねぇよな?」
ブロウが給仕係の女に話を振ったが、女はいつも通り気怠そうにグラスを拭いていた。
「相変わらずの愛想だな。マスターとして注意しなくていいのか?」
「彼女は働き者だよ。それにここには彼女の愛想一つで来なくなるような客もいないしね。」
「まぁ、そりゃあそうだが。」
その時、酒場の扉が開き、来客を知らせるベルが鳴った。
入ってきたのはルルだった。
ブロウを見て近付いてきたルルにザインが言う。
「いつも通りアイスミルクでいいかい?」
その言葉に、制止するように手を向ける。
「いい。すぐに出ていく。」
言ってルルはブロウに三つ折りの紙を差し出す。
受け取ったブロウが紙に書かれた内容を見た。
「クラウン・・・殺し屋の癖に果たし状とは、訳の分からん奴だな。」
殺し屋と言う物騒な言葉に、給仕係が少しだけ興味を示した。
「行くのか?」ブロウが訊いた。
ルルは答える代わりに頷いた。
「罠かもしれねぇぞ?」
「罠なら、罠ごと潰すだけ。」
「そうか・・・分かった。」
恐らくルルは、最悪の場合を考え、ブロウに場所だけ伝えに来たのだろう。
踵を返し、酒場の扉に手をかけたルルにブロウが声を掛けた。
「一人で大丈夫か?」
ルルはブロウを見て言う。
「私を、誰だと思ってるの?」
その言葉にブロウはニヤリと笑い、持っていたグラスを掲げる。
「戻って来たら祝い酒だな。」
ルルは扉を開いて呟いた。
「私は・・・アイスミルク。」




