第35話 無垢なる君に、慈悲なる愛を。③
翌日。
ニグの入口には大人数の狩人たちがいた。
弓を持つ者以外は、その手に松明を持っている。
無論、まだ火は着けていないが、昼の砂漠で松明を掲げる姿は異様であった。
「よし。んじゃあ行くか。」
ブロウの言葉に一行は街を出た。
一時間も進まぬ内に、上空に立ち込める黒い靄を見つけた。
「こんなとこまで移動してやがるのか。」ブロウが呟く。
前に会った場所から、だいぶニグに近づいている。正確に言えば、一直線にニグに向かってきていた。
「まぁ、こっちとしても好都合だ。」
ライラは松明に火を着けた。
他の者も、それぞれ火を着ける。
互いがはっきりと視認出来るほど近づいた時、誰かが呟いた。
「なんか多くねぇか?」
ゆっくりと歩いてくる女は十人に増えていた。
「と、とりあえずは火が効くかだな。」
皆がモウズを降り、戦闘態勢に入る。
女が投げたナイフを掻い潜りながらルッソが松明で殴り付ける。
女は後ろに跳んで、これを躱した。
「避けた?」
今までは避ける事はなく、当たる部分が靄になって消えるか、全身を消していた。
それを見ていたライラは、別の女に攻撃を仕掛ける。
松明で殴り掛かるが、避ける事を見越して、反転するように追撃で回し蹴りを入れる。
松明の攻撃を下がって避けた女は、消える暇が無かったのか、そのまま蹴りを喰らって吹っ飛んだ。
ライラはすかさず松明で追撃を加える。
身体に火の着いた女は、声こそ上げぬものの、両手を頭を抱えるように悶えだす。
「ビンゴだな。」
呟くライラの前で、燃え尽きた女が倒れる。
「火が着けば、復活しねぇぞ!」
ライラの叫び声に皆が活気立った。
弓使いの近くで追い払うように松明を振るっていたハモンドが言う。
「近接は地上の殲滅だ!弓の奴は火の準備をしろ!」
弓使いたちは何本かの矢を逆さにして、砂に突き刺し、矢先に含ませた油に火を着ける。
燃えている女を蹴り飛ばしブロウが、ルルに向かって叫んだ。
「ルル!準備はいいか!」
ルルは頷くと、弓使いたちの方を見る。
火の矢を装着した弓使いたちもルルを見て、互いに頷くと、ルルを空に向けて手を翳した。
ルルの手から風が放たれる。
上空の靄に当たり、一瞬だけ空が開けた。そこに見えた鳥目掛けて、一斉に矢が放たれた。
再び、靄に閉ざされるも、薄らと火が着いている事が視認出来る。
弓使いたちはそれを目標に、次の矢を構える。
「落ちてくる矢に注意しろよ!」ハモンドが叫ぶ。
地上の敵は全て倒しており、狩人は皆、空を見上げた。
何本か矢が当たり、鳥は火を消そうと旋回しながら飛んでいた。
「私が行く。」ルルがガントレットにパイルフレイムを装着した。
「頼むぞ。」
「弓は一度止めろ!」
ルルが上に跳ぶ。人間では出せぬ、その跳躍力で3m近く跳んだ。そこから風魔法を使い、更に上へと上がる。
靄を抜け、鳥よりも上空へ上がったところで止まった。
ルルは鳥を視認すると、自重落下の中、風魔法で向きを変えて、鳥へと突っ込む。
背中を殴り付けると同時にパイルフレイムが起動し、大きな爆発が起きた。
衝撃と一気に火が回ったことで鳥は墜落し、反動でルルは吹っ飛んだ。
ライラは走り出し、ルルの落下地点を確認すると、落ちてくるルルを抱き止めた。
「大丈夫か?」
「ありがとう。」
墜落し、炎に包まれながら暴れる鳥に集まった狩人たちは、時間の問題と見て、攻撃を止める。
ブロウは狩人の人数を確認して、報酬金の計算をしていた。
ライラとルルが近付いてくる。
「終わったか?」
「みたいだな。」ライラの問い掛けにルッソが答える。
「本体は案外呆気なかったな。」
「だから靄に身を隠してたんだろう。」
暫くして、鳥は沈黙した。
「今夜は酒盛りだな。」誰かが言う。
「ギルドには何処を持っていけば良いんだ?嘴か?」
「この距離なら軍の連中を引っ張って来て、証明させれば良いんじゃねぇか?」
皆があれこれ言っていると、一人が周りの違和感に気付いた。
「おい!あれ!」
皆がそちらを見ると、倒れていた女の身体が再び炎に包まれていた。
「何だ?」
次々と女の死体が燃えだし、その炎は次第に黒く変色していく。
その黒炎は人魂の様にユラユラと浮かび、鳥の元へと移動していく。
全ての黒炎が鳥の中へ吸収されると、ガタガタと震えだした。閉じていた眼が開くと同時に全身から黒炎が吹き上がり、無軌道な黒炎が周囲に撒き散らされる。
「熱ぃ!」
「下がれ!」
皆が距離を取って武器を構える。弓使いが一撃放つも、黒炎に遮られる。
「ブロウ!」
「任せろ!」
立ち上がり、両翼を大きく広げて甲高い咆哮を上げた鳥に向け、ブロウが水魔法を放つ。
しかし、それも黒炎に触れた瞬間にジュゥと音と共に蒸発する。
「なっ!」
鳥は上空へと舞い上がり、翼を閉じると回転しながら低空飛行で突進する。回転する事で、更に広範囲へと黒炎を振り撒いた。
何人かが被弾し、吹き飛ばされた。
「おい。どうするよ?あんな炎を纏われちゃあ、近接は無理だぞ!」ハモンドが言う。
「水も効かない。」ルルが炎を躱しながら呟く。
「だいたい、火が弱点じゃなかったのかよ。」ブロウは諦めず、再度水魔法を放つも結果は同じだった。
再び、鳥が突進しようとした瞬間。
「離れろ!!」
皆が声の方を見ると、そこにはソールオングルを構えた ディケンズがいた。
「ディケンズ?何でここに・・・」
ディケンズは答えるより先に空に向かい、何か丸い球体を撃ちだした。
飛んだ球は空中で破裂すると、中から光で出来た網の様な物が広がる。
突進していた鳥は網に絡み捕られる。
もがき暴れるも、その光の網は切れることなく、徐々に収縮し、鳥を地面に押さえ付けた。
ディケンズの隣にいた男が駆け寄る。
神父の格好をした男が鳥の側で呪文を唱え、聖水を振り撒くと、鳥が唸り声を上げ始める。
鳥が纏っていた黒炎は消え、鳥そのものも徐々に小さくなり、やがて一羽の幼鳥へとなった。
皆が集まってくる。弱々しくなった幼鳥を男が優しく撫でていた。
「ディケンズ。彼は一体?」
ハモンドの質問にディケンズが答える。
「古い馴染みでな。」
男が立ち上がり、丁寧にお辞儀した。
「ハバルナ共和国で神父を務めている、カーチスと申します。」
「ハバルナ・・・随分遠いところから来たな。」
「カーチスはこいつを追ってきたのさ。」
ディケンズが幼鳥を見ながら言った。
「色々と準備をしてたんだがな。ギルドから依頼出たから、お前らも来るだろうと思ってたよ。まぁ、何とか間に合って良かった。」
「こいつは一体何なんだ?」今度はライラが尋ねる。
「こいつは・・・不死鳥だ。」
「不死鳥!?不死鳥ってフェニックスの事だろ?赤く燃えてる奴じゃねぇのか?」
「こいつは特殊なんだ。」
「特殊?」
「はい。」カーチスが話を引き継いだ。
「不死鳥は、ご存知の通り寿命で死ぬことのない魔物です。死期が近付くと、火山の溶岩に身を投げ、膨大な炎エネルギーによって、若い肉体へと転生を繰り返します。ですが、それと別に卵を産む事があるのです。」
「卵を?」
「ええ。体内の生命力が高まった個体が、卵を産み落とします。ですが、転生を繰り返す不死鳥は子育てをしません。と言うよりは子育てそのものを理解していません。」
そう言うとカーチスはしゃがんで、再び幼鳥を撫でた。
「飛んだまま産み落とされた卵は通常、そのまま地面に落ちて割れます。不死鳥は高い生命力を持つと言っても、卵の状態ではその力はありませんので。それがたまたま溶岩の中へ落ちることで、炎のエネルギーによって新たな個体が誕生します。」
「じゃないと不死鳥は世界で一体だけって事になるだろ?」ディケンズが補足した。
「確かにな。」
「ですが稀に、火山に産み落とされなかった卵が、木の枝や葉がクッションになり、割れる事なく地面に落ちる事があるのです。」
「それで産まれたのが、そいつって事か?」
「そうです。炎のエネルギーを得ていないため、強くはありません。ですが、生まれもった高い生命力を有しているので、そんな彼に引き寄せられる者たちがいます・・・」
「・・・霊魂。」ルルが呟いた。
「はい。周囲を漂う成仏出来ない魂たちが、その高い生命力に惹かれ、彼に纏わりつきます。本来の不死鳥であれば、炎の力で防げますが、彼はそうはいきません。この世に未練のある多く霊魂たちに取り付かれた結果、誕生するのが『呪死鳥』です。」
「・・・呪死鳥。」
「呪死鳥は命ある者を妬んで襲い、殺された者の魂を吸収して、どんどんと力を付けていきます。」
「そんで、そいつは今、霊魂を取り払った状態って事か?」
「はい。今はもう、元の弱い状態です。」
幼鳥はカーチスに撫でられて、静かに眠っている。
「そいつをどうするんだ?」ライラが尋ねた。
「ハバルナにある火山の火口に投げ入れます。溶岩に溶け、火山の一部となるか、不死鳥として復活するかは彼の生命力次第ですね。ですが、公的な討伐依頼が出ているのであれば、このままお渡ししても構いません。どうしますか?」
「どうしますって・・・なぁ。」
ブロウが呟く。
その生い立ちを聞いた皆は困惑していた。金は欲しいが、静かに眠っている幼鳥を見ると気が引ける。
「火山に連れていってやってくれ。」
ライラが言った。
「良いのですか?」
「良いだろ?」ライラが皆を見渡す。異論は出なかった。
「では。」カーチスはモウズに着けた特殊な魔法が掛けられた鳥籠に幼鳥を入れると、モウズに乗り込んだ。
「ディケンズ。色々と済まなかった。」
「なに、気にする事は無いさ。ニグまで送るか?」
「いや、この距離なら大丈夫だ。ありがとう。」
「そうか、じゃあ達者でな。」
「お前もな。」
皆に会釈し、カーチスは去っていく。
皆は何とも言えぬ気持ちで、その後ろ姿を見送った。
砂煙に消えていくカーチスを見ながら、ライラがそっと呟いた。
「あいつも捨て子だったって事か・・・」




