第34話 無垢なる君に、慈悲なる愛を。②
駆け出したブロウは女に向けて水魔法を放つ。
やはり避けようとしない女に水の球が当たると同時に、アクアブリンガーと呼ばれる大剣を振るう。
水に濡れていた為か靄は掛からず、斬撃は女の脇腹を捉え、女の身体は真っ二つに別れた。
ブロウは得意気にニヤりと笑う。
しかし、女の身体は地面に落ちると同時に靄に包まれて消え、近くに再び現れる。その手には3本の小さな投げナイフを持っていた。
「何っ!」
女が投げたナイフを咄嗟に大剣で弾くが、1本が腕を掠めた。
「くっ!」
すぐに横から別の狩人が切りかかるも、靄に阻まれ攻撃は外れた。
そこへ真上からルルが拳を振り落とした。
女は靄となって消え、ルルの拳は地面を殴る。
ルルの真後ろに現れたが、即座に反応したルルはそのまま回し蹴りを叩き込む。しかし、それもまた空を切る。
「どうなってやがる!」ブロウが叫ぶ。
「それが俺たちが手こずってた理由だよ。」ハモンドが答えた。
「物理が効かねぇって事は幽霊か?」
「さぁな。それが分かってりゃあ、アタシたちが終わらせてるよ。」
空に立ち込める暗雲を見上げたルルは、目を覆うバイザーを上げた。日射しから目を守る為のバイザーだが、何もない状態に比べれば、少なからず視界は劣る。
暗雲により日射しの遮られた此処であれば、外しても問題なかった。
「私が、やってみる。」
ルルは女の前に跳ぶと、思い切り殴り付ける。
女が消えると同時に真上に跳んだ。
女が再び出現する黒い靄が見えた瞬間に風魔法を自身に掛け、凄まじい勢いで殴り付けた。
消える暇はなく、拳が女の顔を捉える。
女は吹っ飛んで地面に転がった。
「決まった!」誰かが歓喜の声を上げる。
女はゆっくりと立ち上がる。ダメージがあるようには見えなかった。
今まで意思の無いような動きをしていた女が、初めて能動的に動く。
膝を折り、その場にしゃがみ込むと、両手を地面に着いた。
黒い靄が腕から現れ、地面へと消えていく。
何が起きるのかと、皆が警戒しながら身構えていると幾つかの地面から靄が立ち上がる。
その靄は女の姿を形成していった。
「・・・おいおい。」
気付けば女は5人に増えていた。
「どーすんだ、これ。」
「どーするって・・・」
女がナイフで切り付ける。盾で往なしたルッソが反射的に反撃したの皮切りに皆が戦闘を開始した。
入り乱れるように全員が攻防を繰り返す。しかし、敵は消え、攻撃は当たらない。回避に重点を置いて立ち回るも、次第に負傷する者が増えていった。
「くそっ!一体どうすりゃあ良いんだ!」ブロウが叫ぶ。
「勝ち筋が、見えない。」ルルも呟く。
ライラは女の斬撃を剣で往なし続けた。
「これじゃキリがねぇ。」
呟いたライラの傍に何かがヒラりと落ちた。
「ん?」
ライラは攻撃を躱しながら拾うと、バックステップで距離を取る。
手にした物は黒い羽根だった。
「羽根・・・ルル!」
ライラの呼び声にルルが振り向き、手に持つ物を見た。
ルルは空を見上げ、再びバイザーを下ろし、立ち込める暗雲に向けて手を翳した。
ルルの手から渦巻く風が放たれる。
一直線に飛んだ風魔法が暗雲に当たると、一瞬だけ雲が外れ、視界が開ける。
そこには黒い巨大な鳥が見えた。
雲と思わしき物は全て黒い靄であり、再び空を覆うとその姿を隠した。
「何だ?」
「あいつが本体か!」
遠距離攻撃を撃てる者が一斉に上空に向けて、攻撃を放つ。
しかし、黒い靄の中では当たっているのかさえ定かではない。
地上の女たちは、遠距離攻撃が出来る者と負傷者を執拗に狙う。
残った者たちは何とか女を食い止めようとするが、場は混乱を極めていた。
暫くの攻防の後、ハモンドが提案する。
「このままじゃ、埒が明かん。一旦退こう。」
「ここからなら、ニグの方が近い。一度準備を整えた方が良いだろう。」ブロウの言葉に皆が撤退する。
黒い靄で日射しが遮られた範囲を出ると女たちはパタリと攻撃を止めた。そしてまたゆっくりと、皆の方に向かって歩き始めた。
「ここからなら狙えるか?」
「いや、駄目だ。遠すぎる。」ライラの問い掛けに、弓を持つ狩人が答えた。
「仕方ねぇな。」
そうして一同はニグへと戻った。
ニグのギルド本部の真下にあるバー。
その華やか雰囲気を余所に、狩人が集まる一角では皆が一様に難しい顔をしていた。
「んで、どうするんだよ?」ライラが切り出した。
「兎に角、敵の本体は分かったわけだ。後はあの鳥をどう打ち崩すかだ。端的に考えれば、弓が有効打だな。」ハモンドが言う。
「つっても弓なんて、頭数揃えたところで慣れてねぇ奴が、そうそう当てれるもんでもないだろ。」とライラ。
「そもそも真上に弓を射つなんて、同士撃ちのリスクが高すぎる。」ルッソもまた否定的な意見を言う。
続いてルルが呟く。
「靄のせいで、当たったかどうかも分からない。効いているかどうかも・・・」
皆は黙ってしまう。
「なら、他の意見を出せよ。」ハモンドは少し不満げに返した。
「まぁ待て、ハモンドの言う通り、本体を叩かねぇことには話は進まねぇだろ。」
ブロウが宥めるように言う。
「そもそも、奴はアンデッドで間違いねぇのか?」
「見る限りはそうとしか思えないな。」
「となると光魔法だろうが、そんなもん使う狩人なんてそうそう居ないぞ。」
「教会から聖職者でも引っ張ってくるか?」
「それこそ、狩人じゃなくて軍の仕事だろ。」
「いっそのこと諦めて、情報だけ軍に渡すか?」
「そいつは御免だね。」ライラが吐き捨てた。
再び、沈黙が流れる。
ライラはポケットの違和感に気付き、手を入れると先程拾った黒い羽根があった。
「そいつが奴の羽根か。」
「ああ。」
ライラは思い付き、テーブルの上にあるオイルランプ用のマッチを擦ると、羽根に火を着ける。
羽根は煌々と燃え、塵となった。
それを見たハモンドがどこか安堵したように言う。
「火か・・・そうだよな。よく考えりゃあ、当たり前か。」
弓使いの狩人が言う。
「火付き矢なら、多少値は張るが揃えるのは簡単だ。」
「値が張ろうが、報酬を考えりゃあ問題ねぇ。」
「燃えるなら、数を揃えなくても充分か。」
「靄の中でも、当たったか分かる。」ルルが呟いた。
皆の中に希望が見えてくる。
「となると問題はあの女だな。」ブロウが言う。
「本体に火が効くなら、奴らにも効くんじゃないか?」
「どうだろうな。消えられたら効くもクソもねぇ。」
「最悪、残りの奴らで死ぬ気で弓を守るしかねぇな。」
大方の流れが決まったところでブロウが言う。
「んじゃ、出発は明朝だ。各自自由に準備してくれ。」
そして、狩人たちは解散した。
ライラ、ブロウ、ルルの3人はエドゥリアのルプランデルに来ていた。
ブロウの説明を聞いたエドゥリアは顎に手を当てる。
「う~ん。火の道具ですか。残念ですが、すぐには難しいですね。」
「そうか。済まねぇな。」
「投擲物なら多少ありますが、相手が飛んでるなら当てるのは難しいかもですね。」
「味方への被弾も怖ぇしな。」
「そもそも、ここでは戦闘用の道具を作る事が少ないので・・・すみません。」
「気にしないで。」
ルルを見たエドゥリアは「あっ!」と呟き、断りを入れると奥の部屋に消えた。
戻ってきたエドゥリアの手には小さな筒状の物があった。
「っ!」
それを見たルルが珍しく驚く。
「パイルフレイム。」
「はい!」
「何なんだそりゃあ?」
ライラが横が覗きながら聞いた。
「これはルルさんのガントレット専用の道具です。」
「ここに着けるの。」そういうとガントレットにある窪みを示した。
「装着した状態で攻撃をすると、衝撃で爆発する仕組みなんです。」
「ほ~ん。じゃあ、今回の相手には持ってこいだな。」
「良く見つけたね。」
「懇意の行商の方が、出先で会ったドワーフの方にガントレットの話をしたら、余ってる在庫を譲って頂いたそうです・・・3つだけですけど。」
「幾ら?」ルルが尋ねる。
「そのガントレットでしか使えないので、差し上げますよ。」
「ありがとう。」
「ルルならあの高さでも狙える。こいつはいい戦力なったな。」
ライラたちは他に必要な物を幾つかの買い、店を出る。
入れ違うようにローゼルが入ってこようとしたが、ライラを見て、深々とお辞儀して見送った。
ライラたちが去り、ローゼルが店に入る。
「お帰りなさい。」
「只今戻りました。皆様は何の御用で?」
「実は・・・」
エドゥリアは一連の話を説明した。
「成程、そう言う事でしたか、私も丁度その件でディケンズ様に必要な道具を届けてきたところです。」
「ディケンズさんに?」
「はい。彼らに任せれば、この件は解決すると思います。」
「彼らはその鳥の正体を知っているの?」
「はい。あの鳥は・・・」




