第33話 無垢なる君に、慈悲なる愛を。①
「旨いな・・・高ぇけど。」
肉を食べたライラは呟く。
「高いは余計だよ!」
ドイルが別の肉を焼きながら、突っ込んだ。
酒場は今日も繁盛している。ドイルもルネラも忙しそうに注文を捌いていた。
鍋に火を掛け、幾つかの具材を入れながら、思い出したようにドイルが尋ねた。
「そういや、ディケンズの奴はどうした?昨日も見てねぇぞ。」
「ルネラさんから聞いてないのか?古い知り合いがニグに来てるらしくてな。昨日からそっちに行ってるよ。」
「古い知り合い?誰なんだ?」
「さぁな。ディケンズの昔の付き合いなんか聞いたことねぇよ。」
「そう言うもんなのかい?」
「過去に何があったかなんて知ったって、仕方ねぇだろ。」
「まぁ、そうかもしれねぇが・・・」
ライラが肉を喰い終わり、酒を煽ったところで、酒場の入口の鐘が鳴る。
全員が動きを止め、そちらを見た。
鐘の音と共にやって来る依頼、それは王国直属か緊急の依頼である。
「ハモンドさん、私らは手が放せないから代わりにお願い出来る?」
ルネラの言葉にハモンドが立ち上がり、筒の中から依頼書を取り出した。
暫く読むと、依頼の内容を要約して話し出す。
「依頼主は王国騎士団だ。今すぐ出ろって訳じゃねぇが、早めに対応して欲しいらしい。」
「んで、内容は何なんだ?」誰かが言った。
「依頼は謎の女の討伐、或いは捕縛だ。」
「女?人間って事は逃亡犯か?」
「いや、恐らく人間じゃねぇ。3日前に砂漠を行軍中の部隊が襲われたそうだ。生き残った奴の証言じゃあ、昼なのに急に暗くなって、寒くなったらしい。そこへ現れた女が襲いかかってきたそうだ。こっちの攻撃は当たらなかったんだとよ。」
「暗くなって、攻撃が当たらない?アンデッドって事か?」また別の誰かが尋ねた。
「さぁな。そこまでは書いてねぇ。それも踏まえて調べてくれって事だろ?」
「だからアタシたち狩人に話が回ってきたって事か。気に入らねぇな。」ライラが吐き捨てた。
皆もそう思ったのか、酒場に微妙な空気が流れる。
「ま、まぁ最後まで聞け。」ハモンドが言う。
「報酬額は・・・四百万ルックだ。」
「よ、四百万ルックっ~!!」
全員が目を見開いて、声を揃えて叫んだ。
ライラは立ち上がり、カウンターに代金を置いた。
「もう寝るのか?」
「明日に備えて、準備しねぇといけねぇからな。」
そう言って出ていったライラを見て、何人かの狩人も席をたった。
「オヤジ!済まねぇ、さっきの注文キャンセルだ。」
「俺も!」
「おい!ちょっと待ってくれ!もう焼いちまったぞ!」
「金が入ったら、倍は使ってやるから。済まねぇな。」
狩人たちは次々と出ていく。
「お~い!そう言う問題じゃないだろ?どーすんだよこの料理ぃ!」
酒場にドイルの悲しい叫びが響いた。
翌朝、酒場の前の広場に狩人たちは集められた。
狩人の中では実質年長者であるハモンドが皆を集めたのだ。
「これで全員か?」
緊急依頼を受ける者は約20人程であった。
「この前のネベルダットと違って、今回は化け物だ。どんな奴かも分からん。だから、取り合いよりも協力で行こうと思う。どうだ?」
皆はそれぞれ悩んだが、確かに危険度はかなりのものである。暫く待ったが、反論を出す者はいなかった。
「よし。じゃあ、全員で取り掛かる。勝てねぇと踏んで撤退した者を除いて、標的を倒した時にいた奴で賞金を山分けだ。山分けでも額が額だからな、充分儲けは出る。」
「それだと、何も手を出さないで付いてきただけの奴が楽に儲けねぇか?」ルッソが疑問を呈した。
「それもそうだな。活躍の度合いを公平に判断するのは難しいが、その辺は皆で判断しよう。」
「ハモンドが判断すりゃあいいさ。アンタはある程度、皆に信用されてるだろ。」
ライラの言葉に異論を唱える者はいなかった。
「んじゃあ、悪いが俺の方で判断させてもらう。」
「それで構わねぇ。他の町の奴らも動くだろうから、さっさと行こうぜ。」
「だな。じゃあ行くか。」
そうして狩人たちはメイリスを出た。
一時間後。
砂漠を進む一行。取り敢えず騎士団の目撃報告の場所を目指すが、報告は二日前である故、余り当てにはならない。
「西に進まれてたら厄介だな。」ルッソが溢した。
「喰い物は兎も角、水は二日分くらいしか持ってきてねぇしな。」ライラも同調する。
「最悪オアシスで水を補充するしかねぇな。」
ハモンドが提案する。
「まぁ、簡単には見つからないよな。」
ルッソの愚痴を聞いたライラが答える。
「いや、そうでも無いみたいだぜ。」
ライラが指差す方を見ると、晴れ渡る空のその先に一部だけ暗雲が立ち込めていた。
「なんだありゃあ。」
「兎に角、目的地は決まった。後は先を越されねぇことだな。」
ハモンドの指示で皆がそちらに向かった。
辿り着いた先は暗く、日光を遮られたことで肌寒さを感じる。
どこか陰鬱な雰囲気の中にそれはいた。
砂漠では致命的と言える真っ黒なワンピースを纏った、不健康そうな蒼白い肌の女。長い黒髪に隠され、顔を見えない。
ユラユラと歩くその姿は、或いは遭難者にも見えた。
「本当にあれなのか?」一人が不安を口にする。
皆は身構える。こちらを視認しているのか、ゆっくりではあるが、着実にこちらに向かって歩いている。
「んじゃ、俺から行かせてもらうぜ。」
一人の狩人が女に向け、弓を引く。
「本当に人間じゃねぇよな?」
言いながらも、矢を放つ。
飛んでいった矢が女に当たる瞬間、黒い靄のようなものが掛かり、胸に穴が開く。矢が通り抜けると、再びが胸が元に戻った。
「おいおい。」
「どういうこった!」
皆が口々に言う。
「兎に角、化け物なのは確定だな。」
ライラは先陣を切って走り出す。
「人間じゃねぇなら遠慮はいらねぇ!」
近づくにつれ、温度か下がるのを感じる。腕には鳥肌が立っていた。
剣を抜くと女の横を走り抜けるように、肩口に向けて切り抜く。
黒い靄が現れ、剣が当たる瞬間に腕が消える。
ライラはそのまま反転するように剣を振り、背後を狙う。だが振り返った時には女の姿はなく、剣は空を切った。
「消えた!」
「ライラ!後ろだ!」走ってくるルッソの言葉に振り向くと女が立っていた。その手にはナイフが握られている。
女の斬撃を身体を引いて躱す。
女はそのままナイフを顔に目掛けて投げる。
横から割って入ったルッソが盾でナイフを弾き、女の顔を切りつけた。
しかし、先程と同じように首から上が消え、剣は空を切る。
二人は下がって、距離を取った。
横から別の狩人が切りかかるが、やはり身体が消え、攻撃を与える事は出来なかった。
「幽霊ってやつか?」
「分からん。兎に角、手を考えなきゃ、キリが無さそうだな。」
「離れろ!」後方にいた一人の狩人が叫ぶ。
その場の全員が察して、女から離れたのを見て、狩人は手から雷撃を放った。
やはり避けようとしない女に雷撃が直撃し、女の身体に電気が走るが、何事も無かったようにゆっくり歩き始めた。
普通の魔物と違い、一切の反応が無いことが、より一層の不気味さを醸し出していた。
女の顔に生気はない。敵の攻撃に慌てることもなく、一定の速度でユラユラと進んでくる。
「マジもんの化け物じゃねぇか・・・」
皆はジリジリと下がっていく。
「どうするよ?」
攻略の糸口が無い以上、下手に動いても、こちらが被弾するリスクの方が高かった。
「メイリスの馬鹿共が手こずってやがるなっ!」
皆が振り向くとブロウを先頭にニグの狩人たちがいた。
「アタシたちの獲物だぞ。」
「その割には戦ってねぇじゃねぇか。」
「今、作戦立ててんだよ。」
「んなら、先に終わらせて貰うぜ。」
そう言ってブロウは走り出した。




