第20話 しがらみ
「・・・っ!」
倒れてたライラが目を覚ます。
辺りには何も無い真っ暗な空間が広がっていた。
「大丈夫か?」
同じく隣で倒れていたディケンズが身体を起こしながら言う。
「ああ。一体何があったんだ?」
二人はゆっくり立ち上がった。
「恐らく奴の宝玉が光った辺りから、幻と戦わせられてたんだろう。」
「まんまと乗せられた訳か・・・」
「そう言うことだな。」
「んで、ここは天国か?」
ライラが見渡しながら言う。
「ここは幻の世界だ。俺たちは今、あの氷の中で氷漬けにされてるはずだ。」
「なるほど・・・そんで、どうすりゃあいいんだ?」
「聞いた話だと、自力で出る方法はないらしい。俺たちに出来ることは戦わないことだ。」
「戦わないこと?」
「奴はこの空間で、生み出した幻と戦う者たちの力を自身の養分に替えるらしい。」
「戦う力を養分に?どういうことだ?」
「さぁな。詳しいことは知らん。兎に角、こうなった以上、考えられる展開は三つだ。一つ目は幻と戦い、力を奪われてこのまま死ぬ。二つ目は戦わず、養分を取れないと判断されて解放される。三つ目は現実世界で、第三者が氷の上にいる凍幻鳥に攻撃をして魔法を切れさせる。そんなとこだ。」
「アタシらのいた場所からして三つ目は現実的じゃないな。」
「ああ。」
「んじゃ、正直気に入らないが、戦わずに我慢しろってことか。」
「まぁ、確実に諦めて解放するとも限らんがな。」
その時、辺りの景色が変わる。
鬱蒼と茂るツタのような植物。ジメっとした空気が漂い、地面には濁った水が薄っすらと満たされていた。
「ここは?」ライラが言う。
「アデモル湿原だ。」ディケンズが答えた。
「お前さんの故郷か・・・」
ライラは物珍しそうに辺りを見た。
奥から数体の魔物が現れる。四足歩行で這う、大きなトカゲだった。
「あれがデルリザードか。」
「ああ。」ディケンズはどこかニヒルな表情で彼らを見つめた。
別の場所からゴブリンが現れる。その身体には赤い花をつけた植物が絡みついていた。
「アデモルゴブリンだ。デルリザードの天敵だな。」
ゴブリンがデルリザードを襲いだした。
ライラは頭の後ろで手を組み、それを眺めならが言った。
「つまり、故郷が襲われるところを見せて、助けさせようとしてる訳か。」
「そういうことだな。凍幻鳥の情報を持ってない奴なら、咄嗟に助けるかもしれん。」
暫く見ていると、助けないと分かったのか、景色が再び暗転する。
「こんなんが続くってことか?」
「みたいだな。」
「こりゃあ、別の意味で苦痛だな。」
ライラの言葉にディケンズが鼻で笑う。
今度は砂漠の景色に現れる。
目の前には緑がかった黒い髪の幼児が泣いている。
周囲には数頭のギルニアウルフがいた。
「誰かと思えば、可愛いライラちゃんじゃねぇか。」ライラが腕組みをしながら言った。
「自分の姿も映るのか・・・欺くには悪手な気がするがな。」ディケンズは疑問を溢した。
ライラが砂漠に捨てられ、助けられたあの日。だがここには助ける者はいない。それはつまり・・・
「まぁ、流石に見たくはねぇな。」そう言ってライラは顔を背ける。
少女の泣き声と狼の吠える声が響き、直に少女の声は消え、何かを貪る音だけが聞こえる。
そうした後、再び暗闇に戻った。
その後も二人の過去の記憶から、幾つかの場面が訪れては消えていく。
「いつまで続くんだ?これ。」
「さぁな。奴さんの気が済むまでだろ。」
「んじゃあ、丸一日とか掛かるかもしれねぇのか?」
「ここは言わば夢みたいなもんだ。現実では数時間かもしれないし、もしかしたら数日かもしれん。」
「こんな回りくどい事しなくても、手っ取り早く殴り合えばいいものを・・・解せねぇな。」
ライラがぼやいていると、また景色が変わる。
今度は何処かの道であった。左手には林があり、右手は土手になっており、その先には小川が流れている。
夕暮れ時の美しい夕陽が反射し、水面がキラキラと光っていた。
「ここもお前の記憶か?」
ライラが尋ねながらディケンズを見るが、この景色を見たディケンズは目を見開き止まっていた。
「どうした?」
ライラが戸惑っていると二人の後ろから声がした。
「ディケンズさん。」
若い女の声だった。
二人が振り向くと、そこには一人の娘が立っていた。
手入れのされた長く美しい金色の髪。後ろには綺麗なリボンが結われている。十四、五歳の少女。
幼くも整った顔立ちの少女は、優しそうに微笑みを浮かべている。
その服装と佇まいから、高貴な家の娘であることは間違いなかった。
「ベ、ベリーナ・・・」
ディケンズが目を見開いたまま呟いた。
ライラが少女とディケンズの顔を交互に見た。
「知り合いか?」
ライラが尋ねたその時、少女の胸を貫いて、剣が飛び出す。
「ベリーナ!!」
ディケンズが思わず叫ぶ。
少女の目から生気が失われ、口から一筋の血が流れる。
その綺麗なドレスが瞬く間に赤く染まっていった。
少女の背後から一人の男が顔を覗かせる。
湿って顔に張り付いた髪、細く突き出た顎、卑屈そうな目をした男はイヤらしい笑みを浮かべながら言った。
「よぉ。ディケンズ。また救えなかったな。」
「ザボン!!」
言うと同時にディケンズは斧を引き抜き、走り出す。
男は少女を蹴り倒し、後ろに下がった。
ディケンズが力任せに切り掛かるが、男はそれを躱して、更に下がる。
ディケンズは連撃を繰り出すが、男は巧みに避けながら、徐々に下がっていく。
「おい!ディケンズ!戦ったらまずいんだろ!」
ライラの言葉は最早届いておらず、ディケンズは無我夢中に斧を振るう。
二人は攻防を繰り返しながら、どんどんと道の奥へと進んでいく。
ライラは追わずに二人を見ていた。
「おいおい。何があったか知らねぇが、幻なんだろ・・・」
ライラがふと見ると少女の死体はもう何処にも無かった。
「何だかんだ言って、ディケンズさんも精神力が足りないねぇ。」
二人が道の奥に消えてくのをライラが呆れながら見ていると、また景色が暗転する。
「お。アタシの番だな。アタシの記憶はほぼ砂漠だし、煽られるような過去もねぇけどな。」
誰に言うでもなく呟く。
薄暗いままではあるが、辺りに景色が浮かび上がってくる。
石壁が見えた。洞窟と言うよりはダンジョンのように思える。少なくともライラの記憶には無い光景だった。
「ん?」
ライラがここは何処かと考えていると、後ろから声が聞こえた。
「ライラ・・・」
女の声だった。若くは無い。
聞き覚えのない声であったが、感覚的に何者か分かったライラが動きを止めた。
ゆっくりと振り返る。その表情は普段見せぬほど冷淡なものだった。
長い黒髪の女が一人立っている。
影になっていて顔は見えない。それは恐らく、ライラ自身の記憶に無いからだろう。
女が両手を広げた。
「大きくなったねぇ。抱かせておくれ。」
女の口がニタりと笑ったように見えた。
ライラはゆっくりとカットラスを引き抜いた。持つ手に自然と力が入る。
ライラは顔の無い母親を睨み付けた。
「例え幻だろうと、殺さねぇと気が済まねぇな。」
ライラが駆け出し、一振りする。
女はスルリとそれを躱した。
「いらねぇ、記憶だ。」
ライラは何度も切りかかるが、一向に当たらなかった。
そうしてライラ、ディケンズともに、過去の幻に対して無我夢中に攻撃を続ける。
次第に力が奪われていくことも忘れて。
戦い続けながら、ライラは相手を壁際に追い詰めた。
それはディケンズも同じであった。
二人がほぼ同時に一撃を加えようとした瞬間。
横から凄まじい衝撃を受け、二人は吹き飛ばされた。




