第2話 毒草集め
翌朝。
目を覚ましたライラは手短に身支度を整え、酒場を訪れた。
夕方からは酒場だが昼間は軽食を扱っており客層も狩人より街の住人が多い。数名の客が朝食を取っている中、カウンターでディケンズが昨日のステーキを食べている。
「朝からそんな重ぇもん、よく喰えるな。」そう声を掛けながら隣に座った。
「リザードマンは肉食なんだよ。」
「ライラさんっ!おはようございま~す!」カウンターの向こうの少女が元気に声を掛けた。
「あぁ、おはようさん。今日もエリーは元気だな。」
「はいっ!元気だけが取り柄ですから。」少女はちからコブを作るようにポーズしながら答えた。
エリーザ・ベイランド。
美しい青い瞳、綺麗な金髪をサイドテールに結んでいる19歳の少女でライラを姉の様に慕っている。
その軽快さと美しさから、多くの狩人の癒しになっているが、幼い頃に共に狩人だった両親を亡くして以来、ドイル夫妻が娘のように可愛がっている為、彼女を狙う男たちは有無を言わさず、酒場を出禁にされている。
ドイル夫妻は夜の酒場の準備をする為、比較的客足の少ない昼間は彼女が一人で切り盛りしていた。
「適当にパンを焼いてくれ。」
「はい!」と返事をするとライラの前にティーカップを置く。
「新作のハーブティーです。どうぞ!」言いながらサムズアップをする。
ライラは香りを嗅ぐと一口飲んだ。
「・・・ちょっと癖のある味だな。」
「そうですかぁ?私は好きなんですけどね。ベルモルハンナってハーブです。」エリーがパンを準備しながら答える。
「しかし、入れる草を変えるだけでここまで味が変わるのは面白れぇな。」
「ライラさん、草じゃなくハーブです!ハーブの世界は奥が深いんですよ~。」
「でも解せねぇな、こんな砂漠しかないとこでもそんな種類の草が手に入るのか?」
「実はディケンズさんが定期的に持ってきてくれるんです。あと草じゃなくてハーブです。」
「そうなのか?」ライラは少し驚きながらディケンズを見る。
「ああ、前にリストを貰ってな。ニグに行った時にあれば買ってくる。」
ディケンズが肉を食べながら答える。
「初めはこの辺で採れる物や行商の方に頼んでたんですけど、砂漠を運んで来る時に痛んでしまったりするんですよねぇ。ニグの港でもたまに売ってるらしいんですけど、潮風に長く当たってるので風味が変ってしまったり・・・」
「港のやつでもダメなら、お前はどこで買ってんだよ?」
「エドゥリアの店だ。錬金術で使うとかで色んな植物を揃えてるらしい。しかも独自の仕入れルートがあるから鮮度がいいんだとよ。」
「なるほど・・・あいつのとこならありえるか。」
そう言うと出されたパンを一口齧りながらカウンターに置かれた紙の束を取る。
「さてと、素敵な依頼はきてるかねぇ・・・」
数分依頼書を読むとそのままカウンターに放り投げる。
「虫集めに、ネベルダットの尾羽に、ギルニアウルフの爪。大物と言ったらロックロックスぐらいか・・・シケてんなぁ。」
ディケンズが肉を食べながら手元の依頼書をライラの方に滑らせる。
「お!何だよ、始めから取ってあんのかよ。流石アタシの相・・・」言いかけながら依頼書を見たライラは目を細めたり、紙を裏返したり、透かしたりしている。
「なぁ、ディケンズ・・・」
「なんだ?」
「アタシの目にはグルドカブラ15本の納品としか読めねぇんだけど。」
「グルドカブラ15本の納品って書いてあるんだから、そうなんだろうな。」
「おいおい、ディケンズさんよぉ!毒草取りなんぞ、その辺のガキにやらしときゃいいだろっ!」抗議するように立ち上がる。
「だ~か~ら~駄目なんだよっ!ここの連中はっ!」ディケンズも立ち上がると顔が着く程に近寄り凄む。
「依頼文を読んでみろ!」
「依頼文?えぇっと・・・学校の子供達に毒の危険性を教える為の授業で使う毒草をお願いします?」
「そういう事だ。」言いながら先程ライラが放り投げた依頼書を取る。
「子供に父親が強いところを見せたいから倒してもない魔物の爪が欲しい。友人のパーティーで目を引く帽子の飾りに羽が欲しい。こんなクソみてぇな依頼は放っておいてもいい。」そう言いながら再び依頼書を放り投げる。
「でもそういう為になる依頼は埋もれさせたら駄目なんだよっ!それなのにお前らは『報奨金が少ない』だの『獲物が面白くない』だの言ってやらねぇだろ。」
「そんなこと言ったって事実は事実だからなぁ・・・」
「私はディケンズさんが正しいと思いますっ!」カウンターをバンッと叩き、エリーザが鼻息荒めに言う。
「町の人達が危険だったり、手に入れたいけど非力で出来ない事を颯爽と現れ解決してくれる。それが狩人さんだと思いますっ!だからそう言う考え方が出来るディケンズさんは素敵だと思いますっ!」
「な、何だよ急に二人して、もしかして出来てんのか?お前ら。」
「キャ~~っ!!出来てるですって、ふふ、ディケンズさんバレちゃいましたねっ!」そう言うとエリーザはディケンズの鼻先をちょんと突くとニコニコしながら空のステーキ皿を洗いに行った。
二人はそれを唖然と見ていた。
「何なんだありゃ・・・お年頃って奴か?」ライラが呆れた顔で言う。
「知らねぇよ。本人が楽しんでるなら放っときゃいいんじゃねぇか・・・」
「まぁ仕方ねぇ。今回はエリーに免じて受けてやるか。そうなりゃあ、さっさと行こうぜ。こんな依頼なら今から行きゃあ、夜には帰って来れるだろ。」言いながらライラは残りのパンを口に放り込んだ。
3時間後。
「・・・誰だよ。夜まで終わるって言った奴は。」
砂漠を進むモウズの背中に顔を埋めながらライラが愚痴る。
「お前だろ。」ディケンズが周囲を見ながら返す。
「今何本だ?」
「4本だよ。10分前に聞いた時から拾ってねぇのに増えるわけねぇだろ。」
「くっそぉ~っ!いつもなら探さなくたって幾らでも見つかるのによぉ。何でこういう時に限って見つかんねぇんだよ。」
「まぁ得てしてそんなもんだろ。必要なもんってのは、必要な時に限って見つからないんだよ。」
「何だよそれ、哲学か?下らねぇ事言ってないで目を動かせよ。」
「それはこっちの台詞だよ、モウズの背中見てても生えてこねぇぞ。」
「あぁ~このままじゃ日跨ぎになっちまうじゃねぇか。」
「そうでもないぞ。どっちに向かってるか分かってるか?」
ライラはハッと顔をあげる。
「オアシスかっ!!あの辺なら草が生えまくってるなっ!」
「あぁ、確かグルドカブラも群生してたはずだ。」
「気づいてたなら早く言えよ!こうしちゃいられねぇ、行くぞモウズっ!」
そう言うとライラはモウズを走らせた。