第15話 ニグの戦友
痛みで動けないライラにロックロックスの岩の拳が迫る。
ディケンズが叫んだ、その時だった。
横から紺色の影が駆け抜け、ロックロックスの拳が下りた時には、誰の姿も無かった。
少し離れた所にライラを抱き抱えた獣人の姿がある。
ライラは目を見開いて呟いた。
「・・・ルル。」
ルル=シ・カ。ニグの狩人であり、ライラたちの友人。
ラビリタスと言う獣人種であり、その姿はウサギが二足歩行になった形だが、人間に比べて、線が細く、手足の長い、しなやかな身体付きをしている。
眉間辺りから口元、胸部、腹部にかけては白い毛が生えており、それ以外の部分は紺色の毛で覆われている。身長は高く、180cm以上あり、耳まで合わせれば2mを越えていた。
ラビリタスの目は強い日射しに弱い為、町以外では目を覆うようにバイザーを着けており、両手にはガントレットを嵌めている。
「ライラ。無事?」
普段から感情の起伏が少なく、冷静なルルは少し低い声で、抑揚なく喋った。
「ああ。助かった。」
「こいつは、私たちがやるから。」
そう言うとルルはライラを降ろす。
それと同時に遅れてやってきた男がディケンズに水筒を投げた。
「ディケンズ!そいつでライラを治しなっ!」
「ブロウ!済まねぇな。」
「気にすんな。借りは酒で返しな。」
言ってブロウはニヤりと笑う。
ブロウ・ルブド。ルルの相棒であるニグの狩人。
ロックロックスとさして変わらぬ程の屈強な肉体を持つ黒人で、スキンヘッドに顎髭、ルルに合わせてかサングラスをしている。
180cmを越えるそのガタイに見合わず水魔法も使用するが、基本的には水属性の大剣であるアクアブリンガーで戦う。
ルルとは違い、時折メイリスにやって来て酒場で呑んでいくので、ライラたち以外の狩人とも顔馴染みである。
「ルル。準備はいいか?」
ブロウが大剣を構える。
「いつでも、行ける。」
ルルが斜め上へ跳躍する。
それはロックロックスを軽く越え、3m以上の高さ。ラビリタスの持つ、俊敏性と軽い身体、強靭な脚力を持って出来る芸当である。
ルルが拳を握る。次の瞬間、空中で直角に曲がり、魔物へと急降下する。
風魔法を扱う事の出来るルルは、敵に直接使わずに、自身の能力を活かす為に使う。
一時的に空中に風の壁を作り出し、それを蹴ることで軌道を変える。そして、蹴ると同時に自身の追い風になるように風を放つ。
その勢いのまま、ロックロックスの硬化していない顔面を殴り付けた。
柔軟な身体でムチのようにしならせた腕による一撃。
その手に嵌めるガントレットは、ディケンズのソールオングル同様、遠い地でドワーフによって作られた「バレットアーム」と言う物で、本来は手の甲の部分に専用の火薬を仕込み、殴ると同時に爆発を起こす機構だが、ドワーフか火薬を仕入れられない為、ルルはそのまま殴打武器として使用している。だが、幾つかの鉱石を合わせて爆発に耐えられる強度になっているそれは、そのままでも十分な威力だった。
突然の衝撃にロックロックスが大きく怯む。その隙にブロウが水球は放ち、頭部に当たる。
弾けた水により、頭部と肩周りの硬化した岩が崩れ落ち、普通の毛皮に戻った。
直ぐ様、ぐるりと回り込むように勢いをつけたルルが、先程ディケンズが岩を砕いた脇腹に拳を叩き込む。
衝撃で態勢を崩し、片足を着いた所へ大剣を握ったブロウが走り込み、力任せに横切りを放つ。
ロックロックスの首が宙に跳び、そのまま魔物は倒れた。
ふぅ~っとブロウが息をつく。
「素材に旨味はねぇな。」
ルルは死体に近づき、胸に手を当て、小さく祈りを捧げた。
二人が足の岩を除去したライラに近づく。
ディケンズはモウズの岩を除去していた。
「済まねぇ。助かった。」
「気にしないで。」
「んで、その傷は何なんだ?随分と酷くやられてるな。」
「あぁ、こいつは・・・」
ライラがこれまでの経緯を説明した。
「アルドギドスかぁ、そりゃあまたエゲつない奴とやりあったな。」
「まぁ、完敗だな。」
「ガルートが近いけど、その傷はあそこじゃ無理。私たちがニグまで連れてく。」
「ありがてぇ話だけど、アタシだけで十分さ。ルルたちはやることあるんだろ?」
「いや、蜂の件ならもう終わったさ。俺たちもニグに戻るとこだったんだ。そしたらルルの奴が、人間の血の匂いがするって言うもんだからよ。」
「それで俺たち見つけたって事か。」
モウズを治し、戻ってきたディケンズが会話に加わる。
「そう言うことだ。」
「まぁ、それなら四人で行くか。」
その後、四人はロックロックスの素材を申し訳程度に剥ぎ取り、ニグへと向かう。
「こいつは化けもんばっかだな。」
ディケンズから借りた本を見ながらブロウが驚く。
「ああ、本気でやらねぇとヤベェ奴らばかりだ。」
「本気でやったところでヤベェ奴らはがりだろ。」
ブロウの返しにディケンズは鼻で笑う。
「ライラ曰く、つまらねぇ人生に色をつけるんだとよ。」
「んで、最終的には不浄王に挑むんだろ?」
「まぁ、そうなるな。」
「じゃあ、先に墓を作っとくか。」
「おい。」
後ろに並列して進む、ブロウとディケンズは談笑している。
前を行くルルは無表情のまま、前方を警戒し、横にいるライラは怪我と戦闘の疲れから、モウズに身を預けてすやすやと寝息を立てていた。
「なぁ、ルル。どうだ?俺たちも挑んでみるか?」
「私は、興味ない。」ルルが無表情のまま答える。
「まぁ、そりゃあそうだよな。しかし、ライラも面白れぇ事を考えるもんだな。」
「確かにな。」
「巻き込まれたお前にしちゃあ、良い迷惑だろうけど。」
「そうでもないさ。正直、面白そうだとは思ってるさ。」
「でも、一歩間違えれば死ぬぞ。」
ブロウの言葉にディケンズは少し遠くを見つめ、今までより低いトーンで言った。
「俺は・・・死に急いでるのかもしれん。」
その言葉の真意を知っているブロウもまた、静かに答えた。
「彼女の為か?」
「ああ、あの世に殺さなきゃいけねぇ奴がいる。」
「もう終わった事だろう。」
「終わっちまったから、どうにも出来ないのさ。」
そのまま、三人は黙って進む。
ライラの寝息と、時折吹く風の音だけが聞こえた。
ニグに着いた四人は病院へ向かい、ライラの腕を治療し、その後、エドゥリアの店で薬を調達する。ライラの傷に過剰なまでに反応し、最大限の効力の薬を作ったエドゥリアの「安静の為に、エドゥリアのベッドで一晩寝かして、添い寝する」と言う提案を何とか阻止して、ライラとディケンズがメイリスに戻った時に22時を過ぎていた。
「さて、大見得切って出ただけに、ちと戻り辛ぇな。」ライラがばつの悪そうな顔で言う。
「気にする事は無いさ。黙ってたっていずれバレる。それに半分くらいの奴は、端から勝てると思っちゃいねぇさ。」
二人が酒場に入ると一同の視線が一斉に向く。
沈黙の中、カウンターの奥のドイルが恐る恐る訊いた。
「で、どうだったんだ?」
ライラは左腕の包帯を見せる。
「・・・敗走だ。」
その言葉に皆がざわついた。
「やっぱりかぁ!」
「ライラとディケンズでも勝てねぇのか!」
など様々な言葉が飛ぶ。しかし何故か、皆どこか楽しげであった。
「ちきしょう!お前らでも倒せねぇか!しょうがねぇ!今日は奢ってやる。やけ酒しなっ!」
ドイルが言うが、その表情は緩んでいた。
ディケンズが目を細める。
「おい、オヤジ。」
「お、おう!何だ?」
「いくらだ?」
「へ?だから俺が奢っ・・・」
「俺たちの負けにいくら賭けたって訊いてんだよ。」
「い、いやその・・・」
ライラが身を乗り出す。
「人様が命賭けてたのに、それを賭けの対象にしてたってのか?」
「いや、まぁ、賭けというか何というか・・・」
ディケンズが皆の方を見る。
「おい、お前ら!今日の酒代は俺たちの負けに賭けた奴の奢りだ!好きなだけ呑め!」
その言葉に酒場は沸き、いつもの賑わいを取り戻した。




