第1話 砂漠の賞金稼ぎ
雲ひとつない青空。照りつける様な日射しが降り注ぐ、広大な砂漠。
「ギルニア砂漠」
どこまでも広がる大地には乾いた風が吹いていた。
陽炎が揺らめく砂地が、突如として盛り上がり、砂の中から一人の女が飛び出す。
日に焼けた褐色の肌、緑がかった黒いポニーテールのその女は、そのまま前転をするように受身を取り、立ち上がると前方へ走り出す。
その直後、彼女の背後から大きな魔物が飛び出してきた。
サメに似た形状の頭部からは渦巻くような形の鋭い角が伸びている。背中と尻尾はヒレなっているが、四肢は爪のついた腕となっている。
彼女は速度緩める事になく走りながら、魔物を視認すると大きな声で叫んだ。
「ディケンズーッ!」
距離を詰めた魔物が角を叩き付ける為に頭部を大きく振り上げた。彼女は振り向くと同時に腰に携えた2本の剣を引き抜く。
右手に持つナイフは独特な形状で、20cm程の刃は蒼白く光る鉱石で作られており、刀身は円錐状になっており、切ると言うよりは刺す事に特化した形をしている。一方、左手には一般的にカットラスと呼ばれる湾曲した鉄の剣を持っている。
2本の刃を重ね、衝撃に備えようとした瞬間、横から飛んできた黄色い光球が、魔物の側頭部を捉えた。
小さな爆発が起き、魔物がよろめきながら倒れる。
「あぶねぇな、おい。」そう吐き捨て、彼女は素早く魔物の上に飛び乗る。
頭部にナイフを突き刺して押さえ込むと同時に、逆手に持ちかえたカットラスで首元を切り裂いた。
血飛沫とともにバタバタと暴れだした魔物から飛び離れると、身体に付いた砂を払い落とした。
暫くして、魔物がピクリとも動かなくなった頃、ひとりの者が近づいてくる。
体躯は人間より一回り大きく、紫がかった青色の鱗が全身を覆っている。所謂リザードマンと呼ばれる種族。先程の光球を放った大砲のような物を右肩に掛けている。
「おいおい、ディケンズさんよぉ。もう少しで頭カチ割られるところだったんだが?」
「無茶言うなライラ。どこから出てくるかも分からねぇ砂漠で、あの砂埃の中、こめかみにぶち込んでやっただけでも有難いと思え。」
ディケンズの言葉を鼻で笑いながら、魔物に刺したナイフを引き抜いた。
「まぁ、とりあえず一丁上がりだな。」
「あぁ、早いとこ剥ぎとっちまおう。」
そう言いながら、首から下げた笛を吹くとモウズと呼ばれる動物がやってくる。
馬のような体躯だが毛が長く、頭には渦巻くように湾曲した2本の角が生えている。背中に鞍が掛けられており、左右に大小様々な袋が下がっていた。
「まずは討伐の証か・・・まぁ角だよな。高く売れるから勿体ねぇけどな。」ライラは頭部から角を切り出した。
「仕方ないだろ、そもそも角の分も賞金に入ってんだ。」
答えながらディケンズは爪を剥ぎ取る。
「ガメルドーラって、後はどこが売れるんだ?」
「高いところだと爪、牙、ヒレってとこだな。いや、待てよ・・・ガメルドーラなら確かキモが珍味として高く売れるな。」
「ウェッ!内臓かよ。あたしはパスだ。持ってくならそっち袋に入れてくれ。」ライラは露骨に嫌な顔をする。
「構わんが、取り分はこっちで多く取るぞ。」
「それでいいぜ。しっかし解せねぇな、あんな臭ぇもん喜んで喰う奴がいるなんざ。」
「まぁ、個人の好みだからな。それに喰う時には臭くないようにしてんだろ・・・多分。」
他愛もない会話をしながら2人は素早く剥ぎ取っていく。
大方剥ぎ取りを終えたディケンズがライラを見る。
「おいおい、持って帰れる数は限られてるだぞ。そんな金にならんところ取ってどうする?」
「いや、これは自分用だ、こいつがだいぶ草臥れてきたからな。」皮を剥ぎ取りながら、なめし革で出来た自分のパンツを叩いた。
「それなら構わんが、ヴァルチャーどもが集まってきたからそろそろ切り上げるぞ。」
上空には羽を広げた数羽の猛禽類が飛び回っている。彼らの鳴き声と血肉の臭いで周囲の魔物が寄ってくる。
「あいよ、こいつで終わりだから心配すんな。」
二人はモウズに乗り込むと町へと走らせていく。
ラステイル大陸の南西を占める広大な砂漠「ギルニア砂漠」
砂漠の東には山脈が連なり、南と西は海に囲まれている。
国王ダンクロアに寄り統治されている「ハーラル王国」の領土であり、南西に位置する「王都ニグ」をはじめ、砂漠を囲む様に大小様々な町や村が点在しているが、砂漠の中は未開の地もあり、狂暴な魔物もいるため一般人があまり踏みいる事はない。
ライラは「メイリス」に着いた。砂漠の南に位置するこの町は王都に比較的近い事もあり、砂漠の北にある国境の町「ベールズ」に次いで3番目に大きな町であるが、元々は王都で問題を起こした者や、職にあぶれて流れてきた者達が作った町である為、町の大きさに反してあまり発展はしていない。
多くの者は王都での出稼ぎや賞金稼ぎとなって生計を立てている、それ故に血の気の多い者が多く、よく喧嘩沙汰は起きるが治安は自体は良好である。
ライラはそんなメイリスの中心部にある酒場の扉を開いた。
まだ日が落ち始めた時間ではあるが、多くの席は埋まっており、あちこちから猥雑な会話が聞こえてくる。
何人か声を掛けてきた者に答えながら、ライラはカウンターに荷物をドンっと乗せる。
「おうっ!ライラ、戻ったかっ!」
カウンターの向こうから浅黒い肌をした大将が声を掛ける。顔に刻まれた深い皺、白髪の目立ち始めたその風貌は砂漠の町でなければ漁師と間違えられるだろう。
「ドイルのオヤジ。まぁ、こんな感じよ。」
言いながら袋を開けると大きな肉の塊が現れる。
「おおっ、背肉じゃねぇか!いいとこ取ってきやがったなぁ。」
「ここが一番うめぇって、ディケンズが言ってたからな
。」
「あらあら、ライラちゃんお帰りよ~。」
奥の部屋から恰幅の良い女将がやってくる。
「ルネラさん、こいつをよろしくな。」
そう言うとガメルドーラの角をカウンターに置く。
「おやまぁ、立派だねぇ。ちゃんとギルドに送っておくよ。ところでディケンズさんはどうしたんだい?」
「あぁ、あいつならニグに向かったよ。」
「王都へ?」
「キモが高いらしいんだけど、キモは足が早いから、痛む前に売りさばいてくるとさ。」
「キモォ~!!」肉の下拵えをしていたドイルが素っ頓狂な声を上げた。
「ライラっ!オメェも持ってきたのかっ!」ドイルが身を乗りだし訊いてくる。
「いや、アタシはパスした。あんな臭ぇもん入れたら何回洗っても袋の臭いが取れねぇからな。」
「なんてこった、酒の肴に最高なのによぉー」
「次はディケンズに言っときな。」
「ちきしょうっ!仕方ねぇ。」そう言うとドイルが声を張り上げる。
「オメェら、ライラが取ってきたガメルの背肉だっ!鮮度も考えて1300ルックだっ!いる奴はいるかっ!」
何人かが高ぇなと悪態をつきながらも注文する。
「ライラちゃん、アンタもいるかい?」
「いや、とりあえずいいや。あんまり腹減ってないしな。それより今日は久々に砂に潜ったから、シャワーを浴びるよ。」
ライラは荷物を拾い上げると「オヤジ、肉の金は宿賃に回しといてくれ」と声を掛け酒場を出た。
酒場の裏手にある階段を登ると二階部分は宿泊部屋になっており、ライラはその一室を借りている。部屋に入ったライラは荷物と服を脱ぎ捨てると冷たいシャワーを浴び、砂や汚れを洗い流した。
身体のあちこちにある小さな傷が沁みるの感じながら、左腕にある何かが巻き付いた様な痣に触れる。
物心ついた時には砂漠に捨てられていたライラにとって親と繋がる唯一の手掛かりである。自分から捜す気は無い、だがもし見つけたらその時は・・・
ライラに小さく舌打ちをするとシャワーを終え、ベッドへ飛び込むとすぐに眠りに落ちた。