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三、毒殺

 翌朝、庭の扉は外から開かれた。

 その音は大きくないが、寝ていても警戒心を解いていない西宮はすぐに目を覚まし、寝床から起き上がると同時に、既にそばに置いていた刀を腰に佩いた。

 この時、もう一つの寝床で寝ている李祁も既に起き上がって長剣を背負った。

 二人が部屋を出ると、隣の部屋の扉も開かれ、その中から白い狐面を被っている李残花が出て来た。

 庭の扉から十数人が次々と入り、庭の中で三人を取り囲んで立つ。諸人は手を暗器袋に置き、目が三人をじっと見詰め、敵意を剥き出しにしていた。

「この陣立て、どうやら、朝食を届けに来た訳じゃないな」李残花は庭に立っている諸人を見渡してから、一番後ろに立っている唐霊に目を留めた。「唐霊公子はどうするおつもりか。私と唐嬢様の約束は、まだ二日あるはずだが」

 唐霊は言った。「とぼけるな、お前らが先に約束を破って唐門の者を殺したくせに」

「人を殺すだと?」李残花の目付きが鋭くなった。「誰が殺された」

「まだ認めないか、構わん、お前らを捕まえた後、ゆっくりと問い質せば良い」と唐霊が言うと、李残花は冷たく応じた。「できるものなら、やってみるが良い」

 この剣抜弩張けんばつどちょうの時、庭の扉のところから女性の声が響いた。「全員、やめろ!」

 庭にいる唐門の弟子たちはその話を聞くと、一斉に手を下ろし、入ってくる女に礼をした。「門主」

 来たのはまさに唐門の主、唐敗だった。

 唐敗が庭に入った後、まずは唐霊を見て言った。「私はまだ命令を下していないが、なぜ勝手に動いた」

「それは…」と唐霊が何かを言って口答えをしようとしたが、唐敗の厳しい目つきを見ると、結局は素直に頭を下げた。「はい、叔母さん、すみませんでした」

 唐敗が向き直って李残花の方へ歩き出すと、弟子たちは左右へ退いて道を譲った。

 数歩進み、唐敗は立ち止まって囲まれている三人に聞いた。「お三方は昨夜どこにいて、何をしたか、聞かせてもらえないかしら」

 李残花は答えた。「大したことしていないわ。ただここに座って、酒を飲んだり、肉を食べたりしただけ。食べ終わった後、私たちは部屋に戻って眠った、誰一人この庭を出たことはない」

 西宮も言った。「その通り、俺と李さんは同じ部屋にいた、誰かが部屋を出たら、もう一人がそれに気づくはずだ」

 唐霊は言った。「そもそもお前ら三人とも共謀者かもしれない」

「唐嬢様は私たちを信じられなくても、唐門の弟子なら信じられるはずだ。私が帰った後、庭の扉は外から施錠された。たとえ軽功けいこうで壁を飛び越えても、見回る者に見られる。私たちが夜中に庭を出たかどうか、昨夜の見回りに聞けば分かる」と李残花は言った。「今教えてもらえないかしら、一体誰が死んだか」

 唐敗は少し考えてから、李残花を見て答えた。「死んだのは、唐枯だ」

 この意外な答えを聞くと、西宮も李祁も驚いた顔を見せ、李残花だけは顔が仮面に覆われて表情が見えなかった。

「そんなことがあるとは、実に意外だな」と、李残花は先に口を開いた。「唐枯公子は唐門屈指の武力を持っている、まさか誰かに殺されるとは」

 唐敗は言った。「それは、彼は武術によって殺されたのではないから」

 李残花は聞いた。「では彼の死因は?」

 唐敗は答えた。「彼は毒殺されたのだ」

「毒だと?」と言った李残花の声から、彼女の驚異が窺えた。

 唐敗は頷いた。「そう、『月下美人げっかびじん』という毒、李嬢様も聞いたことがあるはずだ」

「唐門随一の猛毒、月下美人か」と、李残花は言った。「唐枯公子の死は実に残念だが、それなら私たちを疑う道理がない。私たちはそんな毒を手に入れる訳もない、たとえ持っていても使い方を分からず、恐らく自分が先に毒殺されるのだ」

 唐敗は言った。「その話は間違っていないが、万全を期すため、殺人者が捕まる前に、お三方は暫く唐門に泊まってもらう」

 李祁は先に応じた。「拙者は別に構いませんが。どうせここで妹が完治するのを待つのですから。その前に唐門はきっと殺人者を見つけるのでしょう」

 李残花も言った。「いいよ、私は唐嬢様と戦う約束もあるし、その前に唐門を離れるつもりはそもそもないわ」

「拙者も構いません」と、西宮は言った。「それに、拙者が日本にいた時は捕吏をやっていたので、お役に立てるかもしれません、良かったら拙者に唐枯公子の死体を見せてもらえませんか」

「ご厚意ありがとう、考えておくわ」と唐敗は言ってから、振り返って去って行こうとした時、李残花は言った。「唐嬢様、私たちの約束、延期したいなら、別にそれでもいいわよ」

「その必要はない」と言い残して、唐敗は庭を出た。

 唐敗が行った後、唐門の諸人も従って出て行って、間もなく庭の中にはまた三人しかいなくなった。

 李残花は他の二人に向いて、ゆっくりと言った。「今のうちに聞いておくけど、あんたたち、誰かが唐枯を殺したか。私の方は本当に何も知らないわ」

 西宮は首を横に振った。「俺も知らないね、先程俺が言ったのは全て本当だ、李さんも部屋を出なかったはずだ」

 李祁は言った。「拙者も全く分からない」

 西宮は聞いた。「今言った月下美人とは、どんな毒か」

 李残花は答えた。「言った通り、唐門随一の猛毒だ。毒性が極めて強く、使われると月下美人のような濃い香りが漂う。一息吸い込めば手足から力が抜け、二息吸い込めば体が動かなくなり、三息吸い込めば即死する。この毒に殺された者は蜀中の巨盗きょとう劉魁りゅうかい、華山派の掌門しょうもん華雲龍かうんりゅうなど、とにかく江湖で名声赫々《めいせいかくかく》たる人物ばかりだ」

 李祁は頷いて相槌を打った。「拙者も聞いたことがある。この毒は唐門四傑の唐冢に作られたと言われている。この毒が世に現れた後、唐門の不興を買った門派は皆一時草木皆兵そうもくかいへいになり、庭の花を一掃した者もいれば、夢の中で花香かこうを嗅ぐとすぐ目覚める技を身に付けた者さえいた」

 西宮は驚いたように言った。「それはさすがに杞憂ではないか」

 李残花は応じた。「いいや、江湖にいる限り、注意するに越したことはない。これよりも不思議な暗殺手段はいくらでもある」

 三人が話している時、庭の扉から大きな木皿を持っている女が入って来た。

 それは李祁が前日会った女中の唐英だった。

 唐英は木皿を置いてから言った。「門主の命を奉じて、朝食を届けに来ました」

「ありがとう、ちょうどお腹が空いたわ。実は唐嬢様がこれを忘れるのではと心配していたところだよ」と言って、李残花は座って木皿から肉饅頭を一つ手に取り、仮面を外して一口噛んだ。

「おいおい、江湖にいる限り、注意するに越したことはない、と言ったのは誰だ。そのまま食べていいのかよ」と西宮が聞いた。

「唐嬢様のような身分が高い人には矜持がある。私とは既に約束があった以上、その前には決して私に手を出さない。あんたたちが食べていいかどうかは分からないけどな」と李残花は答えて、また手に持っている肉饅頭を一口噛んだ。

「ご冗談を」と、隣に立っている唐英は微笑んで言った。「唐門は客に出す食べ物には決して毒を盛ったりしませんので、どうぞご安心を」

「それなら、拙者も頂きましょうか」と言って、李祁も座って肉饅頭を一つ取った、西宮はそばに座ってお粥を盛った。

 三人が食べ終わった後、唐英は食器を片付けてから、西宮に言った。「西宮先生、門主は先生に頼みたいことがありますが、わたくしに付いて来て頂けませんか」

 西宮は頷いた。「もちろん、ご案内下さい」

 西宮が唐英に従って庭を出て、暫く歩くと、もう一つの小さい庭の前に着き、唐敗はそこで待っていた。

 唐英は唐敗に礼をした。「門主、西宮先生をお連れして来ました」

 唐敗は頷いた。「ご苦労、下がって良いわ」

 唐英が離れた後、唐敗は西宮に言った。「先生を呼んだのは他でもなく、捕吏としての腕前を拝借したいと思うのだ」

 西宮は言った。「喜んで。ではこの庭が、唐枯公子が生前に住んでいたところですか」

「その通り、この庭は唐門の高級弟子が住むところ、今ここに住んでいるのは唐枯以外、唐邪と唐霊だけだ」と、唐敗は答えてから、すぐ隣の庭を指差してまた言った。「そしてあそこは『花園』だ」

「ほう、もしかして唐門は花の植栽にも長じるのですか」

「いいえ、この花園は花を植えるところではなく、唐門が毒と薬を作る場所だ」

「ふむ…鳶尾、月下美人、なるほど、道理で唐門の毒は皆花の名前ですな」

「その通り、唐冢は花が好きなので、作った毒は全て花の名前で名付ける。そうしてここも花園と呼ばれるようになった」

「唐枯公子を毒殺した月下美人も、花園に保管されていたのでしょう」

「そう、唐門の毒は全て花園に保存される。花園を自由に出入りできるのは門主と高級弟子だけだ。そして毒が持ち出される時は、誰が何のためにいくら取ったか、一々詳しく記される」

「それなら、まずは花園を司る者に聞くべきだと思います」

「私もそう思うわ、そろそろ来ると思う」と言った唐敗の声が消えた途端、花園から華甲かこうを超えたように見える老者が出て来た。

 唐敗は西宮に紹介した。「彼の名前は唐笑とうしょう、私の小さい頃から花園を司ってきた、絶対的に信用できる者だ」

 唐笑は唐敗の前に立ち止まって言った。「門主、調べさせたことは結果があった」

「ご苦労、おじさん」唐敗は頷いた。「では聞かせてもらおう」

「しかし」と言って、唐笑は西宮に目をやると、唐敗は言った。「この西宮慎先生は東瀛の捕吏、私が頼んで枯ちゃんの死を調べているわ。言って構わん」

「はい」と唐笑は言った。「書付と比べたら、量が足りぬ毒は二つ、月下美人と桜だ」

 西宮は聞いた。「桜とは、またどんな毒ですか」

 唐笑は答えた。「色も味もなく、気づきにくい毒だが、その毒性は強くない。命を傷つけず、ただ一時的に嗅覚を奪う。桜の香りが極めて淡いから、こう名付けたのだ」

「嗅覚を奪う?もしかしてこの毒も唐枯公子に使われたのか」と西宮が聞くと、今回は唐敗が答えた。「そうだわ、私は枯ちゃんが使った茶碗を見た、確かに桜が盛られた。その意図は明らかだ、月下美人には濃い香りがあるから、枯ちゃんに気づかれないように、嗅覚を奪う桜を飲ませておいたのだ」

「どうやらこの毒殺者は唐門の毒にとても詳しいですね」と言って、西宮はまた唐笑に聞いた。「おじさん、その二つの毒はいつ盗まれたのか分かりますか」

 唐笑は答えた。「毒と薬草の量は毎日確かめるから、つい昨日のことに違いない」

 西宮はまた聞いた。「では昨日誰が花園に入ったか、まだ覚えていますか」

 唐笑は頷いた。「もちろん覚えている、三人しかいない。唐邪、唐霊、そして儂だ」

「それなら…」西宮は暫く考えてから、溜め息をついた。「なるほど、なぜ唐嬢様がこの件を拙者に調べさせたか、ようやく分かりました」

 唐敗は聞いた。「ほう、それはなぜだろう」

 西宮は答えた。「今の状況から見れば、殺人者は唐邪嬢さんと唐霊公子の中にいます。二人は唐嬢様の姪と甥、家族愛の故に、二人とも疑いたくないし、調べようとしても判断は影響されてしまうから、赤の他人である拙者の手を借りたのでしょう」

 唐敗は認めた。「その通り、やはり先生は賢い人だ。もし殺人者が分かったら、誰であろうと、ぜひ隠さずに教えて下さい」

「無論そうします」と西宮は言って、また唐笑に聞いた。「もう一つ聞きたいですが、昨日唐邪と唐霊が花園に入ったのは、何のためでしたか」

 唐笑は答えた。「唐邪は昨日の嬢ちゃんが受けた毒を抜くために、解毒の薬草を取りに来た。唐霊は一ヶ月前から、薬と毒の術に興味が湧いて、毎日花園に通うようになった」

「ほう、突然薬と毒に興味を持ったのですか」と西宮が言うと、唐敗は応じた。「それは別におかしくないと思うわ。彼が武力を消された以来、数ヶ月の間ずっと落ち込んでいた。今は多分ようやく観念して、他の道を試しているだろう」

「なるほど、確かに一理あります」西宮は頷いた。「唐霊公子は一ヶ月間通い続け、唐邪嬢さんは元々医術に優れています。つまり二人ともこの花園に詳しい、二人ともここから月下美人と桜をこっそり持ち出せる、という訳ですね」

 唐敗は言った。「まさに、その通りだ」

 西宮は言った。「分かりました。では唐枯公子の遺体を見させて頂けませんか」

「もちろん、私に付いて来て下さい」と唐敗は西宮に言ってから、唐笑に言った。「おじさん、もう用はない、帰っていいわ」

「はい」と言って、唐笑はまた花園に入った。

 西宮が唐敗に従って、隣の庭に入った後、唐敗は右側の軒並を指差して言った。「この四軒の部屋が唐門四傑の住み処、最奥さいおうのは唐枯の部屋、そして唐冢、次は唐邪、扉に最も近いのは唐霊の部屋だ」

 言い終わると、唐敗は唐枯の部屋に行って、扉を開けた。二人が部屋に入ると、西宮は寝床で横になっている唐枯を見た。唐枯の表情は穏やかで、痛みや恐怖は全く見えず、まるで眠っているようだ。彼を見ている唐敗の眼差しも我が子の寝顔を眺めている母親のように、とても優しくて寵愛に溢れている。しかしその起伏がない胸元と青白い顔を見ると、西宮はすぐに分かった、唐枯は確かに死んでいると。

 近づいて唐枯の死体に目を通した後、西宮は聞いた。「唐枯公子の死を発見したのは誰ですか」

 唐敗は答えた。「唐邪だ。彼女は今朝起きた後、唐枯の部屋の扉が閉じているのに気づいた。唐枯はいつも一番早起きなので、唐邪はおかしく思って彼の部屋に行って様子を見ると、月下美人の香りを嗅いだ。彼女はすぐに息を止めて扉を蹴り開けたが、唐枯はとっくに死んでいたのを見た。そして彼女は唐霊を起こして庭の外に連れ、庭を封じてから私に報告した」

「こんな意外に遭っても冷静を失わず、こんなに手早く処置できるとは、唐邪嬢さんは只者ではないな」と西宮が言うと、唐敗は応じた。「あるいは、彼女はとっくに唐枯が毒殺されたことを知っていたから、こんなに手早く対応できたと、あんたはこう思っているだろう」

「それは…」と西宮が話す途中、突然部屋の外から唐霊の声が伝わってきた。「まさかお前が…待て、逃がすものか!」

 唐敗は即座に部屋を出ると、庭にいる唐霊と唐邪を見た。唐霊は唐邪の左腕をぎゅっと掴んで、唐邪は右手を上げて唐霊の頭に向かって打ち下ろそうとしていた。

「やめないか!」と言って、唐敗は素早く近づいて唐邪の右手を掴んだ。唐邪はまだあがこうとしたが、唐敗が指に力を入れると、唐邪はすぐに半身がしびれて身動きできなくなった。

「霊ちゃん、一体何があった」と唐敗は唐霊に聞いた。

 唐霊は手を離し、唐邪を指差して答えた。「彼女だ、毒で兄さんを殺したのは彼女だ。今叔母さんの話を聞いたら、彼女は逃げようとしたが、俺に止められた」

 唐敗は驚いた顔をした。「バカな、なぜ邪ちゃんがそんなことを」

 唐霊は言った。「それはもちろん、父親を殺された仇を討つためだ」

 唐邪の父親は唐破、唐敗の兄でもあるが、十数年前に唐門を裏切った故に唐敗に殺された。

 唐敗は手を離して唐邪に聞いた。「邪ちゃん、君が言え、本当にそうなのか」

 唐邪は右手をちょっと振り、暫く黙ってから答えた。「はい、そうだ」

 唐敗の顔に信じられないという表情が浮かんだ。「なぜだ、君の父親は唐門の裏切り者だって、君も分かっているはずだ」

 唐邪は応じた。「裏切り者であろうと何であろうと、父は父だ、父を殺された仇は討たなければいけないのだ」

 唐敗はまた聞いた。「たとえそうだとしても、唐破を殺したのは私だ、仇を討つなら私に当たるが良い」

 唐邪は苦笑した。「本来はそうしたかったが、長年を経て私はようやく分かった、自分は決してあなたの相手にはならないと」

 唐敗の左手が拳を握りしめて、怒りを抑えていた。「だから、枯ちゃんに手を出したか。分かっているか、小さい頃から、君のことを最も可愛がっているのが枯ちゃんだと」

 唐邪は頭を下げた。「分かっている、だから私はこれから黄泉に行って、自ら彼に謝罪する」

 傍にいる唐霊はため息をついた。「やはり、裏切り者の娘も裏切り者だ」

 昔、唐門の中にも似たようなことを言った者がいた。唐敗は毎回必ず厳しく叱り、そしてある弟子がそのために破門された以来、唐門の中では誰もそれを口にしたことはなかった。

 しかし今唐霊が言った話に対して、唐敗は聞こえなかったようで、ただ目を閉じて深く息を吸った。また目を開ける時、唐敗の眼差しは針のように鋭くなった。唐邪を睨んで、唐敗はゆっくりと右手を上げながら言った。「君…まだ何か、言いたいことはあるか」

「唐嬢様、お待ち下さい」と、唐敗に従って部屋を出た西宮は近づいて言った。

 唐敗は目を逸らさずに応じた。「家門かもんに不幸があって、先生に恥ずかしいところを見せてしまった。でも殺人者が分かった今は、門規によって裁けば良い、もう先生に面倒を掛けることはない」

 西宮はまた言った。「どうか拙者の一言を聞いて下さい。この件にはまだ疑点が沢山あると思います。人は一度死んだら蘇らぬもの、取り返しのつかないことにならないように、軽率に判断しないで下さい」

 唐霊は口を挟んだ。「当人は既に罪を認めたのだ、まだ何が疑わしい」

 西宮は答えた。「既に罪を認めた者がいても、真相がそうであるとは限りません。このようなことは、拙者が捕吏を務めていた間に何回も見たことがあります。自分が犯していない罪を認める理由は沢山あるのです」

 間を置いて、西宮はまた言った。「それに、ただの勘ですが、拙者が昨日見た唐邪嬢さんは仁心じんしんを持っている医者で、このようなことをするのはとても思えません。宜しければ、この件は拙者に任せ、もっと詳しく調べさせて頂けませんか」

 唐敗は暫く考えてから、ゆっくりと言った。「確かに、先生の言うことにも一理ある。ではこの件を先生に任せよう。唐門の弟子たちにも先生に協力するように言っておくわ。真相を見つけてくれるなら、先生は唐門に貸しが一つできる」

「ありがとうございます」と西宮が言った後、唐敗はまた言った。「ただし、私と李嬢様の戦は二日後、その前に結果が出なければ、唐邪は死刑に処する」

 西宮は応じた。「分かりました、全力でやってみましょう」

 唐敗はまた唐邪に向かって言った。「では、君はこの時間を使って、楚搖光の毒を完治させよう。医者として、一旦引き受けた病人は最後までちゃんと世話を見てやれ。だがその前に、君の武力は封じておくわ」

 言い終わる途端、唐敗は素早く指で唐邪の体を数回衝いた。

 それを見て西宮は聞いた。「もしかして、これが点穴てんけつという技ですか」

 唐敗は手を下ろして答えた。「そうよ、彼女は今経穴けいけつが封じられ、日常行動に支障が出ないが、武力を振るう力はなくなった。この点穴の手法は唐門の秘伝、解ける者は私しかいない」

 唐霊は言った。「それにしても、彼女を自由にさせるのは、恐らく…」

「誰が自由にさせると言った」と唐敗は言った。「霊ちゃん、君が唐雨とうう唐霜とうそう連れて、彼女を油断なく見張ってくれ」

「御意」と唐霊は答えた。

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