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十一、安陽城

 黄河の北、約百里離れたところに、孤城こじょうが聳え立っている。城の名は安陽あんよう、長い歴史を持つ古城だ。

 時は黄昏、残陽の赤さは血が如き、城壁も赤く染まっているが、それは夕日に染められたのではなく、本物の血に染められたのだった。城壁の上に、鉄杆金槍てっかんきんそうを握っているの男は佇んでいて、視線を落陽の方向に向けていた。男の体が槍のように真っ直ぐに立っていて、痩せているがちっとも弱く見えず、その目付きが槍先よりも鋭かった。

 男の名は王劫おうごう、そもそも銀雀山ぎんじゃくざん兵甲府へいこうふの三府主、京城で禁軍の統領を務めたいた。三十万人と言い触らした朝廷の大軍が太原府で狼族の鉄騎てっきに大敗を喫した後、王劫は王命を奉じ、二万人の禁軍を率いて支援に赴いた。しかし黄河を渡った後、敗退して来た残兵の口から、彼は支援する対象が既になくなったと聞いた。太原府の戦いで、朝廷軍は主将が殺され、群竜無首ぐんりゅうむしゅとなった兵士たちは四方八方に逃げ散ったが、狼族の騎兵に数十里も猛追されてまた沢山殺された。それを知った後、王劫はすぐに北上を止め、残兵を数千人集めてから安陽城に向かった。

 その途中で、一万人の狼族先鋒隊が追い付けたが、王劫は既にそれを備えていて、槍と盾で陣を構えて騎兵の衝撃を食い止めてから、後ろに仕掛けておいた奇兵で挟み撃ちした。二つの時辰じしんの激戦の後、その先鋒隊は一人残らず殲滅された。

 この敗北を聞いた後、狼族軍の主将である蕭凛しょうりんは激怒し、全軍を率いて王劫の一軍に向かった。衆寡しゅうかの差が甚だしく、到底立ち向かえぬと分かり、王劫は部隊を率いて安陽城に立て籠もった。そして二十日前に、蕭凛は城下に着いた後、城壁から五百歩離れたところで駐屯し、城が落ちる日に城内にいる者を皆殺しにすることを誓った。あの日、城壁はまだ赤く染まっていなかった。

 狼族軍はまず三日で堀を埋めてから、毎日猛攻を繰り返してきた。蕭凛は攻城の術を殆ど全て使い尽くしたが、王劫も部下を指揮して一々対処した。敵が城門を焚けば、水を注いだ豚や牛の膀胱を投げて火を消す。敵が衝車しょうしゃ城門を破ろうとすれば、大石や巨木で叩き潰す。弓矢の往来は言うまでもなく毎日欠かさず、同袍の屍から抜いた矢を弓に番えてまた敵に射ち返す、矢が飛び交ううちに、命は矢よりも速く散っていく。このまま二十日交戦し続け、双方とも段々慣れてきた、日が落ちる頃、狼族軍がかねを鳴らして兵を収めると、守軍も手を止める。屍を拾いに来る狼族の兵士に対して、守軍の兵士は見るだけで、別に邪魔しない。

 今日もようやく黄昏まで持ち堪えた。西の方を眺めている王劫の後ろに、将官が一人立ち止まった。その足音を聞くと、王劫は振り向かずに言った。「言え」

「はっ」と将官は答えた。「本日陣没百九十二人、重傷百十六人、斬首三百八十級だ」

「陣没した者、斬首した者、ちゃんと書き留めておけ」

「はい、既に一人残らず、記録しておきました」

「良い、ではお前も休め」

「はい」と答えたが、将官は動かず、暫くして、王劫は聞いた。「どうした、まだ何かあるか」

「いえ、ただ、将軍はどうして毎日西の方を眺めているか、少し気になって」

「俺は援軍を待っているのだ」

「援軍は」将官は少し躊躇って、また聞いた。「本当にありますか」

こう副将、俺はお前を騙したくない。正直に言うと、本当にあるかどうかは分からない」と王劫は答えた。「けど、もし援軍があれば、それは必ず西から来ると思う」

「つまり今の俺たちを助けられるのは、秦王しかいない、ということですか」

「そういうことだ」

「では俺も一緒に待ちましょうか」と言って高副将は地に座ろうとすると、王劫は止めた。「待て、ここにいても構わんが、その前に夕食を持って来い、俺の分もな」

「畏まった」と笑って応じ、高副将は城壁を降りて行き、間もなく椀を二つ持って帰って来た。椀の中には米と麦を混ぜて炊いた飯と一本の干し肉、高副将がその一つを王劫に渡した後、二人とも座った。

 飯を一口食べたら、王劫は聞いた。「今日の飯は麦を何割混ぜた」

「六割です」と高副将は答えた。

「つまりこのままだと」と言って王劫は少し考えて続けた。「あと三日で米がなくなる」

「そうです、その後は麦を食べるしかありません。麦は米より多いですが、多くても五日しか持てません。更にその後は、馬を殺すしかありません」間を置いて高副将は続けた。「しかし馬の肉では二日しか持てません。つまりこの合わせて十日間に、援軍が来てくれなければ、食糧が尽きてしまい、恐らく…」

「考えても仕方がない、最悪でも死ぬだけだ。それよりご飯を食べて早く休もう、明日も大変だからな」と王劫が言ってから、二人もがつがつ食べ始めた。暫くして、二人は同時に椀を下ろした。二人が食べるのは速かったが、地面に零した米は一粒もなかったし、椀に残る米も一粒なかった。

 王劫は二つの椀を重ねて左手に持ち、立ち上がって言った。「この椀は俺が返すから、お前はもう寝て良いぞ。今日もお疲れさん」

 高副将も立ち上がって言った。「将軍、一つ約束して欲しいことがありますが」

「ほう、何だ」

「もし城が落ちてしまえば、たとえ一人だけでも、将軍はお逃げ下さい。関山飛渡かんざんひとは天下無双の軽功、使えば逃げ切れるはずだ」

 夜の帳は既に下りた、夜警の兵士たちは続々と城壁に登って位置についた。王劫は暫く高副将を見て、首を横に振った。「悪い、主将である以上、そんなことはできない」

「しかし…」と高副将がまた言おうとしたが、王劫はふと何かを見つけたように、猛然と西へ向き直った。

「将軍、どうしましたか」と高副将が聞くと、王劫は前を指差して言った。「あれを見ろ」

 城の下には一面に広がる狼族の軍営、そこに焚き火の光が点在している。その光の上の真っ暗な中空に、豆のように小さい火光かこうがある。王劫が指差しているのはその火光だ。

「将軍、あれは?」と高副将が驚いて聞くと、王劫は言った。「あそこは紅砂嶺こうされい、ここから四十里離れている。その山頂には烽火台ほうかだいがある」

「では、今その烽火が上げられたとは、まさか援軍が来たのですか」

「あぁ、そこから来るなら、速くても二時辰が必要だ、まずい」と言ってから、王劫は右側に向かって大声で呼んだ。「伝令!」

 そこに待機していた伝令兵はすぐに走って来た。「はっ!」

「今夜敵は大挙襲来する、まだ動ける者、全員夜戦の準備をしろ。以上だ、行け」と王劫が言い終わると、伝令兵はまたすぐに走って行った。


 城下の軍営の中に、主将の蕭凛は麾下の将官たちを集めた。

「敵の援軍は来ている、西に斥候を出せ」と蕭凛はまず一人の将官を見て言った。

「はっ」と将官が軍令を受けて言った後、蕭凛は言い続けた。「騎兵は西に向かって陣を構え、重騎兵は中央に、軽騎兵は両翼に、敵の援軍を迎撃する」

「はっ」と応じてまた数人の将官は命令を受けて行った。

「残った人は、全員攻城の準備をする。挟み撃ちされないため、今夜中安陽城を攻落しなければならない」

「しかし将軍」と一人の将官は言った。「城を強攻すれば、死傷は必ず甚大であります。数千人で城門を封鎖し、まず援軍を潰すのはいかがでしょうか」

 蕭凛は首を横に振った。「お前の言い分は分かっている、だがこの時に支援できる軍隊は、恐らく秦王の麾下しかない。今ここに来られる援軍は多くてもせいぜい五万人だろうけど、あの人は簡単な相手ではない。我らが今荒野にいて、防御に使える拠り所がない、戦局が長引くと意外なことが起こりやすい。安陽城を手に入れておけば、もし戦況が不利になっても我らは城に拠って防御することができる。だから我らは今どんな代価を払っても安陽城を落とすのだ、分かったか」

「なるほど、畏まりました」と将官は答えたら、蕭凛はまた言った。「しかし、この戦いさえ勝てれば、我らの行く手を阻む者はもういない。中原はもちろん簡単に手に入れる。そしてその後は、更に江南と西域へも進軍できる。だから俺は諸君に頼む、この一戦に命を懸けて下さい」

「おう!」と将官たちは一斉に大声で応じた。

 蕭凛は頷いた。「良い、もう異論がなければ、各々準備をしろ、半刻後、攻城開始だ」


 少し前、紅砂嶺こうされい、烽火台の上に。顧未離は松明たいまつを手に持ち、趙広と分かれた前の会話を思い出した。

「ここから安陽城まで着くのは、どれくらいの時間がかかるか」と趙広は聞いた。

 顧未離は答えた。「道程は約四十里、三時辰くらいかかります」

 趙広は暫く考えて言った。「では俺が軍を率いて先に行き、顧将軍、李嬢様、孟公子、君たちはここに待って、三時辰後、烽火を上げてくれ」

 孟書楼は聞いた。「しかし烽火を上げると援軍は狼族軍に気づかれてしまい、打草驚蛇だそうきょうだではありませんか」

 趙広は答えた。「構わんさ、十万人程の大人数で奇襲するのはそもそも無理だ。恐らく十里離れたところで斥候に見つけられるんだろう。烽火を上げるのは安陽城にいる王劫将軍に、俺たちが来ること伝えるためだ」

 顧未離は少し考えて言った。「でもそうすると、狼族軍もさぞ烽火を見てしまい、挟み撃ちされないため、安陽城に更なる猛攻をかけるのでしょう」

 趙広は頷いた。「そう、それも俺の目的だ。こっちの兵力が敵より劣っているから、安陽城の将士たちが敵軍の一部を牽制してくれるなら、勝算が上がる」

 間を置いて趙広はまた言った。「もちろん、その代わりに、安陽城の将士たちには重い負担をかけてしまう。恐らく死傷がもっと酷くなるし、下手すると城が落ちてしまうかもしれない」

 言いながら、趙広は顧未離に松明を差し出した。「だから烽火を上げるかどうか、ここは君が決めよう。俺は十里離れたところで待つ、もし四時辰経っても烽火が灯されなければ、俺たちはそのまま出陣だ」

 顧未離は手を伸ばしてその松明を受け取った。

 孟書楼はまた聞いた。「拙者は兵法に通じませんが、本当に他の戦法はありませんか。例えば、安陽城に近づいてまず敵軍を退避させてから隙を見て出撃するのはいかがでしょうか」

 趙広は答えた。「そういう戦法は時間がかかり過ぎるからだめだ。今西の疆界きょうかいはまだ安らかではない、俺が大軍を率いて離れたことが発覚されると、乱れが生じる恐れがある。だからここは速戦即決しかあるまい」

 孟書楼は言った。「なるほど、やはり拙者の浅見せんけんは紙上談兵に過ぎませぬ、勉強になりました」

「はは、ご謙遜を」と言って、趙広は馬に飛び上がった。「では我々はここで一旦お別れだ。戦場が危ないから皇帝はここに残っておこう、李嬢様と孟公子はもう暫く彼を守ってくれ。三時辰後、お前らは安陽城に向かって良い」

 趙謙は両手で趙広の手を握って言った。「兄上、どうか気を付けて」

「あぁ、安心しろ」趙広も趙謙の手をぎゅっと握ってから離した。「先に行く、夜が明ける頃にまた会おう」

 十万の大軍が発進し、残った四人は最後の一人の姿が消えるまで、ずっと見守っていた。

 そして既に三時辰が経った今、顧未離の周りにある三つの竈に、薪が沢山積み上がっていた。それに火光をもっと明るくさせるため、硫黄と硝石も入れておいた。顧未離は松明を灯してから、一つの竈にその火を入れると、間もなく薪が燃え出した。同じように他の二つの竈をも点火し、顧未離は松明を水桶に入れて火を消してから、烽火台を下りた。

 顧未離が下で待っている他の三人のところまで着くと、烽火は燃え上がって周りを白昼のように照らしていた。

「では、私たちもそろそろ行きましょうか」と言って顧未離は馬に乗り、他の三人も従って馬に跨った。

 趙謙は言った。「顧将軍、悪かったな」

「いいえ、私もこれが最善の策だと思います。我が弟は決してこの程度で敗れたりしません」と言って、顧未離は先に馬を駆って行った。


 半刻後、狼族の軍営から、衝車が一台押し出された。衝車に車輪が四つあり、その上に太い撞木しゅもくが吊られている。先端が鉄で包まれる撞木は所々に傷だらけで古い血痕に黒く染められ、明らかに歴戦の物だ。撞木の上に、矢と石を防ぐために切妻屋根に覆われている。城門に向かっている衝車の両側に雲梯が五つずつ並んでいる。衝車と雲梯の下に沢山の兵士が集まっていて、中にいる兵士は攻城兵器を押し進め、周りの盾兵じゅんぺいは盾を構えて城壁の上からの攻撃を防ぐ。その後ろに大勢の弓兵きゅうへいは陣を構えた。

 それに対して、城頭に弓兵は城壁に沿って並び、弓を構えて敵が近づくのを待っている。弓兵の後ろに刀や槍を持つ兵士がいて、城壁を登る敵を防ぐために待機している。

 陣列が整ったのを見て、馬に乗っている蕭凛は命令を下した。「全軍、出撃!」

 どん、どん、どんどんどん…鳴り響き戦鼓の音が段々荒くて忙しくなり、攻城兵器の中にいる兵士たちがその音を聞くと、一斉に掛け声を上げて力を両腕に注ぎ、衝車と雲梯は進み出した。盾兵と弓兵もその速さに合わせて、城に迫って行った。

「弓を引け!」と、それを見た王劫が命令を下すと、城頭の弓兵は一斉に弓を引き絞って矢先を下に向けた。狼族軍が百歩の距離まで近づくと、王劫はまた命令した。「射て!」

 前列に立つ弓兵が一回斉射したらすぐに退いて改めて矢を番え、同時に後列の弓兵が前に出てまた射ち、このまま絶え間なく交換して行く。矢は雨のように降り注ぎ、大半は盾に防がれたが、盾の隙間を抜けた矢は敵を倒し続けた。

 そして狼族軍の弓兵も矢を放ち始め、人数の差が大きい故、城下の矢が大雨だと言えば、城頭の矢は盆を傾けるような暴雨だった。兵士が盾を上げて防いでも、死傷は続出していた。守軍の攻勢が一時抑えられたうちに、衝車と雲梯は城壁の前に辿り着いた。

 王劫は槍を振って飛んでくる矢を払い落とし、また命令を下ろした。「石を落とせ!」

 城壁の傍に大石が沢山積んでおいた。伝令兵が矢の雨を走れない故、王劫の命令を聞いた兵士は大声で復唱し、間もなくその命令が全軍に届いた。兵士たちは弓を置いて、大石を持ち上げて城下の敵軍に投げ下ろした。

 盾は矢を防げるが、高所から落ちてくる大石は到底防げず、あっという間に沢山の兵士は虫のように叩き潰された。城門の近い守軍は特に衝車に向かって石を投げ、切妻屋根も長く持たず、暫くして叩き倒され、その下に撞木を城門に打ち付けている数十人の兵士が現れた。間もなくその数十人の兵士は石の雨を浴びて殆ど倒され、支えを失った撞木も地に落ちたが、後ろからまた数十人の兵士が駆け付けて撞木を持ち上げてもう一度城門にぶつけ、このまま命に替える攻撃を繰り返した。

 城門の攻防の同時に、雲梯からも狼族軍は蟻付して城壁を登って来た。刀を銜えて両手で雲梯を登る狼族兵士の動きは遅くないが、矢の雨が止むと守軍はすぐに槍を構えて立ち向かった。敵が城壁に近づくと槍で突き落とし、僥倖ぎょうこうに城壁を越えた敵がいれば刀を持つ兵士が相手になる。狼族軍の人数が多くても、守軍は地利を独占して相手を城壁の外で食い止めた。

 王劫は城門に最も近い雲梯の前に立ち、一人槍一本でそこから来る敵を阻んでいた。槍を突いたり払ったりして、近づいて来る敵を全て打ち落とし、まさに「一夫関に当れば、万夫開くし¹⁴」ということだった。

 このまま争い合って一刻くらい経ち、城頭に乗り込める狼族兵はまだ一人もいなかった。王劫の体に傷がいくつか増えたが、槍を持つ手は相変わらずしっかりしていて、敵を阻みながら、大声で周りの兵士たちを励ましていた。「いいぞ、このまま援軍が来るまで持ち堪えろ!」

 この時、一人の伝令兵が城壁に上がって報告した。「将軍!大変だ。城門は敵の撞木に打ち付けられて、動揺し始めた」

「分かった、俺が行く」と答えた後、王劫は隣にいる将官に言った。「ここはお前らに任せる、一人も通すな」

「はっ!」と将官が応じ、王劫は城壁を下りた。

 城門の後ろに着いて見ると、敵の猛攻によって、城門が絶え間なく揺れていて、城門に掛けているかんぬきに罅が入るのが明らかに見えた。

 一目見て王劫がすぐに命令を下した。「塞門刀車そくもんとうしゃを用意しろ!」

 間もなく、大きな木製の二輪車が押し出された。車は城門とほぼ同じ幅、前部に四層の棚があり、棚の板に鋼の刃が沢山付けている。槍を持つ兵士は数十人刀車に乗って、棚の隙間に槍を構え、じっと城門の方を見た。

 どん、どん、撞木が城門に衝く音に伴い、城門の動揺が段々大きくなり、また十数回繰り返した後、終に閂が折れて城門が大きく開けられた。

「今だ、行け!」と王劫が怒鳴ると、「やぁ―」と刀車の後ろにいる兵士たちも大声で呼応し、刀車を城門に向かって押し付けた。城門が開いたのを見て、城下にいる狼族兵は歓声を上げ、一気に攻め込もうとしたが、すぐに刀車に遭った。先鋒の兵士たちは止めてその鋒鋩ほうぼうを避けようとしたが、後ろの兵士たちに押されて止まれず、続々と刀車の刃に体を貫かれて死んだ。間もなく刀車の刃が死体に覆われ、守軍の兵士たちがその隙間から槍を突き出し、狼族兵はまた沢山殺された。後ろの兵士たちは倒れた仲間の死体を踏んで刀車を越えようとすると、守軍の弓兵が矢を放って撃ち落とす。

 しかしいくら倒しても敵は絶え間なく湧いて来て、王劫は槍で城門を指し、「俺について来い、城門を死守しろ」と怒鳴った後、真っ先に城門へ向かった。「応ぉぉ―」と兵士たちも一斉に応じて従い、城門で白兵戦が始まり、辺り一面が武器の叩き合う音と殺伐さつばつの声に埋められた。


 城外、百歩離れたところ、馬に乗っている蕭凛は戦場を眺めていた。麾下の兵士が蟻のように死傷していくのを見て、蕭凛は拳を握り締めて、屠城とじょうの意志が更に固まった。この時、伝令兵が後ろから慌てて馬を駆って来た。「将軍、大変だ!敵の騎兵が西から襲来、間もなく接戦する」

 蕭凛は前を見たまま答えた。「分かっている、いつもの陣形で迎撃すれば良い、敵軍の人数はどれくらいだ」

「恐らく、十万人ある!」

「何だと!」と蕭凛は猛然と振り返った。

「約、十、十万人ある」と伝令兵はもう一度言った。

「よくも、やってくれたな、趙広」と呟きながら、蕭凛は城門の方をもう一度見て、攻城は既に騎虎之勢きこのいきおいだと分かり、すぐに決断を下した。

「俺は騎兵の指揮を執る。ここはお前に任せるぞ」と隣の将官に言ってから、返事も待たず蕭凛は馬を向き直らせ、西へ駆けた。

 蕭凛が西の戦場に着いた時、双方の騎兵は既に陣を構えて突撃し始めた。狼族軍の陣は中に重騎兵じゅうきへい、両翼に軽騎兵けいきへい、まず重騎兵の衝撃で敵軍の陣を崩してから軽騎兵で追撃し、何度も使ってきた常勝の軍陣だった。

 秦王軍に鎧を纏う重騎兵がなく、騎兵が左右に分けて、重騎兵の鋒鋩を避けてまずは両翼の軽騎兵を迎撃した。重騎兵が秦王軍の陣を抜け、向き直って後ろから攻めようとしたが、この速度が落ちる機会を狙って秦王軍の後ろから一部の兵士が絡み付いて来て重騎兵を乱戦に巻き込んだ。

 戦いが暫く続くと、双方の軽騎兵はまだ拮抗きっこうしているが、狼族の重騎兵は続々と落馬らくばしている。蕭凛がよく見ると、重騎兵と対抗している秦王軍の兵士は皆左腕に小さな盾が付いていて、右手に見たことのない細剣を持っている。重騎兵が刀を斬り下ろすと左腕の盾で受け流し、そして右手の細剣が素早く鎧の隙間から首や両目を突き、しかもその突きが極めて正確で、ほぼ突き出すたびには必ず一人の重騎兵を馬から落とせる。明らかに稽古を重ねた結果、重騎兵のために用意しておいた戦法だった。

 重騎兵が速やかに消耗されていて、軽騎兵が援護しようとするが敵に阻まれ、急転直下の戦況を見て、蕭凛は歯を食いしばって、悔しくも撤退の命令を下した。「伝令!撤退、全軍北に向かって、撤退だ!」

 かねが忙しく鳴らされ、それを聞くと狼族兵は戦場から抜け出し始めたが、それを聞いた趙広は一笑して命令を下した。「はっ、そう簡単に逃がすものか。伝令!鼓を打て、進軍しろ!全軍、追撃しろ、一人も逃がすな!」

 戦鼓が鳴り、士気高揚、秦王軍が進軍すると、殿後の狼族軍陣はあっという間に押し潰され、狼族軍は潰敗かいはいの勢いに陥り、指揮を失って各々逃げ回った。

 それを見て、安陽城を攻めている狼族軍も城から離れて逃げ散って行くが、馬がない故、すぐに騎兵に追い付かれて薙ぎ倒された。

 城門の後ろに、王劫はまだ槍を振り回して敵を拒んでいた。戎衣が血に真っ赤に染められ、両腕が上げられない程だるくて痛む、口が喘ぎ続けて止まらず、体力はとっくに使い切ってしまい、今体を支えているのは根性しかあるまい。王劫は少年の頃兵甲府での稽古を思い出した。あの時、槍の突きを毎日千回繰り返す。数百回の後、腕が既に痛くて上げられなくなる。王劫の手が止まったのを見ると、今既に大府主になった兄弟子は別に叱らず、ただこう言った。「想像してみろ、お前は今戦場で戦っている、お前の後ろには仲間がいる。お前が槍を下ろすと仲間が傷つけられて殺される、それでも大丈夫なら、休んでも良いぞ」

「そんこと…大丈夫な訳ねえだろう!」と大声で答え、少年はまた槍をしっかり構えて前に突き出した。

 今こそそういう時だ、ここで倒れてたまるか、と思って自分を励ましながら王劫は槍を振り続け、目が既によく見えなくても、朧げな敵影を倒し続けた。

 どれほど時間が経ったか、王劫は遠くから近づいて来る話し声が聞こえた。「…軍…将軍、将軍、止めて下さい、敵はもう撤退しました、もう休んで良いです」

 言葉の意味を理解するのにもう少し時間がかかった。そして王劫は頭を振って、袖で目を拭いてから前をよく見ると、やはり敵の姿はもういない。振り返って見ると、今自分を呼んだのは隣に立っている、同じく満身創痍の高副将だった。

「どういうことだ」口を開くと、自分の声が嗄れたと王劫は気付いた。

「援軍が着いたようです」と高副将が答えると、城門から槍を持っている逞しい人影は屍山血河しざんけつがを越えて入った。「ようですじゃない、援軍が着いたのだ。君たち、よく守り抜いたぞ、ご苦労さん」

「貴殿は、まさか…」と王劫は言うと、その人は答えた。「俺は趙広だ。王劫将軍、お久しぶりだ」

「趙…秦王殿が自ら来るとは、思わなかったな」

「あぁ、俺が来たからもう大丈夫だ、後は任せろ。お前はもう休んで良いぞ」と趙広が言うと、王劫は軽く笑った。「はっ、そうか、それは良かっ…」

 言い終わらないうちに、王劫は地に倒れ込んで気を失った。


 日の光に覚まされた後、王劫はすぐに目を開けて起き上がろうとしたが、体が動くと腕も痛くて背も痛く、全身に痛くないところが殆どなかった。やむを得ず、王劫はまた横になった。

「まだ動くな、君の傷は重い」と言ったのは女性の声、それを聞くと、王劫は言った。「お姉さん、お前も来たのか。今の戦況はどうだ」

 寝床の傍に座っているのは顧未離だった。「秦王は大軍を率いて数十里追撃し、敵の重騎兵と歩兵はほぼ全滅、軽騎兵も大半殲滅された。この戦争はもう終わったと言える、私たちの勝ちだ」

「そうか、なら良かった」と言って王劫は顧未離の左腕を見て眉を顰めた。「お姉さん、傷を負ったな」

「構わん、あんた程じゃない。それより、あんたお腹が空いたか」

 王劫は苦笑して応じた。「空いたけど、お前は今片腕しかないから、食事の世話をしたくてもできないだろう」

「そうだね。後で兵士を一人呼んで来る」と顧未離も微笑んだ。「ところで、その前に、あんたに一つ聞きたいけど、あんたは関山飛渡を誰かに伝授したことはあるか」

「それは、もちろんないけど。どうした」

 顧未離は首を横に振った。「いや、何でもない。では私は行くから、あんたは食事を取ってからゆっくり休もう」

「ちょっと」と王劫はまた聞こうとしたが、顧未離は既に立ち上がって部屋を出た。

 兵士が食べ物を王劫の部屋に運んだのを見送ってから、顧未離は趙広に会いに行った。

 馬に乗っている趙広と柳緹娜の隣に、趙謙・李残花・孟書楼の三人は立っている。顧未離を見ると、柳緹娜は聞いた。「王将軍は目覚めたか」

 顧未離は頷いた。「はい、今目覚めたところで、食事を取っています。ご心配ありがとうございます」

 そして趙広が最初に吐いたのは別れを告げる言葉だった。「では顧将軍、俺たちはこれで蘭州に帰るぞ」

 顧未離は答えた。「はい、此度は秦王殿下のお陰で助かりました、かたじけない」

 趙広は言った。「はは、いいって。俺はお前に精兵を一万人残しておくから、狼族の残兵を片付けるのには十分なはずだ」

 顧未離は応じた。「はい、兵甲府の名声で誓う、必ず敵を全て駆逐してやります」

「良い、では任せた」と言って趙広は趙謙を見た。「じゃあな、暇があれば蘭州に来い、羊の丸焼き奢るよ。でもお前なら暇なんか多分ないけどな」

 趙謙は微笑んで言った。「いいえ、約束するよ。必ず蘭州に行ってお前の羊を十匹食べてやる」

「良く言ってくれた、くんに戯言無し、俺は覚えたぞ、待っているからな、ははは」と応じて、趙広は柳緹娜に言った。「柳副将、伝令しろ、全軍、出発だ」

「はっ」と柳緹娜は命令を受けて行き、間もなく軍隊は動き出して、半刻後西の方へ消えた。

¹⁴「蜀道難」——李白

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