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十、援軍

 肖言と名乗った男は真顔になって言った。「この不肖の弟趙謙は、兄上が京城に戻って皇位を継ぐことを、お願いします」

「お前…」とだけ言って、趙広は言葉に詰まったように止め、そして一笑して首を横に振った。「まあいい、そんなことは後回し、まずは軍営に戻って、お前たちの傷口を手当するのだ」

 趙謙も笑って言った。「そうだね。李嬢様のお陰で、俺は全く無傷だが」


「私今趙謙の様子を見たけど、無傷どころか、服さえ破れていない。さすが名高い李嬢様、大したものだ」と話しているのは先程趙広のそばについている紅衣こういの女性、彼女は今木製のたらいから手拭いを取り上げて、李残花の体に付いている血痕を拭き取っている。ここは軍営の中、諸人が戻った後、彼女はすぐに傷が最も酷く見える李残花を自分の天幕に引っ張り込んだ。

「ところで、まだ聞いておりませんが、あなたはどちら様ですか」と李残花が聞くと、彼女は答えた。「私の名前は柳緹娜りゅうていな、趙広の妻だ」

「あぁ、それはつまり王妃―」と李残花が言うと、柳緹娜はその話を遮った。「王妃と呼ぶな、気に入らぬわ、名前で呼んで良い」

 話している間、柳緹娜の手は止まらず、李残花の傷口に金創薬きんそうやくを撒いてから潔白な布でしっかりと巻いた。「刀傷とうしょうが三つ、剣傷けんしょうが二つ、これで全部手当した。幸い骨には届いていない、数日静養すれば治るさ」と柳緹娜は言った。

「はっ、ありがとう、柳さん。だが私は言い切れる、奴らが負った傷は絶対に私より多いとな」と李残花は笑って応じてから、柳緹娜の顔をじっと見詰めた。「ところで、柳さんはもしかして―」

 柳緹娜は一笑して、李残花が言い終わるのを待たず先に答えた。「そうだよ、私は中国の人ではない、西洋の出身だ。見れば分かるんだろう」

 柳緹娜はとても綺麗な女、肩まで伸ばす金髪は波のように縮れていて、青色の瞳は宝石のように輝き、少し尖っている唇がとても可愛く見える。

 服を着ながら、李残花は聞いた。「柳さんはどうして中国に来たのか」

「実は自分で来た訳ではない、売られたのだ」

 李残花は驚いた。「売られた?」

「そう、奴隷として売られた」と柳緹娜は頷いて言った。「数年前に、私は故郷で奴隷商人に攫われ、万里の砂漠を辿って狼族の国に連れられた。狼族の王家は常に西洋の女奴めやつこを高価で買い取っているから」

「ではまたどうやって秦王の軍営に入ったのか」

「売られた当日、私を買った狼族将軍の軍営は趙広に攻落こうらくされた。混乱の中で、私は自分の剣を取り戻してその奴隷商人を殺した。私と一緒に連れられて来た女は他に三人いた。趙広は兵士を派遣して私たちを故郷ふるさとまで護送するつもりだったが、私だけは残った」

「それはなぜかしら」

「私は恩を返してから帰ると決めたから」と言ってから、間を置いて柳緹娜は続けた。「悪い、今のは嘘、本当は家の生活がつまらないから、もうちょっと異国にいたいんだ」

「しかし、ご両親はきっと心配しているんだろう」と李残花は聞くと、柳緹娜はすぐに答えた。「大丈夫、私は手紙を一通書いて彼女たちに託した。彼女たちが無事に着けるなら、その手紙も両親に届くはずだ」

 李残花はまた聞いた。「それで秦王は納得して、あなたを軍営に入れたか」

 柳緹娜は首を横に振った。「まさか、あの時あいつは色々うるさかったよ。戦場が危ないとか、女が軍営にいると不便だとか」

「じゃあどうやって説得したか」

「私の剣で説得した」

「剣で?その剣かしら」と言って、李残花は柳緹娜が先程解いて机に置いた剣に目を向けた。剣身が極めて細くて、広さ指二本すら足らなかった。「この形の剣は見たことないですね、西洋の物だろう」

 柳緹娜は細剣を撫でながら言った。「そう、西洋の剣は中国の剣よりずっと細くて軽い、攻勢が鋭いが防御には不向きだ。技はたった一つ、突き、要領もたった一つ、速い」

「では剣で秦王を説得したとは、どういうことか」

「私は彼に西洋の剣法を見せて、こういう新しい武器と武術によって、軍隊の戦力をより一層向上させられると言った。その後、彼は一日考えてから、ようやく私が軍営に残ることを許してくれて、『柳緹娜』という漢名かんめいを付けてくれた」

 李残花はびっくりした。「えっ、この名前は秦王が付けたのか」

 柳緹娜は頷いた。「ええ、『緹娜』は私の本名の当て字で、『柳』はまあ、ちょうど柳の木を見たから」

「ふふ、ちょっと適当だけど、とても綺麗な名前だわ。ところで、いつか私にも西洋の速剣そくけんをぜひ拝見させて下さい」

「李嬢様の傷が治った後、いつでも付き合うわ」と柳緹娜が立ち上がった。「では夜も深まったし、そろそろ休もう。私はこっちの寝床で寝るから、李嬢様はそのまま寝て良い」

「ではお言葉に甘えて」と言って、李残花は座っている寝床で横になって目を閉じた。


 翌日、李残花が目を開ける時、天幕の中に柳緹娜は既にいなくなった。外から騒がしい物音が伝わって来る。

 天幕を出ると、空が既にすっかり明るくなっていると李残花は気付いた。そして目に入っている光景は、兵士たちは行き来していて、輜重しちょうを馬車に積んだり、荷物を背負ったり、出発の準備をしている。

「李嬢様、起きたか。ちょうど良い、間もなく出発だ。お怪我は大丈夫か」と言いながらそばから近づいて来るのは顧未離だった。彼女の左腕を厚く包んでいる白い布は新しい物に替えて、赤色がなくなった。

「顧嬢…顧将軍か。私はもう大丈夫だよ。あんたこそ、かなりの重傷ではないか」と李残花が言うと、顧未離は左腕をちらりと見て応じた。「構わん、片腕でも刀を振れるから。それより、あなたはまだ馬に乗れるか」

「乗れるわ」

「なら先にあっちに行って、馬は準備済みだ。私は孟公子を起こして来る」と顧未離が言うと、後ろから孟書楼の声が響いた。「その必要はない、拙者なら起きている」

 顧未離が振り返って見ると、長剣を背負っている孟書楼はそこにいて、青色の儒服じゅふくは整っていて一塵不染いちじんふせんだった。

 孟書楼に軽く頷いて挨拶してから、顧未離は先に歩き出した。「良い、では行こう」

 三人が話している間に、数人の兵士は李残花がいた天幕を片付き始めた。


 半刻後、軍隊は整然たる行列になって進み出した。輜重を運ぶ馬車が中に守られ、全員は全く同じ速さで進んで行き、進むのが遅くないけどちっとも乱れていない。

 馬に乗った顧未離はそれを眺めて感心した。「さすが秦王殿下麾下の軍隊、軍容が整っているな」

 趙広はただ軽く笑った。「軍隊はそもそもこうであるべきだ。さあ、俺たちもついて行こう」と言ってから、趙広は馬を歩かせて行列の後ろに付き、趙謙・顧未離・李残花・孟書楼の四人も従った。

「ところで、王妃様はどこへ行きましたか」と李残花が聞くと、趙広は怪訝そうに言った。「王妃?俺はまだ成婚せいこんしておらぬ、王妃などいるものか」

「えっ、でも昨日柳さんから、彼女が秦王殿下の妻だと聞きましたが」

「小娘が出鱈目を言いやがって、李嬢様は気にしなくて良い。彼女なら行列の先頭を歩いて導いている」と言ってから、趙広は趙謙を見た。「まだ聞いていないが、お前はどうやって京城を出たか、大臣たちがこんなことを許すはずもない」

 趙謙は笑って答えた。「許されなければ、もちろんこっそり抜け出すしかない」

「しかし大臣たちが皇帝の不在に気付くと、国はすぐに大乱に陥る」

「大丈夫、彼らにとって、俺はずっと京城にいて、離れたことはない」

「ほう、それはどういうこと」

「それは羽衣衛ういえいの統領、公孫桜嬢様とちょう伴読はんどくのおかげだ」と、趙謙は言った。「公孫嬢様は江湖の友人を頼んで、俺の顔の型を取って人皮仮面を作った。そして張伴読は小さい頃から俺のそばについてきた、とっくに俺の言動をそっくり真似できる。時間が長くなるとやはり発覚されるだろうが、一ヶ月くらいはごまかせると思う」

「大臣たちは知りませんが、私たちはまんまと騙されましたね」と、李残花はため息をついた。「この師匠様め、私にまで黙って」

 顧未離は言った。「李嬢様、皇帝陛下の御前ごぜんだ。言葉を慎んで下さい」

「はは、構わん」と、趙謙は笑って言った。「慎まなくて良い、今までのように接してくれ、俺もその方が楽だから。お前らを騙して悪かったな、謝ろう」

「いいえ、陛下は間違っていません。こういうことは隠しておいたのは正しいです」と顧未離が言うと、李残花も言った。「実は、よく考えると、陛下は元々私たちを騙すつもりはなかったかもしれない。『肖』は『趙』の半分、『言』は『謙』の半分、この偽名はとっくに陛下の正体を暗示してくれた」

「そう、李嬢様の言う通りだ。俺が考えた偽名だ、どうだ、悪くないだろう」と言って、趙謙は真顔になって趙広を見た。「本題に戻すが、今回来たのは他でもない、兄上に援軍を頼みたいが、如何いかがでしょうか」

 趙広は笑った。「如何も何も、俺たちは今、まさに東に向かっているのではないか」

 だが趙謙は笑わない。「兄上の難儀、この弟には分かっている。狼族と交戦すると、秦王の軍勢は必ず削られ、朝廷がそれを機に攻めてくる恐れがある。俺がここに来たのは自分を人質として捧げ、この懸念を消すのだ」と言って、趙謙は振り向いて後ろについている三人を見て言った。「この趙謙はここで誓う、秦王趙広が狼族を駆逐して国を守ってくれれば、朕は皇位を秦王に譲る。顧将軍、李嬢様、孟公子、君たち三人ともこの誓いを証明できる」

 暫くして、趙広はゆっくりと口を開いた。「お前の誠意は確実に了解した。以前は確かにお前を疑ったが、俺は今分かった。俺は扶蘇ふそかもしれんが、お前は決して胡亥こがいではない。しかしお前は一つ間違えている、皇位など俺はそもそも欲しくない。前に俺がやったことはただ、命が惜しくて、死にたくないだけだ」

 趙広は右手で趙謙の肩を叩いて言い続けた。「だから、皇位はお前が引き続き座ってくれ。この件が終わったら、俺はやはり蘭州に帰って、馬を飼ったり、狐を狩ったりして、また楽しい生活を送るぞ」

 趙謙は笑って言った。「しかし皇帝はもっと楽しいよ。毎日錦衣玉食きんいぎょくしょくだし、出猟しゅつりょうだって楽しめる。それに何より、妻を何人でもめとれるんだ」

「ははは、良いところばかり言うんじゃない。俺は知っているぞ、楽しく過ごせる皇帝は全て暗君あんくんだ、明君は色々考えなければならず、常に苦労している。そういうこと、俺にはできん」と言って、趙広はまた趙謙の肩を叩いた。「でもその代わりに、俺はお前に一つ保証しよう。俺が生きている限り、お前の敵は決して西から来ることはない」

「兄上…」と、趙謙が言葉に詰まると、趙広は右手を戻して手綱を握った。「さあ急ごうではないか。安陽城が落とされると余計面倒なことになるからな」


 正午まで進んで、川辺の林に入ると、行列が止まり、後ろに従っている趙広たちも止まった。間もなく、前から赤い駿馬しゅんめが駆けつけて来て、赤い服を纏う柳緹娜りゅうていなは馬から飛び降り、趙広に向かって抱拳した。「将軍、正午です。ちょっと休憩しますか」

 趙広は頷いた。「うん、二刻休憩、食事を取れ」

「はっ」と応じてから、柳緹娜は振り返って大声を出した。「伝令!二刻休憩、食事を取れ」

 命令が段々伝わって行き、兵士たちは続々と馬から降りて食糧と水袋を手に取った。

 柳緹娜は向き直って離れようとした時、趙広は彼女を呼び止めた。「待て、柳副将、お前はここに残って、俺たちと一緒にいよう」

「はっ」と言って、柳緹娜は細剣を解いて芝生に座った。趙広と他の四人が馬が降りると、兵士が三人来て、六匹の馬を川辺に連れて行った。

 五人が柳緹娜の近くに座ると、趙広は柳緹娜を示して言った。「紹介しよう、これは副将の柳緹娜だ。彼女は西洋から来た者、彼女の剣法が極まりて速く、とても素晴らしいだ」

「私と柳さんは昨日知り合ったわ」と李残花は頷いて言い、他の三人も各々挨拶した。

「そう言えば、柳副将、お前は昨日李嬢様に何を言いやがったか」と趙広が聞くと、柳緹娜は答えた。「数日静養しようと言ったけど」

「とぼけるな。お前が俺の妻だって言わなかったか」

「まあ、それも言ったけど、それがどうした」

「どうしたって、出鱈目なことを、お前はいつ俺に嫁いだか」

「出鱈目ではないよ、遅かれ早かれ嫁ぐから」

 趙広はため息をつくしかなかった。「たとえ本当にそうだとしても、お前は女の子だから、こんなことを言い触らすと、恥知らずだと言われるぞ」

「何が恥ずかしいか分からないけど」

「お前さ…」と趙広が言葉に詰まると、李残花は笑い出した。「ふふ、そうよ、柳さんの言う通り、全く恥ずかしいことではない。こういう良いことは存分に言い触らすべきだ」

 趙謙も笑って言った。「お二人の婚儀こんぎの日、この弟は必ずお祝いに行くよ」

「お前らまでいい加減なことを」趙広が困っているところ、顧未離は話を逸らしてくれた。「秦王殿下に一つ伺いたいですが、宜しいですか」

 趙広は言った。「何だ、言ってくれ」

「私が見る限り、この部隊の人数は千人くらいしかありませんが、これは正しいでしょうか」

 趙広は頷いた。「間違いない、ちょうど千人だ」

「しかし安陽城を囲んでいる狼族の兵力は十数万、まさかとは思いますが、殿下はたったこの千人で支援するつもりではありませんよね」

 趙広は答えた。「もちろんこれだけの兵力では足りない。本物の援軍はここにいない」

「では本物の援軍はどこにいますか。いつ私たちを追い付けますか。そして援軍の兵力は…」

 趙広は一笑して答えた。「顧将軍は心配しなくても良い。援軍は俺たちの後ろにはいない。我が十万の大軍は今、函谷関で待っているのだ」

「函谷関だと?」顧未離は驚いた。「そんなこと、あり得ません。去年函谷関での対峙が崩れた後、秦王の軍隊は全て蘭州に戻り、それから東へ来たことがなかったはずです。十万の大軍が動くと、朝廷もさすがに気付くのですが、一体いつの間に…」

 趙広は答えた。「その通り、十万人は多過ぎる、動けば必ず気づかれる。だから、動いていなかったのだ」

「と言いますと」と言い出した途端、顧未離はふと悟った。「なるほど、対峙の後、蘭州に戻ったのは少数の部隊だけ、主力はあれからずっと函谷関の近くで数月も待ち伏せていましたか」

「ははは、だから俺は賢い人と話すのが好きだ、手間が省ける」と趙広は笑って言った。「そうだ、あの時、俺は局面が今のようになろうと思って、大軍を函谷関に残しておいた。俺は五千人を率いて、十万人の威勢を張りながら蘭州に戻ったのだ。いやあ、あの時は大変だったな。進軍の時は塵をもっと巻き上げるために馬の尻尾に木の枝を結びつけ、駐屯の時は二十倍の竈を作ったのだ」

 顧未離はまた聞いた。「しかし、十万人の糧秣りょうまつはどうやって…」

 趙広は答えた。「朝廷と対峙した時、俺は函谷関の近くで半年分の糧秣を貯えておいた。撤退してからもずっと密かに補充していた、量が多くないけどね。今なら二ヶ月分くらい残っていると思う」

 顧未離は未だに信じ難いように、暫くしてから言った。「さすが秦王殿下、兵法の才能は噂通り、いいえ噂以上です。まさか主将と部隊を千里隔てて分けるとは、こんな戦略は実に大胆過ぎて、無茶と言える程です」

 趙広は言った。「あの時、俺が想定した敵には狼族だけではなく、お前ら兵甲府の大将たちもいた。こういう無茶な策でなければ、お前らを騙せるわけがないんだろう」

「確かに、こういう計略、私は実に夢にも思わない」顧未離は苦笑した。「もし秦王殿下を敵に回したら、恐らく兵甲府の名声は地に落ちるのでしょう」

「はは、そんな大袈裟だ。さあ、後はまた道を急ぐから、早速食事を取ろうではないか」と趙広が言って近くの芝生を見た。諸人が話している間、兵士はそこに人数分の食糧と水を置いてあった。

 趙広は先に鍋盔グオクイを一つ手に取って一口噛み、趙謙を見て言った。「京城の食べ物とは比べ物にならないが、仕方がない、ちょっと我慢しよう」

「いえ、味は別に悪くないと思うよ、我慢することはない」と言って趙謙も鍋盔を一つ取って、美味しく食べ始めた。

「そうか、なら良い」と言って趙広は水袋をも取り、他の人たちも各々手を動かして食べ始めた。


 数日後、部隊が函谷関に近づくと、北に曲がって名知らず群山ぐんざんに向かった。

 山口に白い頭巾を被って馬に乗っている牧者ぼくしゃが数人いて、羊を放牧している。先頭を歩く柳緹娜はその一人の前に馬を止めて言った。「将軍が着いたぞ。山の中へ案内して下さい」

 しかし牧者は答えず、ただ彼女を見つめて、聞こえなかったようだった。

「どうした、数ヶ月ぶり、私まで分からなくなったか」と柳緹娜は言うと、趙広は駆けつけて来た。

「柳副将、忘れたか。まずは暗号あんごうを言うのだ」と趙広は言ってから、詩を吟じた。「校尉こうい羽書うしょ瀚海かんかいに飛び、単于ぜんう猟火りょうか狼山ろうざんを照らす¹²」

黄沙こうさ百戦ひゃくせん金甲きんこう穿うがち、楼蘭ろうらんやぶらねばついかえらぬ¹³」と、牧者が吟じてから、鞭で山口を指した。「将軍、お久しぶりです。拙者に従って下さい」

「あぁ、面倒くさいんだから」と柳緹娜が呟いて、趙広の後ろについて山に入った。一刻のうちに、千人の部隊が全員山に入り、山口にはまた数人の牧者と羊の群れしかいなくなった。

 最初の山道は静かで狭い、数人しか並行できなかったが、百丈進むと極めて広い場所に着き、眼の前の景色がが豁然かつぜんと開き、喧騒が耳に入った。

 そこに無数の兵士が操練そうれんしている。人数が多いが、いくつかの陣立てに分けてちっとも乱れていなかった。左側の軍陣が槍を一斉に突き出し、右側の軍陣が斬馬刀を振っている。その中に、李残花は特別な部隊を見た、そこにいる兵士たちは皆左腕に小さな盾が付いていて、右手で細剣を持っている。

「あれはもしかして…」と李残花が柳緹娜を見て聞くと、柳緹娜は頷いた。「そうよ、あれが私の西洋剣術を学ぶ細剣隊だ」

 この時、広場にいる将兵たちも入って来る諸人に気付いて手を止め、数名の将官が迎えに来た。趙広は彼らを見て言った。「久しぶりだな、手抜きがなさそうで良いぞ」

「将軍が来たなら、出陣だな」と一人の将官が言うと、趙広は彼を見て笑った。「あぁ、皆を集めろ、話がある」

「応っ」と応じて将官たちが戻って伝令し、暫くして兵士たちは皆武器を置いて広場の中に集まった。この間、趙広は趙謙と柳緹娜を連れて広場のそばにある高台に登った。

 兵士たちが全員集合したのを見て、趙広は先に口を開いた。「諸君、数ヶ月待たせて、お疲れ様でした。だが今俺が来た、これはどういう意味か、お前らも分かっているんだろう。そうだ、出陣の時が来たぞ」

 これを聞くと、将兵たちが興奮して歓声を上げ、趙広は手を振って場内を静めてから、また言った。「だから今日の操練はここまで、人も馬も飽食して、早く休もう。だがその前に、お前らに会わせておきたい者がいる」

 そして趙謙が前に出て、趙広は紹介した。「これは今の皇帝、趙謙だ。彼は俺に援軍を求めに来た。そして俺はそれを承諾しょうだくしたのだ」

 それを聞いて将兵たちは一瞬静寂になったが、間もなく小声で議論し始めた。

 趙謙は一歩踏み出し、何も言わず、まずは深くお辞儀をした。人群れがまた静かになり、趙謙は頭を上げて言った。「朕は分かっている、たった数ヶ月前に、諸君とは敵対していた。それは皇帝である朕が臣下を制御できず、兄弟も信じさせられぬ結果だった。だが今朕は信じろとも許せとも言わぬ。恥も知らずに援軍を求めに来たのは、朕の命や皇位を救って欲しい訳ではなく、黄河の南にいる百姓を救って欲しいのだ」

 間を置いて、趙謙は趙広を一目見てまた言った。「朕はここで、十万将兵たちの前に誓おう、朕が生きている限り、決して秦王を敵に回すことはない。そしていつか秦王が皇位が欲しければ、朕はすぐに譲ってやる。この誓いに背けば、朕は―」

「はいはい、そういうのはいいから」趙広も一歩踏み出して趙謙の話を遮った。「という訳だ。皇帝陛下の誠意、お前らにも伝わったはずだ。俺たちが支援に行くのは朝廷のためではなく、百姓を救うためだ。お前らの中で中原ちゅうげん出身の者が少なくないから、これはお前らの家族と友人を救うことにもなる。話は以上だ、異論があれば今言ってくれ」

 趙広が言い終わると、高台の下にいる将兵たちからそれに応じる高声は次から次へと響いた。

「出陣だ!」

「命を捧げよう!」

「狼族を駆逐してやる!」

 ……

 人群れが再び静まった後、趙広は言った。「良し、異論がなさそう、ではさっき言った通り、ご飯を作って皆たっぷり食べよう。最も良い酒と肉を出してくれ」

¹²「燕歌行」——高適

¹³「従軍行七首・其の四」——王昌齢

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