絶世の美女という噂(デマ)のせいで求婚が絶えません。従兄と結婚したいので月に帰ることにいたしました。
両親が早死にし、私は叔父夫婦の家で育てられた。
叔父、竹取唐竹の屋敷の裏には大きな竹林があり、見事な竹細工を作る職人を数多く抱えている。
だから、私の名前は竹乃。安直な名づけだけれど、別に嫌いではない。
叔父夫婦は私にも惜しみない愛情を注いでくれていた。
そして叔父夫婦のには、私より一つ年上の息子、真竹がいて、私たちは兄妹のように育った。もっとも、私は真竹を兄だと思ったことはない。幼いころは平気で『真竹のお嫁さんになる』って言えたけど、最近はさすがに言えなくなってしまった。
真竹にとって、私は妹でしかないのがわかっているから。
真竹には絵の才があり、ある時、屏風絵を描いた。私が月夜に空を見上げる絵だ。もっとも顔は描かず、後ろ姿を描いたものだ。身びいきを差し引いても美しい仕上がりだったので、客間にずっと置かれていたのだが、都の貴族が屋敷に立ち寄った際、いたく気に入って、持ち帰った。
その後、『なよ竹の姫』と名付けられた屏風絵は、いつの間にか都の貴族の間で爆発的な人気を得たらしい。
それだけなら、よかったのだけれど。
『なよ竹の姫』が私の姿を描いたものだという話が広まり、噂に尾ひれがつきまくって、私はいつのまにやら絶世の美女と呼ばれるようになってしまった。
後ろ姿の絵なのに、なぜとも思うが、見えないものほど想像力を掻き立てるものらしい。
叔父の家の周りに私の姿を一目見たいという男たちが、押しかけてきた。
正直言って大迷惑だ。
「今月に入って、垣根を勝手に超えてきたやつが十人、常に屋敷をのぞいているのが五人。手紙や貢物を送りつけてくるのが十五人とか。なんなんだよ、いったい」
真竹があきれ顔で、ため息をつく。
屋敷の周りに物見客がいるせいで、私だけでなく叔父や叔母、真竹も気が休まらない。
それはわかっているのだけれど。
「それはこっちが言いたいわ。そもそもあの人たち私の姿を見ても、全然『なよ竹の姫』だと思っていないみたいで、完全に無視しているのだから」
彼らの中で『なよ竹の姫』は相当の『引きこもり』の姫らしいが、実際の私は平気で御簾の外を歩くし、なんなら、訪ねてきた求婚者を自分で追い返しもしている。
彼らは目の前に本人がいるのに、全く気付かずに勝手に恋焦がれているのだ。
「いっそ、私の似顔絵を描いて、これが『なよ竹の姫』ですって、喧伝してはどうかな」
「うーん。たぶん、無駄だと思うよ」
真竹がため息をつく。
「そうだな。話が大きくなりすぎてしまった」
叔父が険しい顔をする。
「そうね。特に貴族の公子たちは、引っ込みがつかないと思うわ」
唐竹の妻の笹竹は座敷の奥に積み上げられた贈り物に目をやって、ため息をつく。
彼らはすでに、私を手に入れたいというよりは、他の求婚者に負けたくないという意地の方がたぶん大きい。
「私とお兄さまは許嫁って、ことにしませんか?」
「な、なにを」
真竹が驚いた顔をする。そこまで驚いた顔をされると、さすがにショックだ。
昔から真竹のお嫁さんになりたいって言っていたのに。
「相手がいれば、さすがにあきらめると思って」
私は慌てて言いつくろう。
「お前な。貴族ってやつは、気に入った女なら、夫がいようが子があろうが、攫って行くようなやつもいるんだぞ?」
真竹は呆れたような顔をする。
「でも、私の顔を見ても私が『なよ竹の姫』だって気づかない人たちよ? 手紙で断ってもあきらめてくれないし、いったいどうやって断ればいいと思うの?」
「無理難題をふっかけてみたらどうかしら?」
笹竹がにこりと笑う。
「とりあえず、断りにくそうな貴族の公子たちを集めて、竹乃が望むものを持ってきたら結婚するって言えばいいのよ」
「母上?」
「無理難題をふっかける欲深な『なよ竹の姫』に呆れたということで、彼らも求婚を引っ込めやすくなると思うし」
なるほど。無理難題を吹っ掛けるような女となれば、幻滅するだろう。
私は笹竹の意見通り、五人の公達を集め、「仏の御石の鉢」「蓬萊の玉の枝」、「火鼠の裘」、「龍の首の珠」、「燕の産んだ子安貝」を持って来るように伝えた。
意外、と言っては何だけれど、彼らは私の与えた『課題』をこなそうと苦慮した。が、当然、誰も本物を用意することはできなかった。
体を壊した人もいて、さすがに心が痛んだけれど、これで、『なよ竹の姫』が強欲な悪女だと噂になり、あっという間に人々の熱が冷めるものだと思っていた。
屋敷を取り囲んでいた野次馬はいなくなり、ほっとしていたのだけれど、突然都から、一人の使者がやってきた。
「大変だ、竹乃。帝がお前をお召しだ!」
唐竹が顔を真っ青にする。
時の帝に召されたとなれば、さすがに断ることはできない。
「しかし、父上。帝は『なよ竹の姫』の素顔を知りません。竹乃が出向いたところで本物だと信じていただけますでしょうか?」
「信じるも信じないも、私が本物なので納得していただくしかないのでは?」
真竹の言葉にさすがにムッとなった。
「お前な、それに帝は父上と同じ年だぞ? しかもすでに妃は五人もいるらしいし。そんな奴に嫁いで、本当にいいのかよ?」
「仕方ないじゃない」
私はため息をつく。
「がっかりしたら、すんなりこっちに戻される可能性だってあるし」
「バカか。下手したら殺されるぞ」
それはそうかもしれない。理不尽極まりないけれど。
「でも、私が行かないと、竹取の家が困るでしょ? 大丈夫。出来るだけ気に入られるように頑張るから」
私は噂のような絶世の美女ではないけれど、全くダメダメってわけではないと思う。さすがに気に入らないから殺されたり、竹取の家をつぶしたりするほど怒られることはないと信じたい。
「俺のせいだ……」
真竹が頭を抱えた。
「俺があんな絵を描きさえしなければ」
「私があの屏風を手放さなければ」
「私があの屏風を客間に置かなければ」
家族みんなが悔やんで下を向く。
「過去を振り返ってもどうにもならないわ。私が帝に嫁げば済む話でしょ。それに、後宮に入れるなんて栄誉なことだもの。そんな悲愴な顔をしないでよ」
私はけらけらと笑ってみせる。
本当は嫌だと叫びたいけれど。叫んだところでどうにもならない。
「ダメだ。絶対に嫌だ。竹乃は俺のものだ。昔からそう言っていたじゃないか」
真竹が首を振る。
「お兄さま?」
「お前を帝に渡したくない」
真竹は私の手を握り締めた。
ずっと、妹だと扱われていたから、私の片思いだと思っていたのに。
そんなことを言われたら、帝のところへ行きたくなくなってしまう。
「だったら、行かなきゃいいのよ」
笹竹がポンと手を叩く。
「母上?」
「この世のものとも思えない美女なのでしょう? この世のものではないことにしてしまえばいいのよ」
「へ?」
「だから、そうね。月を眺めている屏風絵なのだから、月から来たことにしましょう」
「月?」
私たちは顔を見合わせた。
そして、そこから突拍子もない計画を立てたのだった。
帝の使者には、『帝のお召しとて、畏れ多いとも思いません』と文を持たせ追い返した後、『なよ竹の姫』は月の世界の住人だという噂を流した。
屋敷の警備の人数を増やし、私は『なよ竹の姫』であると同時に、『なよ竹の姫』つきの女官になった。つまり二役である。
そして、満月の晩、私が『なよ竹の姫』がいないと騒ぎたて、『なよ竹の姫』が使っていた部屋に残されていた帝あての手紙を見つける。
『いまはとて 天の羽衣 着る時ぞ 君をあはれと おもひいでぬる』
( 今はもうこれでお別れと、天の羽衣を着るときになってあなたさまのことをしみじみと慕わしく思い出しますよ)
あとは、家族全員で『月からの使者を見た』と口裏を合わせた。
かなり強引で無理があると思ったけれど、その後、帝の使者が調査にやってきたけれど、『なよ竹の姫』はどこにもいないため、『月へ帰った』と結論づけたほうが楽だと思ったのだろう。
特にお咎めとかはなく、かえってねぎらいの言葉をもらってしまった。
「うーん。やっぱり全然気づかれないのも、それなりに傷つくのだけど」
「バカ。気づかれたらやっかいだし、そもそもまた付きまとわれたいのかよ」
「それは、困るけど」
やがて、都では『竹取物語』という絵巻物が大流行した。
誰もが、その物語のもとになった竹取の家のことを忘れたころ。私は真竹の妻となった。
もう誰も『なよ竹の姫』を見ようと訪れることはなくなったけれど、竹林に浮かぶ青白い満月を見ると私は思う。
皆が想像した『なよ竹の姫』はいったいどんな女性だったのかと。
そして、月に帰ったなんて、荒唐無稽な結果を受け入れた帝は、案外、そのような美女が最初からいなかったことを知っていたのかもしれない。
「竹乃、外は冷える。中に入れ」
「はい」
真竹に頷き、私は月を仰ぐ。
天高く上った月はどこまでも美しかった。