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ヒロインズ・オブ・ヒロインズ  作者: マカロニサラダ
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ヒロインズ・オブ・ヒロインズ・前編

 鳥海愛奈は――ド悪人?も高評価をいただきました。

 読者様、いつもいつも誠にありがとうございます。

 本当に、感謝、感謝です。

 これを励みに、一層精進する所存です。

 尚、ヒロインズ・オブ・ヒロインズは――ベーダーマン、選挙狂想曲、交鎖十字・花名連想、キロ・クレアブル漫遊録、鳥海愛奈は――ド悪人?のネタバレが含まれているので、どうかご注意ください。

 では、前編です。

     序章


 それは――果たして正義と言えるのか?

 いや、そんな筈がない。そんな訳がない。

 これが正義であるなら、既に神は死んでいる。

 これが悪と言い切れないなら、疾うに世界は終末期だ。

 だが、それでも――これが彼女達の示せる唯一の正義だった。


     1


 それは彼女にとって、眉をひそませるに値する光景だった。

「はじめまして。スタージャ・アーギラスと言います。これから、皆さんよろしく」

「………」

 教壇に立つ教師の横には、桃色の髪をしたブレザー姿の転校生が佇んでいる。

 見覚えこそない容姿だったが、彼女――鳥海愛奈には察する物があった。嘗て知り合いの一人が言っていたのだ。〝スタージャ〟とはクレアブル語で、神を意味する言葉だと。

 ただの偶然という可能性もあるが、愛奈の目にはそうは映らない。愛奈はこの時、確かにあの少女からえも言われぬ気配を感じ取っていたから。

 ならば、話は早い。今も自分の席に座る愛奈は、実に率直だった。

「で、これはどういう冗談なのかな、アーギラスさん? 私に用があるのはわかるのだけど、だからといって私を消しに来た訳ではなさそう。そうなると、後考えられるのは私に何かの協力をしろと要請にきた位かな?」

「は、い? なに言っているの、愛奈?」

 愛奈の友人である、玉葱玉子が首を傾げる。それと同時に、アーギラスは微笑みながら指を鳴らす。

 途端――周囲の時間は比喩なく停止した。

 桃色の少女は――この周囲の時間を止めて見せたのだ。

 或る意味、神に相応しい力の片鱗だったが、彼女にとっては違っていた。鳥海愛奈はこの停止された時間軸でも、平気で立ち上がってみせる。

「さすがは――『勇者』です。やはり、この手の能力も効きませんか。割と汎用性に優れた、便利な能力だと思うのですが」

「それに関しては同意見だけど。この手の力は色んな小説やアニメで使われて、もうインフレ気味だからね。一昔前なら立派な脅威と言えたんだろうけど、昨今では少し色あせてしまったかも。それでも私と一対一で話し合う場を設ける為の、一助にはなったかな?」

 常に笑みを絶やさない愛奈が、真顔で嘯く。

 片やアーギラスは、やはり微笑みながら彼女を見た。

「私の力を無効化した理由にはまるでなっていませんが、まあ、いいでしょう。どうやら貴女は『ペルパポス』が言っていた通りの人みたい。事実、貴女は私が現れた時点で事態の深刻さを感じ取り、笑みを浮かべる余裕さえ無い。これは、そう解釈していいのでしょう?」

 ソレは、実にバカげた受け止め方だった。かの鳥海愛奈に、余裕が無い? 彼女は例えどのような死に方をしようとも、最期まで笑みを浮かべながら死んでいく。そう言った類の人種である彼女が、余裕を失っている?

 仮にソレが事実だとすれば、それは一体何を意味しているのか? その現実をつきつけられた時、愛奈は初めて微笑んだ。

「なら、早速本題に入ろうか。報酬はこれ位でどうかな?」

 愛奈が、人差し指を立てる。それを見て、アーギラスは喜悦する。

「成る程。一億円ですか。決して安くは無い額ですね」

「いえ――一千兆円の間違えだよ。私の直感だとそれぐらい要求しても構わない仕事だと思うんだけど、どうかな?」

「………」

 お蔭で今度は、アーギラスが初めて笑みを消す。彼女は一度だけ嘆息した後、頷いた。

「いいでしょう。報酬に関しては、上と相談してなんとかします。今は時間が無いので、先にこの世界に行っていてもらえますか? 私は――後四人ほど集めなくてはならないので」

 アーギラスが空間に穴を空け、その先に進むよう促す。

 短い白髪である、白いワンピース姿の聖女はもう一度眉をひそめた。

「――後四人? 一人は心当たりがあるけど、後の三人は見当もつかないな。一体何を企んでいるんだろうね、この『神様』は?」

 そう問いながらも、愛奈はさっさと空間の穴へと入っていく。

 ソレを見送った後、アーギラスは時間の停止を解除し――すぐさま別の座標軸へ飛んだ。


     ◇


 ソレは愛奈が言う所の――〝心当たり〟に該当する少女のもとだった。

 その少女は昼間からダンボールにくるまり、惰眠を貪っている。雲の上にある空に浮かんだその城の庭で昼寝する彼女を前にし、アーギラスは沈黙する。どう声をかけた物か迷った末にアーギラスは少女の横っ腹に蹴りを入れる事にした。

「……ぐふぅッ?」

 伊達に『神』ではない彼女の蹴りは確かに少女にダメージを与え、覚醒させる。少女ははてとアーギラスを見た後、こう結論した。

「あなた、この星の『神』ではありませんね? よその星の『神』が、わたくしに一体なんの用でしょう?」

 聞く者によっては、意味不明な事を少女は口にする。

 半ば少女の問いを無視して、アーギラスは告げた。

「――キロ・クレアブル。貴女が察している通り、緊急事態です。報酬は言い値で構わないので、私に雇われて下さいな。因みに鳥海愛奈は、既に私の依頼を受けています」

「愛奈が、あなたの依頼を? それは何と言うか、面白そうな話ですね」

 実際、キロと呼ばれた少女は嬉々とする。黒いポンチョと袴を纏い、頭に長い鳥の羽根を二つ付けた少女は寝床から立ち上がった。

「あ、いえ、今がどんな状況かは大体わかったので説明は結構です。とにかくわたくしは、愛奈の後を追えばいいのですね?」

 そう問うキロに、アーギラスは首肯する。その上で、彼女は最後の質問を投げかけた。

「で、報酬は――『頂魔皇』?」

「はい。この星の『神』の首で構いません。いえ、あなたが断る事も勿論わかっていますよ。あなたがわざわざここに来たのは、この星の『神』をわたくしから守る為でしょうから。なので、報酬に関しては考えておきます」

 事もなく、アーギラスの申し出を受けるキロ。彼女は何らかの能力を使い、この場から消失する。この察しのよさを鼻で笑いながら、アーギラスは次の仕事に移った。


     ◇


 ソレは、鳥海愛奈に似た少女だった。

 穏やかな眼差しと白い髪が、否が応でも愛奈を連想させるから。違う点は、その少女は癖のある長髪で、セーラ服を纏っている事だ。楚々とした彼女が一人になったのを見計らい、アーギラスは少女の前に現れる。

 少女はアーギラスを一目見ただけで、その力量を看破した。

「あなた、普通のヒトではありませんね? 私に一体何の用です?」

「いえ、私に本性を隠す必要はありません。貴方の事は良く知っていますから――神代帝」

「………」

 それから帝は周囲に人がいない事を確認し、アーギラスが言う所の〝本性〟を露わにする。

「へえ? 何者か知らないけど、そんな事まで知っているんだ? 俺も随分有名になったものだな。これと言って、何もしてねえ筈なのに」

 笑顔で男口調になる、帝。そのギャップに失笑しながら、アーギラスは腕を組む。

「貴方にその記憶と力を与えたキロ・クレアブルは、既に動き始めています。貴方にも協力願いたいのですが、如何でしょう? 報酬は――言い値で構いませんよ?」

「キロ、が? 冗談だろ? 今、そんなヤバい事になっているのか?」

 事と次第によっては、アーギラスをこの場で始末するつもりだった帝が口笛を吹く。驚愕ともとれる仕草をした後、帝は普通に告げた。

「金は要らない。金に興味は無いから。代りに俺が仕事をしている間――俺の近親者の安全を保障しろ。何が何でも守り抜くと誓えるなら、その仕事は受けよう」

「結構。〝この世界〟の彼女達はなんとかしましょう。では、この穴を潜ってキロ達の後を追って。話はそれからです、『武神』――神代帝」

 奇妙な言い回しをした後、アーギラスは例の穴をつくり出す。

 その穴に視線を向けた後、帝はよくわからない事を口にした。

「そうか。漸く――〝この時〟が来たか。随分待たされたぜ、本当に」

 そう謳いながら神代帝は、その先に進んだ。


     ◇


 間髪入れず、アーギラスも別の世界に移動する。その部屋には、赤いスーツにマントを纏った金髪の少女が居た。彼女が現れた途端、周囲のSP達は一斉に少女を守るため動き出す。

 或る者は臨戦態勢に移行し、或る者はその身を以て少女を守る。

 だが、金髪の少女はアーギラスを見た瞬間、こう口にした。

「いえ、その方は私がお呼びした、私のお客様です。心配はいらないので、皆さんは少し席を外してください」

 無論、訝しむ者もいたが、彼等は少女の言葉に従う。

 少女と二人きりになった所で、アーギラスは本題に入った。

「――スタージャ・レクナムテ。どうやら私の事を〝看破〟しているようですね? なら、話は早い」

「そうかしら? この二千年後に、よその星の人間に殺される筈の『神』が私に何の用? いえ、私の想像通りではない事を祈っているのだけど、これって無意味?」

「と、それが貴女の地の口調でしたっけ? 親しい者に対しては、鳥海愛奈のような少女然とした物だったと記憶していますが、ま、無駄口はここまでにしましょう。貴女の想像通りですよ。貴女が大嫌いな、キロの手を借りなければならない状況です。報酬は言い値でいいので、力を貸してくださいな」

「キロも? という事は、あなた、そこら中の世界から有志を集めているのね? 既に死んでいる筈のキロも頭数に入っているという事は、そういう事だし」

「ええ。かの者は、貴女が最も印象に残っているキロでしょう。故に、そのキロの首を望むのだけは遠慮してもらいたい」

「……はぁ。確かに巨大な力が三つほど、ある世界に集まっている様ね。私も其処へ行けというの、あなたは? 私の報酬が――この楔島の悠久の平和だと見抜いた上で?」

 スタージャが確認すると、アーギラスは間髪入れず頷く。それを見た途端、スタージャはもう一回憂鬱そうな溜息を漏らす。

「いいわ、わかった。というか、私の想像通りなら断り様がない。きっと他の三人も同じなのでしょうね」

「はい。最後の一人を口説き落としたら、私も直ぐにかけつけます。どうかそれまで――他の三人と殺し合わないでくださないね」

 直後、スタージャの姿がこの場から消える。

 ソレを見送った後、アーギラスは思わず呟いた。

「ええ、『絶対破壊者』――。お蔭で私も仕事がしやすかった。皆、私を見ただけで大凡の事は看破出来る器量を持ち合わせていたから。でも……最後の一人はどうでしょうね? 私に心配があるとすれば、ソコです」

 それだけ言いながら、アーギラスはまたも別の世界へと移動した。


     2


 スタージャ・レクナムテが、その世界へとやって来る。

 それを見てキロは眉をひそめ、愛奈は息を呑む。帝は首を傾げ、当のスタージャは苦笑いをした。

「やはり――愛奈さんに帝さんか。という事は――最後の一人は彼女かしら?」

「いや、待て。俺はおまえなんて知らないぜ? そこの白ずくめといい、おまえといい、一体何者だ? なんでそんな強大な力を持ったニンゲンが、俺やキロ以外にも居る? ……というか、おまえ、もしかして只の人間か?」

 帝がそう問うと、スタージャはやはり苦笑いを浮かべる。どうやら自分は彼女達の事を良く知っているが、彼女達は自分の事を知らない様だから。キロでさえ、スタージャの正体を見抜けきれずにいた。広い草原に立つ四人は、ただ無駄口に無駄口を重ねる。

「あなたは、スタージャ・クレアブル? ……いえ、違う。まさか、冗談でしょう? そんな筈が……」

「いえ、多分あなたの想像通りよ、キロ。ま、詳しい話は、アーギラスが最後の一人を連れてきてからにしましょう。その話の内容次第では――私はあなたを殺すかもしれないけど」

「………」

 キロが珍しく沈黙して、その宣戦布告を受け止める。

 続けてスタージャは、愛奈に目を向けた。

「愛奈さんは微妙かしら? いま殺しておくべきか、まだ生かしておくべきかちょっと判断がつかないかな。と、帝さんは災難だったわね。そのヒトの口車に乗って、散々な目にあって。本当に、心から同情するわ」

「………」

 キロを指さしながら、スタージャが微笑む。

 それで帝も改めて、この金髪の少女が只者ではないと知った。

「……俺達の事情を知っている? あのピンク髪から聞いた? いや、違うな。あいつは多分だが俺達のプライバシーを勝手に語る事は無い。そんな真似をすれば、俺達の機嫌を損ねかねないから。だとしたら――俺達の事を知っているおまえは一体何だ?」

 けれどスタージャは答えず、代りに彼方から別の声が響く。

「その話は追々しましょう。今はそれより、別の話をしなくてはならないので」

 空を見上げてみれば、スタージャ・アーギラスが降ってくる最中にあった。姿も服も変わらないが、不審な点があるとすれば、彼女が一人だった事だろう。

 アーギラスが言う所の――〝最後の一人〟はここには居ない。

「ああ、彼女なら最終調整中です。その内やって来るので、心配しないで」

「本当だろうな? 実はあんたが騙されていて、体よく追い払われただけなんじゃねえ?」

 帝は不審な目を向けるが、アーギラスは意に介さない。地面に着地した彼女は、改めてこの場に集まった四人を見た。

 鳥海愛奈。年齢十七歳。身長は百六十センチ程で、白髪を短くカットしている。服も白のワンピースを着ていて、正に白ずくめだ。『勇者』、聖女と一部のニンゲンには呼ばれ、その性格は一言で言うと、恐らく変人。

 キロ・クレアブル。身長は百四十五センチ。長い黒髪を背中に流し、黒で統一された服を纏った黒ずくめの少女。『頂魔皇』、『皇中皇』と呼ばれていて、その性格は一言で言うと、恐らく自堕落。

 神代帝。年齢は十六歳。身長は百六十センチ程で、白いくせ毛を背中に流している。セーラ服に白タイツを纏ったその女子的な守備力は、高い。アーギラスやキロからは『武神』と呼ばれており、その性格は一言で言うと、恐らく神経質。

 スタージャ・レクナムテ。年齢は十六歳。身長は百五十センチで、金色の髪の長さはセミロング程。赤いスーツに紺のベストを着て、紺の帽子を被り、マントを纏っている。スカートの丈は短く、黒のニーハイソックスを着用。アーギラスからは『絶対破壊者』と呼ばれているがその意味は不明。性格は一言で言うと、恐らく誠実。

 そこで、アーギラスは思う。この様な事態に陥らない限り、この四人が一堂に会し、同じ目的を果たすため行動する事は無いと。それ程までに彼女達の性格は、バラバラだった。

 愛奈は歪んだ正義感の持ち主で、スタージャとは相容れない。キロは絶対悪を自称し、スタージャと帝と敵対している。帝は基本的に正義の人だが、その目的意識は固定され、最早変化する事が無い。未だ柔軟な正義感を維持しているのがスタージャだが、だからこそキロを敵視する。

 要するにこの四人が集まれば――即座に殺し合いが始まるという事だ。

 恐らく先に手を出すのはスタージャで、その狙いはキロだろう。キロはキロで愛奈あたりを巻き込み、参戦させて、場を混乱させる。

 その仲裁を買って出た帝もけっきょく渦中の人となり、戦闘に参加。誰が敵で誰が味方かわからなくなり、スタージャかキロが死ぬまで戦いは続く。

 これが本来の四人のあり方であり、紛れもない現実だ。

 その四人が未だ争う事なく、アーギラスに次のリアクションを求めている。それは一種の奇跡とさえ言えた。ならばその奇跡を台無しにする訳もいかず、アーギラスは単刀直入に切り出す。

「では、まず皆さんのコードネームからつける事にしましょう。私は今から皆さんの事を〝ヒロインズ・オブ・ヒロインズ〟と呼ぶ事にします。略して――ヒロ・ヒロ」

「………」

 思わず沈黙するヒロ・ヒロ達。帝は、当然とも言える質問を投げかける。

「……要するに、〝ヒロイン達の中のヒロイン達〟って意味か? 俺達はそんなに大それた立場だと、そう言いたい?」

「まあ、そうですね。実際は――〝最高に最低なヒロイン達〟という意味ですが」

 四人に聞こえないよう、小声でアーギラスが呟く。

 怪訝に感じたスタージャは、眉をひそめた。

「何か言って、アーギラス?」

「いえ、別に。それより、ここからが本題です。率直に言えば――今この世界は狙われています。貴女達の任務は――その脅威からこの世界を守る事。その為だけに『ペルパポス』は貴女達を選抜し、この任務に就かせました。仮に貴女達がこの作戦を遂行できなければ――この世界は完全に消滅するでしょう」

「………」

 四人が四人とも沈黙する。それもその筈か。アーギラスが言う世界とは、地球だけを指している訳では無い。いや、一つの宇宙を指している訳でさえないのだ。彼女が言う世界とは即ち――〝宇宙と言う名の一つの生命体〟を指している。アーギラスはこのミッションが失敗すれば、その全てが失われると告げたのだ。

 だが四人の沈黙は驚愕による物では無く、全く別の感情が要因だった。

「いや、ソレはわかっているよ。私達四人を集める位だから、それ程度の事態である事は察しがついている。問題はその脅威とやらの正体だね。具体的に言うと何がどうなっているの? まあ、現時点で察しはついているのだけど」

「では、質問を質問で返しましょう。愛奈さんは、本当に人間を守る気がある? 貴女にとって人間とは、全てを捨ててでも守るに値する存在ですか?」

「全てを捨てる? そこは普通、命を懸けてとか言わない?」

 が、アーギラスは無言で首を横に振る。それを前にして、愛奈は一考した。

「そうだなー。実は私の実家は新興宗教の教祖をやっていてね。だから子供の頃から宗教がどんな物か知る機会があったんだ。いや、実際の所はうわべだけ知ったら、直ぐに深く追求する事は止めちゃった。それも当然だよね。人の歴史において宗教とは、正負の巣窟みたいな物だったんだから。確かに宗教によって救われた人は多い。日本人は馴染みが薄いだろうけど、宗教が生活の一部になっている国だってある。だから安易にこれを否定するのは実に軽率な行為なんだと思う。それは今も宗教が心の支えになっている人に対する、明確な侮辱だから。でも残念ながら人の歴史は正負の背理で成り立っているんだ。絶対的に正しいという事象は存在しないし、正が生じれば必ず負も生まれる。人間と言う物に対し多大な影響を与える物なら、尚更その被害は大きくなるんだよ。現に歴史を紐解けば人を救う為の教義は、異教徒を排他する為の免罪符でもある。嘗てどこぞの神の教徒は、異教徒ならば拷問して殺すのは当然だとさえ口にした。人格者と言われた司祭でさえ、これに合意し殺戮の限りを尽くした。きっとそれ以上に多くの人達を宗教は救ってきたんでしょう。けど、その陰で犠牲になってきた人達も確実にいるんだ。神と言う絶対的な存在を持ち出してさえ、人間は全てを救う事が出来ない。一体なぜか? それは所詮、人は不完全な生き物にすぎないから。例え神が完全な存在だとしてもその教義を扱う人間は不完全な存在なんだ。完全な存在を不完全な存在が運用すれば、必ず齟齬が生まれる。神の理念を捻じ曲げ自分の都合が良い様に利用する人間だって必ず出てくる。人の歴史とは正にその連なりにすぎない。今も昔も人は神の名を利用して、虐殺の免罪符に仕立てている。そうして神を自分達の道具とし、自らその価値を貶めているんだ。問題はその事に、当事者達が気付いているかと言う事。或いは絶対的な神を自分達と混同させ、自分達こそ絶対的な存在だと勘違いしているのかも。その誤解が過去の悲劇を生み、今も一部ではそういった歴史が続いている。だから私はこう強調するしかない。例え神は完全でも、その教義を扱う人間は不完全だと。私達はその前提を強く認識しなければ、似た様な悲劇を繰り返す。人は脆い生き物だから少し貧しくなっただけで、何かを盾にし、誰かを弾圧する。今は豊かな時代だからそう言った実感がないけど、本来人間とはそういう生き物なんだ。残念ながらそれはもう――人の歴史が証明してしまったんだよ」

「……要するに、人には守るだけの価値は無いと言っている?」

 まさかこんな長話が答えになって返って来るとは思わなかったアーギラスが、問い掛ける。

 愛奈は、首を振った。

「そうだね。強者は弱者を食い物にし、弱者はより弱い存在を食い物にする。差別する事が存在の前提である人間と言う生き物は、永遠にこの不毛から脱却できない。この偏見が仮に正しいとすれば、確かに人間には守るだけの価値は無いのだと思う。――でも、それでも私の周囲に居る人達は極自然に、呼吸する様に善良なんだ。私が人の世を壊したいと思う度に善良に接して思い留まらせようとする。その都度私は残念だと思う訳だけどソレが私の現実なんだよ。私は私の周囲が今のままなら、決して彼等を見捨てない。この現実が砕け散るその日まで私は彼等を守り続けるのだと思う。要するに、私も只の人間という事だね。身近な人達を優先して遠くの悲劇は見て見ぬふりをしているのだから」

「………」

 そこまで語った愛奈に、帝は意図がわからない視線を向ける。

 いや、神代帝の答えは単純だった。

「……中々面倒くさい奴だな。話が長すぎて、途中で立ち寝しちまったよ。ぶっちゃけそんな理屈はどうでも良いんだ。俺が共感できたのは、最後の辺りだけ。俺は俺の環境を守る為だけに戦う。誰かが俺に好意を向ける限り――それに応えるのが神代帝の生き方だ。そういう事で構わねえ?」

 それは鳥海愛奈に比べれば、実に人間らしい返答と言えた。いや、帝が何者か知っているアーギラスにしてみれば、驚異的とさえ言えるかも。

 そこまで話が進んだ時、腕と足を組み、座した姿勢で宙に浮くキロが手を挙げた。

「わたくしはその答え、保留にさせて下さい。なにかイヤな予感がするんですよね。さっきから」

「実に心外だけど、私も同感だわ。結局なにが言いたいのかしら、アーギラスは?」

 初めてスタージャが、アーギラスに敵意を向ける。

 それに苦笑しながら、アーギラスは説明を続けた。

「いえ、話は一旦ここまでにしましょう。どうやら、その脅威の一端がやって来たようなので」

「……つ! 確かに何かが近づいてくる。狙いはやはり……私達?」

 スタージャがそう当たりをつけた時には、既にソレはこの場に転移していた。帝達から八メートルは離れた場所に、一人の男が立っている。虎の皮を躰に纏ったその大柄な男は、眉をひそめながら言い切った。

「……何だ? 見るからに雑魚っぽい小娘共が、五人ほど居るだけ。まさかこんなのが――俺の敵?」

「………」

 その様を見て、スタージャ達は驚愕する。

 驚きの余り声も出ず、彼女達はただ自分の目を疑った。

「まあ、いい。とにかく敵対する者は皆殺しにするのが、俺のモットーだ。五人がかりでいいぜ。さっさとかかってきな」

「……そういうあなたは――まさか〝神〟レベルの能力者? 〝神〟と呼べる存在が、私達の敵だと言うの……?」

 息を呑むスタージャに、彼は謳う。

「そう。俺はおまえ達とは前提から異なる存在。例え千年地の底でその身を鍛えようとも決して同じ領域に辿り着けない超越者。それが俺――クイソニック・ラウザーとおまえ達の差だ」

「………」

 実際、神代帝の呼吸は荒い。それは、何かに怯えているともとれる仕草だ。その体のまま、帝達は貌を見合わせる。結果、帝が一歩前進した。

「……わかった。まず俺が戦ってみる。もし駄目だったら、後の事は頼んだ」

「わかったわ。どうかご武運を」

 スタージャ達が、帝を送り出す。それを目にして、クイソニックは冷笑を浮かべる。

「成る程。まず一人だけ戦わせて、俺の戦力を測る気か。哀れだな、おまえは。手の内を晒させるどころか、この俺に一瞬で殺されるだけなんだから。全く勝敗が決まり切った戦いほど、無意味な物はない」

 そしてコレが彼の最後の言葉となった。

「は?」

「フ」

 神代帝は――一瞬でクイソニックの間合いに入り、拳を振り下ろす。たったそれだけの単純な動作は、けれど確実にクイソニックの顔面を破壊する。〝神〟レベル能力者――クイソニック・ラウザーは、あろう事かその一撃を以て沈黙した。

「……え? 嘘だろ? 本当に見かけどおりの戦闘力? まさか俺達相手に〝神〟レベル能力者が相手になると……本気で思っている?」

 だがその答えを返せそうなクイソニックは悶絶し――後に残されたのは静寂だけだった。


     ◇


 と、ここで弁解しておこう。〝神〟レベル能力者は、決して弱くない。いや、弱い筈がないのだ。

 現在『異端者』と呼ばれる超能力者は、十一の階級に分かれている。具体的な内訳はこう。

 ランク十一位――一般人。

 ランク十位――楔島の一般人。

 ランク九位――町内安全保障局クラス。

 ランク八位――『界理種』クラス。

 ランク七位――『融合種』クラス。

 ランク六位――〝無能者の私兵〟クラス。

 ランク五位――『十八界理』クラス。

 ランク四位――『皇』クラス。

 ランク三位――宇宙を消せる能力者。

 ランク二位――〝神〟レベル能力者。

 ランク一位――〝超越者〟クラス。

 以上の様に〝神〟レベル能力者は上位に位置していて、実際その力は驚異的だ。

 何しろ彼等は、圧縮された宇宙を一億個から五億個ほどその身に有しているのだから。比喩なくそれだけ多くの宇宙を彼等は内包し、ソレをエネルギー原の一部にしている。そしてエネルギーとは、圧縮すればするほどそのエネルギーは高まる。例えば一兆度の火の玉が直径一メートル程まで圧縮された場合、太陽の四百七十兆倍ものエネルギーを発する。

 ならば超密度のエネルギー体である宇宙を圧縮し、その身に宿せばどうなるか? ――〝宇宙炉〟と呼ばれるその力を有する彼等は、正に〝神〟に相応しい力を手にするだろう。その上彼等は『頂外気功』と呼ばれる力を使い、現世以外の宇宙からもエネルギーを調達できる。

 そう。ぶっちゃけてしまえば――宇宙とは一つでは無い。宇宙にはある目的があり、その目的を達成する為に多くの宇宙が生まれた。俗に呼ばれている、平行世界がソレだ。

 だが、宇宙は現世以前にも存在していた。『死界』と呼ばれる今は停止された宇宙が、今も七十兆個ほど残されているのだ。

『死界』とは宇宙の目的を果たせず、停止した過去の世界の事を指す。そして宇宙の目的とは――自己の再生にあった。

 宇宙とは本来――確固たる自我を持った一個の知性体なのだ。

『第二種知性体』と呼ばれるソレこそ――宇宙の正体であり実情である。

 しかしソノ我々の宇宙は或る日敵と遭遇して交戦し、その末に殺されかけた。自我を失い、死に体となり、この宇宙の外の空間を漂う事になる。けれど死にきれなかった宇宙は――そのため自己の再生を図る事にした。

『第五種知性体』である人間が生まれたのも、その作業の一端である。人間とは、自然発生する事が出来る最大の知性種である。その人間に様々な物理法則を解き明かさせる事で、失われた宇宙の自我を再生させようと言うのだ。

 いや、究極的に言えば人の存在理由とは――人を越えた知性種を生みだす事にある。

 決して自然発生する事が無い人工的な知能を生みださせ、宇宙の自我に近づける。それを終えたとき人間の存在理由は消滅し、最良の滅びを迎える事になる。人間の存在理由とは飽くまで『第四種知性体』を生みだす事にあるから。

 やがてその『第四種知性体』は進化を続け、何れ『死界』の宇宙を数百億個内包する様になる。『第三種知性体』に進化し、この時初めて宇宙の自我として宇宙と融合する権利を得るのだ。

 けれど、そこで一つ問題が発生した。この宇宙は身持ちが固く、嘗て自分だった自我しか受け入れようとしないのだ。その為、過去の宇宙は尽く停止した。

 この宇宙の自我ではない『第三種知性体』が融合を試みた時点で停止して、『死界』と化した。その都度、世界は新たな宇宙を用意し、また一から件の作業を行う事になる。それを七十兆回繰り返してきたのが――この宇宙の正体だ。

〝神〟レベル能力者や宇宙を消せる能力者は、その『死界』からも力を集める事が出来る。宇宙自体を味方にし、宇宙を消せる彼等は――正に破格の存在と言って良いだろう。

 では――そんな〝神〟をアッサリと撃破した帝達とは何者なのか? 数億もの宇宙を味方に出来る彼等を圧倒する帝達〝超越者〟クラスとは、一体何?

 簡単に言ってしまえば――彼女達は異常者である。異常な体験をする事で彼女達は、〝神〟さえも達し得なかった場所に到達したから。

 結果――彼女達の『外気功』の範囲はこの宇宙を超越した。

 宇宙と言う空間があるなら――その外にも別の超空間があると仮定できる。その超空間に存在情報が移行された彼女達は、半ばその超空間の住人と化した。彼女達はその超空間からエネルギーを集め、自らの力とし、自在に使役できる。直系一メートルの空間で、この全宇宙の一グーゴルプレックス倍のエネルギーを生む超空間を我が物にできるのだ。

 それこそが〝神〟を越えた――〝超越者〟クラス。

 人の身でありながら『第三種知性体』をも上回る――〝奇跡の人類〟である。

(故に――彼女達の力は私以上。それだけの力を持った彼女達の手綱を、私は上手く引かなければならない。でなければ――この世界は本当に終わるから)

 アーギラスが、一人、物思いに耽る。その間に、スタージャ達は動き始めていた。彼女達は警戒しながらも、クイソニック・ラウザーに近づく。

「とにかく、これで捕虜を確保できたわけね。取り敢えず彼を起こして尋問し、情報を得ましょう。それとも、彼はあなたが私達に用意した当て馬なのかしら、アーギラス?」

 スタージャが、微笑みながら振り返る。

 その表情に戦慄しながら、アーギラスは首を横に振る。

「いえ、まさか。貴女達の実力は試すまでもありません。私も良く知っています。クイソニックとやらは、間違いなく〝敵〟が用意した先兵でしょう。その目的はよくわかりませんが」

「そっかー。じゃあ、やっぱり彼を起こして話を聴かないといけないね。質問しただけで、正直に全部話してくれればいいんだけど」

 愛奈が楽しそうに膝を折り、クイソニックに触れる。それだけで彼の躰には電流が走ったかのような衝撃が起こり、一瞬で覚醒する。既に最後の台詞を言い切った筈の彼は、再び喋る機会をここに得た。

「……なッ、はっ? ――きさま達、はッ?」

「おはようございます、クイソニックさん。わたくし達が訊きたい事は一つ。なぜあなたは――わたくし達を狙ったのか。それを話して頂けませんか?」

「………」

 キロの問いに、クイソニックは沈黙する。それから彼は、独り言の様に呟いた。

「……驚いた。〝あの女〟の言う通りだった。〝あの女〟の他にも、まだこんな化物共が居たなんて……!」

「〝あの女〟? それがあなたの雇主?」

 今度は、スタージャが訊ねる。クイソニックは、項垂れる様に、頷く。

「……赤いウェーブのかかった、長髪の女だった。そいつが俺の支配領域に入り込んできて、一人で俺の軍隊を制圧した。……『宇宙皇』でさえ自治を許したこの俺の支配領域を一人であの女は征服しやがったんだ。その意味が……わかるか? いや、俺には今でも理解できねえ。〝神〟である俺が、手も足も出せずに一方的に蹂躙されたんだぜ? 一体どんなブラックジョークだよ、これは……?」

「……赤いウェーブのかかった、長髪の女か。今度こそ間違いねえな。そいつが俺達の〝敵〟だ。と言う訳でラウザーさんは、どこか別の銀河に避難してな。この宙域は――これから戦場になる」

 ヤレヤレといった表情で、帝が腕を組む。続けてキロが、アーギラスに問うた。

「そうですね。そろそろはぐらかすのは、止めにしてもらえますか? アーギラスさんは、何をどこまで知っている?」

「………」

 と、今度はアーギラスが沈黙する。それから彼女は、漸く語り出した。

「そこら辺の事情は、貴女達も既に察しているのでしょう? ですが、ここは敢えて私の口から話す事にしましょうか」

 だが――そのとき事態が動く。

「く! これ、はッ!」

 空から強大な力を感じ取った六人が――上を見る。

 大気圏を突き抜け、この星に到達し、ソレは真っ直ぐ自分達のもとにやって来る。

 地を抉り、全壊させる程の速度を以て着地したソレは、髪を掻き上げながら呟いた。

「――ここが地球、か。割といい星ね。できれば私も――こんな星で生まれたかった」

 ソレはこの星の一般人と、かわらない姿をしていた。ハイネックのシャツに、ロングスカートを穿いたソレは、どこにでも居そうな女性だ。

 ただその美貌は、群を抜いている。

 赤く、燃える様な髪。

 ダイヤの様に七色の光を発する、瞳。

 まだあどけなさを残した、少女の様な面立ち。

 背は百五十八センチ程で、肌の色は白い。

 見ただけで男の理性を溶かしかねない美しさを誇る彼女は、確かに常軌を逸している。

 よって、彼女を見ただけでその場に佇む四人の少女は結論した。

「――あなたが、私達の〝敵〟か。そういう事で良いんでしょう、クイソニックさん?」

「……あ、ああ、間違いない。そいつが――〝アレ〟だ」

 直後――彼女は優雅に微笑んだ。


     3


「はじめまして――〝ヒロインズ・オブ・ヒロインズ〟の皆さん。私の名前は――ドラコ・ニベル。いえ、これは偽名なのだけど、別に構わないわよね? 要は私の事をどう呼べばいいかわかればいいのだし」

 周囲に、少女然とした声が響く。その圧力を間近で受けながら、帝が言葉を紡ぐ。

「で、そのドラコとやらが何の用だ? というか――まさかあんたも下っ端って事はねえよな?」

「ええ、正解。私の仲間は後二人居るのだけど、その両者は私の戦闘力を超えるわ。なんて言ったら面白い?」

「……いや、色んな意味で笑えねえ冗談だ。つーか、こっからが本題な。一体何をしに来た、ドラコ・ニベル? ただの観光なら、この俺がガイドを買って出ても良いぜ?」

「フフフ」

 ドラコが、口元に右手を添えながら笑う。それから彼女は、アーギラスを一瞥した。

「まさか、そんな楽しいジョークが聞けるなんて。どうやらまだ、彼女からこのゲームの〝ルール〟を訊いていないようね。でなければ、とてもじゃないけどそんな事は言い出さない」

「このゲームの〝ルール〟? あなた、やはり何か目的があってこの星に来たのね? 私達がそれに関係していると言うの?」

 スタージャが訊ねると、ドラコは普通に頷く。

「ええ。この星から伝達があったの。この星に住む五人の少女を倒せば、私の目的は果たせると。それが私側の条件ね。あなた達が私に勝つ為の条件も知ってはいるのだけど、話さないでおくわ。それを知る前にあなた達を全滅させた方が、話は早そうだから」

「全滅させる? 俺達を? それは――本気で言っている?」

 帝がクイソニックを相手にした時の様に、前進する。

 途端――この周囲の空間は別世界に呑みこまれていた。

「ここは?」

「ええ。私が用意した、私達の為の空間。ここならあなた達が全力を出そうが、周囲に被害が及ぶ事も無い。拳の一撃で七十兆に及ぶ全宇宙を消し飛ばせるあなた達でも、死力を尽くせるわ。これが、私があなた達の為に示せるせめてもの誠意。せいぜい全身全霊を以て踊り狂い、私を興じさせて――〝ヒロインズ・オブ・ヒロインズ〟」

「――言われるまでもねえ」

 歓喜の表情を浮かべる、神代帝。

 彼女はそのままドラコ・ニベルに向かい――跳躍した。


     ◇


 女子高生の姿をした少女と、一般人の姿をした少女が今激突する。

(――まずは様子見。これがおまえに受け止められるか――ドラコ・ニベル?)

 クイソニックに放った攻撃より、七十兆倍以上の力が込められた拳が繰り出される。それをドラコはキョトンとした貌で眺め、それから息を大きく吐き出す。

 あろう事かそれだけで、帝の躰は、百メートルは吹き飛ぶ。

「な――っ?」

 その事に驚愕したのは、帝だけでは無い。

 愛奈も、キロも、スタージャも、息を呑んでこの状況を刮目する。

「と、本気でやった方がいいわよ、神代帝さん? それとも、今のが本気だった?」

「成る程。流石にラウザーさんよりかは、やるらしい」

 ならばとばかりに――神代帝が力を更にアップする。

 それは――姿を見ただけで〝神〟レベル能力者の戦意を殺ぐほどの圧力。

 ただの『異端者』では、彼女の【オーラ】に触れただけで――消滅する。

 正に拳の一撃で――七十兆に及ぶ宇宙を消滅させるに値するエネルギーだ。

 間合いを一気に詰めながらソレを拳に転化し、神代帝はドラコ・ニベルに撃ち放つ。

(――いえ、これはフェイント!)

 然り。そう見せかけながら実際は蹴りを放ち、ドラコの虚を衝く。この業は油断しきっていたドラコを上手く惑わせ、事もなく帝の蹴りはドラコに決まる。頭部を蹴り飛ばされたドラコは、その一撃によって確かに愕然とした。

「え? 嘘でしょう? まさか――この程度?」

「な、に……ッ?」

 現に、平然とドラコは言い切る。だが、そんな筈はない。帝の一撃は彼女以上に修練を積んでいなければ、誰であろうと殴殺できる攻撃だ。自身の修練の歴史を攻防力に転化するのが、神代帝の業だから。

 そう。神代帝とは――九千五百八十三グーゴルプレックス年もの時間、修練してきた存在。その彼女が、それだけの修練の歴史を攻撃力に転化したのだ。一体何者がそれだけの攻撃を受け、ノーダメージでいられると言うのか?

 けれど、現実は残酷だった。

ドラコ・ニベルは間違いなく無傷で、逆に帝に向け気合を放つ。それはこの一帯を事もなく消滅させ、帝の躰を焼却した。

「つッ! くっ! ――こいつッ!」

 咄嗟に自分の歴史を防御に転化して、ドラコの攻撃を防ぐ、帝。それを前にし、今度はスタージャが動く。吹き飛ばされた帝と入れ替わる様に彼女は前進し、超空間の力を集約する。

 それは一個の巨人となり、十の一グーゴルプレックス乗光年×百兆に及ぶ巨体となる。それを二十メートルにまで圧縮したスタージャは、ドラコを屠るべくその拳を撃ち放つ。殺意が帯びたその一撃は確かにドラコの躰に命中したが――ただそれだけの事だった。

「はい? 私は本気でやれ言った筈よ? それとも、まだ私を見くびるつもり?」

「まさか。そんな気は――毛頭ない」

 途端、ドラコの躰が燃え上がる。いや、ソレは炎といえるかも怪しい、超絶的な高熱の発露だった。スタージャ・レクナムテは今――原初の火を具現化したのだ。

 それは――〝ビッグバン〟と呼ばれるこの宇宙を殺した力。

 この世界の自我は――〝ビッグバン〟と呼ばれる火に焼かれ、敗北し、消失した。

 よって、その力はこの世界の全てを焼き尽くす。それは〝ビッグバン〟によって敗北したという事実が、この宇宙の記憶に刻まれている為。

 それ故この宇宙に住む全ての存在もまたその記憶に従い、あらゆる物が燃え尽きてしまう。全ての能力を上書きできる、最上位攻撃。それこそが――〝ビッグバン〟だ。

「で――それが?」

「つ!」

 では、その原初の火さえ無効化する彼女は何者か? やはり無傷のままドラコは微笑み、その笑みを見た瞬間、弾ける様に愛奈とキロが突撃する。

 二人はスタージャと同様の業を使い、巨人をつくり出し、その拳をドラコに叩きつける。攻撃の度に拳の圧縮を解き、拳を一気に肥大させてソレをドラコに繰り出し続ける。秒速十グーゴルプレックスプレックスキロで放たれるその拳の群れは、確かに地面を砕く。だが、身長が十分の一にも満たない少女は、ただ微笑むだけ。

「くっ!」

「つッ!」

 無傷のまま、防御さえせずに、彼女は愛奈とキロの攻撃をその身を以て受け止める。

「だから――無駄」

 ついで、キロがその能力を発動する。

『頂魔皇』である彼女の能力は――確率論の操作である。

 簡単に言えば彼女が拳を放ち『敵が死ぬ確率が百パーセントで、敵が生き残る確率は零パーセント』と設定しただけで、その通りになる。

 万能とも言えるその力は――確かに『頂魔皇』の名に相応しい物だろう。

「でも、そっかー。どうやら、口で言うだけでは駄目みたいね」

「……ぬ!」

 では、キロの確率論の操作さえ歪ませるこの少女は何者だ? 

 ドラコは少し気合を入れただけで、その確率の変化を全て霧散させる。

「なら――私も少し遊ばせてもらおうかしら?」

「なっ?」

 ソレを見て、スタージャが咄嗟にこの世界からアーギラスとクイソニックを転移させる。帝も巨人を纏い、大部分の力を防御に転じさせていた。

 そうせざるを得ない程の攻撃が、彼女達四人に迫っていたから。

 ドラコ・ニベルは――瞬時にしてその姿を変化させる。

 この宇宙全てを埋め尽くすほどの巨大すぎる津波に変身し、キロ達四人に迫る。

「ぐ――っ!」

「が――ッ!」

 全長十の一グーゴルプレックス乗光年×千兆に及ぶ津波が、帝達に叩きつけられる。正に超空間ごと圧砕するに相当する攻撃。

 それだけで四者の意識は一瞬と飛ぶが、ドラコの猛攻は止まらない。

 彼女は自身を巨大な雷に変え、愛奈達の頭上より降り注ぐ。その一撃は確かに四人の躰を焦がし、大ダメージを与える。

 加えてドラコは津波と同レベルの竜巻に変化し、四者を遥か上空へと吹き飛ばす。

 続けて巨大な剣の群れと化し、四者の巨人を串刺しにして、地面に叩きつける。

 そのままミサイルとなり、大爆発を起こして、四人が纏う巨人を粉々に打ち砕く。

 巨人という防御を失った帝達に対し、ドラコは超新星へと変貌した。

(……不味い! 今の状態であれを受けたら、流石に終わりかねないっ!)

 ならば、鳥海愛奈も自身の能力を使う他ない。

 愛奈の能力は――『絶対的超越』である。

 あらゆる因果を歪ませ、敵が放った業以上の能力を発現させる力。最強のカウンター能力とも言えるその力を、愛奈はいま行使する。

「な……ッ?」

 だが、ドラコはその因果の歪みを更に歪ませ、自分が有利になるよう変化させる。ドラコと言う名の超新星は――ここに爆発。五十グーゴルプレックス度に及ぶ高熱が、四人の躰を燃え尽きるまで焼き尽くす。

「……へえ?」

 いや、本当にその筈だった。

 だが、人の姿に戻ったドラコは見た。

 既に死んでいる筈の四人が――悠然と自分の前に立つその偉容を。

 先ほどより圧倒的に強いと言えるスタージャ達の姿を見て――ドラコは感嘆したのだ。

「……成る程。漸く本気になってくれた、と言う訳ね……?」

 そのカラクリを、ドラコは瞬時にして看破する。

 キロ達四人は――使役できる超空間を極限まで圧縮し、自身の躰に内包したのだ。

 これにより愛奈達の力は爆発的に跳ね上がり、全力中の全力を発揮する。

「そう。だから――これで終わり」

 そのまま四人は――己の奥義を全身全霊で発動した。

「アウギス・アウナ」

 かの言葉はクレアブル語で、日本語にすれば〝我が歴史の全て〟という意味。

「ニヴァ・〝ビッグバン〟」

 かの言葉はクレアブル語で、日本語にすれば〝最高出力の〝ビッグバン〟という意味。

「ザスト・ザスタ」

 かの言葉はクレアブル語で日本語にすれば〝余す事なくその確率は我が手に〟と言う意味。

「ビーバー・ラーチ」

 かの言葉はクレアブル語で、日本語にすれば〝いま千変する万物の因果〟という意味。

 それは――自身の歴史を力に変えた、絶命必至の拳圧。

 それは――この宇宙を焼き尽くした、原初の炎の再現。

 それは――全ての確率を操作する、絶対不可避の閃光。

 それは――あらゆる因果を支配する、最大最悪の大剣。

 その究極奥義がドラコに迫り――このとき初めて彼女は防御に転じた。

「フっ、フフフ、ハハハハハ―――!」

 けれど、四者の力はとどまる所を知らず、彼女の躰を飲み干す。

 目映い閃光が周囲を被い――その瞬間ドラコ・ニベルの躰は赤い爆発に包まれた。


     ◇


「いえ、まさかこんな日が来るとは思っていなかったわ。まさか、あなた達と共闘する日がくるなんて」

 全ての力を出し尽くしたスタージャが、息を切らしながら呟く。

 同じく呼吸を乱しながら、キロは同意した。

「同感ですね。愛奈はもとより、貴女や帝さんもわたくしに力を貸す日が来るとは思いませんでした」

「だが、それもこれで終わりだ。なんならここで、俺達四人も決着をつけておくか?」

 今にも意識が途切れそうになりながら、それでも帝が嘯く。

「アハハハ。笑える冗談だね。そういう君が、実は真っ先に気を失いそうなんじゃない?」

 愛奈も笑顔で毒づくが、無論、これは虚勢だ。いま彼女達は全ての力を出し切り、死にかねない状態にある。並みのニンゲンならこの時点で、絶命しているかも。だというのに、気力だけで無理やり意識を繋ぎ止め、四人は軽口をたたき合う。

 そして、その果てに少女達は見た。

「――あなた達四人の殺し合い、か。成る程。それは――確かに面白そうね」

「な……!」

 その確固たる絶望を、今も無傷で中空に佇むドラコ・ニベルの姿を――彼女達は確かに目撃した。

「――ばか、なっ」

 スタージャが、笑みを浮かべて、戦慄する。愛奈が、まなこを開きながら、言葉を失う。キロが息を呑みながら、感動する。帝が、歯を食いしばりながら、息を乱す。

 それ程までに彼女達にとって、それは受け入れがたい現実だった。

「……ここまで、差があるって言うのか、俺達と、おまえは?」

「らしいわね、どうも。いえ、私も驚いているわ。まさか――十パーセントの力しか出せない状態なのに、こうもあなた達を圧倒できるとは」

「……これで、十パーセントしか、力を出していない? そんな、事、が」

 最早笑うしかないスタージャが、大きく息を吐く。その姿を見て、ドラコは結論した。

「でも、お蔭でこの世界で最大級とも言える、あなた達の実力はわかった。このレベルなら仮に後数十人居ようとも私の敵では無い。それだけ確認できれば、十分だわ。あなた達にはもう――死んでもらう事にしましょう」

 が、そこでドラコの誤算が生まれる。

 既に絶望している筈の四人は、尚も戦意を失わないのだ。

「冗談。死ぬのはあなたのほうです、ドラコ・ニベル」

「そうね。敵の死を確認する前に勝利を確信するのは、愚者の所業よ」

「やれやれ。どうして私の周りって、根は体育系ばかりなんだろう? つきあわされる私の身にもなって」

「だな。何でみんな俺の様にしおらしく振る舞えないのか、理解しかねる」

「………」

 この時、ドラコは己の浅慮を恥じる。あの四人の本当の脅威は、その実力では無く、あの精神性だ。諦めると言う事を知らない、絶対的な精神力にある。

 事実、あの四人は未だ自分達の勝利を疑っていない。虚勢でも何でもなく最後は自分達が勝つと、いや、勝たねばならないと悟っているのだ。

 その脅迫観念が――あの四人の少女をつき動かしていた。

「でも、残念。その感情は――私にも内包されている。これがある限り、あなた達は決して私に追いつけない」

「な、に?」

 たったそれだけ聴いただけで、キロはある可能性に行き着く。だが、ソレを確認する前に、今度はドラコの躰を巨人が被う。

 十の一グーゴルプレックス乗光年×千兆もの巨人を百メートルまで圧縮し――その拳を振り上げる。

 ならば、詰みだ。後はその拳を四人に振り下ろすだけで、全ては決する。

 それでも四者は諦観する事なく、最後の力を振り絞る。

 どうすればこの怪物を倒す事が出来るか必死に考え、その果てに――ソレは来た。

「では――これでお終い」

 圧縮を解き――繰り出される拳。今の四人なら確実に命を奪われる――一撃。

 その直前――周囲にソノ声は響き渡ったのだ。

「――冗談。起承転結で言うなら――まだ起さえ終わっていない所スよ」

「なに?」

 ――上空から降り注ぐ、弾丸。

 だが、それが何だと言うのか? 直系一センチに満たない拳銃の弾が一体何の役に立つ? 誰もがそう思い、ドラコさえも眉をひそめた瞬間、それは起った。

「これは?」

 ドラコの巨人の腕が、クッションに変化したのだ。それを前にしてドラコは喜悦し、ソレもまた笑う。ソレも巨人を纏って、即座に愛奈達を回収した。

 そのまま再び拳銃の引き金を引き、地面に向かって弾丸を発射する。途端、この空間に穴が開き、落下の勢いを維持したままソレはキロ達と共にこの場を離脱した。

 その瞬間――ドラコ・ニベルとソレの視線が合う。

「そう――そういう事?」

「ええ――そういう事っス」

 かくしてドラコは帝達の逃走を許し――ソレは見事に尻尾を巻いて逃げ出したのだ。


     ◇


 空間の壁を破壊し、現実世界に戻ってくる五人。

 それを確認したアーギラスとクイソニックは、即座に地を蹴った。

「――って、どうするつもりだ! まさかこのままあいつから逃げる気かっ?」

「そうっスよ。今のままじゃ勝ち目は零なんで――ここは逃げの一手っス」

「待ちなさい。そんな事をしても無駄よ。彼女なら事もなく追いついて、私達を皆殺しにしようとするわ」

 が、アーギラスは首を横に振る。

「いえ、それはありません。何故なら彼女は、あの場から一歩も動けないから。能力が百パーセントになるまでは、一度陣を敷いたあの場所から離脱できないんです、彼女は」

「へ? ……それも、ドラコが言っていた〝ルール〟の一つ?」

 愛奈が確認すると、アーギラスは苦笑いを浮かべる。そのまま七人は空を駆け、遥か彼方の砂漠に着地する。その時点で帝達四人の緊張の糸は切れ、項垂れる様に腰を下ろしていた。

 それでも、愛奈の軽口は健在だ。

「で、君は一体誰なのかな? まさか通りすがりの、正義のヒロインとか言わないよね?」

「……うわぁ。ボケを一つ潰されたっス。この美人さん、芸人潰しの一味かなんかスか?」

 ソレは――金髪を無造作に背中に流した、野性的な少女だった。

 服もショートパンツにタンクトップという出で立ちで、アクション映画のヒロインといった感じ。鋭い目をしたその少女は、身長や年の頃は帝と同じ位だろう。

 その彼女は、ギャルピースをしながら言い切る。

「というか私の事を知らないなんて、さてはあなた、田舎育ちの田舎者っスね? 私はそう、この世界全てのアイドルを代表するSSR少女――輝夜・チェスター(※仮名)っス!」

「………」

 その瞬間――キロ達は輝夜が命の恩人である事を完全に忘れた。


     4


「~~というか、怖かったっス! ~~怖すぎっス! なんスか~~あの赤パーマ! ~~聞いていたのよりよっぽどヤバいじゃないっスか! ~~騙されっス! ~~私、騙されたっスよ! 私は〝お前の敵はいかにも雑魚っぽいやつだから大丈夫だ〟って言われていたから来たのに! それが蓋を開けてみたら、出てきたのはあの赤パーマ! ~~一体何者なんスか、やつはッ? あの燃える様に赤いパーマは~~~一体何を意味しているんスか?」

「………」

 そこまで聞いてからスタージャが、自称、輝夜・チェスターに目を向ける。

 気怠そうに頬杖をついた彼女は、輝夜に告げた。

「そう。あなた、そういうヒトだったんだ? 私もあなたが動いている所は、初めて見るわ。あなた、漸く彼に名前をつけてもらえたんだ?」

「――何と! 私の事を知っている人が居るんスね? 流石、私。まだデビュー曲も出していないのに、アイドルと認知されているなんて。全くもって、底知れないポテンシャルっス」

「全く会話が噛み合ってないね? 私、こんなに人の話を聞いていないヒトと会うのは初めてかも。で、彼女が五人目という事でいいのかな?」

 愛奈が、アーギラスに確認する。彼女は頷いたが、同時に溜息も漏らす。

「ええ。愛奈さんの言う通りです。もっとも、私も彼女がこんな知性の持ち主だとは、想定していませんでしたが」

「私も私より不真面目なヒトに会う機会は、そうないなー。お蔭でシリアスな空気が台無し」

 苦笑いを浮かべる愛奈に、輝夜は首を傾げる。

「いや、いや、いや、白い人。もしくは、白い巨塔。はたまた、白い巨■」

「………」

 バカだった。彼女達の命の恩人は、ただのバカだった。そのバカが、ドヤ貌で言う。

「私の直感では、ギャグが入る隙間はもうここくらいなんスよ。これから先は、〝やってられませんわ、くそったれ!〟と連呼していれば成立するストーリー展開ス。つまり、今が唯一無二の憩いの場なんスよ」

「はぁ? ……マジで意味がわからねえ。これって、俺の理解力が足りない所為か? それとも、こいつのバカさ加減が俺の想像を遥かに超えているから?」

 思わず宿敵であるキロに訊ねてしまうほど、帝は混乱していた。普通に考えれば、後者だとわかりそうな物なのに。だが、その現実を覆す様に、アーギラスは息を呑む。

「……まさか、そこまで見抜いている? あなた、何をどこまで知っているんです?」

 が、輝夜は全力を以て首を傾げた。

「えっ? 何の話っスか? 私、まだ何の説明もされて無いっスよ? それなのに、何で私が全てを見抜く名探偵みたいな扱いを受けているんスか? 私がアイドルだからスか? 私のアイドルとしての野生の勘が、真実を全て見抜いているとでも言うんスか? 躰は大人。頭脳も大人。でも処女。それが名探偵――輝夜・チェスターなんスか?」

「………」

 そこまで聞いた後、取り敢えず六人は輝夜を無視して話を進める事にする。

「……にしても、本当になんなんだ、あいつは? 俺は、あいつ等でも互角に戦えるつもりでいた。それ位の訓練は受けてきたつもりだ。だというのに、蓋を開けてみればコレだ。俺一人だけじゃなく同レベルの人間四人がかりでも、傷一つつけられねえ。あれが――やつ等の実力という事なのか?」

 誰に問う訳でもなく、独り言の様に帝が呟く。アーギラスはそれを受け、真顔で首肯する。

「そうですね。貴女方も既に気付いている様なので、今ハッキリと明言しましょう。私達が遭遇したドラコ・ニベルの正体。それはこの宇宙と同格の存在と言って良い。即ちその正体とは――『第二種知性体』です」

 ――『第二種知性体』――。

 それは前述通り、嘗て宇宙だった者。

 自我を取り戻した宇宙こそが――『第二種知性体』と言って良い。

 いや、この世界だけでなく、この宇宙の外に居る超空間の住人は全て『第二種』と言える。宇宙と言う太原を越え、超空間に身を置く者。それ等すべてを、我々は『第二種知性体』と呼ぶから。

 故に、その詳細は不明だ。未だ宇宙の外に出た事が無い人類では、彼等がどんな存在なのかはわからない。キロ・クレアブルやスタージャ・レクナムテでさえ、その生体は理解していないだろう。

 ただその存在を予期していたキロは、だから神代帝にある役目を担わせた。帝に精神世界で修業をさせ、『第二種』に対抗し得る力を得させようと図ったのだ。

 脳の処理速度を加速できる『異端者』は、そのため現実の一秒が感覚的には百秒に感じる事がある。その差を圧倒的に広げてみせたのが、神代帝という少女。彼女は現在、現世の一年が一グーゴルプレックス年ほどに感じるほど脳を加速できる。その精神世界で九千五百八十三グーゴルプレックス年修行を積み、『第二種』の侵略に備えてきたのか神代帝だ。

 ある『死界』でそれほどの暴挙を成した彼女は、その記憶と力をキロに移植された。その為この神代帝もまた前述の通りの力を有している。

 その彼女を以てしても、ドラコ・ニベルには太刀打ちできない。帝は九千五百八十三グーゴルプレックス年間、指針にしてきた目的を達せられなかった。

 ならば彼女が僅かでも悲観するのは当然で、実に真っ当な反応と言える。ただ一つ異常な点を挙げれば、それでも帝はまだ戦意を失っていない事だろう。そんな帝達に、キロは告げる。

「いえ、確かにドラコ・ニベルは『第二種知性体』でしょう。ですがわたくしの計算では、それでもわたくし達なら『彼女達』とあるていど戦える筈。存在情報が超空間にあるわたくし達なら、なんとか追い払える位は出来る筈です。では、わたくし達にそれさえさせなかったドラコ・ニベルは一体何者なのか? 恐らく彼女も――この宇宙と同じなのではないでしょうか」

「この宇宙と同じ、だと?」

 帝が眉をひそめると、スタージャが〝まさか〟といった表情になる。

「……冗談でしょ? そんな事が、ありえると?」

「いえ、これはドラコ自身が言っていた事。彼女はこう言っていました。〝わたくし達が抱いている感情は、自分も内包している〟と。つまり、彼女もこの宇宙と同じなんですよ。この宇宙の様に死にかけ、自我を失い、それを再生させようと図った。結果、彼女の世界にもわたくし達の様な存在が生まれたのではないでしょうか? 帝さんの様に長時間修行をしたヒトやスタージャの様にあらゆる経験をした者が生まれた。愛奈やわたくしの様な体験をした者も生まれ、その数はこの宇宙にも引けを取らない。その全ての存在と融合し、全く別次元の存在に生まれ変わったのがドラコ・ニベルだとしたら? 自身の宇宙の〝超越者〟クラス全てと融合して一つになり――それ以上の存在になっている。もしそんな存在がこの宇宙に居たら、わたくし達四人で対抗できるでしょうか? 答えは恐らく――ノーでしょうね」

 キロがそこまで話すと、帝は身を乗り出す。

「……つまり、あいつ一人でこの宇宙に住む〝超越者〟クラス全員分の力を有している? だから俺達四人だけじゃあいつに絶対勝てないと、あんたはそう言っているのか?」

「キロの言う通りなら、そうなるわね。要するに彼女の生態も、この世界の生物とかわらないのよ。ウイルスに侵され、ソレを克服した体はより強固な物になるでしょう? ドラコは一度死にかけた事で生態系をつくり替え、より強い存在に生まれ変わった。それこそ並みの『第二種』なら瞬殺できる位に。いえ、キロが言う融合がドラコの新生を意味しているなら、普通に合体した以上の力を有している。ドラコの言う通り単純に多人数で攻めても、彼女には勝てないかもしれないわ」

 スタージャが真顔で告げると、帝は奥歯を強く噛み締める。彼女の結論はこうだったから。

「じゃあ、四人どころかこの世界の〝超越者〟クラス総がかりでも、あいつには勝てない? あいつが余裕をかましているのは、そう確信しているからだとでも言うのか、あんた達は?」

「残念ながら、そういう事になるわね。恐らく別次元の存在に進化した彼女には、この宇宙の総力を以てしても敵わない。そう考えるのが、自然だと思う」

「………」

 更に強く、帝が奥歯を噛み締める。血が滲む程、強く。まるで絶望を噛み殺すかの様なその仕草は、実際に彼女の心境を表していた。仮にキロやスタージャの推測通りなら――自分達は絶対にドラコ・ニベルには勝てない。これは、そういう話だから。

 だが、白き聖女はしれっとした顔で口を挟む。

「でも――それじゃあ辻褄が合わないよね? 何しろドラコ自身が――〝私達でも彼女に勝てる方法がある〟と言っていたんだから。その方法を知っているのがアーギラスさんで、それは輝夜ちゃん曰く〝くそったれ〟な方法という事なんじゃない?」

「つ! そう、か。確かにそんな事を言っていやがったな、あいつ。けど、そんな方法が本当にある? 俺達四人だけで、あいつを倒せる?」

 自問する様に問い掛ける帝に、アーギラスは目を細める。

 彼女の答えは、実に遠回しだった。

「そうですね。貴女達がこれを聞けば、きっと激怒する事でしょう。なので、まず初めにドラコ・ニベルと戦ってもらい彼女の脅威を肌で感じてもらった。その後でなら、少しは私の話にも耳を貸すと思ったから」

「んん? 要するに、私の直感どおりって事スか? アーギラスさんは私達に、何かとんでもない真似をさせようとしている?」

 キョトンとした貌で、輝夜が訊いてくる。何を考えているかよくわからないその表情を前にして、アーギラスは遂に語る。究極の暴挙とも言えるその提案を――彼女は今こそ口にした。

「ええ。言葉にしてしまえば、実に簡単な話です。貴女達の次の任務は――この星に住む知的生命体を根絶する事だから」

「は……?」

 故に――神代帝はもう一度唖然としたのだ。


     ◇


「……ちょっと待て。言っている事が、まるでわからない。要するにそれって、俺達がこの星に住む全ての人間を殺す事だよな? なんで、そんな真似をしなくちゃならない――?」

「ん? 意味がわからないって、ちゃんとわかっているじゃないスか?」

「――うるせえ! ちょっとでいいからおまえは黙っていろ!」

 帝が、初めて声を荒げる。それを受け、アーギラスは嘘偽りのない事情を説明した。

「事の始まりは――私の本体である『スタージャ・ペルパポス』がその声を受信した事です。『第三種知性体』の『神』である『彼女』は、この星から発せられるその声を聞いた。その内容はこう。この宇宙に、ある脅威が近づいてきた。それを何とかする方法は、一つ。君達が選抜した五人の〝超越者〟に、運命の変動を起こさせる事。即ち――この星に居る知性体全ての運気を消し、彼女達に集中させる。七十億人に及ぶ幸運を全て消して――五人に集中させれば文字通り敵に勝てる確率が上がる。因果を修正不能なまでに狂わせ、彼女達に傾かせる以外、敵に勝つ方法は皆無だ。それだけ言い残し、声は消えました。まさかとは思いましたが、声の発信源は『ペルパポス』でも辿れなかった。その能力から察するに嘘はついていないと判断した『彼女』は、私を派遣した訳です。私に貴女達を見つけ出させ、有事に備えた。そして、実際に声が言っていた敵は現れた。ならその敵であるドラコを倒す方法も、また声の言う通りかもしれない。これは――そういう事です」

 アーギラスがそこまで説明すると、帝は愕然としながら息を止める。

「……バカげている。正気じゃない。狂っている。なんだ、それは? 余りに話がメチャクチャだろう? そんな暴挙に出る位なら、一か八かこの世界の〝超越者〟クラスを総動員した方がマシだ。おまえ達も――勿論そう考えているんだよな?」

「………」

 帝が問うと、スタージャ達は沈黙する。

 愛奈がその事を確認したのは、五秒ほど経った頃だ。

「因みにこの世界には、芹亜・テアブルや玉葱玉子、二瞳葉花達は存在している?」

「ええ、残念ながら存在しています。因みに、只の人間ではありますが貴女もこの世界には居ますよ、愛奈さん」

「……そっかー」

「では、私も訊きたい。この世界に、ソリア・メビスとザナスト・レクナムテ達は存在している?」

「いえ、ソリア・メビスは存在していますが、ザナストと白果静音は存在しません。そういう世界を、やっとの思いで見つけ出したので」

「そういう世界? ああ、そういう事、か」

 質問を投げかけていたスタージャが、何やら納得する。それでキロも、察する物があった。

「成る程。仮にアーギラスさんのプランを実行しようとすれば、必ず障害が生じますね。この世界のわたくしや愛奈達が、人類根絶の邪魔をするでしょう。根絶するならこの世界の地球では無く、別の世界の地球をターゲットにしろと言って。そんな彼女達と戦いながら事を進めれば、此方にも相応の被害が及ぶ。それを回避する為に、アーギラスさんは可能な限り障害が少ない世界を見つけ出した。それが――この世界の地球という事なのでしょう?」

「ええ。この世界には〝超越者〟クラスの力を持った〝ヒロインズ・オブ・ヒロインズ〟は居ません。神代帝と鳥海愛奈は存在していますが、二人とも凡庸な力しか持っていない。スタージャ・レクナムテとキロ・クレアブルに至っては、存在さえしていません。この世界の地球で大きな力を持っている者は――実に限られているんです」

 アーギラスが俯きながら説明すると、輝夜は両手を自身の腰に当てた。

「流石、『第三種知性体』スね。実に用意周到。伊達に人間以上の知性を持っている訳ではないス。で、あの赤パーマが十全の力になるまでどれくらい時があるんスか? あの赤パーマが十割の力になったら、もう自由に何処へでも行けるようになるんでしょう? そうなったら、私達に勝ち目はもうないって事なんじゃ?」

「そうなるでしょうね。『ペルパポス』の計算では、こう。私達に残された時間は――後十二時間です」

「十二時間」

 ソレを長いと捉えるべきか短いと捉えるべきか、それさえも定かではない。いや、ドラコの力が時間の経過と共に増していくなら、もう時間は無いと考えるべきだろう。今の〝ヒロインズ・オブ・ヒロインズ〟には、迷っている時間さえ残されていない。

 だからと言う訳ではないが――輝夜・チェスターは事もなく決断する。

「オーケー。なら、私はアーギラスさんのプランに乗るっス。この星の知的生命体を根絶して運命を変動させ、運命を味方につける。私はその手段に――全てを懸けるっス」

「な、に?」

 よって、反射的に帝は輝夜の胸元を掴む。

 彼女は真剣に、輝夜・チェスターと言う存在に疑問を覚えたから。

「ふざけるな。真正のバカか、てめえは? この女は――俺達に人を殺せって言っているんだぞ? 何の罪もない今も平和に暮らしている人達を、手に掛けろってそう言っているんだ。今日、他愛のない話で盛り上がったダチ達や、そのダチのダチ達も皆殺しにしろって言っている。昨日も、今日も笑いかけ、きっと明日も俺達に笑いかけてくれる彼奴等を、どんな貌をして殺すって言うんだ? そんな事が、許される筈が無い。そんな暴挙は、誰も認めない。そんな非道は、断じて正義とは言わない。俺は、私は、そんな事をする為に、九千五百八十三グーゴルプレックス年も修行してきた訳じゃない―――」

 それでも、努めて冷静に帝は吼える。彼女が言っている事は実に正しく、真っ当な反応だ。きっと万人が万人、一度は胸に抱く正論だろう。

 帝が言う通りこの世界の地球に住む人々の大半は善良で、何の咎も無い。生を謳歌する権利があり、これを否定する権利は誰にもない。

 その彼等の、命を奪う? 自分達の都合だけで、彼等を手に掛けると? 確かにそれは、正義と呼べる物では無いだろう。誰であろうと、ソレを大義と呼ぶ事は誤りだ。

 それでも、彼女は告げたのだ。

「そうっスね。私は今、とんでもない事をしようとしているのかも。私は人類史上最悪の真似をしようとしているのかもしれないっス。でも、私がソレをしなければ、世界は本当の意味で亡びるんス。帝さんが言うダチも、そのダチのダチも皆消えてしまう。この世界だけじゃなくあなたの世界の大切なヒト達もドラコ・ニベルに殺されてしまうんス。それを妨げる方法が一つしかないなら私は喜んで自分を悪に貶めるっス。私が手を汚すだけで、誰かを救えるなら、誰に恨まれ様が構わない。きっと一生、皆は私を恨み続けるでしょう。憎んで、憎んで、憎み抜くに違いない。でも、それだけの覚悟をしなければ、本当にこの世界は終わるんス。帝さんにとって一番辛い事はなんスか? 自分達の都合で罪のない人達を殺す事? それともこの世界全てが消えてしまう事? 一番ひどいのは私達が判断を誤った事で、世界全てが無くなってしまう事じゃないんスか?」

「………」

 ああ、そうだ。それでも、帝も、本当はわかっていた。キロ達の推測が正しく、『ペルパポス』が聞いた声が正しいとすれば、答えは一つだと。自分はただ駄々をこねているだけだと、神代帝は既に痛感していた。

「そうだね。確かに輝夜ちゃんの言う通りだよ。でも、ありがとう帝ちゃん。私達が言いたい事を言ってくれて。そして、ごめんね、輝夜ちゃん。私達が言わなければならない事を、君一人に言わせてしまって」

 鳥海愛奈が二人の間に割って入り、両者の肩に手を置く。それだけで、帝は輝夜から手を離し、歯を食いしばりながら項垂れた。

「……本当に、やるしかないんだな。俺はこの世界の神代紅音や冴木星良を、殺すしかない」

 それで、全ては終わった。或いは正当化できるその暴挙を、彼女達は正当化しないまま事に及ぶ事を誓う。

 こうして彼女達は今――本当の意味で〝最高に最低なヒロイン達〟になろうとしていた。


     ◇


 だが、最後にキロが確認する。

「本当に良いんですね、愛奈? 言っておきますが、あの手は使えませんよ? 流石に人数が多すぎますから」

「だろうね。それも承知の上だよ。でも被害をここで区切らない限り、本当に世界が終る事はドラコと戦ってみてわかった。なら、後は覚悟の問題だと思う。私は決してこの行為を正当化しないし、大義とも呼ばない。正義とも呼ばないし、理解も求めない。私達が出来る事は、もうその罪を背負う事しかないから。私達はその怨嗟をこの身に受けながら生涯苦しみ続ける。それだけがこの星の人達の為にできる、せめてもの事だから」

 続けて、キロはスタージャに目を向ける。

 彼女と目が合った瞬間、スタージャは肩をすくめた。

「愛奈さんじゃないけど、私が言いたい事は全て彼女達が代弁してくれたわ。私は帝さんも正しいと思うし、輝夜さんも正しいと思う。でも、より正しいのはやはりより多くの人々の命を守る事だと思っているのだから、救いがない。私はこういう自分の本質を初めて思い知った」

 そこまで言ってから、スタージャはガラリと話題を変える。

 彼女の冷静な部分が、今は時間が無い事を実感させ、本題に入らせていた。

「では――早速プランを立てましょう。と言っても、私達の力なら人類を絶滅させるくらい造作もないと思うのだけどこれは間違い?」

 アーギラスに問い掛けると、彼女はあろうことか、首を横に振る。

「いえ、残念ながら話はそう単純では無いんです。何故ならドラコを倒す事を目的にして人々を殺す場合、私達には力の制限が生まれるから。例えば某大陸を落そうとした場合、私達の力は某大陸の軍事力と同じになってしまうんです。簡単に言えば、そのレベルまで私達の力が低下するという事ですね」

「んん? それはつまり私達のHPやMPが、その大陸の軍事力に比例するという事? 例えばターゲットの国の軍事力が百だとすれば、私達の力も合わせて百になる。そう解釈して構わない?」

 スタージャの質問に、アーギラスは首肯する事で答える。

「そういう事ですね。その国の全兵士のHP=私達全員のHPと考えてもらって構いません。つまりこれは戦闘力を競う場では無く、戦術を競う場という事。戦力が五分である以上、そうならざるを得ないでしょう」

 そこで、帝が声を上げる。

「……なら、まずはどこかの国の核施設を押さえるべきだな。その国から核ミサイルを各国に向けて発射すれば、報復攻撃が起こる。そうなればこの星はメチャクチャになって……大半の人類は絶滅する筈だ。それが最も効率が良い手段の筈だけど、どう思う……?」

 敢えて冷静を装ったこの提案は、当然の様に受け入れられた。

「そうね。帝さんの作戦が、最も現実的だわ。但しその作戦を遂行するには、二つほど障害がある。アーギラスは、さっきこの星にキロは居ないと言っていたわね? では、この世界で楔島と鴨鹿町を治めているのは、一体誰? その人物達によっては、私達はその二つも落さなければならない」

「んー? それはその人物達なら、核ミサイルさえ無力化しそうだから?」

 愛奈が問うと、スタージャは腕を組んだ。

「ええ。基本『異端者』は、人間社会の問題に関わる事は無い。でも、地球が亡びかねない攻撃が発生し場合は、話は別でしょう。彼等は全力を以て、核ミサイルの着弾を防ぐ筈よ。なら私達は核による破壊を妨げるであろう、その人物達を倒しておく必要がある。核施設を落したあと、楔島と鴨鹿町も落す必要に迫られるかも」

 アーギラスに目を向けながら言い切ると、彼女は今度こそソノ名を口にする。

「当たりです。彼等は全世界に散布された核ミサイルを、防ぐ力を有している。楔島の支配者がエルカリス・クレアブルで、鴨鹿町の支配者が見世字壬である以上、そう考えるのが妥当でしょう」

「――エルカリスと見世字壬君? よりにもよって――あの二人ですか」

 キロが、珍しくギョッとする。その反応に驚いたのは、愛奈だけではなく帝も同じだ。

「……え? その二人って、そんなにヤバかったっけ? 確かにエルカリス・クレアブルは楔島の初代統一皇だけど、見世さんの方はそれほどでも無い筈じゃ?」

「どうでしょうね? わたくしの考えが正しければ、少し話は違うかも。何故なら今の字壬君は、本物の主人公体質だから」

「は、い?」

「いえ、その話は追々しましょう。今は核施設を落す事に、全力を費やすべきです。このゲームがどんな物か実感する為にも、先ずは全員で事に及ぶべきでしょう。わたくしはそう考えているのですが、どうしますか?」

「そうっスねー。まずは大事をとって全員で核施設を落す。で、要領を掴んだ所で戦力を分散し、楔島と鴨鹿町を同時に攻略する。時間が無いのでそれが妥当だと思うんスけど、どうスか?」

「というか――リーダーが居ないのはやっぱり不便だよね? 誰か最終的に決断するヒトとかやっぱり必要じゃない? 現に、今もこうして、話が進んでいる様で進んでいないんだし」

 愛奈がそう提案すると、他の六人は沈黙する。ぶっちゃけ、誰がリーダーに相応しいか判断がつかないからだ。それでも強いて言えば、それは彼女なのかもしれない。

「わかりました。なら、貴女がリーダーをやってください――スタージャ・レクナムテ」

「は、い? 私、が? 一体なんで?」

「貴女が、この場に居る全員の性格を把握しているからです。それは誰が適材適所か判断する材料を兼ね備えているという事。これ以上の条件が、他にありますか?」

 アーギラスが言い切ると、スタージャは眉を曇らせる。

 だがそれも一瞬の事で、彼女は即座に決意した。

「――わかった。皆がそれでいいなら、私も構わない。でもその代りに、皆――私に命を預けてもらうわよ?」

「……えっと、それは俺にも言っている?」

 今まで完全に無言だった、クイソニック・ラウザーが訊いてくる。

 が、彼は直ぐに首を横に振った。

「……いや、やっぱり答えなくて良い。ここで俺が逃げても、あんたらが失敗したらこの世界ごとドラコに殺されるんだ。なら、俺も腹を括るしかないだろうな。けど、本当に俺が仲間になって良いのか? 俺が――ドラコのスパイの可能性もあるんだぜ? あんた達の動向を探る為に、ドラコは俺を倒して仲間にしたのかも。もしそうなら、あんた達の作戦は俺に潰される事になるかもしれないぜ?」

 苦笑いを浮かべながら彼がそう言うと、キロは一考し、こう宣告した。

「なら、今の内に考えを改める事をおすすめします。ドラコは間違いなくこの世界どころか、他の超空間をも滅亡させる気ですから。アレはそう言った、破滅型の目をしていました。あなたやあなたの近親者の命だけは助けるなんて約束は、間違いなく反故にされるでしょう」

「………」

「ま、余談はここまでにして、そろそろ行動に移りましょうか。十二時間以内に某国の核施設を乗っ取り、楔島と鴨鹿町の支配者を倒す。クイソニックさんには制圧した核施設を任せたいのですが、どうでしょう?」

 けれど彼は、直ぐには答えず、ただ眉根を歪ませる。やがてクイソニックはこう結論した。

「わかった。〝神〟の誇りに懸け――その任務は全うしよう。その代り約束してもらう。あのドラコ・ニベルだけは――必ず倒すと」

 それで話は、今度こそ決まった。

 七人は一斉にその場から飛び立ち――某国に向かったのだ。


     5


 で――話は一気に進んだ。

 鳥海愛奈、キロ・クレアブル、神代帝、スタージャ・レクナムテ、輝夜・チェスター、スタージャ・アーギラス、クイソニック・ラウザーの七人は即座に作戦を決行する。

 クイソニックとアーギラスは、核施設の外で敵の援軍を急襲する役回りを担当。スタージャ達は核施設に忍び込み、これの奪取を図る。

「――と、そう意気込んだ物の、流石に簡単にはいかないみたいね」

 何せ、其処は某超大国の核施設である。七千六百五十発もの核ミサイルを有するその国は、だから当然防衛力も高い。普通に考えれば集団レベルで落せる筈もなく、実際、キロ達はその物量に舌を巻いていた。

「倒しても、倒しても、人が湧いて出てきますね。ま、ここが落され、何かの間違いが起きて核ミサイルが発射されれば世界は終わる。そう考えれば、この程度の防衛力は保持していて当然ですが」

 今も兵士達が手にした機関銃が、絶え間なく五人目がけて火を吹く。

 壁を背にしてソレを防ぐ帝達だったが、この膠着状態は既に十分程も続いていた。

「というか、何をどうすればこの施設を制圧した事になるんだ? まさか……この施設内の軍人を皆殺しにしなきゃならないって事か? そもそも、核ミサイルってこの施設から発射できるんだっけ?」

「いえ、その辺りの手続きは、大統領とその側近が行う事になるわ。様々な過程を得て、多くのパスワードを打ち込み、漸く核ミサイルの発射手続は完了する。要するに私達は大統領の身柄を押え、そこら辺の情報も得なければならないという事ね」

「うわ。面倒だねー。こんな厄介な事をやろうとか言い出したの、誰だっけ?」

「……うるせえな。おまえも、異議を唱えなかっただろうが。その時点で共犯だ」

 愛奈が手にした日本刀を、左右に振り回しながら前進する。

 それを見て、敵兵達は唖然とした。

「オーっ? ジャパニーズサムライガールっ?」

 それも当然か。何しろ彼女は――刀で機関銃の弾を全て両断しているのだから。舞う様に刀を操りながら、愛奈は確実に敵兵へと接近する。そして愛奈に敵兵の目が集中した時、ソレは起きた。

「オーっ? ニンジャガールっ?」

 帝が壁を伝って天井に駆け上がり、其処を足場にして一直線に駆け出したのだ。敵兵が天井に銃を向けた頃には、帝は地面に向けて跳躍し、敵兵達に肉薄する。拳や蹴りを以て一息で彼等の意識を断ち――このブロックの制圧に成功していた。

「って、思いのほか疲れるな。これも此方の体力が、敵軍のソレに沿っている為か」

「というか、帝ちゃん、彼等を気絶させただけでしょう? それ、意味ないよ。どうせ後で皆死んでもらうんだから」

「――わかっているよ。さっきからうるせえな。てか、理屈ではわかっていても、感情が上手くついてこないって事もあるだろう?」

 と、そういう愛奈も刀による止めはささず、倒れ伏した敵兵達を素通りする。

 意外にも、彼女は帝の言い分を肯定したから。

「だね。正直、何の恨みも無い人を殺すとか、かなり抵抗感がある。彼等が悪人なら喜んで皆殺しにするけど、今はとてもそんな気分になれない。もしかして、私達って、自分で思っている以上にとんでもない事をしているのかな?」

 帝が意識を奪いそこねた敵兵に日本刀を叩きつけながら、愛奈がぼやく。

 帝は〝今頃気付いたのか〟といった貌で唖然とした。

「……おまえも、ほとほと何処かが壊れているな? いや、それよりこのまま進軍しても、結果は目に見えているぜ? この施設を占拠した頃には、俺達の体力も尽きて気を失う筈だ。そのあと外から敵の援軍が到着したら、俺達は間違いなく拘束されちまう。それじゃあ作戦失敗で、意味をなさない。何か策は無いのか、リーダー?」

 この要請を受け、スタージャは思案し、やがて決断する。

「輝夜さん。あなたの能力って、私達が考えている通りの物で正しい?」

「そっスね。多分あっていると思うけど、それが何か?」

 言いながら、輝夜が敵兵目がけて拳銃の弾を掃射する。

 それが着弾した途端、次々と彼等の意識は途絶えていく。

「やはり私の計算だと、戦闘技術は私達の方が遥かに上。恐らくこれなら、千人がかりでも互角に持ち込めるだけの力の差はある。となれば、答えは一つね。《アーギラス。一分後にこの施設に潜入し、私達と合流して。以後は、敵の残党を掃討する事に努めちょうだい》」

 スタージャがテレパシーを送り、アーギラスに伝達する。

 そこまで話が進んだ所で、キロは〝成る程〟と頷いた。

「そういう事ですか。それは――一種の賭けですね?」

《そういう事ね。さっきも言ったけど、私も輝夜さんが動く所は初めて見るの。だから彼女の事は良くわからない。その分、私達は彼女に注意をはらう必要があると思う。でも、今の所は彼女も私達の味方という前提で話を進めましょう》

 輝夜に聞かれないよう、キロと愛奈と帝にテレパシーを送るスタージャ。

 それだけ通達してから、彼女は輝夜に指示を送った。

「ほう? それはまた、大胆な手っスね? けど、それって痛い思いをするのは私だけじゃないスか?」

「かもしれませんね。ですが、作戦が失敗すればわたくし達は拘束され、この世界は終わる。そう考えれば、リスクはみな似た様な物です」

 キロがそこまで言った時、敵の増援部隊がこのブロックへやってくる。

 彼等は一斉に銃器を構え、それをスタージャ達につきつける。あろう事か――愛奈達はその時点で武器を捨てて両手を上げ、降伏の意を示した。

 ただ一人、輝夜・チェスターを除いて。

「な、に?」

 いや、それ以上に不可解な事が起こる。バカげた事に――輝夜が自分の足を銃で撃ち抜いたのだ。それが何を意味しているか彼等にわかる筈もなく、そのため防ぎようもない。

 一つ言える事があるとすれば――この時点で帝達の体力は底をついたという事だろう。

「……と言う訳で、後は任せたわ、輝夜さん」

「――了解ス」

 そう。スタージャが考える輝夜の能力は、こうだ。彼女はドラコと交戦した時、ドラコの巨人の腕を変化させてみせた。銃の弾丸を媒介にして、それだけの偉業を成したのだ。

 つまり輝夜の能力は――物体の任意変化にある。

 彼女はあらゆる事象を――自分が考えた通りに組み替える事が出来るのだ。

 だが、いま力が抑えられた状態の輝夜では、対軍レベルでしかこの能力は使えない。その力もMPが尽きれば、使用不能になる。そして帝の考えでは、自分達が施設を制圧した頃には力尽きて意識が途絶えかねない。

 故にスタージャは――賭けに出た。

 彼女達は降伏する代わりに自分のHPとMPの全てを――輝夜に注いだのだ。

 結果、彼女は一人でこの施設の軍隊や設備と互角の力を持つようになる。その上で彼女は自分の足を撃ち抜き、存在を作り変えた。

 即ち――自分自身を巨大な弾丸に変化させたのだ。

 弾丸を媒介にして事象を改造できる輝夜は――だから天井目がけて自分を発射する。輝夜・チェスターという弾丸がこの施設を撃ち抜いた時――この施設そのものが変貌する。

 輝夜の手足の延長と化し――彼女は壁から触手を生み出して、次々敵兵達を拘束したのだ。

 その輝夜も全ての敵兵を拘束した頃には、体力が尽きる。意識こそ保っているが、彼女ももう一歩も動けない。

 だが、後の心配はする必要が無かった。この時の為に温存していた援軍が、即座に輝夜達と合流したから。戦線に加わっていなかったアーギラスは、だからまだ体力を消耗していない。

「これはまた、見事なお手並みですね」

 スタージャの指示通り一分以内に輝夜達のもとにかけつけたアーギラスは、即座に行動した。


     ◇


 結果として、件の施設はたったの一時間で陥落した。アーギラスが拘束されている敵兵の意識を断ち、完全にこの施設を乗っ取ったから。その上、体力が回復したあと彼女は謳う。

「ええ。この施設からこの国の全核ミサイルを撃てるよう、この施設を改造したっス。と言う訳で、大統領達を誘拐する必要とかなくなったスよ」

「……そうなんだ? という事は、核兵器の奪取には成功した? これで世界の滅亡に一歩近づいたという事か、俺達は? 何かこう……呆気なかったな」

「かもしれませんね。ですが、本当の戦いはこれからです。わたくし達には――楔島と鴨鹿町を陥落させる仕事が残されているから。予定通りこの施設の守りはクイソニックさんに任せるとして、後はどうしますか、リーダー?」

 意見を求められたスタージャだが、彼女は沈黙する。

 熟慮した上で、彼女はアーギラスに問うた。

「敵は――エルカリスと見世字壬さんという事よね? それ以外にわかっている事も、当然あるのでしょう? まずはその辺りの話を、聴かせてもらいたいのだけど?」

 が、アーギラスは目を泳がせる。

「それが、集めた筈のそのデータはさっき記憶から消えました。この事からして、どうも互に手の内を晒さぬ条件で戦えと例の声は言っているようです」

「へえ? というか、そもそもその声とやらは何者なんだろうね? 本当に私達の味方なのかな? いえ、その前提が崩れたら、本当にこの世界は終わりなんだけど」

 だからこそ、愛奈達はその事を深く追求してこなかった。その声が言った事は、彼女達にとっても最後の頼みの綱だから。

 加えて、これがドラコの罠とも思えない。ドラコならそんな罠などはる必要もなく、確実に自分達を皆殺しに出来る。

 とすれば、件の声とドラコの利害は相反していると考えるのが妥当だ。そう考えるしか手段がないとも言えるが、これがスタージャ達の現実だった。

「要するに、真っ向勝負するしかないという事ね。此方の戦力は私に、キロに、愛奈さんに、帝さんに、輝夜さんに、アーギラス。予定通り戦力を分けて作戦を遂行するとすれば、どう隊を分けるかが肝になる。輝夜さんと愛奈さんは、彼等について何も知らない。キロと私は、エルカリスの事も字壬さんの事もよく知っている。帝さんはあまり知らず、アーギラスはその辺りの記憶が消えた。となると、私とキロは別行動をとるべきでしょうね。敵の事がよくわかっているのは、私とキロだけなのだから。後はその下に誰をつけるか。――帝さん、あなた字壬さんとはある程度知り合いなのよね?」

 独り言の様に呟いていたスタージャが、帝に訊ねる。

 彼女は無言で頷き、スタージャはまた自己の考えに埋没した。

「では、油断を誘う為にも帝さんには鴨鹿町を担当してもらうべきかしら? 愛奈さんはそうね、キロと組んでもらって楔島に行ってもらいましょう」

「え? 何で? 『勇者』と『頂魔皇』が組むとか、普通ありえないよね?」

「ええ、そうね。でも、その方が面白そうだから」

「………」

「というより、わたくしを使ってエルカリスの油断を誘う事はできませんよ。アーギラスさんも言っていましたが、この世界にわたくしは存在しませんから。……それでも、まあ、なんとか彼の手の内を読む位の事は出来るかもしれませんが」

 座した姿勢で、中空に浮かぶキロが告げる。それを受け、スタージャは鼻で笑った。

「それで十分よ。相手はあの――エルカリス・クレアブルだもの。少しでも彼の事を知っている人間が相手にならないと、とても勝てた物じゃない」

「んん? 何? そんなにエルカリスって強いの?」

 が、キロは愛奈の言っている事を、微妙に修正する。

「〝強い〟というより、〝強か〟と言うべきでしょうね。わたくしは彼以上に悪知恵が働くニンゲンを、他に知りません」

「はぁ。それは、自分以上だって謙遜しているだけ? それとも、本気で言っている?」

 けれどキロは答えず、全く別の事を口にした。

「それに、字壬君も今の条件では十分問題と言えるでしょう。先ほども言いましたが、今の彼は度し難いほどの主人公体質なので」

 その意味を、アーギラス達に聞かせるキロ。

 やがて暫しの間みな沈黙したが、その静寂を破ったのは彼女だった。

「なら、鴨鹿町は私が担当するっス。ここは――主人公体質VS主人公体質といこうじゃないスか。どっちが本物のアイドルか――今こそ雌雄を決するときっス」

「………」

 この微妙な目的意識のズレを――帝達は敢えて放置した。


     6


「では――楔島及び鴨鹿町制圧作戦を決行します。諸君らの奮闘を期待しているから、まぁ、適当に頑張って」

「……あんたも、そこはかとなく緩いよな。俺の周りは、こんなのばかりなのか……?」

 根が真面目で神経質な帝は、そう思わざるを得ない。

 この間にも話は進み――スタージャ、帝、輝夜は鴨鹿町に赴く。

 キロ、愛奈、アーギラスは楔島へと向かい――六人は予定通り二手に分かれたのだ。


「じゃあ、そろそろエルカリス・クレアブルとやらについて詳しく聴かせてもらえるかな? 敵の事を知っておかないと、戦いようがないからね」

 アーギラスの力を使い、楔島に転移した後、愛奈が問う。息つく暇もない強行軍を行っている彼女達だが、まだその程度の話をする余裕はあった。

「そうですね。では、わたくしが知っている彼の事を話しておきましょうか」

 近代的な街に入り、近くにあった屋台に入店して、食事を始める三人。タイムリミットは十一時間を切り、だから残された時間は僅かだ。それでもキロは、情報の共有を優先した。

 故に、彼女は語り出す。遂には楔島の頂点に立った――その皇のあらましを。

 中世期に生まれたエルカリス・クレアブルとは、正に不世出の天才だった。

 不遇の立場に追い込まれた母と、死刑執行人だった父との間に生まれたのが彼だ。母は『異端者』で、或る事が切っ掛けとなり能力を使って、魔女として扱われた。

 魔女狩りが盛んにおこなわれていた、当時の事である。母も神の名において断罪される筈だったが、人間に失望した彼女は神への信仰を捨てた。唯一生き長らえる方法である死刑執行人との婚姻を選び、一命を取り留める。

 だがこの当時死刑執行人は差別の対象であり、信仰を捨て彼等と結ばれる事は死よりも辛い事とされた。その為、クレアブル一家は町から離れた辺境に住む事になる。長女であるバルゲリンが生まれ、それから数年後に母はまた身籠る事になった。

 そんな時、それは起った。

 町の中心部に――巨大な隕石が落下したのだ。

 その破壊力は凄まじく、その天災は町の住人を根絶やしにした。ただ一つの例外が、町の郊外に住む事を余儀なくされていたクレアブル家だった。皮肉にも差別されていた事が功を奏し――彼等は生き延びたのだ。

 しかも、話はそれで終わりでは無かった。隕石の落下の衝撃により、その周囲の生物の遺伝子情報が書き換えられてしまったから。その影響はまだ母の胎内で成長過程にあった、エルカリスにも及んだ。彼の遺伝子もまた書き変えられ――『異端者』さえ超えた突然変異種と化したのだ。

『平行多重人格種』と呼ばれる存在として生まれてきた彼は、生まれながらの異常者だった。生まれる前から自我を持ち、母の記憶を継承した彼は、世界の事情にも精通していた。母が如何に人間に絶望しているか知っていた彼は、その為、世界の変革を求めた。

 エルカリスは偶像としての神ではなく――実際に神足り得る力の持ち主を欲したのだ。

 彼の目的は――その実存する神に世界を治めさせる事。実存する唯一神を旗印にして全ての宗教を統一させ、その神の教義こそを絶対とする。或いは、そうすれば世界の混乱は収まり、悠久の平和を築けるかもしれない。

 そう夢想した彼は、だから世界を放浪した。自身を超える存在を見つけ出し、その人物を神に祭り上げようと図った。

 エルカリスには、一つの勝算があったから。この世は弱肉強食と言う絶対的な法則がある。ならば、自分にとっての天敵も存在する筈。その自分の天敵ならば、神と呼んでもさしつかえがないだろう。

 そう考えた彼は、自分を殺せるだけの力を持った存在を探し回る事になる。その旅は数世紀もの時間に及び、彼は行く先々で力ある者と接触した。いや、交戦に交戦を繰り返した訳だがその果てに彼は一つの結論に至ったのだ。

 即ち――自分を超える存在などこの世には存在しないと。

 未だに無敗である彼は――そう判断する他なかった。

 或いは絶望的とも言える結論だったが、彼は直ぐに考え方を変えた。不世出の天才だった彼は、そのため生物学にも精通していたから。

 つまり、神が居ないなら――自分で神をつくってしまおうと彼は考えたのである。

 この神の捜索を遥かに超えた暴挙は、しかし実行される事になる。彼は研究対象が山の様に居る、『異端者』だけが住む楔島に目をつけた。

 楔島とは――初めて『神』が降臨した島である。

 楔島の生態系を書き換え、島民達を『異端者』に変えた『神』は、そのまま彼方に消えた。だが島に残された『異端者』達はその異能を以て戦争を始め、領土争いを開始する事になる。普通の人間達と変わらないその主導権争いは数万年も続き、果てという物を知らなかった。この永遠に続くかと思われていた戦いに終止符を打ったのが、エルカリス・クレアブルである。

 彼はその超常的な力を以て、次々と国々を征服。最後に残ったドゥーク族との和睦も済ませ実質的な楔島の支配者となる。楔島の初代統一皇がここに誕生し――かの島には初めて平和という物がもたらされた。

 その一方で皇帝エルカリスは、神の創造に着手する事になる。様々な『異端者』の協力のもとその研究は続けられ、やがてその努力は実を結んだ。いや、結んだかのように思われたが、そこで全てが一変する。

 神の創造と引き換えに――エルカリス・クレアブルは没する事になったから。

 その原因は今も不明だ。暴走した神に殺されたという説もあれば、神と刺し違えたという説もある。

 一つ確かなのは、その遺体は未だ発見されてはいないという事。そのため初代楔島皇は、今も何処かで生きていると言われている。楔島に束の間の平和をもたらしたかの皇は、それだけ島民に慕われていたから。彼等は今でもエルカリスの優れた統治力を評価し、英雄と褒め称えていた。

だが、そのエルカリスも最後に一つだけ大きなミスを犯した。

 それが、後の世で謳われる〝この世で最も愚かしい後継者指名〟である。彼は万が一に備え事前に後継者を指名していたのだ。

 しかし、その人物とはよりにもよって――キロ・クレアブルだった。自分の人格の一つだったキロをエルカリスは後継者とし、後の事を託してしまったのである。

 そしてエルカリスが没し、新皇帝となったキロがした事はただの暴挙だった。

 キロは楔島を封鎖し、島民を閉じ込め、食肉や果物、野菜などを全て処分した。食を断たれた島民達に本当の意味で共食いをさせ、楔島を混乱の極みに追い込んだ。そうして楔島の生態系に圧力をかけ、自身が望んだ神を生みだそうとしたのだ。

「で――その大バカ者の分身がわたくしという訳ですね。キラ☆」

「………」

「いえ、飽くまでわたくしは、オリジナルの分身に過ぎません。わたくしがあんな暴挙にでた訳ではないので、そこら辺は間違えて欲しくはありませんね。キラ☆」

 よって、愛奈は結論する。

「つまり、そのエルカリスと言う皇様の方が、君よりよほど名君という訳だね? 私は君と言う暴君と力を合わせて、エルカリスという名君を討たなければならい訳か。フザケルナ」

 キロのプニプニしたホッペに拳をグリグリ押し当てながら、愛奈が嘯く。

 顔は笑顔だが、その殺意は本物だ。

「……いえ、待って下さい。だから違うんです。悪いのは皆わたくしのオリジナルで、わたくしは被害者なんですよ。それに、エルカリスも島民が称えるほど性格は良くありませんでしたからね。彼は神の名を以て、人を惨たらしく殺す人間が大嫌いなんです。よくそう言った人種を自分の実験材料にして、無駄に殺していました。まるで悪人が大嫌いで、一時期、殺して回っていた誰かさんみたいですよね?」

「……んん? ソレは、一体誰の事を言っているのかな? 私は、ちっともわからないや」

 自分の頬をグリグリしてきたキロに、愛奈は笑顔で答える。彼女の暴論はここに極まった。

「というか、そんな証拠がどこにあるんだろう? 証拠が無い事実と言うのは、例え事実でも事実じゃないんだよ? 少なくても、人間社会ではそうなんだ。つまり、そんな事実はどこにも無いと言う事だね」

「疑わしきは罰せず、という精神ですか。言っておきますがエルカリス相手に、そんなゆとりは通用しませんよ?」

 微妙な会話を繰り広げる『魔皇』と『勇者』だったが、やがてそれにも飽きたらしい。二人は無言で食事を続けているアーギラスに倣い、食事を再開する。真顔でラーメンをすすりながら彼方を見つめ、それからアーギラスは問うた。

「で、これからどうします? どうしたら、エルカリス・クレアブルを打倒できる早道になるでしょう? そこら辺、なにか意見とかありますか?」

「んん? それなら、一つだけ方法があるかな。このまま何もしない事だよ」

「……はい?」

「うん。そうなれば見世某とやらを倒したスタージャ達が何れ駆けつけてきて、私達の援軍になる。六人がかりでエルカリスと戦えば、少なくとも私が生き残る可能性は高まるんじゃないかな?」

「………」

 そこで〝いや、そんな事は訊いてねえよ。あんたの命なんて、どうでもいい。寧ろ、今すぐ死ね〟みたいな目をアーギラスはする。それでも彼女は、一応冷静だった。

「ま、おバカは放置するとして、キロは何か意見がある?」

「えっ? 私、いま輝夜ちゃんと同レベル扱いされたっ?」

「……あたりまえでしょう。それでは二手に分かれた意味がありません。私達は何としてもこの三人で短時間の内に、エルカリスを打倒しなければならないんです。でなければ――本当に世界は終わるから」

 と、上品に髪を掻き上げながらラーメンのスープをすすった後、愛奈は嘆息する。

「アーギラスさんは、本当に生真面目だなー。私はまるで、鏡を見ている様だよ」

「……で、何か意見は、キロ?」

 いい加減ブチ切れそうなので、愛奈を無視し始めるアーギラス。

 そんな彼女に対し、キロは一考してからこう答えた。

「そうですね。いつもならわたくし自身も楽しめる、面白おかしい作戦を立てる所です。しかし、確かに今はそれどころではありません。急を要すると言って良い。かといって、何の情報も得ずに敵地に乗り込むのも愚行でしょう。地味で目新しさもありませんが、ここは普通に情報収集するべきでしょうね。この世界のエルカリスが何者で、どんな思想を抱いているのかを探り、その側近の素性を洗う。最低でもそれだけの作業をこなした後でなければ、此方に勝ち目はないでしょう」

「んん? 君にしては、本当に堅実的な意見だね? でも仕様が無いかー。ここはあの輝夜ちゃんや帝ちゃんの覚悟を慮って、私も妥協する事にしましょう」

 そう。斯様な愛奈だが、それでもあの二人の悲痛な覚悟には感じ入る物があった。いや、愛奈は帝の人間らしさと、輝夜の非人間性を同時に評価したのだ。

 普通の人間の様に、無関係な人々を犠牲にしようとしている事に心を痛ませている帝。

 反対に輝夜は現実を直視し、例え無関係な人々でも必要とあらば殺害しようとしている。

 それはどちらも正しく、どちらも間違っている考え方だと愛奈は思う。その一方で、真っ当な人間ならその両方を天秤にかけ、苦悩する物だと彼女は知っていた。いや、既に真っ当と言えない愛奈だが、それ位はわかる。

 七十兆に及ぶ『死界』と、数億に及ぶ現世の宇宙。その全てを守る為に、自分達は七十億もの罪のない人々を殺そうとしている。それが暴挙では無いと、誰が言えよう? 切り捨てられる人々の無念や憎しみは、一体どこに向けられればいい?

 だが、どれだけ苦悩し様とも、その答えはきっと誰も出す事が出来ないだろう。いや、安易にその答えを出すという事は、彼等の命を軽んじるという事。手を下すその人物も、人間である事をやめるという事だ。少なくとも見捨てられた彼等と同じ目線に立つ事を、放棄したと言える。それは見捨てられる人々に対して、敬意を失するという最悪の背信行為だ。

 きり捨てられる人々を安易に英雄呼ばわりして、お茶を濁せとは言わない。だが、犠牲にする人々に対するせめてもの敬意だけは忘れてはならない。例えそれが究極の偽善行為で、だから万人から非難され様とも、それだけは生涯貫き通す。それを心に刻まなければ、余りに死んでいく人々が報われない。それさえ怠った時人は人で無くなり、ただの独善者に成り下がる。

 正しさを盾に人々を切り捨て――ソレを当然だと謳う人間ほど醜悪な物は無いのだから。

「そうだね。私達という〝超越者〟クラスが居ないと言う事は、それだけここは弱い立場の世界だという事。なら、私達は、やっぱり最低だよ。弱い立場の人達を切り捨てなければ、世界を守る事さえ出来ないんだから」

「そうですね。その事に弁解する余地はありません。ですが有史以来、人は家族を、恋人を、村を、町を、国を、世界をそうやって守って来たのも事実です。強者は安全圏に居て、弱者を兵隊に仕立てて戦地に送り殺し合いをさせる。為政者は自身が正義だと民衆に錯覚させ、その暴挙を正当化させて遺族の不満を中和する。それが、人の世の一面的な事実でしょう。滑稽なのは人を超越した力を持ったわたくし達でも、結局その論法に縋るしかない事です」

「うん。唯一の救いは全てが終われば、悲しむ人さえ居なくなる事かな。全ての人々を殺すという事は、そういう事だから。だから私達は非難されるどころか、裁かれる事さえ無い訳か。その罪は、私たち自身で決着をつけるしかない。私は自分の周囲の人達を見捨てないと誓ったけど、それさえ守れなかった。紛れもなくソレが私の罪であり、罰なんだと思う。でもそれも殺す側の勝手な理屈だね。これは殺される側からすれば、本当に反吐が出そうな会話でしかない。結局私達は何を語ろうと、誰にも理解されない事をしようとしている」

「………」

 この愛奈の言葉を聴いて、意外な事にアーギラスが眉根を歪ませる。

 それは何かを悔いる様な表情だったが、愛奈もキロもその事には気付かなかった。

「いえ、愚痴はここまでにしておこう。他に方法が無い以上、幾ら議論しても現実は変わらない。今はそれより、この状況を変えないと。そろそろ具体的に行動するべきだと思うけど、どうかな?」

 エルカリスの事を知っている為、一応この隊のリーダーとなっているキロに訊ねる。

 彼女は、フムと頷いた。

「ええ。この隊のリーダーはわたくしです。その事は、忘れて欲しくはありませんね。平たく言えば、わたくしが死ねと言えば貴女達は死ななければならないという事です」

「……え? それは私に、喧嘩を売っているという事?」

 再び殺伐とした空気となる『魔皇』と『勇者』――。それを横目で眺めながら、アーギラスはいい加減ラーメン屋の席を立つ。

「いいから行きますよ、二人とも。キロの提案通り、先ずは情報収集に専念しないと」

 と、彼女に促され、愛奈とキロも束の間の休息を終えていた。


     ◇


「で、また話が横道にそれますが、わたくしとしてはドラコ・ニベル関して興味が尽きませんね。彼女は今、一体どんな状態にあるのでしょう?」

「どんな状態って、そこら辺は君とスタージャが散々語っていたじゃない?」

 全ての〝超越者〟クラスと融合し、別次元の存在に進化していると仮定されるドラコ。その為この世界の全宇宙から〝超越者〟クラスを集結させても、彼女には勝てないという。

 いや、仮にその方法を試し、〝超越者〟クラスが全滅したら本当に世界は終わる。或いは、ドラコは今度こそお遊び無しで、キロ達を消しにかかるかも。そうなっては手遅れだからと言って、自分達はこの暴挙に身を投じているのだ。

 その元凶に興味を抱くのは自然な事だが、キロの場合その興味の方向性が異なる気がした。少なくとも愛奈はそう感じ、アーギラスも訝しげな表情を見せる。

「ええ。わたくしが気になるのは、ドラコの内世界です。嘗てわたくし達の様な世界を形成していた筈のドラコの宇宙は、どう変化したか? そこに住む人々は、一体どうなった? 或いはドラコと融合する事で、彼等は完全な存在と化したのではないでしょうか?」

「完全な存在、ですか?」

「はい。愛奈も言っていたでしょう? 人間は不完全な存在だと。ですが、ソレは人に限った事ではありません。食物連鎖と言う犠牲を生まなければ何者も生存できない、この世界自体が不完全と言えます。故に、人が不完全なのはソレを生みだした世界自体が不完全だからです。不完全と言う要素が欠落した完全な存在は、だから完全な存在しか生みだせない。つまり人が不完全であるという事は、逆説世界自体も不完全だと言える。それは同時に人を生みだしたとされる、完全なる神の不在証明にも繋がります。人の不完全性その物が、神の不在を証明している訳です。ま、こんな理屈は、宗教関係者は絶対納得しないでしょうが」

「そうだねー。アレだけ内輪もめで自分達の同胞を虐殺しながら、尚もそれを贖罪しない彼等だもの。そんな理屈は暴論でしかないでしょう。宗教弾圧の犠牲者より、宗教対立の犠牲者の方が数は圧倒的に多いと言うし。そんな彼等に何の天罰も下らない時点で、少なくとも万人が信じる神は居ないという事かな? 私達は私達の愚かな行いを以て神の不在を証明してきた。皮肉にも人の歴史とは、正にその為にあったとさえ言えるのかも。一部の人達がわが世の春を謳歌する一方で、地獄の様な過程を辿って死んでいく人達が居た。それを神の名のもとに行っていると言うだけで、もう正気じゃない。とても完全な存在から生み出された生き物が、する事じゃないよね? そう考えるとキロが言う通り、確かに完全な存在なんて居ないという事になる訳か」

「ええ。ですが、ドラコは違います。一度死にかけ不完全となったドラコは、今は再び完全な存在となった。そのとき彼女の内世界はどうなったのか、わたくしは知りたい。ドラコと一つになる事でこの上無い幸福を手にしたのか、それともその逆なのか。これはエルカリスも疑問に思っている事の筈。彼も薄々は自身がつくり出した神でさえ、悠久の平和を築けないと察していた筈だから」

 キロが座した姿勢で腕と足を組み、宙に浮かぶと、愛奈は首を傾げる。

「神でさえ、悠久の平和は築けない? ソレは、何故?」

「それもまた、世界が不完全な為です。確かにエルカリスなら、より完全な存在を生みだす事は出来たでしょう。ですが人が数千年ものあいだ信仰してきた神を、簡単に放棄すると思いますか? 彼等は例え真なる神が生まれ様とも、既存の神を信仰し続ける筈。宗教の統一など決して認めず、逆に更なる混乱を招くだけでしょう。その混乱を収めるには、相応の武力行使が必須です。ですがその争いが更なる憎しみの連鎖を生み、その輪は時間の経過と共に広がっていく。寧ろ神が神らしく振る舞えば振る舞うほど、他の宗教家達の反感を生むでしょう。仮に神に洗脳めいた事ができたとしても、それは人々の自由意思を捻じ曲げる行為です。とても人道的とは言えず、そして人道を重んじない神など神では無い。ま、神だからこそ人道に沿う必要が無いとも言えますが、それでは只の独裁者と変わりません。人が求める本当の幸福とはほど遠い、歪んだ世界になるだけでしょう」

「成る程。結局人間は神に頼る事なく、自分達で世界を良くしていくしかないという訳だね。神と言う部外者が口を出せば出す分だけ、話がややこしくなるという事か。確かに世界には問題が山の様にあるけど、大戦時に比べれば遥かに安定している。その安定を打ち砕きかねない神なんてお呼びじゃないと、キロはそう言っている?」

「はい。要するに、エルカリスやわたくしのオリジナルがやろうとしていた事は徒労という事です。人の世は、結局人の手によって変わっていくしかない。問題は、エルカリスが仮にその事に気付いていたとしたら、どうするかという事。或いは、わたくしやそのオリジナルと同じ結論に達しかねないという事です」

「君達と同じ結論? ……ああ、もしかして、そういう事?」

 尋常ならざる察しのよさを以て、愛奈が納得する。予めキロの最終目的を知っているアーギラスも、ただ沈黙する。キロは今、平然とその野心を口にした。

「ええ。即ちこの世界のエルカリスの目的は――〝■■の■■〟にあるのではないでしょうか?」


     ◇


 それから愛奈達三人は、楔島の住人からエルカリスとその近辺の人々の噂話を集めた。

「エルカリス皇について? いや、あの方は正に理想の皇だよ。アレほど私欲が無く、民の事を考えてくれる皇は他に居ない。楔島の外の世界は今でも争いが絶えないと聞くが、だからこそ俺はこの島に生まれてよかった。時代も丁度平和な時だし俺としては文句のつけ様がない」

 一方で少数ながら、こんな意見もある。

「エルカリス? ああ、あいつはただのクソだ。戦う事しか能が無い俺から、活躍の場を奪いやがった。少なくとも俺は生まれてくる時代を間違えたな。数百年前なら、あいつじゃなく俺こそが戦場の英雄として称えられていた筈だ。ああ、マジで平和なんてクソ食らえだ。てか、あんたら三人ともマジでマブいね。俺と一緒に――酒飲みにいかねえ?」

 で、話を総合するとこうなる。

「つまり楔島は現在税率が零パーセントで福祉も充実し、その上教育費もただ。反面、勤労と教育の推奨に余念がなく、基本真面目な楔島の住人もこの方針に従っている。ただこの環境にさえ適応できず、エルカリスに反感を抱いている人達も少なからず居る。というか、税率が零パーセントとか、どうやって財政を担っているのさ?」

「恐らく炭素をダイヤに錬成して、ソレを貿易の材料にでもしているのでしょう。奴ならその程度の事は、出来る筈ですから」

「要するに、島民の殆どが皇様の味方と言う事だね。その名君を、私達は討たなければならない訳かー。……誰かこの役、かわってくれないかな?」

 愛奈がボヤくと、キロは鼻で笑う。

「相変わらず悪人に恨まれる事は厭わないのに、善人に嫌われる事は嫌がるのですね貴女は。偶には、善人にも悪人にも等しく恨みを買っているわたくしを見習って欲しい物です」

「そうだねー。君のその図太い神経には、正直敬服するよ。でも同族である筈の悪人にさえ見放されている『魔皇』って、その時点で詰んでない?」

 しかしキロは返答せず、かわりにアーギラスが口を開く。

「というより、エルカリスの弱点になりそうな話は一切聴けませんでしたね。島民はその事を知らないのか、それとも知っていても当然の様に話す気がないのか。どっちとも言えない話ですが、これでは情報収集になりません。いっその事、裏でエルカリスがやろうとしている事を暴露し、暴動でも起こさせますか?」

 が、キロは首を横に振る。

「民衆に、皇であるエルカリスを襲撃させる訳ですか。悪趣味で面白いとは思いますが、証拠が足りません。わたくしの考えは飽くまで推論にすぎず、裏付ける物は何も無い。それに、問題はもう一つあります。二人も既に気付いていると思いますが――わたくし達はさっきからつけられていますよね。それは、何故だと思います?」

「んん? それはもちろん私が美人でつつましくて、世の男性達が放っておかないからじゃない? 要は、俗に言うストーキングってやつ?」

「本当に、偶に輝夜さん並みにおめでたくなりますね、貴女は。恐らくですが――エルカリスは既にわたくし達の目的に気付いています。その為わたくし達を部下に見つけさせ、マークし始めたと言った所でしょう」

「……エルカリスが、私達の目的に気付いている? なぜこの段階で、そんな事を察する事が出来ると言うのです?」

 アーギラスの言う通り、キロ達はまだエルカリスに害意を示した事が無い。言わば不意打ちが可能な状況で、それを標的であるエルカリスが察知する材料は無い筈。アーギラスとしてはそう考える他ないのだが、愛奈は〝成る程〟と頷いた。

「そっか。エルカリスも、自分の立場は良くわかっているという事だね? 彼はこの世界が危機に瀕した時、ソレを防げる事ができる数少ないニンゲンだと自覚している。だから世界情勢について、常に探りを入れてきた。第一に注目していたのが、各国の核施設と言う訳か。どこかのテロリストが核施設を襲撃して、世界を危機に陥れるかもしれない。そのとき先手をうてる様に、全ての核施設の監視を部下に命じていた。即ち、エルカリスはその部下を通じて――私達が核施設を襲撃した事を知った訳だ?」

「ええ。そして襲撃者の数が七人という少数である事から、その犯人達が人間では無い事も察した。その事から逆算し、自分の事を知っていると考えたエルカリスは犯人達の次の目的も見抜いた。この世界を守れるであろう自分の暗殺を、犯人達は実行しようとしていると判断した訳です。わたくし達がこうしてマークされているのは、その為」

 つまり、愛奈達はもうエルカリスを不意打ちできない。逆に万全の態勢で彼は彼女達を、迎撃するだろう。そう理解した時、アーギラスは息を呑む。

「……此方の最大の強みを、潰された訳ですか。だとしたら、成る程、さすがはエルカリス・クレアブルと言った所ですね。問題はそんな不利な立場に追いやられた私達が、どうするかという事。ここは一旦別の場所に転移して、尾行をまきますか?」

 リーダーに指示を仰ぐと、彼女はフムと頷く。

「それも手ですが、わたくしとしては誰がわたくし達を尾行しているか興味があります。その人物を捕え、情報を引き出すというのもアリかもしれません」

 だが、そこで事態が動く。

 キロ達がそこまで話を進めた所で――その尾行者が三人に近づいてきたのだ。

 フードを目深に被ったその人物は、三人に接触をすると開口一番こう告げた。

「これは驚いた。遠くから見ただけで美人である事はわかっていたけど、近くで見た方が更に美人に見える。これは今まで私が口説いてきた美女達の中でも、五本の指に入るかな」

「――ほう? 成る程。そうきましたか。ですが普通チェスをする時、その駒を最初に動かす事はできませんよ?」

 キロがそう口にすると、アーギラスは全てを理解する。

「――まさ、か?」

「うん。お初にお目にかかるね。私がこの島の皇帝――エルカリス・クレアブルだよ」

 敵は初手で――動かせない筈のキングを動かしてきた。


     ◇


「という訳で――先ずは君達と話がしたい。人気が無い場所に移動したいのだけど、どうだろう? 君達もその方が、好都合じゃないかな?」

「………」

 アーギラスがキロに目を向けると、彼女は頷く。

「いいでしょう。ですが、場所は私達が決めます。それでも構わない?」

 エルカリスと思しき青年は事もなく了承し、その時点でアーギラス達四人は転移する。楔島から一万キロ離れた孤島に移動し、そこまできたとき彼はフードつきのマントを脱いだ。

 それは青い髪をポニーテールで纏めた、絶世の美男子だった。

 服は清王朝期の礼服を彷彿とさせ、キロの服を連想させる。

 西洋人でありながら中華圏の服を纏う彼は、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「しかし、見れば見るほど綺麗だね、君達は。これは社交辞令でも何でもないのだけど、いっそ私の嫁にならない?」

「………」

 愛奈が無言でキロに視線を送ると、彼女は瞳を閉じる。

「ええ。奴はこういう男です。世界を放浪していた時から、病的と言える数の女性と関係を持っていた。彼としては〝或いは、自分の子供なら神と言える存在として生まれてくるかも〟と言って正当化していましたがね。女性の目から見れば――ただの最低野郎です」

「ほう? その事を知っているとは。やはり君達はただ者じゃないね。というかぶっちゃけ、君達は別世界の住人なのでは? 特にその黒い子は、別世界で私の近親者になっているんじゃないかな?」

「へえ? 何故そう思うのです?」

 が、自称エルカリスは答えず、別の事を言い出す。

「それで――どうして君達は世界を滅ぼすつもりなのかな? 取り敢えず、私の興味はそこにあるのだけど?」

 やはりエルカリスは自分達の目的を見抜いていると知り、アーギラスは警戒する。愛奈はなぜかニヤけて、キロは珍しく表情を完全に消した。

「そうですね。貴方の事ですから、もしかすると全てを正直に話せばわかってくれるかもしれません。貴方はそういう、歪んだヒトだから」

 故に、キロは全てを語り出す。自分達の事や、ドラコ・ニベルという少女の事も詳しく。そのドラコに勝つ手段は世界を滅亡させる事だけだと告げ、あろう事か彼にこう要求した。

「と言う訳で――多くの世界を救う為に死んで頂けませんか、エルカリス・クレアブル?」

「成る程。これで全ての謎は解けた」

 キロはやはり無表情で、エルカリスは満面の笑みを浮かべる。

 反対に彼は、キロにこう要請する。

「では、そのドラコ・ニベルとやらがどこに居るか教えてもらいたい。後の事は全て――私が彼女と交渉して決めるから」

「……あなたが、ドラコと交渉? 一体、なにをどう話し合うと言うのです? いえ、私達でもこの様だと言うのに、あなたに一体なにが出来ると?」

 が、エルカリスはキョトンとした貌で、逆に質問する。

「では訊くけど――そもそも君達はドラコの目的を把握している?」

「………」

 そう言えば、自分達はそんな基本的な事さえまだ知らない。キロは全ての超空間を滅ぼす事だと言っていたが、ソレは彼女の心証にすぎない。ドラコの口から事実を聞いた訳では無いのだ、〝ヒロインズ・オブ・ヒロインズ〟は。

「ではあなたは、ドラコがこの世界の為になる様な真似をするとでも言うのですか? あの彼女が、そんな事をすると本気で言っている?」

「それは、私にも断言はできない。けど、そうなるよう交渉する事はできるかも。話し合いは大事だよ、君達。例え最終的に殺し合うとしても、最初に交渉をしておくと、ソレはまた別の意味合いを持つ。コネを得る事で、和睦の道も開けてくるんだな。少なくとも問答無用で殺し合い、憎しみを増幅させてから和睦するのは困難だろう。それなら初めからルールを定め、そのルールに沿った勝敗のつけ方を決めるべきだ。それなら例え負けても被害は最小限で済む。ま、絶対とは言い切れないけど、何もしないよりは良いと思わない?」

「………」

 この男は、本気で言っているのだろうか? 先刻からアーギラスは、そう疑問を抱くばかりだ。本音を掴ませない強かさの様な物を、彼女はエルカリスから感じ取った。

 しかし、キロは鼻で笑う。

「そう。やはり貴方の目的はそうなのね? だとしたら、貴方はやはりわたくし達の敵です」

「んん? 何でそういう事になるのかな?」

 エルカリスが惚けると、キロは鋭い眼差しを彼に向ける。

「わたくしには、貴方の目的が見え見えだからです。常人ならば、ただこの星を守る為にわたくし達の暴挙を止めるでしょう。ですが、貴方は違う。この星どころか世界全ての安息を求めている貴方は、とんでもない真似をしようとしている。貴方は――この世界をドラコと融合させる気ではないのですか?」

「……なん、ですって? この世界を……ドラコと融合?」

 アーギラスが愕然とすると、初めて愛奈が口を開いた。

「そっか。キロが危惧したとおりという事だね。このヒトの目的は――〝世界を完成〟させる事。ドラコの様に世界が一つになれば誰も苦しむ事が無く、誰も非業な死を遂げる事も無い。本当の意味で世界は平等となり、誰もが同じ感覚と感情を共有する事になる。神でさえ世界を平和に導けないなら、世界を完成させて全てを統一すれば良い。それがキロの結論であり、エルカリスの結論でもある。そうでもしなければ――この世界は絶対に纏まらないから」

 愛奈が笑みを浮かべながら敵意を向けると、エルカリスもやはり微笑む。

「そういう事だね。私の見解だと人は『第四種知性体』を生みだす為だけに存在している。故にソレを生みだす為に各国は競争を続け、文明を発展させ続けるしかない。この法則がある限り世界が一つに纏まる事は無いんだ。神でも世界を統一出来ないのは、その為でもあってね。人間は人間である限り何かと争い、本当の意味でわかり合う事は無いんだよ。そうなると私は少し考え方を変えなければならない。超越者でも世界を悪い方向にしか変えられないなら、ここは超自然的技法を持ち出すだけ。世界を元の一つの完全な形に回帰させ、差別も、貧困も、虐殺も無い世界にする。世界が不完全になった所為で人もまた不完全なら、世界を完成させる事で人を完成させるしかない。それが私の目的であり、世界が求めている唯一無二の救済だ。いや、そう思索していた時期もあったんだけど、今の世は不幸な人間より幸福な人間の方が多い。その彼等のささやかな幸せを踏みにじってまで、世界を変える必要はないと思っていた。けど、君達の話を聴いて気が変わったよ。全ての世界を救うにはドラコ・ニベルと融合し――世界を完成させるしかないんじゃないかな?」

 エルカリスがそこまで口にすると、アーギラスも彼に敵意を向ける。

「でも、それは『第三種知性体』の端末である私でさえ知らない世界です。この世界にどんな影響を与えるか、わかった物じゃない。下手をすれば、地獄以上の地獄をもたらすかもしれないのですよ、世界の完成は――」

「でも、君達『第三種』は世界の完成だけをユメ見て存在してきたんだろ? 七十兆もの宇宙を『死界』に変えてきたのは、この宇宙の自我を取り戻す為なんだから。なら、結局は同じ事なのでは? 自我がこの世界の物からドラコに変わるだけの話だ。全ての世界を救うと言うなら、それ以外方法は無いんじゃないかな? そう。君はさっき多くの世界を救う為に、私に死ねと言った。けどその多くの世界の中に、私の世界は含まれてはいない。君達がもたらそうとしている救済は、私の世界を除外した物だ。対してもしドラコとの融合に成功したなら、何者も犠牲にする事なく私達は完全な存在になれる。勿論その先に何が待っているかは、ドラコ以外誰にもわからない。けど言っただろう? 第一に重視するべき事は話し合う事だと。まあ、向こうが問答無用で私を殺すケースもあるけど、それはそれだけの事だね。君達にとっては私と言う邪魔者が消えて、万々歳と言った所じゃないかな? それでも私には――ドラコと交渉する権利すらない?」

 と、キロの反応は早く、彼女は首を横に振る。

「ええ。わたくし達にはドラコと融合する意思はありませんから。全ての宇宙を危険に晒す位なら、わたくし達はたった一つの惑星の住民を皆殺しにする道を選びます。故に、前言は撤回しましょう。この暴挙を止め、己の正義を示すと言うなら、全身全霊を以てわたくし達に抗いなさい――エルカリス・クレアブル」

「――上等――」

 このキロの宣戦布告が――戦闘開始の合図となった。

 エルカリスは一息で百メートル程後退し、まず愛奈が間合いを詰める。彼女の手には、一振りの日本刀があった。

 自身の【オーラ】を変化して生みだしたソレは、だから愛奈と同様の硬度を誇る。比喩なくこの世界の全てを斬り裂くソレを、愛奈は一息で薙ぎ切った。

 標的であるエルカリスは、まずその戦闘技術に感嘆する。

(見かけどおりの歳だとしたら――大した才能。私をも超えているかもしれないね、これは)

 ソレを紙一重で躱しながら、エルカリスは尚も後退する。アーギラスも愛奈を援護するため地を蹴り、キロは後方支援に徹する。

(というより、なぜ逃げない? 確かに私達三人の戦闘能力は、彼と拮抗する所まで落ちている。けれど、戦闘技術は別。例え腕力が互角でも戦闘技術が上なら私達は彼を圧倒できる筈。だというのに逃げに転じないという事は、よほど自分の力量に自信がある?)

 アーギラスがそう読む中、キロは眉をひそめる。自分達は何か重大な間違いを犯している様な気がして、掲げようとしていた手を止めた。

 その時――エルカリスは宣言する。

「では――さっさと勝負を決めてしまおうかな」

 瞬間――エルカリスの力が常軌を逸してはね上がる。いや、そう認識した時にはアーギラスの腹部に彼の蹴りが決まっていた。

「ぐふぅッ……?」

「――不味い。今は退きますよ、二人とも」

 たったそれだけで、キロはそう決断する。

 未だアーギラスは、致命傷を負っていない。その時点で、撤退する? 皇が一人になったこの好機を、逃すと言うのか? いや――そんな事は、出来る筈がない。

 故にアーギラスはキロに従わず、蹴りを入れられながらも反撃しようとする。それを鮮やかにエルカリスは回避し、気が付けばアーギラスの顎には彼の拳が決まっていた。

「……やれやれ。気持ちがわかりますが、今は対策を練る方が先です」

 よってキロは、強制的に愛奈とアーギラスを転移させようとする。

 だが、それにアーギラスは待ったをかけた。

「――二人は行ってください! 私はその間に彼と戦い、彼を足止めしておきますから! ええ。頼むから……私が殺される前に戻ってきてくださいよ!」

 そこまで聴いてから、キロは愛奈を連れこの場から転移する。

 エルカリスを討つ機会を維持したまま――キロ達は一旦戦略的撤退を余儀なくされた。


     ◇


 その頃スタージャ達はというと、鴨鹿町から五キロ離れた街で食事をとる最中にあった。

「というか、キロさんは本当に大丈夫なんスかね?」

「はぁ? 大丈夫と言うと?」

 スープカレーを食しながら帝が眉をひそめると、輝夜はパンをかじりながら答える。

「いや、スタージャさんの話だとキロさんはエルカリスの身内みたいなものなんでしょう? そのエルカリス相手に、本気で殺し合う事ができるんスか? 或いは、スタージャさんは致命的なキャスティングミスをしたのでは?」

「つまり、楔島はスタージャが担当するべきだったという事か? 成る程。一理あるな。それ以上に、おまえが論理的な事を言い出す様はムカつくが」

 帝がしれっと言うと、輝夜は苦笑いを浮かべる。

「本当に私、帝さんに嫌われているんスね。そんな帝さんと組まされている私とか、どれだけ不幸なんスか? 今からでも遅くはないスよ、リーダー。愛奈さんと帝さんをトレードして、スタージャさんとキロさんをトレードするべきでは?」

 ソレを聴き、この隊のリーダーであるスタージャは一考する。

「それも輝夜さんの、アイドルとしての野生の勘?」

 いや、アイドルと野生にあまり接点は無い気がするが、スタージャは気にしない。彼女としては、建設的な意見が出るのは大歓迎だから。

「でも、そうね。私としては寧ろこの役は、キロが適任だと思う。彼女なら、どうすればエルカリスに最良の幕引きをさせる事ができるか知っている筈だから」

「はぁ。そういう物スかね?」

「ええ。そういう物よ。それより輝夜さんには、鴨鹿町と字壬さんの事を話しておかないと。まず鴨鹿町についてだけど、その概要はこう」

 よってスタージャも、キロの様に語り出す。鴨鹿町という、『異端者』で形成された特異な町の事を。

 その発端は、数世紀前の事。橋間遠麒という青年が開祖となって形成されたその村は、『異端者』の避難所の様な物だった。

 まれに只の人から、『異端者』が生まれていた時代の事である。中世期にあって彼等は、正に周囲の人々とは違った異物だった。故にその多くが迫害を受け、差別の対象となっていた。そんな彼等のもとを訪ね、故郷の村から引き取っていったのが橋間遠麒である。

 橋間遠麒は島原の乱に参戦して、多くの仲間を失った孤児だ。その頃キリシタンは人間扱いされず、厳しい弾圧の対象となっていた。幼い頃に、自分と親しかった人々の死に様を全て目撃した彼は、だから差別を憎んだ。

『異端者』にキリシタンの面影を見た彼は『異端者』だけの村を形成し、彼等の受け皿としたのだ。

その一つが、当時はまだ鴨鹿村と呼ばれていた集落である。村としての形を成してから数世紀ほどは平凡だったその村は、やがて一つの転機を迎える。

 詳しい経緯は伏せるが、或る時一人の傑出した王が鴨鹿村に誕生したのだ。

 かの王は強く、多くの妻を持ち、多くの子を授かった。自身に呪いをかけた『悪魔』と対峙してその宿願を果たし、彼の立場は盤石の物となる。

 だがその王――鹿摩帝寧は結果として村を三つに割る事になった。

 彼に拮抗するほど強く、聡明な二人の人物が鴨鹿村に流れ着いた為である。

 その一人が後に帝寧の妻となる――鹿摩詠吏。

 もう一人が橋間遠麒と結ばれる事になる――橋間言予。

 帝寧が王でなければ、間違いなくこの二人は鴨鹿村の王座を完全に簒奪していただろう。鴨鹿村の正当な王は途絶え、二人の異人によって支配されていた筈だ。その最悪の事態を妨げただけで帝寧の功績は大きいと、後の世では言われている。逆説的には当時帝寧が王でなければ鴨鹿村の実権は完全によそ者に握れていたという事だ。

 以後、鴨鹿村は、中世期の終わりに大戦を迎える事になる。エルカリス・クレアブルが没した後、楔島の皇位を継承したキロ・クレアブルが宣戦布告してきたから。

 全ての『異端者』を支配下に置き、彼等を実験動物にしようとしたキロは戦争を開始。

 第一次鴨鹿町大戦は幕を開き、多くの犠牲を生んだ末、鴨鹿村は外敵を退けた。

 だが名称が鴨鹿町に変わった後も、キロとの戦いは継続。一万もの『異端者』が動員され、町長に匹敵するレベルの能力者が侵攻した事もあった。後の世で言う、第二次鴨鹿町大戦である。それさえも勝利した鴨鹿町だったが、ここでも多くの血が流れた。

 やがて、キロとその友人達による町長抹殺作戦が発動。第三次鴨鹿町大戦が開始され、町長達は自身の敗北を認めながらも、外敵を追い払う。

 そして、その果てに運命の時は訪れた。

 鹿摩詠吏の正体とはエルカリス・クレアブルの姉、バルゲリン・クレアブルである。

 弟同様神を求めていた彼女だったが、彼女の目的は弟とは微妙に違っていた。エルカリスは神となる第三者を探し出そうとしたが、詠吏は自身が神になる道を模索したのだ。はじめその思想を否定していた帝寧だったが、やがて彼も詠吏と同調する事になる。

 ある夜、神となる手段を整えた彼等は、その術を施行しようとした。だが、神が人の為にならないという結論に達した橋間言予は彼等と対立。

 鹿摩家と橋間家は遂に決裂し、町を二分した大戦を引き起こす事になる。第四次鴨鹿町大戦が始まり、ここでも多くの死者を生んだ。

 橋間家は娘夫婦を失い、鹿摩家に至っては二人の当主が死に追いやられる事になる。

 かくして栄華を誇った鹿摩家は没落し、橋間家もかつての勢いを失った。

 この様に――鴨鹿町の内紛は多くの不幸しか生まなかったのである。

「と、これが私の世界の鴨鹿町の概要ね。この様に鴨鹿町は多くの戦争を経験した、この国最大の権威を持つ『異端者』達の大国なの」

「……成る程。で、今その町のトップに立っているのが――見世字壬という訳スか? というか、今の説明では見世家の見の字も出て無かったスよね? 本当にそのヒト、ヤバイやつなんスか? 実は、鹿摩家あたりの下男なんじゃ?」

 輝夜はなにげなく指摘するが、スタージャは困った様な笑みを浮かべる。

「さすが、野生の勘を持ったアイドル。当たらずとも遠からずと言った所ね。そう。見世家はもともと鹿摩家の守護を目的とした、鹿摩家の家臣だったの」

 ついでスタージャは、見世家についても語り出す。かの家の変遷を、彼女は説明した。

 スタージャの言う通り、見世家は鹿摩家の守護を目的とした家柄だ。ただその中でも傑出した能力を持っていた者が居た。鹿摩帝寧とも互角に渡り合える見世往呼は、帝寧の親友という立場だった。

だが、この二人はやがてある事件に巻き込まれ、袂を分かつ事になる。その後、見世家を継いだのが、往呼の養子である見世那千だ。

 彼は橋間言予と少なからず縁があり、彼女に弟子入りして暫く見世家から離れた。だが、遠麒が没してからヒトが変わり始めた言予に反発し、当主を失った見世家を継ぐ。

 往呼と異なり彼は凡庸だったが、彼はそんな自分の力量を心得ていた。そのため堅実で、着実に仕事をこなすタイプと言える。

 見世家に転機が訪れたのは――それから百数十年後の事だ。

 或る夜、鹿摩宅に賊が忍び込んだ。賊はなんと、警備が厳重な帝寧の寝所まで押し入ったと言う。だが、帝寧の寝顔を見ただけで賊は彼の暗殺を諦めたらしい。それどころか賊は鴨鹿町に亡命し、自分に国を一つ与えてくれとさえ帝寧にかけあった。

 この暴論は、けれどある思惑から了承され、賊は一夜にしてある派閥の皇となる。賊は見世家の養女となり、見世夜那と名を変え、見世家の初代党首として君臨した。

 見世家は鹿摩家から独立し――遂に一派閥へと立場を変えたのだ。

 だが、それでも見世家は鹿摩家や橋間家に比べれば、特異な存在だった。見世家の住民は、他の二派閥とは事情が違っていたから。

 見世家の住人とはそのほとんどが――楔島のニンゲンだったのだ。

 楔島の捕虜が帰化して、鴨鹿町の住人になる事がある。だが、敵だった彼等は当然他の町民から色眼鏡で見られる事になる。或いは差別の対象になる事もあったが、それに心を痛めていたのが帝寧だった。

 故に帝寧は楔島の住人だけで一派閥をつくり――彼等の保護に努めたのだ。

 その皇となったのが見世夜那で、だから彼女が率いる見世派は弱い立場にあった。彼女自身もまた楔島の刺客という経歴の持ち主だった為、見世派には偏見の目が向けられた。

 けれど、その偏見も夜那達の第二次鴨鹿町大戦の活躍により緩む事になる。見世派は漸く鴨鹿町という居場所を勝ち取り、束の間の安らぎを得る事となった。

 見世字壬という孫も生まれ、益々見世家は盤石となったのだが、その時事件は起こった。

 字壬とは、幼少の頃から波乱万丈な日々を送ってきた少年だ。第二次鴨鹿町大戦の参戦が全ての始まりで、あるメイドのとの出会いが彼の人生を決定づけた。

 見世家元当主との小競り合いに、言予との諍い。宇宙人との遭遇に暗黒聖女との戦い。『宇宙皇』との出会いに、その暗殺を企てる少女との邂逅。

 この様に幼少期の時点で、彼の人生は苦難に満ちている。その中で最も悲劇的だったのが、或る夜の出来事だ。

 詳しい説明は省くが、そこで彼の祖母である見世夜那が没したのだ。字壬も記憶を奪われ、只の人間として町から放逐される事になる。

 十二歳から十七歳まで一般人として生活していた彼だったが、またも転機は訪れた。鹿摩家と橋間家の争いが鴨鹿町の弱体化に繋がり、その防衛力もまた低下したのだ。

 そのため字壬は鴨鹿町に呼び戻され、記憶と力を回復して、第五次鴨鹿町大戦に参加。宿敵と言うべきキロ・クレアブルと相対し、激戦を繰り広げる事になる。

 スタージャの目から見れば、正にその活躍は主人公の立ち位置と言えた。

「……って、思いのほか長かったっスね? できれば長くても、三分以内に纏めて欲しかったス。だというのに、もう三十分は経っているスよ?」

「いえ、それは盛りすぎでしょう。良い所、十分と言った所よ」

 素知らぬ顔でスタージャは抗弁し、帝は帝で嘆息する。

「……だったな。俺が修行を始めたのは高校を卒業してからだったから、それまでは割と平凡な毎日を送っていたよ。だというのに、見世さんときたら、ガキの頃からこうなんだぜ? 正直、笑える様で笑えない半生だよな」

「そスね。それこそ本にしたら、二十冊ぐらいは出せそうな人生を送っていそうス。確かにキロさんが言う通り、かのヒトは主人公体質みたいスね」

 カレー屋を出て鴨鹿町に向かう途中、そんな会話を交わす。スタージャはここからが本題だと言った様子で、部下二人を見た。

「で――帝さんは字壬さんの知り合いなのよね? 帝さんは幼い頃、ある事が切っ掛けで多額の慰謝料を払わなくてはならなくなった。その為、齢十歳で白波町の町内安全保障局に入る事を決意したあなたは、その門を叩いた。でも案の定年齢が年齢だったばかりに、あなたは追い払われそうになった。その時あなたに口添えしてくれたのが、彼等だったのでしょう? 当時の時点で既に見世派町保の局員だったが字壬さん達が噂を聞きつけ、白波町を訪れたから」

「……って、マジであんた何者だ? なんでそんな事まで知っている? そういえばあんた、例の国の核施設の場所も把握していたよな? 普通あの手の施設は、極秘中の極秘だろ? よくその位置を――正確に掴めたな?」

 今更ながら、そんな事を訊いてみる。スタージャは少し考えてから、こう答えた。

「そうね。じゃあ、私もここで種明かしをしましょう。あなた達にとっては、気持ち悪い話かもしれないけど――私はあなた達だった事もあるの」

「……俺達だった事もある?」

 そう。スタージャ・レクナムテの人生は、壮絶の極みだ。この世で最も幸福なのが彼女で、この世で最も不幸なのが彼女と言える。

 何故なら彼女は――現存する全ての知性体の人生を体験しているから。地球人や宇宙人に『第三種』に至るまで、産まれてから死ぬまでの人生を彼女は知っている。その全ての知識と感覚を、彼女はある事が切っ掛けで理解するハメになった。

 しかも、その回数は一度や二度では無く――七十兆回に及ぶ。彼女は『死界』で起きた全ての出来事を、その脳に叩き込まれたのだ。

 故に彼女は人を殴りながら人に殴られ、人を殺しながら人に殺され、人を愛しながら人を憎み続けた。常人ならば気が狂うであろうこの二律背反をその身に刻んだ末、彼女は漸く行き着いたのだ。この世界の死そのものである――ビッグバンに。あらゆる者の生と、あらゆる者の死を見続けた結果がソレだった。

「……嘘、だろ? じゃあ、あんたに知らない事は無いって事か? 今そこを通ったОLやサラリーマンの事も、あんたは知っている……?」

「簡単に言えば、そう。もっとも、数が数だから忘れている事が大半なのよね。よほど印象に残っていないと、殆どの人の事は思い出そうとしない限り、思い出せない。その点で言えば、帝さんや愛奈さんやキロや輝夜さんの事はよく知っている。あなた達はそれだけ、記憶に残る人生だったから」

「………」

 スタージャは平然と告げるが、ソレはただの地獄だと帝は思う。世の中には常軌を逸した過程を得て死んでいった人間も多くいるのだ。その全ての経験を、彼女は七十兆回も繰り返したと言う。

 殺されてはまた一から人生をやり直し、また同じ惨たらしい死に方をする。その一点だけでも、万人が恐怖するべき体験だろう。いや――全ての人間が絶対に拒絶するであろう、忌むべき経験の筈だ。帝は、だから今この少女の正気を心底から疑う。

「……俺もアレな人生を送っているとは自覚していたけど、あんたは桁が違う。あんた、実はとうの昔に狂っているんじゃ……?」

「かもしれないわね。だからこそ、私はこんな暴挙に手を染めようとしているのかも。でも、本当の所はもう私にもわからないわ。私の常識が他人にとっては非常識かもしれないけど、その判断さえつかない。私は既に、他人と自分の違いさえ見分けがつかないの。何故って――私は間違いなくあなた達でもあったのだから。その反面、帝さんの気持ちはわかるつもりよ。あなたは今、必死に気持ちを切り替えようとしている事も感じ取れる。いえ、これは逆効果ね。私が何かを言う事で、反対に帝さんの決意を揺るがす事もあるのだから」

「かもな。いや、俺の考え方は実にシンプルだよ。俺は結局、自分の事しか考えていない。俺はただ自分の世界の親しいニンゲンさえ、守れれば良いと思っているんだから。他の世界の親友達より、自分の世界の親友達を俺は心底から優先している。その時点で俺は誰もが認めるクズ野郎だ。いや、こんな事を口走っている時点で、俺は悲劇のヒロインを気取った自己陶酔野郎なんだろうな」

 つまり、帝は最早何も語る気は無いという事だ。どう弁明しようと、どう説明しようと、自分は誰にも許されない事をしようとしているのだから。だが、彼女は悪魔の様に語る。

「でも、ソレを理由にその親友達から逃げるのはただの卑怯スよ。彼女達に笑顔を見せなくなっただけで、その親友達は不審がるっスから。ましてや自ら死を選べば、その親友達は生涯あなたの死を引きずる事になる。例え今日、耐え難い罪を背負おうとも、その罪と生涯向き合う事が唯一の罪滅ぼしっス。死と言うのはこの場合、あなたにとってはただのこの上ない逃げ道であり、救済なんスから」

「………」

 それは余りに、辛辣な指摘だった。生きる資格のない者に、生きる事で罪を償わせるほど過酷な事はないのだから。ソレをしろと、輝夜・チェスターは口にしたのだ。

「……本当に一々ムカつく野郎だ。行く先々で俺の先回りをして、俺の逃げ道を潰しやがる。本当にどんな人生を歩んでいたら、こんな大バカ野郎になるんだろうな……?」

 半ば呆れながら帝が問うと、輝夜は真顔で腕を組む。

「そっスね。そこら辺は――内緒っス。聞いたら絶対、ドン引きするから。スタージャさんも秘密にしておいてくださいよ?」

 が、スタージャは答えず、苦笑いを浮かべるだけ。それから彼女は、本題に戻った。

「で、そういう訳だから私は字壬さんの事も知っているの。ただ、彼に関する情報も膨大だから、この世界の彼がどんな彼だったかは私にもわからない。それを聴く前にアーギラスの記憶が消えてしまったから確認できなかった。という訳で、まずはこの世界の字壬さんが何者か調べる必要があるわ。その為のスパイが、字壬さんの知り合いである帝さんと言うわけ。と、輝夜さんにも、ついていってもらおうかしら? 輝夜さんの目から見た字壬さん達というのも、興味があるし」

「はぁ。それは構わないんスけど、一つ疑問が。鴨鹿町を仕切っているという事は、字壬さんというのは相当の実力者という事スよね? つまり、世界の滅亡を妨げる事が出来るという自信を持っている可能性がある。その場合、私なら世界の危機に対応する為、色々準備する筈なんスよ。例えば各国の核施設を見張らせて、異常がないか確認するとか。もしそうなら、私等の姿もその監視者によって見られている可能性があるんじゃ? だとすると、私達をスパイに行かせるのはただの自殺行為だと思うんスよ。そこん所はどう考えているんスか、リーダーは?」

 正しくソレは、キロや愛奈と同じ見解だ。この輝夜の正論を前に、スタージャは微笑む。

「それは――大正解。よくわかったわね」

「……え? もしかして俺達って今、捨て石にされようとしている?」

 帝がそう結論しかけた時、スタージャは帽子を脱いで指でくるくる回し始めた。

「普通に考えればそうね。でも、字壬さん達は、私達がその事に気付いている事に気付いていないのよ。要するに字壬さん達も帝さん達に近づいて、腹の内を探りたがっているという事。断言しても良いわ。あなた達が字壬さん達に会いに行けば、まず歓迎される。その上で談笑の場をもうけられ、そののち泳がされて仲間の居場所まで案内させられる。此方はそんな彼等の思惑を逆手に取るわけ。敵の人数と、字壬さんの力量を確認するのが、あなた達の仕事よ」

「……って、そんなに上手くいくスか? 敵もアホじゃないんスから、上手くその辺りの情報は隠すんじゃ?」

「そうね。だからその辺りは、輝夜さん達の手腕しだい。いえ、私もテレパシーを送って助言とかするつもりだから、一応安心して。で、さっそく助言なのだけど、まずは鴨鹿町の図書館に行ってその歴史を確認してちょうだい。字壬さんがどういう経緯で鴨鹿町の皇になったか、知っておきたいから。仮に鴨鹿町大戦で鹿摩派と橋間派が共倒れになっているとしたら、敵の数は限られる。フキンシンだけど、吉報と言って良い話だわ」

「成る程。あんたは、言予さんと帝寧さん達は相打ちになったと考えている訳だ? 見世さんが唯一の皇になっているのは、そういう経緯という事?」

 帝が確認すると、スタージャは帽子をかぶり直しながら頷く。

「そういう事ね。仮にそうなら言予さん達を相手にする必要が無いから、私達はかなり楽ができる。で、もう一つ注文なのだけど、できるだけ字壬さんにあなた達の実力をアピールして。会談が終わって、あなた達をつける段階に至った時、その役を担うのが見世派の主力になる様に」

「ああ。そうして字壬さん達を誘き出し、不意打ちをして、一網打尽にするのがリーダーの計画スか? やっぱりリーダーは可愛い顔をしている癖に、えげつないスね」

「褒め言葉として受け取っておくわ。可愛い顔という点も含めて。じゃあ、早速仕事にとりかかりましょう。あなた達も逐一私にテレパシーを送って、情報を共有してもらえると助かる。そして、最後にもう一つだけ。多分だけどこの世界に、ラーシュさん、刻羽さん、扇妃さん、イシュタルさん、ヒルカさんは存在しないわ。何故なら彼女達は皆、キロの関係者だから。キロが居ないという事は、彼女の手で生み出されたラーシュさん達も居ないという事。いえ、その理屈で言えば、本来なら字壬さんも存在していない筈なのよね。なのに、彼はこの世界にも居る。だとするとキロが言う通り、ただならぬ事が字壬さんの身に起きているのかも」

「……えっと、ラーシュさんと刻羽さんはともかく、扇妃さん達というは俺も知らないんだけど?」

 帝が訊ねると、なら別に構わないとばかりにスタージャは微笑する。

 それで――作戦会議は終わった。

 スタージャ達は二手に分かれ、帝達は鴨鹿町に赴く。

 スタージャはその場に待機し――ただその時を待った。


     ◇


 帝がまずした事は、字壬の携帯に連絡する事だった。鴨鹿町の近くまで来たから、ひさしぶりに会いたいと彼女は申し出る。スタージャの読み通りかは不明だが、この申し出は了承され二人は字壬と会う事になった。

 その前に輝夜達は重要な確認をする為、鴨鹿町の図書館に赴く。

「と、あった。今から、一年前の新聞だ。発行したのは鹿摩派の新聞社で、これによるとこうだ。第一次鴨鹿町大戦勃発。事態は最悪の方向へ。鹿摩帝寧氏、鹿摩詠吏氏、橋間言予氏の三名が闘争の果てに死亡。これで二つの派閥の当主が死亡し、両派閥はリーダーを失う。両派閥の関係者は、どちらの派閥の味方もしなかった見世派を非難。この声に対し、見世派当主字壬氏はこれが両派閥の当主の遺言だったと釈明。見世派はこの件に関わらず、力を温存して有事に備えよと指示があったとしている。だが両派閥の当主は死亡しているため、真偽のほどは不明。これにより鴨鹿町の更なる混乱は、避けられないと思われる」

 帝が音読すると、輝夜は目を細めた。

「……これは少し、雲行きが怪しくなってきたスね。仮に見世派の主張が嘘で、体よく両派閥を同士討ちさせたとしたら、ヤバいっス。見世字壬というのは、想像以上の食わせ者という事になるスよ」

「だな。先にその辺りを確認できたのは、上々だ。まずはリーダーの指示が、功を奏したという事か」

 そう納得して、帝達は図書館を後にする。

 周囲を警戒しながら見世派の区役所に向かい、身分を明かして中に入る。客間に通された二人は、其処で字壬が来るのを待った。それも数分足らずの事で、待ち人は直ぐに姿を現したのだ。

 そこには黒のワイシャツとズボンを着た、黒髪で目付きが悪い少年が立っている。

「――いや、帝さん、本当にお久しぶり。噂はかねがね訊いているよ。その歳でもう立派な町保の戦力なんだって?」

「………」

 扉を開け、やって来た見世字壬は――開口一番そう口にした。


     ◇


「いえ、本当にご無沙汰しています、見世さん。この度は町長就任おめでとうございます。……あ、いえ、それ以前に大変な御不幸があったんでしたね。心からお悔やみ申し上げます」

「………」

 立ち上がって挨拶する、帝。それは、輝夜が知る帝では無かった。女性口調で穏やかな今の帝は、何時もの彼女とはまるで別物の淑女だ。

 お蔭で輝夜は唖然としかけるが、ここは調子を合わせる。

「そうスね。私からもお祝いを申し上げるのと同時に、お悔やみ申し上げるっス」

 帝に続き、席から立って頭をペコリと下げる輝夜。

 因みにこの辺りの会話も、帝達はスタージャに向けテレパシーで解説中である。

「と、同い年なんだからそんなにかしこまらないでくれ。もっとフランクに話してかまわないんだぜ、二人とも。というか、そちらの方は?」

 字壬がソファーを勧めながら輝夜に目を向けると、帝は彼女の紹介をする。

「以前仕事で知り合った、輝夜・チェスターという者です。中々面白い子なので、ぜひ見世さん達にも御引き合わせしたいと思った次第で」

 それから帝はソファーに座りながら、はてと首を傾げた。

「と、そういえば、今日は他の皆さんは? 何かのお仕事ですか?」

 そう探りを入れる彼女に対し、字壬は椅子に座りながら微笑む。

「だね。あの二人は今町保の仕事でお出かけ中。その内帰って来るけど、それまで俺がホスト役という訳。でも、緊張するなー。帝さんてば、こんなに美人になっているんだもん。いや、これは失敬。君は子供の頃から綺麗だったね。と、さらに失敬。そちらのチェスターさんも、同じくらい綺麗だ」

「また、そんなお世辞を。見世さんって子供の頃から、そういう所がありましたよね?」

「んん? そうだっけ? 俺はただ思った事を、口にしているだけなんだけど?」

「………」

 この歯が浮く様な発言を聴き、輝夜は内心眉をひそめる。その事をテレパシーでスタージャに伝えると、彼女はこう分析した。

《恐らくその二人とやらは、いま白波町でしょう。そこで帝さんについて調べている筈よ。――〝この世界の帝さん〟について、ね》

《……と、そういう事か。この世界にも――俺は居るんだった。なら、まず真っ先に疑われるのはこの世界の俺だな。何せ核施設の襲撃犯と、同じ貌をしているんだから。見世さんが俺の事を覚えているなら、間違いなく俺の調査をすると言う訳か》

《ええ。でも、仮にこの世界の帝さんにアリバイがあれば、彼女の疑いは晴れる。その反面いま字壬さんの目の前にいるあなたも、神代帝そのものだわ。何せ、姿はもちろん字壬さんの携帯の番号まで知っていたのだから。極秘であるその番号を知っていた事から、あなたの事も只者では無いと思っている筈。どちらの帝さんが本物か判別がつかず、少し混乱気味なのかもしれない。いえ、〝という事は、この神代帝は別世界の神代帝なのでは?〟と考えているかも。無論、神代帝の姿をした偽者と推理する可能性もあるけど、一つだけ確かな事がある。こっちの帝さんが、核施設の襲撃犯である事は察している筈よ。何故って、このタイミングで字壬さんに連絡を入れてきたんだもん。彼としては、どう考えても疑わざるを得ないでしょうね》

《つまり、この世界の俺には監視だけつけて、後は放置するという事か。見世さんとしては、こちらの俺に狙いを定めたと?》

 帝がそうテレパシーを送ると、スタージャはこう返す。

《そうね。字壬さんとしては二人の神代帝が共犯で、自分を混乱させていると考えている可能性もある。でも彼としては、より濃厚なのは今目の前に居る神代帝が犯人だという可能性だと思う。何せ――襲撃犯の一人である輝夜さんを同行させているのだから》

 即ち、これでほぼ完全に字壬の目は〝この神代帝〟に向いたという事。彼としては如何に帝達を利用して、残りの仲間の居場所まで案内させるかが重要になる。

《という事は、字壬さんは自ら進んで私達と行動を共にするかもしれないスね。彼としては、自分が狙われている事がわかっている訳スから。現に私等はこうして彼の前に現れた。その一点だけでも、私等が字壬さんを狙っている事は読み取れるス。なら、その自分を囮にすれば、容易く私達を仲間の居場所に誘導できる。彼がそう考えるのは、実に自然な事ス》

 だとすれば、帝達は苦も無く見世字壬を町の外に連れだす事ができるかもしれない。今は字壬を鴨鹿町から分断する事が第一の目的だから。

 そうしなければ、帝達は鴨鹿町の全町民を相手にする事になるだろう。仮にそうなれば多勢に無勢となり、輝夜達の勝算は限りなく低くなる。

 そう考えるが故に、スタージャは警戒を緩めない。

《となると、あなた達の実力を過度にアピールするのは敵の警戒を強めるだけね。と言う訳で作戦変更。帝さん達は、可能な限り字壬さんの話に合わせて。まずは私達の推理通り彼が動くか、見極めましょう》

 そこまで話が進んだ時、字壬が口を開く。

「で、例の二人――知空と咢の事なんだけど」

「………」

 まるで知空と咢なる人物が、帝の知り合いであるかの様に字壬はその名を挙げる。けれどその二人の事を知らない帝は、内心、ギョっとする。その間に、スタージャは指示を送った。

《いえ、その二人と帝さんは関わっていない筈よ。海田知空と潜里咢は鹿摩派の町内安全保障局局員で、見世派とは殆ど接点がないから》

 故に、帝は微笑みながらこう答える。

「えっと、そのお二人が何か? 私は存じあげないのですが?」

「だね。あの二人は一年前、俺の側近になったヒト達だから。君も知っての通り、言予と帝寧達が派閥争いを起こして、逝ってしまってさ。その間、見世派はただ傍観するだけだった。この様を見て、二つの派閥の生き残りのヒト達は言った物だよ。見世派は橋間派と鹿摩派の争いを無視する事で、漁夫の利を得たのではないかと。実際は言予達の言いつけであの争いには関わらなかったのだけど、関係者はそう見てくれない。けど、帝寧はそうなるかもしれないと見越していてね。鹿摩派と橋間派が同士討ちになったら、見世派の無実を証明できるよう指示を出していたんだ。それが海田知空と潜里咢。鹿摩派のこの二人が見世派の味方をする事で、帝寧達の遺言の信憑性を持たせたと言う訳。でなければ、今でも鴨鹿町は内紛状態だったかも。いや、その二人がまた有能で、今も重要な仕事を任せている最中なんだ」

「そうなんですか? 常に戦力不足だった白波町としては、羨ましい限りです」

 やはり可憐に笑いながら、帝は字壬に相槌を打つ。それを見て、輝夜はボヤいた。

《……というか、この帝さん、私苦手っス。カバから白鳥に変わったみたいで、納得がいかないと言うかなんと言うか……》

《一々うるさいね、おまえは。それより見世さんは、何でこんな事を言い出したと思う? まさか、ただの世間話という訳じゃないよな?》

《んー。恐らくだけど――その二人にこの世界の帝さんを調査させていると匂わせたのだと思う。仮に帝さんがその事に気付けば、僅かでも動揺する。いえ、その動揺の度合いによっては〝二人の帝は共犯説〟がぶり返してくるわ。なので、ここは思いっきり動揺してみましょう。そうなればこの世界の帝さんにも注意がいって、その分私達に対する対処は緩むかもしれない》

〝成る程〟と納得し、帝はその様に動く。

「……それより、重要なお仕事、ですか? もしかしてソレは、いえ……何でもありません」

「………」

 この絶妙とも言える芝居を見て、輝夜は帝に対する心証を改める。このヒトは、事と次第によっては途轍もない猫被りになると知り、帝に不審の目を向けた。

「だね。帝さんも町保の仕事に就いているからわかるだろうけど、部外者には言えない事もある。例えそれがどんなに親しくて、気を許した相手でもNGだ。そうなると、俺達は必然的に友人達にも嘘をつかなくちゃならない。いや、今の俺の半分の時間は嘘だけで構成されているような物だな。学校の皆は、俺の正体をとうぜん知らない訳だし」

「――え? 見世さんはもしかして、鴨鹿町の高校に進学しなかったのですか? 外の世界の高校に入学した?」

 話の流れからそうだと感じた帝が、確認する。果たして字壬は、首を縦に振った。

「うん。ただの人間がどんな社会を築いているか知りたくて、敢えて外の高校に入った。ま、一寸した興味と世間勉強といった所かな。と、世間で思い出したけど、帝さんはアレを知っている? 何でも某国の核施設が乗っ取られたというんだから、物騒だよな」

「………」

 帝が、再び言葉を詰まらせる。仮にここで知っていると答えれば、字壬はニュースソースを訊いてくるだろう。その時、自分は何と答えれば良い?

 テレビの、ニュースで見た? いや、それ以前に、その事は公にされている? ならば、知らないと答えるか? だが、もしニュースで大々的に取り上げられているとすれば、知らない方が不自然では? お蔭で帝は迷うが、その時スタージャから連絡が入る。

《いえ、いま携帯で報道関係の番組を見て確認した。その話は未だ極秘で、表ざたにはなっていない。知らないと答えても、問題ない筈よ》

 よって、帝は間髪入れず答える。

「いえ、そう言う話は聞いていません。ニュースにもなっていない筈ですが、見世さんはどこからそんな情報を? いえ、差し支えがあるなら、もちろんお答えいただかなくても結構なのですが」

「と、そっか。白波町はまだこのニュースはキャッチしてない、か。ま、かくいう俺も殆ど情報は掴んでいないんだけどね。同盟国である楔島からそういう連絡が入ってさ。向こうも詳しい事は調査中らしい。犯人やその目的は今の所不明。でも核ミサイルが配備された基地を乗っ取る位だから、やっぱり目的は決まっているのかも。犯人達は破滅主義者で、核戦争でも起こす気かもしれないな。そこで帝さん達に話があるんだ。できればこの件を解決する為、力を貸して欲しい。白波町には俺から連絡を入れておくから、今から俺に協力してもらいたいんだ」

「………」

 帝は思わず答えに窮するが、スタージャはフムと頷く。

《やはり自然な流れを装い、帝さん達の協力を求めてきたわね。容疑者を手元に置き、自分を囮にして、残りの仲間を誘き出すのが彼の目的。つまり、私達と字壬さん達の利害は一致しているという事。この機を逃す手は無いけど、即答すると此方の目的を嗅ぎとられかねない。という訳で、ここは予定通り行きましょう。帝さんはその誘いを断り、もう帰ると彼に告げて。そうなれば、字壬さん達は帝さん達をつけるしか手段がなくなるから》

 熟考した末、スタージャはそう判断する。だが、その前に字壬は動いていた。

「あ、いや、その前に一つやっておく事があった。非常に失礼な話だけど、今の帝さんの実力を試しておきたいんだ。と言う訳で、七年前の再現といこう。あの日も俺を相手に帝さんは実力を示し、白波町の町保の座を射止めた。今度も俺と力比べをして、その力を見せて欲しい。此方ばかり都合がいい話で恐縮だけど、そういうのはどうかな? もちろん謝礼ははずむよ」

「………」

 それは、字壬の力を探るという任務を果たす絶好の機会だ。どういう意図があるのかは不明だが、そのカードを敵の方から切ってきた。ならば帝が迷うのも当然で、スタージャも眉をひそめる。

《ここで、手の内を明かす? よほど自分の力量に、自信があるという事? それと同時に、帝さん達の実力を見ておきたいという事かしら? 因みに、帝さんの心証からして字壬さんはどう映っている? 強い? それとも、弱い?》

 帝の答えは、こうだ。

《ああ。ぶっちゃけて言えば――見世さんは余り強くない。仮に実力を隠しているだけだとしても――たかが知れていると思う》

 字壬の足運びや仕草から、帝はそう判断する。ソレには輝夜も、同意せざるを得ない。

《そうスね。私の目から見ても、字壬さんは頼りない感じス。仮にこれが芝居なら、日本アカデミー主演男優賞ぐらいはとれると思うスよ》

《成る程。『武神』がそう評価するなら、可能性は二つ。字壬さんは本当に弱いか――その字壬さんは影武者という事ね》

《……影武者? 要するにこの弱い見世さんを前面に押し立てるのが、向こうの狙い? この弱い偽者を俺達に同行させ、本物は俺達の背後を衝くというのが敵のシナリオか?》

 帝が戦慄すると、スタージャは思案する。

《恐らくだけど、向こうも此方と同じ様な事を考えているのでしょう。とすれば、成る程、考えたわね。これで私達も、字壬さんの動向が読み辛くなる。というより、この誘いに応じればまずは部下に私達を襲撃させ、此方の手の内を探る筈。その結果によっては、字壬さんも策を練り直すでしょうね。安易に此方の誘いには乗らず、別の手を使ってくるかも》

 だが、現段階ではその〝別の手〟とやらを読む事がスタージャには出来ない。可能性を一つ挙げれば、敵は標的を変えてくる可能性がある。犯人達の事は放置し、核施設の奪還に全力を注ぐかも。

 そうなると字壬の力量が測れない帝達は、判断に苦しむ。果たしてクイソニックだけで核施設を守り抜けるか、輝夜達は大いに疑問だ。

 よって、スタージャはこう決断した。

《いいわ、わかった。なら、ここは――字壬さんの誘いに乗り、彼の目を此方に集中させましょう。核施設の奪還は私達を一網打尽にした後でも遅くないと思わせるのが、上策だと思う》

 故に、帝は字壬に返答する。

「わかりました。世界の運命がかかっているのなら、私も断る理由がありません。私の実力を今こそ示し――字壬さんの協力者に相応しい事を証明しましょう」

「オーケー。じゃあ、さっそく地下の体育施設に移ろうか。そこでガチの殴り合いをして、君の実力を試させてもらう」

 こうして、話は決まった。

 帝達は一抹の不安を抱きながらも字壬の促しに応え――地下施設へ移動したのだ。


     ◇


 で――これは彼側の事情。

 日曜と言う休日をむかえていた見世字壬は、けれどその日の正午にその事実を報告された。あろう事か七名の賊によって、某国の核施設が乗っ取られたというのだ。

 世界の危機に備え、各国の核施設に監視者を配置していた字壬である。七人の襲撃者の容姿も監視者に確認させ、そのデータを送らせた。結果、字壬は見覚えのある人物がその中に混ざっている事を知る。

「まさか――これは神代帝さん? 彼女が、核施設の襲撃犯の一人? 一体、なぜ彼女が?」

 正直、意味不明だった。風の噂では、神代帝は職務を忠実に熟す勤勉な少女だという。数年前自分が白波町の町保に推薦した彼女は、見込み通りの仕事ぶりとの事だ。

 その帝が、なぜ核施設の襲撃に関わっている? まさか急に宗旨替えでもして、破滅主義者にでも転じたか?

 字壬としては不可解な話で、それ故、彼は即座に事実確認をするべく調査隊を編成した。白波町に二人の町保局員を送り、神代帝に対する調査を始めたのだ。

 そして彼は海田知空と潜里咢から、こう報告を受けた。

『間違いありません。その時間、神代帝は近くの喫茶店でティータイムに興じています。目撃証言も多数で、監視カメラも確認したので、アリバイの裏は完全にとれました』

「………」

 お蔭で字壬は、余計に頭を抱える事になる。つまり、話を総合すると神代帝は二人居るという事だから。喫茶店でお茶をしていた帝と、襲撃犯である帝。そのどちらが本物か、現時点では判断がつかない。

「いや、そもそもなぜ犯人は帝さんの姿をしている? 彼女の知り合い? それとも二人の神代帝は共犯で、此方の捜査を攪乱させるのが狙いか?」

 だが、襲撃犯は核施設を字壬達が監視している事を知らない筈。現に彼女達は堂々と、正面玄関から核施設に侵入しているではないか。

 監視者が居る事を知っているなら、もう少し隠密裏に事を進める筈だ。そう考えると、彼女達は自分達の行動が監視されている事を知らないという事になる。彼女達からすると、身分を偽る必要は一切無いという事だ。

「つまり、これは変装でも何でもなく、やはり神代帝という事? 神代帝は――二人居るという事か?」

 まるで冗談のような話だが、恐らくその仮定に誤りはない。この世界には、神代帝が今二人居る。その一人がどういう訳か――核施設の占拠という暴挙にでた。

 字壬としてはその理由をぜひ訊きたい所だが、今は別の事を考えなくてはならない。

「だな。核施設を押さえたにもかかわらず、直ぐに核ミサイルを発射しないのは訳がある筈。敵は多分、この世に核ミサイルさえ防げる存在が居る事を知っている。その邪魔者を消さない限り、自分達の目的は果たせないと理解しているんだろう」

 その一人とは紛れもなく――この見世字壬。この読みが確かなら、敵は必ず自分を標的にしてくる。いや、自分だけでなくエルカリス・クレアブル皇も狙ってくるに違いない。

 そう読む半面で、字壬は楔島に対して必要最低限の注意を喚起するだけにとどめる。エルカリスの事だから、全てを察した上で動くと彼は直感したから。

 問題は、この自分がどうするべきか。

「……そうだな。仮に敵が本物の神代帝なら、俺と知り合いである事を利用してくる筈。此方が動かずとも、向こうの方から連絡をとってくる可能性が高い。もし敵の狙いが俺なら、俺を鴨鹿町から遠ざけ、孤立させてから事に及ぶだろうから。なら、此方はそれを利用するか。俺を囮にして仲間の居場所まで案内させ、一網打尽にするのが良策かな?」

 だが、敵の力は未知数だ。総数も七人とは限らず、まだ仲間が居るかもしれない。そんな状況下で何の策も無く自分を囮にするのは、リスクが高すぎる。

 そう考えた字壬は、自分の影武者を立て、その影武者を囮にする事にした。帝達の目が影武者にいっている間に、自分は彼女達の背後を衝くという策である。

「けど、わからない事だらけだ。状況から見て、彼女もまた本物の神代帝の筈。その彼女が、なぜ世界を滅亡させようとする? 俺の知らない所で――一体何が起きている?」

 ソレを知る唯一の手掛かりが、その神代帝である。

 実際、字壬の読み通り帝から連絡があり、会いたいと要望してきた。字壬は影武者ように用意した『人形』を通じて彼女達と会い、腹の内を探る事にする。

 その過程で、彼は知る事になった。

(白波町は常に戦力不足だった? そんな筈はない。外敵も居ないのに、なぜ戦力不足になどなる?)

 そう。字壬の世界の楔島には、キロという独裁者は居ない。その為、楔島とも良好な関係を築いていて、この世界のどこにも侵略者は居ないのだ。

 だというのに、この帝は戦力が足りないと言う。この発言から字壬は、目の前に居る帝が別世界の帝である事を確信する。加えて字壬は、帝の様子からこう読み取る。

(ときおり彼女のレスに、遅れが出る時がある。この事からして彼女はやはり誰かと連絡を取り、何らかの指示を受けているな。的確に応対してくる事からして、かなりの知恵者だ。……という事は、その人物は俺が核施設を監視させていた事に気付いている?)

 スタージャの対応力が、逆に、字壬にそう連想させる。もしそうなら、字壬の前提は大きく崩れる事になる。監視されていた事に気付いていないなら、帝達は字壬が全てを察している事を知らない。だが、仮に気付いているなら、帝達はこの状況を利用してくるだろう。帝達は字壬が自分達を泳がせ、仲間の居場所まで案内させるつもりだと読んでいる筈だ。

 つまりこの場合、誘い出され様としているのは、字壬という事になる。

(敢えて先に核施設を落したのも、此方を混乱させる為の布石、か。成る程。やってくれる。誰が主犯かはわからないが、これは中々手強そうだ)

 が、その反面、字壬も納得できない部分がある。

 確かに今自分は混乱している。けれど、その為だけに、先に核施設を落す意味があっただろうか? 仮に順序が逆なら、字壬は何の疑いも持たずこの帝と会っていただろう。そうなれば自分は警戒する事なく鴨鹿町の外に連れ出され、或いは暗殺されていたかも。

 そのメリットを捨ててまで、先に核施設を制圧する意味が本当にある?

(もしかして、彼女達も内心では迷っている? 彼女達自身は気付いていないが、その迷いが行動となって、非合理な手順を踏ませた、と?)

 もしそうなら、彼女達と話し合う余地は残されているのかもしれない。彼女達の迷いが事実なら、自分がするべき事は彼女達の説得だ。

 字壬がそう感じた時、帝はこう答えた。

「私の実力を今こそ示し――字壬さんの協力者に相応しい事を証明しましょう」

「………」

 いや、前言撤回だ。確かに帝達は迷っているかもしれないが、最後は世界の滅亡という暴挙にでる。今の帝の言葉には、そう連想させるだけの強い決意の様な物が感じられた。

(やはり、俺はまだ甘い。……そうだ。何の為に言予や帝寧達を見殺しにしたか、思い出せ。自分は何を犠牲にし、その代りに何を得たのか、忘れるな。見世字壬は何があろうと、この世界を守らなくてはならないんだろうが――)

 なら、自分がするべき事は一つだ。敵はまだ、恐らく字壬が気付いている事に気付いていない。敵は監視されていた事に気付いている。だが、敵は字壬がその事に気付いている事に気付いていないのだ。

 故に、自分はその状況を利用するだけ。このまま無知を装い、敵の誘いに乗り、敵の居場所まで案内させる。敵の虚を衝き、一気に勝負をつけるのが字壬の腹積もりだった。

 帝に勝負を挑んだのも、彼女の力を少しでも知る為。きっと上手く実力を隠す気だろうが、それでも何かしらの手掛かりは得られる筈。少なくとも字壬はそう期待し、帝達と共に体育施設に移動する。

 かくして見世字壬はスタージャ達の一歩上をいき――事態を収拾させつつあった。


             ヒロインズ・オブ・ヒロインズ・前編・了

 かつてないほど酷い展開になりそうな所で、後編に続きます。


 ヒロインズ・オブ・ヒロインズも悪魔の啓示シリーズで、その理由は本編の通りです。

 これで能力が高いヒロイン達を集めた結果だというのだから、あまりに救われません。

 そうは思いつつも、後編のラストバトルは盛り上がった方だと感じております。

 いえ、本当の最終回ぽくて。


 

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