密室の故意
『未必の故意』という法律用語が元ネタです。特に関係はない筈…。
思い付いたが吉日で書いたなろうラジオ大賞応募作です。本作&他作の応援宜しくお願いします。
薄暗いコンクリートの部屋。
扉には鍵。出口は他に無い。
バッグは取られた。
スマホもない。
そして、目の前にはロープの端。
それには滑車が付いて天井から吊るされ、もう一端は壁の上に空いた穴に吸い込まれていた。
私はそれにすがり付く。
気を抜かなくても上に引っ張られる力に抵抗する。必死で。
「ほらー、頑張らないと彼が死んじゃうよー。」
部屋にただ1つあるモニターから声が聞こえる。
モニターには良く見知った人が撮されている。でも、声の主は違う。
撮された彼の声じゃないし、彼は崖から伸びたロープに両手でしがみついて生死の境に居るのだから。
「私が気に入らないなら私を狙いなさい!彼は関係ないでしょ!?何でこんな…」
ロープが揺れ動き、手に食い込む。それでも離す訳にはいかない。
何時まで続くか?終わりはあるのか?そんな事はどうでもいい。
離せば彼が死ぬ。それだけ。
「彼も当事者。人の恋心を踏みにじった許されない男。さぁ、早く離しなさい。そうすれば全て終わる。うまくいく。」
モニターから冷酷さと穏やかさを混ぜた声がした。
体が強張り火照る中で寒気がする。
「絶対嫌!離すものですか!」
暴れるロープを腕と足に絡めてなんとか押さえ込む。
絶対助けてやる!
二分されたモニター越しに健気な女を見る。
顔は真っ赤、怒りと愛に満ちた顔がとてもいい。
スイッチを押して男の方に声を送る。
「ほらー、健気な彼女が頑張ってるんだから、応えないと。」
モニターに映る男の手にはロープ。真下は崖。ロープを引く女の見た通りの光景。
ロープが男の首に括られて、今にも死にそうな顔をしている点を除けばの話だが。
「さあ、良いでしょう?私の恋を踏みにじって良い夢を見れたのだから。頑張りに応えて死んじゃってよね。」
許されないかもしれない。
拒絶されるかもしれない。
迷惑になるかもしれない。
だから遠くから見ていた。この男はそんな私から彼女を奪った。
清廉な彼女を騙すなんて許されない。汚す男を罰せよ。
そうすれば、きっと彼女も目を覚ます。そうしたら、今度こそ、勇気を持って思いを伝えよう。
その結果がどうなっても構わないと、私は覚悟を決めた。
これは決別。私の恋の決別。
ロープを強く引く。
暴れる男の感触が手に伝わる。未だ死んでない。
私は諦めずに健気にロープに縋る彼女を演じる。
手足に痕跡を残し、知らなかったと泣き喚き、悪意があったと知られてはならない。
これは別離。悲劇のヒロインの別離。
彼君は泣いていい…のかな?
もしかしたら彼君がドクズ野郎という可能性も否定しきれない………。