悪役令嬢に転生しましたが、ヒロインがどうやらチート専用トンチキネームでプレー中のようです
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、ヒロインがどうやらチート専用トンチキネームでプレー中のようです
おいおい、流行りの悪役令嬢転生モノかよ、とオタクの理解力で、自分の置かれた現状を把握したものの。ヒロインの名前を目にしてくらりとめまいがした。
満点花子・ライラック
もう一回目を擦ってみたけど、ヒロインの名前が満点花子様。世界観から明らかに浮いている。浮きすぎてフォントが違うレベル。鬼難易度のこのゲームの救済措置として制作者が名前変換機能あってもこんな名前で遊ばないやろ、とお茶目な遊び心で決めたチート用の名前。この名前で、本当に遊ぶ人いたのね?いいの?王子や騎士や幼なじみやアレやらそれやに、どんな感動シーンでも満点花子で呼ばれるけど?満点まで含めて名前扱いだけど。苗字ライラックなのに。
目眩がした為こめかみを抑えてみたが、普通に痛いだけだ。その痛みが、夢ではないぞというようで、なんぼなんでもこんな目にあうほどの悪行はしてないでしょう、と襲いかかる理不尽に立ち尽くしたのだった。
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趣味はと聞かれるとオタクを前にしても非オタを前にしても若干言葉を濁しがちな乙女ゲーマー。コンシューマーゲームもそこそこやってはいるけれど、もっぱら同人ゲームを愛好していて、難易度が高ければ高いほどテンションが上がる、ネタバレ絶対嫌ウーマン。それが私。それが自分。日課のゲームをし終えてパソコンを閉じて、布団に潜り込んだはずだというのに。スマートフォンからアラームが鳴る前に目覚めるなんて、いつものルーチンをしようとして、出来なかった。
耳に馴染む鳥の鳴き声。やたらマニアックな音声まで完備しているから、さまざまなゲームで使われがちなフリー効果音の一つ。ええ、朝チュンやヒロインのさわやかな目覚めや学校の登校シーンや王子様とのピクニックシーンなどなどに酷使された聞き慣れたその音で、私は目を覚ました。パソコンを切り忘れたとかそんなわけではなく、これまた見慣れたフリー背景素材の撮影場所ですか、みたいな天蓋付きベッドの上で。嘘でしょ、流行りの異世界転生とかトリップならどのゲームよ、ここ。フリー素材祭りだから判断に困るじゃないの、逆に。
これが夢だな、寝直そうと判断しようにも、私は目覚めがいいのだけは、履歴書に書けそうな程度には自慢のスキルだ。どんなに難易度鬼のゲームに振り回されて徹夜ギリギリまでプレーしていても、いつもきちんと決まった時間に起きるし、寝ぼけたことも物心ついてから一度もない。二度寝が出来ない。推理材料を探すべく、布団から飛び起きて部屋の中を散策する。散策できる程度には広いことに驚きつつ、なるほど立体的にみるとこういう配置なのね、なんて感動もあった。机の上に置いてある日記帳が普通に日本語で書かれてあることにアルカイックスマイルを浮かべるなどもしたが、読めることには感謝しないといけないかもしれない。……日記を読み込んだことで、気付きたくないことに気付いて頭を抱える羽目にはなったんだけど。
筆まめなこの体の持ち主のおかげで、大体の状況は理解できた。このゲームは『リラ冷えの頃にあなたと』だ。ダウンロード版なら、2000円でなんとお釣りが出る、個人制作の同人ゲーム。狂気の差分で彩られた、スチル枚数もシナリオ量もとても金額に見合わないようなクオリティなのだが、いかんせん絵柄もシナリオもクセが強く、人気があるのかというとダウンロード数から見ても判断に困るラインのゲーム。いやでもすごいのよ、ほんと意味不明なほど差分があるの。立ち絵と後半のスチルとだと、枚数描いてて上達したのか、画力が上がりすぎてて、もうほぼキャラが別人レベル。まあ、それは置いておいて。このゲームは差分がとにかく多い。既読スキップ機能はもうほぼ差分探しのために後半使う羽目になっていたようなものだし、選択肢の数も、とにかく多い。そして何より。差分の名の下に、めちゃくちゃ、本当にものすごく、唖然とするぐらいには、──ヒロインが死ぬ。攻略対象からは全員殺されるし、モブにも殺されるしネームドにも殺されるし、なんなら自殺エンドもある。めちゃくちゃ死ぬ。いつも飲んでる紅茶を今日は珈琲にしても死ぬし、ルートによっては逆にいつものように紅茶を飲んだせいでも死ぬ。理不尽なデッドエンドも、前振りのない電波エンドも、感動で涙が止まらなくなるバッドエンドも、胸糞の悪くなるハッピーエンドも。もうとにかく、あらゆる終わりを詰め込みました、みたいな狂気のゲームなのである。ヒロインとして目を覚めなくて本当に良かったと心底安堵する程度には、このゲームはちょっと、そのとんでもないけど。私は好きだけど。好きなゲームと聞かれたら三本指には入っちゃうけど。人におススメとか絶対しないけど。そのゲームのどうやら悪役令嬢(笑)とやらに転生か何かをしてしまったらしい。ちなみにカッコ笑、が付くのはちゃんと理由がある。悪役令嬢と呼んで入るが、別にこの体の持ち主は悪役かと言われるとそうでもない。ルートによってはお邪魔キャラではあるし、彼女に殺されるエンディングもゼロではないが、攻略対象全員ヒロインを殺すゲームで悪役を名乗るにはあまりにもパンチが足りなさすぎる。王子なんて五回はヒロイン殺すエンディングがあるし。
ちなみにルートによっては仲良くなることも可能だし、結構ちょろくて甘ちゃんなのがこの悪役令嬢かっこわらい、なサキラムちゃんなのである。まあ、しかし。彼女がちゃんと悪役令嬢として花開くのは、何を隠そう彼女のルートに入ってから、なのである。『リラ冷えの頃にあなたと』が貴方ではなくひらがななのも、きちんと意味があるんだ!うわー!!タイトル回収してきた!と叫ぶハメになるのも、サキラムちゃんルートのみなのである。エンディングフルコンプした上で、王子の好感度を上げるより先に、サキラムちゃんの好感度を稼いだ時のみに現れる選択肢を選べばあとはほぼ確定で彼女のルートだ。簡単にいうがエンディングフルコンプの時点で難易度がやたら高い。しかし最後のスチルを埋めるにはこのエンディングを迎える必要があり、まあ、その、はい。プレイヤー泣かせなのである。その分めちゃくちゃ感動して号泣したけど。女の子同士の友情とも恋情とも取れる執着と愛憎入り混じる関係性は最高なので。
……最高、なんだけど。
日記を見る限りどうやら満点花子ちゃんはサキラムちゃんルートを突っ走ってるらしい。スチル回収のためなのか、真実サキラムちゃん推しなのかは謎なのだが、勘弁してほしい。歩く死亡フラグとお近づきになりたくないし、何より私は私なのでサキラムちゃんが抱えるコンプレックも憧憬もちょっと切ない過去の傷も、全然関係ないのである。攻略しに来られても 普通に困る。スチル回収されてしまう!スチル回収されてしまう!勝手にスチル回収された上で、満点花子ちゃんが王子狙いのプレイヤーでいやお前のエンディングかよ!!ってされたら耐えきれない!そんなの嫌!!そんなことになるくらいなら、他のキャラのエンディング迎えるまで逃げ切ってやるわ!!!あらゆる選択肢と差分を試し切った、私の手腕を使い切ってね!!!
その名前使ってる限り、王子に殺される可能性は5回中2回には減るからさ!大人しく王子ルートに行ってね!ファイト!満点花子ちゃん!死なないでね!