子ダヌキを助けた話
夜更けの話である。
仕事を終えた帰り道、いつもの公園の前を通り過ぎたところだった。
「あのう、もし、そこのお嬢さん」
そんな、時代劇みたいな呼びかけ方をされたのは初めてだったので、一瞬、自分のことだとはわからなかった。
すたすたと通り過ぎかけると、「もし、もし」と、いまどき電話に出る時だって言わないような言葉を繰り返しながら、ぴょこぴょこと後ろからついてくる。
「わたしですか?」
振り返ると、もふもふのフリースパーカーを着た少年だった。両のこめかみの上のほうに一房ずつ、右と左につんつんとあさっての方向を向いた、寝ぐせのような毛束が妙に子どもっぽい。中学生くらいか。
「はい。あのう、僕、恩返しに参りました。先日お嬢さんに命を助けていただいた、タヌキでございます」
「……あの、そういうの、大丈夫です」
ちょっと違う世界に生きていらっしゃる方だろうか。聞こえない声を聞き、見えない相手とお話しされているような方。それとも、新手の宗教の勧誘か。いずれにせよ、全く面識のない少年だった。こんな夜道で関わり合いにはなりたくない。
わたしは軽く会釈して、立ち去ろうとした。
「怪しい者ではありません! お忘れですか、九月の雨の日、そこの、コンビニの裏のごみ箱のところで!」
わたしの職場だ。
雨の日。ごみ箱。タヌキ。なんか、覚えがある。引っ掛かるような。
「あ! ごみ箱漁りのポン介!」
思い当って、思わず小さい声で叫んでしまった。
「ポン介。僕はそんな名前でしたか」
彼は小首をかしげた。そのとき、ぎゅるぎゅるとものすごい勢いの鳴き声のようなものが聞こえた。
あわててお腹を押さえた彼の、その手と顔を交互に見てしまった。
……今の、お腹の音?
彼は恥ずかしそうに身を縮め、真っ赤になってぷるぷる震えつつ、ちらっ、ちらっとわたしの手元を見ている。
うっかりエコバッグを忘れてしまったせいで、直接手に持っていた、揚げたてコロッケとあつあつのココア。店長が、バイトのまかないがわりに、と、帰りに飲み物一杯、揚げ物一個だけ、選ばせてくれるのだ。
「……お恥ずかしい限りです。もう、丸一日、何も食べていなくて」
そんなことをこんないたいけな少年に言われて、手に持ったままの食べ物をちらちらとしつこく見られて、はいそうですか、それじゃあ、と帰れる人がいたら、お目にかかりたい。
「よかったら、これ、どうぞ」
わたしはしぶしぶ、手に持っていたものを差し出した。
「あっ、そんな、おねだりするつもりじゃあ! あの、ありがとうございます!」
口では調子のいいことを言いながら、彼は飛びつくようにして、油のしみない紙袋に包装されたコロッケと、ホットドリンク用の凹凸加工のされた紙コップを受け取った。
「僕のお話、聞いていただきたいんです。そこのベンチで、どうですか」
公園の、水銀灯の下のベンチを指さす。近くには皓皓と明かりのついた自動販売機もあって、そこだけ、野外ステージのように、公園の中に浮かび上がって見えた。
この公園は、駅と住宅街を結んだ線上の道路に面しているため、夜でも意外に人通りはある。何かあっても、叫べば、だれかに聞こえるだろう。古くからの町内会が強い土地柄で、野次馬根性も強い、もとい、地域防犯意識も高い。
なにより、こんな中学生くらいの子どもが、ひどくお腹を空かせて困った様子なのも不憫で、わたしは結局、彼と並んでベンチに座り、食べ終わるまでは見届けよう、と心に決めた。
◇
がつがつとコロッケをかじり、蓋をとったあつあつのココアをふうふうと吹いて、いささか行儀悪く、ずるずるとすするようにして飲んでいる彼を見ながら、わたしは、ポン介のことを思い出していた。
わたしの勤めているコンビニでは、売れ残ってしまった弁当や惣菜を、家畜の飼料としてひきとってくれる回収業者にたのんで処分してもらっている。一日に二回、時間を決めて引き取りに来てもらうので、その時間になると、店の裏手に、積み重ねできるプラスチックの平たい入れ物――店では番重と呼んでいる――に入れた廃棄食品を出しておくのが、バイトの仕事の一つだった。
弁当やパン、サンドイッチなど、個別に包装された商品はそのまま入れる。レジの横で販売している、揚げ物や肉まんなどのホットスナックという分類の惣菜類は、さすがにむき出しというわけにもいかないので、まとめてごみ袋に入れ、それをバンジューにいれていた。
ところが、いつのころからか、タヌキの親子がやってくるようになったらしい。匂いにつられたのかもしれない。はじめは物陰から遠慮がちに見て、人がいなくなった隙を見計らって一番上にあるものをさっと掠め取っていくだけだったようで、店員も収集業者も気がつかなかった。どこか、安心できるねぐらに持ち帰って食べていたのか、店の周りにごみを散らかすようなこともなかったのだ。
だが、そのうち、タヌキたちも大胆になっていった。一番上のバンジューに気に入ったものがないと、バンジューをずらして、下の段から食べ物を引っ張りだすようになったのだ。
タヌキたちのお気に入りは、包装されたサンドイッチや弁当ではなく、ごみ袋に入れられただけのホットスナックだった。うちの店では、店長が絶妙な在庫管理をするせいで、小さめのごみ袋一つに入りきるだけの廃棄しか出ない。そんなホットスナックの袋は、だいたい、売り場から集められた廃棄弁当を外に出す時、ついでのように最後にバンジューの上に載せられることが多かった。
タヌキたちは、手に入りやすい上に袋を破れば食べられる手軽さに、味をしめたのだろう。ホットスナックの袋がたまたま二段目になってしまった時にも、つけねらうようになっていた。
バンジューがずれていたり、時には落下して大きな音を立てたりすることから、店長は当初若者のいたずらを疑った。犯人をつきとめる、と息巻いて、一週間分の映像を遡れる防犯カメラのデータをチェックしたとき、初めて、そんなタヌキの存在に気がついたのだった。大きいタヌキが一匹、それより少し小柄なタヌキが一匹。小さいタヌキが三匹。二匹はすばしっこく、一匹は妙にどんくさい。そんなことまでわかるほど長時間、毎日のように、タヌキたちは店の裏にやってきていた。しばらく様子を見ていたが、やがて店長は、苦々しい顔をして言った。
『散らかさなければいいかとも思ったんだけど、こうも続くと問題だ。あれは多分、家族だ。タヌキは一夫一妻制で、夫婦そろって子育てをするらしいから、夫婦と三匹の子どもだろう。店の裏にフンをされると困るし、ちぎれたプラスチックなんかを気づかず食べてしまって、お腹に詰まって健康被害を起こしてもかわいそうだ』
そこで、店長は金属の大きなオリのようなものを買ってきて店の裏に設置し、それにバンジューを入れて、業者にはひと手間かかるがオリを開けてバンジューを出して持って行ってくれるよう、話をつけたのだった。
ところが、味をしめたタヌキたちはしつこかった。毎晩、弁当が廃棄されてから、業者がトラックで回収にくるまでの数十分の間に、しきりに周りをうろついたり、前足をかけたり、鼻づらで押したりして、オリを開けようとした。
店の周りに設置された防犯カメラの映像には、あいかわらずタヌキたちの姿がばっちりうつっていたので、そんな行動はバイトも店長も気がついていたけれど、まあ、開けられないと分かれば諦めるだろうという雰囲気があった。店長は人がいいので、タヌキに痛い思いをさせてまで追い払ったり、駆除を頼んだりする気にもなれなかったのだろう。根競べで諦めてくれればいい、というのが店長の本音だったはずだ。
気楽な立場のバイトたちの間では、画面に映るタヌキたちがかわいいと盛り上がり、いつの間にか名前まで決まっていた。父親がタヌ郎。母親がタヌ子。すばしっこい二匹の子どもは、ロン丸、チー太。一番どんくさい子どもは、ポン介。誰か、麻雀ファンがいたのだろう。
そんな状況が続いていた、九月の雨の日の夜のことだった。
その日、わたしが廃棄するパンを載せたバンジューを持ってバックヤードに戻ると、積まれているはずの廃棄のバンジューがなかった。新人のバイトさんが、いつもより早く、外のオリに持って行ってしまった後だったのだ。彼は、わたしが整理していたデイリーのパンの棚からも廃棄が出るのを把握していなかったらしかった。
廃棄するパンを載せたバンジューを持って、わたしが裏口から外に出ると、視界の端をさっと黒い影が幾つも遠ざかっていった。あいつら、もう来てたのか。そんなことを考えながら、わたしが、設置されたオリを開けようとしたときだった。オリの扉が、緩んで半開きなのに気がついた。
新人くん、調子はいいし、挨拶の声は出るけど、仕事がちょっと雑なところがある。ちゃんと閉めていなかったのだろうか、と思いつつ、扉に手をかけたその時、ガサガサっと音がして、中から何かが飛び出してきた。その何かは、ものの見事に扉の角に引っ掛かって、じたばたと暴れた。
よく見ると、それは、ポン介なのだった。情けないにもほどがある姿。ホットスナックのごみ袋をまるで着込んだようにして、穴の開いた底のあたりから、パン粉まみれの顔を突き出したまま、もがいている。そのごみ袋の端が、扉の角に引っ掛かっていた。
大方、穴をこじ開けた袋の中に顔を突っ込んでいたところで、わたしの気配に気がつき、みんな逃げ出したのだろう。ところがこいつは、他の家族がすたこら走り出した後を追って、泡を食って駆け出したところで袋が体にすぽっとはまってしまった。それで、ちょうどマントをかぶったように袋が絡んでしまった挙句、扉の角に引っ掛かって逃げられなくなったのだろう。
どんくさいこと、この上ない。何とか自由になろうとしてのたうちまわったポン介の身体には、ますます袋が絡みついていた。このままでは、首が締まってしまいそうだった。
わたしは手に持っていたバンジューを他の物の上に積み重ねてから、ごみ袋に手をかけた。その瞬間、ポン介と目が合った。観念したように、ポン介は暴れるのをやめて、ぶるぶると震えながらわたしをじっと見上げていた。
こうなった以上、タヌキ汁にでも何でもしてください、覚悟は決めました……みたいな顔で見られても困る。タヌキをどうこうするだなんて、昔話じゃあるまいし、そんな役回りは勘弁願いたい。
わたしはため息交じりに、引っ掛かったごみ袋を破いて、ポン介を解放してやったのだった。ポン介はダッシュで逃げ出したが、最後、裏手の駐車場を出るとき、一瞬足を止め、ちらりと一度だけこちらを振り返った。常夜灯に、ぴかり、と二つの目がきらめいたのを覚えている。
散らかったごみを片付けてから店内に戻ってその一件を報告し、以来、ごみ出しの際は、食品廃棄入れのオリのロックは確実に閉め、指さし確認を徹底すること、というルールが加わった。
タヌキの群れは、しばらく、オリにアタックしていたが、数週間たって、やっと諦めたようだった。姿を現さなくなって、もうしばらく経つ。別のえさ場を見つけられたのかもしれない、と、最近は、みんな次第にタヌキのことも忘れかけていた頃合いだったのだ。
◇
「お嬢さん、僕のことをポン介とおっしゃいましたか」
あっという間に、コロッケとココアを胃袋におさめた少年は言った。
「店ではみんな、そう呼んでたよ」
「うれしいです。いい名前です」
……そうかな。
「僕は、もうすぐ、遠くに旅立つんです。この節、出雲タヌキ会議がありまして」
「季節外れなこと言うねえ。もう十一月も終わりだよ。神無月で出かけて行った神様たちだって、とっくに出雲から戻ってきてる頃合いでしょう」
十月は神無月。八百万の神様たちが日本中から出雲大社に集って、地元を留守にするからそう呼ぶのだ。だから、出雲地方では十月のことを神在月と呼ぶんだよ、と、幼いころのわたしに教えてくれたのは、昔話が大好きな祖母だった。
「ですから、神様たちの集会が終わった後、会議室が空いてから次にあるのが、キツネ会議。タヌキ会議はその次なんでございます」
「妙に世知辛い話だね」
「タヌキの身分というのもなかなか切ないところがありまして。僕たち一家は、会議に参加しますが、そこで長兄が、父の後継ぎとして認められたら、両親とともに戻ってまいります。次兄と僕は、跡取りのないタヌキ夫婦に養子縁組で引き取られるか、一家が絶えてしまった縄張りを拝領して、そこの守護となるならわしなのです」
「へえ。あんた、そんなの務まるの」
「無様なところばかり、お見せしてまいりましたから、お恥ずかしい限りです」
少年は手を合わせてもむようにして、身をくねらせた。妙に年寄り臭い仕草と言葉遣いだった。
「次兄はしゃんとしていますから、跡の絶えた縄張りを拝領するかもしれません。僕は、とてもそんな器量ではありませんから、養子縁組のほうになると思います。僕の両親と同じように厳しく実のあるご夫婦に引き取ってもらえれば、今まで同様、いや、それ以上に修行していつかは一人前になれるでしょう。僕が縄張りの主になったら、お嬢さんにはかならず、先だっての雨の日と、今日の夕食のご恩を返させていただきます。どうかどうか」
「……って、ご恩返しも出世払いなのね」
「今日のところはご挨拶だけで、平にご容赦を」
やっぱりポン介は、どんくさかった。わたしは笑ってしまった。
バイトは決して楽じゃない。今日だってくたくただ。こんな日は、帰ってテレビをつけてもネットを見ても、ちっとも面白いと思えなくて、手近にあるものを胃袋に詰め込んで空腹を満たし、シャワーを浴びたら、さっさと寝てしまう。
でも、ポン介たちが来ていた間、防犯カメラの映像を見るのは休憩時間のささやかな楽しみだった。共通の話題ができたおかげで、怖いと思って話したこともなかった、ずっと年上のパートさんたちや、外国人留学生の人たちとも仲良くなることができた。今では、手が空いている時間に、仕事以外の世間話も、少しずつできるようになっている。
例えば、台湾からきた留学生の女の子は、タヌキという生き物が実在することを知らなかったのだ。彼女は、初めて見る「タヌーキ」に、あのテレビゲームに出てくる変身スーツのモデルになった生き物はこれなんですね、と感動して目をキラキラさせていた。日本に来たかいがありました、と大げさに喜ぶ彼女を見て、わたしも嬉しくなった。仲良くなったおかげで、このごろは日本で買える食材で作れる台湾料理を教えてもらったりもしている。
「あんたがポン介なら、いいよ、別にご恩返しなんて。こうしてお話ができただけで十分」
友達も増えた。一日の最後に、こうやって、声をあげて笑うことができた。貰い物のココアとコロッケをあげたって、まだこちらの借りが多いくらいの出来事だ。
「お兄さんに教えてあげて。こんど、ゴミ出しの仕方が変わるの。あの方式だと、業者さん側に、パッケージに入れたままの食べ物を分別する手間がかかるんだよ。収集業者さんが変わることになって、食べ物とプラごみを分別して、食べ物だけを専用ダンプスターに入れて回収してもらうことになるんだって。専用ダンプスターは、鍵はかからないけど、カラスや猫が簡単に開けられないような蓋の仕組みになっている。店長との知恵比べに勝ってダンプスターを開けられたら、また、コロッケを食べられるよ。あんたたちコロッケが好きだったでしょ」
「本当ですか。とてもありがたい情報です。お嬢さんには、何から何まで、お世話になりました。兄が妻をめとって、子どもが生まれた暁には、僕のまだ見ぬ甥や姪も、お嬢さんに感謝することでしょう」
少年は立ち上がると、わたしに向かって深々と頭を下げた。
「ごみ、散らかしちゃダメだよ。迷惑が掛かれば、店長も、厳しい対応を取らなきゃいけなくなるからね」
わたしはこみあげてくる笑いをかみ殺した。
どこの家出少年かな。頭が切れる。きっと、うちのコンビニでタヌキが出た噂をどこかで聞いたんだろう。わたしが子ダヌキを助けた話は、大したことはしていないにもかかわらず、バイトの間ではちょっとした武勇伝としてずいぶんもてはやされたので、そんな話とセットで聞いたのかもしれない。お腹が空いて、わたしの持っていた食べ物につられて、とっさの作り話で声を掛けたんだろうか。わたしが彼の話に乗ってタヌキ扱いしても、受け答えが最初から最後まできっちりつじつまが合っているし、その笑顔は作為を感じさせずに素直だった。かなりの名優だ。
この子も、どこか、落ち着ける場所が見つかるといい。養子縁組でも何でもいいから。こんな夜更けに、知らない人に食べ物をねだらなくていい生活を送ってほしい。どんな環境で暮らしているのかは知らないけれど。そう思うと、胸の奥が苦しくなるような気がした。
ふたたび顔をあげた彼の、寝ぐせのようなふた房の髪の毛が、もふもふの耳に見えたような気がして、わたしは目をこすった。
「遠くに離れても、ずっと、お嬢さんには感謝しています。落ち着く先が決まったら、お店にお葉書を送ります。修行中で、ご恩返しができない間も、必ず毎晩お空の星を見上げて、お幸せを祈ります」
「そんなの、いいって」
毎晩祈られたら、さすがにちょっと重い。
「いいんです。家族の幸せを祈るついでですから。手間ではありません」
「ついでか。それなら、ありがたくお受けしようかな」
わたしはもう一度、笑った。
踵を返して、走って去っていく彼の、だぶだぶのフリースパーカの裾の下から、もふもふの尻尾のようなものが踊るようにはねているのが見えた気がして、わたしは再び、目をこすった。
目が疲れているのだろうか。
でも、数歩歩いてから、ふと上を見上げたら、久しぶりに、オリオン座が見えた。街灯の明かりに負けずに、かろうじて、ベルトの三ツ星がわかる。視線を動かして、冬の大三角を探した。オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウス。もう何年も、空を見上げることなんてなかったのに、視線を上げたらそれはすぐに見つかった。我ながらよく覚えていたものだと思う。
視線を前方に戻すと、ずっと先にある植え込みの影の低い位置で、ぴかり、と二つの星のような獣の目が煌めいた。あの日、駐車場の端でこちらを振り返ったポン介の目と同じだと、なぜか直感的に思ってしまった自分に驚いた。
作り話でも即興芝居でもなく、本当に、あの子はポン介だったのだろうか。
そうだったらいい。厳しくも実のあるご両親としっかり者のお兄さんたちに愛される、末っ子のポン介が、生家を離れる前にわたしに挨拶にきてくれた。さっきわたしがした、夢のない勘ぐりよりも、そっちのほうがずっといい。
こだぬき座って、あるんだろうか。いっそ作ってしまおうか。そしたらわたしも、たまにこうして夜空を見上げて、彼の幸せを祈るだろう。
◇
数週間後、店に、奇妙な絵はがきが届いた。
ファンレターだよ、と、店長が大笑いしてわたしにくれた。店の名前と住所、あて名は「ポンすけを助けてくれたおじょう様」。差出人のところには、ご丁寧に、肉球の爪先のようなかすれたスタンプ。
ポン介、字も下手くそだ。やっぱりどんくさい。わたしも、ふたたび笑わせてもらった。
絵葉書の表は、どこかの神社の写真だった。大きなクスノキが生えている。絵葉書にしては、奇妙なデザインだった。よほどの観光地になっているような神社でもなければこんな絵葉書は作らないだろうが、写真の神社は、どこにでもありそうな、こじんまりした鎮守の社だった。鳥居の扁額の字が、何とか読めた。八幡神社。ほとんど何の手掛かりにもならない。
わたしはそれを持って帰って、高校の卒業アルバムに挟んだ。
いつかどこかでこの神社を見かけたら、コロッケをお供えして、きちんとお参りしよう。ポン介によく似た子ダヌキが取りに来るかもしれない。ご縁があれば、そんな日も来るだろう。
本作品は、『冬の煌めき企画』参加作品です。よろしければ他の参加者様の作品も是非お楽しみください!
本作品は、貴嶋 司様(ID:1712277)と、「共通のキーワードを使って一日で短編を書きあげてみるチャレンジ」をしたときに書いた作品を推敲したものです。貴嶋様の該当作品は「吐息が触れる距離」(n7491gp)です。ご興味があれば読み比べていただけると幸いです。成立の細かい事情は藤倉楠之の活動報告にも記載します。