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40話 見つけた

 ジャックが消えたことで静まり返る家の中、しばらく停止状態だった思考回路は背中の傷がズキリと痛んだことで再び働き始める。


「はっ、はぁっ……」


 床に寝そべったままこれからどうするべきか考えるけれど、相変わらず血は止まっていないらしく、少しずつ赤い水溜りが広がっているのを目にして恐怖が心を支配した。


(こ、このまま……“死ねて”しまえるんじゃ……)


 最悪の結末が脳をよぎる。

 助けを求めようにも、こんな森の奥にある建物の中から叫んだところで誰かに届くとは考えにくかった。


(どうにか……どうにか、して……)


 せめて玄関まで這って行けないものかと試みるけれど、背中に力を入れると激痛で全身の筋肉が硬直してしまう。


「はぁっ……はぁっ……!」


 どうしよう、どうしようどうしよう。

 こうして寝そべっている間にも血溜まりは少しずつ広がっていて、死が近づいているのだと改めて思い知らされた。


(こわい、こわい……っ)


 ――……一人で死ぬのは、とても怖い。


「だれ、か……誰か、助けて……」


 やっと喉から出たのは、自分でも驚くほど小さい声だった。


(たすけて)


 帽子屋さん、白ウサギ、エース……助けて。この際もう、黒ウサギでも双子でも誰でもいい、何でもいい。

 何でもするから……アリスが死ぬ時、そばにいて。


「ひっ……う、っ……ご、ごめ……ごめん、なさい……っ」


 私が、悪い子だからいけないの?それなら、ねえ……良い子にするから。

 きちんとします、もうなきません。じゃましません、くちごたえしません。かってにそとにでたり、ひとにあったりしません。

 ごめんなさい、おかあさん。


「ごめん、な、さい……」


 だれか、そばにいて。おねがい。

 誰に対してでもなく、ただうわ言のように「ごめんなさい」を繰り返していると、小さな足音が鼓膜を震わせた。


(だれ……?)


 コツ……コツ……とリズミカルに音を響かせながら、ゆっくりと『誰か』が私に歩み寄ってくる。

 痛みと出血で意識が朦朧として、その人物が誰なのかはわからない。


「たす、け……うっ、たすけ、て……たすけて……ごめんなさい……」

「……」


 すぐそばまで来た『誰か』はその場で片膝をついて屈み、「おいで」とでも言うかのように両手を差し出した。


「いた、い……いたいの、ごめんなさい……こわいよ……」


 その手を掴んだ瞬間、ふっと痛みが消えて体が軽くなる。そのまま『その人』に抱きついて再度「ごめんなさい」と呟けば、優しく頭を撫でられ背中の傷に触れないよう気遣うかのようにそっと抱きしめ返された。

 もう、誰でもいい。最期までそばにいてくれるなら、それだけで。


「……アリス、もう大丈夫」

「……!!」


 耳を撫でる、優しい声。チェロを奏でるようなそれを、私はどこかで聞いたことがある。


(……誰だった?)


 花屋さん?時計屋さん?

 それとも……ジョーカーお兄様?


「……」


 その人の肩に埋めていた顔を上げ、輪郭を辿りながらゆっくりと目線を移動させた。

 海のように深い藍色の瞳と、さらりと流れる艶やかな黒髪。


「……サタ、ン……」


 ――……サタン・ジョーカーが、そこにいた。


「サタ、ン……サタン……っ!」


 よかった、消えてなかった。

 抱きつく腕に力を込めて、涙の溢れる顔を再度彼の肩に埋める。嗚咽混じりに繰り返し名を呼び続ける私の腰辺りを、小さな子供をあやす時のようにぽんぽんと叩くサタン。


「……大丈夫だ、アリス。もう大丈夫」


 大丈夫。

 彼の落とすその言葉は何よりも私の心を落ち着かせて、頭を撫でる大きな手は恐怖を和らげてくれた。


(魔法使いみたい……)


 不意に、背中の傷に触られて体が跳ねる。弾かれたように顔を上げ「やめて」と言うために口を開いた瞬間、激痛が消え床の血溜まりは煙のように消えてしまった。


「い……いた、く……ない……治ったの……?」

「……死なないように協力してやると言っただろ」


 ぽかんとする私を見て、サタンは不機嫌そうに言葉を紡ぐ。

 なぜ怒っているのかわからず彼の瞳を覗き込めば、今まで私の頭に置かれていた片手がわしゃわしゃと荒く髪を撫でた。


「ちょっ、」

「さて、と……」


 サタンは私を引き剥がしてから立ち上がり、服の端についた埃を片手ではらう。

 そのまま私に背を向けてどこかへ行こうとした彼の服の裾を、その場に座り込んだまま咄嗟に掴んで引き止めた。


「……どこへ行くの?」


 首だけで振り返り、震える私の手をちらりと見たものの何も返事をしないサタン。


(どうして、こっちを見ないの……?)


 そんな私の問いが聞こえているかのように、


「……どうしてだ? アリス。アリスはまだ……こんな目にあっても、生きたいとは思えないのか?」


 彼は、そう呟いて黙り込む。


(どうして、)


 なぜ、そんな事を聞くの?

 その理由は、他の誰でもなく自分自身が一番理解できているような気がして。


(――私は、)


 藍色のビー玉が静かに私を映し、同時に、誰かが「さあ、言うんだ」と促した。


(何を?)

「……何をか、なんて……そんな事、もう“わかっている”だろう? アリス」


 エースの声が背を押すと私の心臓は忙しく動き始め、脈打つ音が耳の奥を侵していく。

 緊張から体が震えて上手く声が出せず、金魚のようにぱくぱくと上下して空気を吐き出した。


(言わなきゃ……)


 言え、アリス……言うのよ。こんな『ゲーム』は、終わりにするの。私が“そう”願わなければ、終われない。


(そうでしょう? それが、『貴方』の望みなんでしょう……?)

「さあ、アリス……チェックメイトだ」


 ――……ドクン。

 一際大きく、心臓が跳ねる。


「……」

「あ……あな、た、が……貴方が……本物のジョーカー、でしょう……? サタン」


 瞬間――サタンは口の端を持ち上げ、一つ瞬きをした時には景色がモノクロの世界へ変わっていた。

 目の前にいる彼の裾から慌てて手を離そうとすれば、手首を掴まれ引っ張り上げられるようにして立ち上がる。

 ふらつきながら彼の胸に収まると、慈しむような微笑みが向けられた。


「……正解だ、アリス」


 ジョーカー、見つけた。

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