斬り捨てるべき者
「さて、内容は…………『庭の物動かすとまずいよ。化け物が強くなるんだ。小川の青い布を引き上げたら、化け物に鱗が生えちゃった。でも戻したら消え』」
「また千切れてるけど今回は長めだな」
「しかもとんでもねぇ情報じゃねぇか」
茶室の玄関で三人は顔を見合わせて頷き合った。
「「「庭はスルー!」」」
意思を一つにすると、玄関の引き戸を細く開いて辺りを窺う。
「奥座敷の池側にも縁側あったな。あそこから宝刀のある座敷に行ったほうが早いだろ」
フューの提案に玄関から出たシヅキが同意する。
「途中の池とか絶対覗き込んだら幽霊がガバーッと出てくるぜ」
「ホラー映画じゃないんですから」
そう言いながら、ミタカも通りすぎる池の中を覗こうとはしない。
赤い花の横を通り過ぎて、三人は母屋の縁側に足をかけた。
「ほら、ミタカ。手貸せ」
「本当にシヅキくんはいい子ですねぇ」
「なんだよ、これくらいで。お前ジジババの相手しすぎて言動が移ってるぞ」
縁側の段差を登るのに脇を抱えるミタカにシヅキは手を貸した。
照れ隠しで縁側に登った後はミタカと距離を取るシヅキは、足元に違和感を覚える。
「座敷の中は、何もいねぇな。もしかしてこの母屋の中には化け物入ってこれねぇのか?」
フューが一人閉め切られていた池方面の障子を開けて座敷の中を確かめた。
その間に、シヅキは自分の足の下にあった縁側を確かめる。
踏みしめた時に感じた違和感の元は、板の継ぎ目にしては大きな隙間。
ちょうど指の先を押し込めるほどの幅で、シヅキが指を入れると中に爪を引っ掛けられる場所がある。
「あ、これ! おい、隠し戸だぜ!」
縁側の板が一枚持ちあがり、その下から細長い収納が現われた。
「おや、以前現存する忍者屋敷に行った時にもありましたね、こういうの。確か敵が侵入した時のために刀を隠しておく場所だとか」
「おいおい、侍の屋敷かと思ったら東の魔法使いの家で、さらに忍者の住処ってなんだよ本当」
文句をつけるようにいながらも、フューの表情には隠しきれない好奇心が輝いている。
そして、振り返るシヅキは沈んだ表情で隠されていたものを二人に見せた。
「出て来たぜ、和紙だ。俺は喜べねぇ」
「う、出て来たものはしょうがないでしょう。解読します」
「まぁ、これでも手がかりにならなくはないかもしれないんだしな」
三人は座敷に入って庭の怪物に見つからないようまた障子を閉めた。
「はい、読めました。えー、『奉じる邪神をあれらは黄衣の王と呼んでいるらしい。なんという不届き極まりないことだろう。その上天の彼方より招じ入れるなどと妄言を吐く。天に通じる禁色を纏えるのは皇尊のみだというのに』」
ミタカが読み上げる和紙の内容もまた、邪教を止められなかったことへの後悔と憤りの文章だ。
「どうやらこの方は最初に見つけた和紙の方より後のお生まれのようですね。『父祖が里を犠牲にしても奴らは途絶えず、とある術者の家からも邪教の徒が出でた。我々は協力し、悪しき者どもを捕らえることに成功したが、第二第三の憑依者が現われるだけであった』」
「つまり邪神ってのを呼び出すために、チョーチョーとかいう奴らは動いてたってことか」
「協力したのはジュツシャって奴なんだよな? ヒョウイシャってのはなんだ?」
母国語ではないフューでは理解しえない単語ではあるが、母国語だからと言ってシヅキとミタカも理解することはできなかった。
「憑依ってあれだろ? お化けが乗り移るとかの」
「お化けに限らず神を降ろすことを指すこともありますね」
「ってことは、憑依者ってのは邪神呼び出した奴のことなのか?」
低いフューの声に、ミタカは元から白いその顔を覗き込む。
「大丈夫ですか? 神と言ってもあなた方西洋の方が信仰する神とは全くの別ものですから」
「それはわかってんだけど、なんかいっそわかるからこそ訳わからなくて気持ち悪ぃ」
「よくわからないとこで繊細だな。…………あれ? ここなんか漢字で読める気がするな。はち、は、八須多?」
シヅキはミタカが手を放した和紙の文字を見て読む。
「私もそこは訳せなかったのです。猪烏長人のような音写の当て字かもしれません。そうなると文章的に邪神の名前ではないかと」
「ハスタなんて神がアジアにはいるのか?」
「私も寡聞にして聞いたことがないのですよ、フューくん」
「けどよ、術者ってつまり日本での陰陽師みたいなやつのことだろ? だったらこの協力した奴がこの変な屋敷作ったんじゃないか?」
シヅキの指摘に、気を取り直したフューは頷く。
「悪しき者どもを捕らえることに成功したってことはだ、あの化け物はここに捕まってんじゃねぇのか?」
「あんな強力な化け物、倒すよりも隔離したほうが安全ですよね」
「ってことはだ。俺らその化け物を捕まえる仕掛けにまんまとはまっちまったってことか?」
シヅキの指摘にミタカは後悔を笑みに変える。
フューは乱暴に髪を掻き回して難しい表情を浮かべた。
「今はここがなんでできたかはいいんだ。問題はあれじゃねぇか?」
そう言ってフューは床の間の掛け軸を指差す。
『邪悪な者を切り捨てろ』と書かれているとミタカが説明した文字には、確かに『邪』と『斬』の文字が読み取れた。
「あ、今さらになって俺にも読めたかも」
「俺もだぜ。なんか『悪即斬』みたいな風に見える」
「これだけ邪教だ邪神だと書かれているものを見れば、この掛け軸を書いた頃の方が何を切り捨てるよう言っているのかは想像がついて来ましたね」
ミタカの言葉にシヅキとフューは指を立てた。
「ったく、なんでこういう大事な紙を隠してんだよ」
「なんにせよ、俺たちが切り捨てろって言われてんのは」
「「「化け物!」」」
三人は掛け軸を見ていた目を下に移動させる。
「なんか今さらだけど、これ抜いたら来た時みたいにわっと帰れねぇかな?」
シヅキの希望的観測に賛同者はいない。
「ベルのほうが気になったのはあるけど、これ特に変わってなかったしな」
フューは刀かけから小太刀を取り上げると両手に掴む。
「ベルを見た後は突然化け物に襲われましたし、失念していましたね」
ミタカもフューの後ろから小太刀を覗き込んだ。
そしてフューは刀身の半分ほどを引き抜く。
庭から入る仄明かりで鈍く光る刀身には、ぬめる赤黒い液体がまとわりついていた。
「げー! 血じゃねぇか!?」
青い顔をして身を引くシヅキに、ミタカは困ったように笑う。
「カナ書きの手記にもありましたし、それらしい痕跡はあるかと思っていましたが」
無言で小太刀を鞘に納めたフューは、刀かけに宝刀を戻した。
何も言わず立ち上がると、自ら縁側のほうへ向かい顔を仰け反らせて勢いをつける。
次の瞬間、フューは自ら梁に額を強打していた。
「な、何をしているんですか!?」
「お前の番って言ったけど、あれはしろってわけじゃねぇよ!?」
「…………よし、頭すっきりした」
何ごともなかったかのように笑うフューに、シヅキとミタカは顔を見合わせる。
「驚かせて悪いな。そういや人間斬ったって話しあったんだよな。ちょっと頭に血が昇っちまった」
「あなたがそれで大丈夫だと言うなら信じますが」
「平気だ。それにお前ら気づいたか? 刀についてたのは人間の血だけじゃねぇ。あの化け物の黒っぽい血もついてやがった」
「つまり、その刀で化け物斬れば帰れるかもしれねぇって?」
「考えてもみれば、私たちのように半数が刃物を持っている状態で来るかなんてわかったものではないですよね」
「そういやそうだな。最初に掛け軸見た奴はだいたい刀が必要って考えるもんか」
帯刀が禁止されて長い日本で、切り捨てろと命じられたなら目の前の小太刀を手に取る者のほうが多いだろう。
「俺としてはなんで血が渇いてないのかが気になるぜ」
フューの指摘にシヅキも考え込む。
「弟が怪我して一月くらいだな」
「刃の血はまるで今ついたように見えましたよ」
「シヅキの弟が食べる物がないなんて書いたってことは、時間が経てば腹が減る。つまりここには時間は流れてるはずだろ」
「そう考えるとこの屋敷も古い感じしないしな。時間が関係あるのは生き物だけとかじゃねぇか?」
「ですが骨になっている方はいましたし。化け物は生きて活動していますよ?」
「人間は時間が経てば死ぬけど、あの化け物は長生きだとかかもな。それか定期的に俺らみたいなのが来て食事には困らないかだな」
「う、化け物の死体は共食いされてるかもしれねぇんだよな。ってことはあの骨も食えない部分だけ残してあそこにあったのか?」
シヅキが顔を顰めた時、祠のほうから激しいベルの音が響いた。
「鳴ったのは一回だったな?」
「ということは出てきたのは一体ですね」
「こりゃ、試すにはいい相手じゃねぇか?」
シヅキは一つ深呼吸をして刀かけから宝刀を掴み上げる。
「こいつで切って様子を見る」
「ミタカは無茶するなよ」
「それは私ばかりを狙う化け物に言ってください」
シヅキは覚悟を決めて鞘から小太刀を抜く。
血に濡れて怪しく光る宝刀を見ないよう、三人は庭を見据えた。
「行こう」
「行きましょう」
「行くぜ」
頷き合うと、三人は自ら化け物に向かって足を踏み出した。
毎週日曜月曜更新
化け物の動き
基本的に庭を徘徊している。
そのため建物から建物へ移動する際、庭へ出る時に遭遇するかどうかをサイコロの出目で決める。
出目が悪いと化け物に気づかず奇襲される。
出目が良いと遠目からでも見つけられる上に周囲に他の個体はいない。
一時間ごとに人間の数を上限にサイコロの出目で何体出現するかを決める。
三十体になると屋内外を問わず常に化け物に見つかる状況に陥る。
一つの建物に一時間以上居続けると化け物が室内に侵入してくる。
出会うかどうかはサイコロの出目次第。
見張りを置いていれば回避可能。
一度化け物から見えない場所へ移動すればそれ以上追ってくることはない。