邪教の一族
和紙に書かれた縦線にも見える文字を追い、ミタカは頷く。
「ほら、ここなんかは漢字らしい形でしょう? 『候』と書かれています」
「あ? あぁ、言われてみるとそう見えるな」
「わっかんねー。なんでミタカはこんなの読めるんだ?」
「私、日本文学科卒なので、和歌の原本の解読も授業の一環でやりましたから。筆の動きを想像すれば見えてくるのです」
説明をされれば読み取れるシヅキだが、さすがに古風すぎる言い回しを理解することはできなかった。
「では、意訳ですが」
全部を読み取ったミタカは、難しい顔をして和紙に書かれた文章の内容を告げる。
「子供のように小さな異民族が海を渡ってやって来た。頭のへこんだその姿は醜悪であったものの、すぐさま害を成す様子もないので保護をした。今さらだがそれは間違いだった。邪悪なる神を奉る異民族は里に邪教を広め化け物を生み出し呼び寄せ、邪教をはねつける者を密かに捕らえて生贄として殺していた」
ミタカが読み解いたのは後悔の書であった。
「邪教の異民族は自らを猪烏長の人であると名乗った。奴らさえ来なければ、あれほど邪悪な化け物も生まれることはなかったのに」
ミタカが意訳した内容は現代的な表現を交えながらも、ほぼ意味は違わなかった。
「この猪烏長というのはよくわかりません。そのまま読むとチョウチョウ人となりますが、そんな民族聞いたことはないので」
顔を顰めたままだが冷静さを維持して語るミタカに、フューも大きく息を吐き出して思考を取り戻す。
「えーと、ほら。日本語でちょうなんとかって国が隣にあるだろ。あそこの奴じゃねぇのか?」
「歴史的にあちらの国との往来は頻繁なので、文字を書けるだけの教養がある方が知らないとも思えませんが」
「あれ、じゃ…………ないのか?」
震える声でシヅキが絞り出すように言った。
見開かれた目は自身の両手を見下ろしている。
「玄関近くの、石だと思った、あの、頭蓋骨」
「そうだ! 子供みたいに小さくて、頭がへこんでる!」
「あ、そういうことでしたか。私、頭に攻撃されてあのようなことにと」
謎が解けたと息を吐くミタカとフューに対して、シヅキは微かだった体の震えが大きく激しくなって行く。
「あれ、あの骨が本当にチョーチョーって奴なら、化け物生み出しったって、あれ! そういうことだろ!? あんなの作れるってどうなんてだよ!? 生贄ってどういうことだよ!?」
混乱して声を大きくし体を震わせるシヅキだが、その場から一歩も動かず瞬きさえしない。
そして自らの声に驚いたように、その後は硬く口を閉ざしてピクリとも動かなくなってしまった。
「…………今の声で化け物寄ってくるか? 一度移動するか?」
「いえ、少しシヅキくんを落ち着かせましょう。彼は私たちのように思考から逃げる術を持っていないのでしょう」
ミタカはシヅキの前に移動すると、その顔を両手で支えて目を合わせた。
「シヅキくん、私の手の熱はわかりますか? これは私が生きているから熱を発しているんです。ではあなたが触れた頭蓋骨はどうでしたか? あれは石に間違うくらい冷たかったでしょう? つまりもう生きてないんです」
ゆっくり言い聞かせるように喋るミタカの声に、シヅキは徐々に反応を示す。
その間、フューは庭を監視して化け物が近寄ってこないかを警戒していた。
「死んだ相手はもう悪さはしません。あの化け物とは別に考えましょう。つまり、私たちが猪烏長の人に生贄にされる心配はないんです」
「あ、あぁ」
「何よりあなたの弟さんは生きて帰っているじゃないですか。帰って言ってあげましょう。なんて恐ろしいお化け屋敷に放り込んでくれたんだと」
「おい、それは」
「いえ、ここにメモを残すくらいなら、あの宝刀を入れた箱に一言注意事項を入れておいてくれても良かったと思いませんか?」
「まぁ、確かに」
「でしょう? ここはお兄さんらしくビシッと」
「俺らがねだってシヅキは弟の部屋から宝刀盗んだんだけどな」
フューはそう軽口を入れて庭先に親指を向けた。
見えなくとも化け物が近づいてきているとシヅキとミタカは理解する。
三人は頷き合って静かに立ち上がると座敷と壁で隔てられた取次の間へ移動しようとした。
玄関に続く廊下に出ようとしたところで、一番後ろを歩いていたシヅキから鈍い打音が聞こえる。
「…………痛…………!」
「え、もしかして頭打ちました?」
「ぷ、なんだっけ、言ったことが自分に返ってくるって意味の」
「嘘から出た実? いえ、悪因悪果それとも私の後ですし、しっぺ返しですか?」
「くそ! なんでそんな色々出てくるんだよ!?」
「あ、そうだ。お約束だ! あはははは」
「ふ、ははは! 本当そうですね」
「おい! それだと次はお前が頭打つ番だから、フュー!」
沈み張りつめていた空気が散るように、シヅキは普段の調子を取り戻して声を上げる。
ひとしきり笑った後、三人は息を整えて額を突き合わせた。
「で、どうすんだよ? ちょうど今、周辺に化け物いないぜ? あと探してないのは離れの隣だな」
「垣根で入り口は見えねぇが屋根は見えてるから、それなりの建物はあるんだろ」
「こじんまりとしていますし、もしかしたら茶室かもしれませんね」
三人は頭蓋骨には目を向けないようにしつつ辺りを警戒して茶室へと進んだ。
茶室を仕切る垣根の所まで来た時、歩くことに精神力を使っているミタカ以外の二人が足元の紙に気づいた。
「「あ」」
「どうしました?」
「いったん垣根の中まで入るぞ」
「また紙が落ちてた。和紙じゃねぇ」
「あ、さようですか」
辺りに化け物がいないことを確認し、三人は垣根の影にしゃがみ込んだ。
「お、あいつの字だ」
「弟さんのメモだと安心感がありますね」
「癒し系ってこういうことか?」
シヅキは冷めた目をミタカとフューから外してメモを読んだ。
「『這う化け物以外に、蟻みたいなでっかい別の化け物がいたよ』うわ、マジか。『けど傷だらけで俺らも頑張って倒したからもういないと思』よくやった!」
読みながら合いの手を入れたシヅキは、またメモが半端に千切れていることも気にせず弟を褒めた。
「でっかいとはどれくらいでしょうね。あの化け物も私が覆いかぶさってもまだはみ出るくらいには大きいんですが?」
「蟻って案外顎鋭い奴いるよな。倒してくれてて良かったぜ。今はまだ血出てねぇけど、もしあいつらが臭いで動いてたらまずいしな」
いつまでも座り込んでもいられず三人は動きだす。
「やはり茶室ですね。この敷石沿いに行けば、あ、躙り口がありましたよ。開いてますね」
「ニジリグチ? 垣根で隠して竹垣で隠して、なんだこの小さな入り口?」
「どんな身分の者でも頭を下げて入らなければいけない礼節の場所なんですよ。あと、そちらの竹垣近くにある木製の棚、刀を置いておく場所のはずです」
「マジかよ。本当にここって武家屋敷なのか? 宝刀の元の持ち主は旧家って聞いてたけど武士の家だったんだな」
室内を確かめて化け物がいないとみると、三人は礼儀を気にせず入り込む。
躙り口正面の床の間には、一体の動物を描いた掛け軸があった。
中は六畳ほどの茶室で、茶道具もなく何もない部屋だ。
「なぁ、ミタカ。こっちの戸はなんだ?」
「玄関か、水屋か。どうやら水屋のほうですね。道具を片づけておくための場所です」
シヅキに答えて水屋へ移動するも、大柄な男二人を含む三人が並ぶと狭さを感じる。
「ここも何もねぇか。ミタカ、最初に入った部屋にあった絵はなんの動物だ?」
「角に鬣、鱗も描かれていましたから、たぶん麒麟でしょう」
「あ、ビールに描いてあるやつだろ。妖怪だよ、妖怪」
シヅキが思い当たり知った風に教える。
フューは妖怪という言葉に惹かれ、ミタカに詳しく聞こうとした。
だがミタカは浮かない表情をしている。
「何か気になることでもあったか? 正直俺じゃこの屋敷はわかんねぇ」
「俺もわからねぇけど、まぁ、確かにあの祠っぽいのはなんであそこにあるんだって気はするな」
「いえ、あのベルではなく、なんだかこの屋敷全体の…………あ! 麒麟!」
ミタカは思いついた様子で手を打った。
「そうですよ。あの小川の青い布、池の赤い花、黒い小山も門の白い道。この屋敷には四神相応が作られているんです」
「なんだそれ? 小川にそんなのあったか?」
「シヅキ、ともかくミタカの見解を聞こうぜ」
「わかりやすく言うとですね…………平安京や江戸で都を作る時に重要視された魔法的な要素です」
「あ、陰陽師。映画でなんかそんなのやってるの見たぜ。って、ここ武士の家なんだろ?」
「実は東洋の魔法使いの家だったのか?」
シヅキとフューの質問に、ミタカは考え込む。
「確か四神相応の地は都の周りの地形で、都を害から守ると言う…………」
「ってことは小川、小山、道、池って囲まれてるのは、母屋だな」
「母屋を守る地形を作ってるのか? 何かあったかあそこ?」
「私たち、思えばあの母屋をあまり探していません。何か見落としがあるのではないでしょうか?」
「そう言えば全部回ってないな。玄関の板間の台所とは反対の隣ってなんだ?」
「よし、じゃあ茶室のもう一つの戸の向こう確認してから母屋に戻るか」
フューの掛け声で移動をすると、そこは躙り口とは違う玄関だった。
化け物を警戒しようとしたシヅキは、建築当時の日本人よりも大きな自身の身長を失念し、また柱の梁で頭を打つ。
「くそ! 次はお前のはずだろ、フュー!」
「知らねぇって。それよりほら、ミタカの持ってるもん見ろよ」
「どうやら弟さんのメモのようですよ」
シヅキが頭をぶつけている間に、ミタカとフューは新たなメモを見つけていた。
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無視されたギミック
6)納屋
納屋に置いてありそうな物なら大抵ある。
ただし一度の探索で手に入るアイテムの数は人数分のみ。
またサイコロの出目によって見つかったかどうかを決める。
今回の三人はメモ紙と手当の道具しか探さなかったが、武器もある。
7)鍵
新しくても明治までの建物なので家屋に複雑な鍵はついていない。
唯一錠前のついている土蔵の鍵は門の前から続く白い石の道にある。
一つだけ割れた石の下に隠されている。が、鍵を探しもしないし石に興味も持たなかった。
鍵がなくても破壊や技能で開くことは可能。
ただし鍵を使わなかった場合、二度と土蔵を閉めることはできなくなる。
8)壁
身長が高い、もしくは道具を使えば壁に登ることはできる。
登ったあなたは見てしまうだろう。
黒い空がそのまますっぽり辺りを覆っている異常な風景を。
何処にも行けない、逃げられない。ここは人間が住む場所ではありえないことを知るだろう。
9)門
重そうな閂のかけられた門。
門の上部には「封」と書かれた札が張られている。
出口を求めて閂に手をかけたあなたは全身を這いあがる恐怖と寒気に急速に力を失う。
体の内側を虫が這いずるような嫌悪感は閂に手をかけている限り襲ってくる。
恐怖に打ち勝って門を開いた時、そこには開門を待ち続けた化け物の群れが襲いかかるだろう。
10)時計
スマホは圏外となっているが、電源は入り時計表示も生きている。
行動する度に確認すれば、この異常な空間の中にも時が流れていることを知るだろう。
また、勝手にベルが鳴る間隔が一時間であることもわかる。
行動決定の際、サイコロの出目がアイテムを指せば時計を確かめる描写を入れる予定だった。
しかし一度もアイテムの出目が出ることなく終わる。