化け物の増殖
シヅキが竈の影から見つけたのは弟の癖を感じさせる現代語が書かれた紙だった。
「『庭は危険だよ! 触らないほうがいいし覗かないほうがいいよ! 注意は必要だけど特に役に立つ物もないし』…………遅ぇよ!」
シヅキは紙を握り潰して叫んだ。
「これは、台所探ってから行くべきでしたね」
「たぶんこれ見てたら持ち上げるなんてことしなかったしな」
「お、思い出させるな!」
小さな頭蓋骨を持ち上げた両手を、シヅキは必死にズボンにこすりつけた。
「くそ! ようやくまともに書いたと思ったらこれかよ!」
「まぁ、まぁ。弟さんもいつ見るかはわかっていないんですから。怒りすぎるのも焦りの元ですよ」
シヅキを宥めるミタカに、フューは軽く肩を小突いた。
「お前もだよ。色々抑えすぎて爆発するなよ」
痛みに耐えながら動き続けるミタカが無理をしていることは簡単に想像できた。
「足を引っ張らないよう、善処させていただきます」
「聞く気ねぇなこいつ。本当に動けなくなる前に休めよ、ホント」
フューが念を押した時、屋敷中に叩きつけるような金属音が響いた。
「あのベルか!?」
「なんでまた!」
「確かめましょう」
ミタカの提案に、シヅキとフューは警戒しながら座敷に向かって屋敷内を進んだ。
座敷越しに縁側の向こうのベルを見ると、そこには二体の化け物が左右に別れて移動を始めたところだった。
「ベルは二回なりましたね。そしているのは二体の化け物。これは関連があるとみていいのでしょうか?」
「俺が鳴らしちまった時のことも考えればそうだろうな。ベルの音一回につき一体の化け物が湧いて出るんだろ」
「くそ、なんで誰も触ってないのに鳴るんだよ。あいつが書き残したとおり、このままだとここは化け物で溢れることになるぜ」
「最初何体いたかはわからねぇけど、少なくとも六体は化け物が歩き回ってることになるな」
「六体ですか。物陰とほどほどの広さがあるとは言え、動きにくくなってきましたね」
「なぁ、今ちょうどあの祠周り化け物いねぇし、フューが見つけたって紙回収するチャンスじゃねぇか?」
シヅキの思いつきにミタカもフューも頷く。
「この屋敷の造りは以前観光した武家屋敷と似たようなものですが、あの祠だけが不自然な位置にあります」
「よし、今度こそ鳴らさずに手がかりを手に入れるぜ」
意気込んでフューは座敷から縁側に出る。
庭に降りる時にはシヅキがミタカの動きを手伝った。
そして庭に降り、足元を見ていたシヅキとミタカは気づく。
縁側の下から這い出るために土を掻く、灰緑色の指の存在に。
「「出たー!」」
「え!? うお、こっち来い!」
祠に向かっていたフューも気づいてナイフを抜く。
けれどミタカは咄嗟に納屋で手に入れた麻袋を使って化け物を抑えつけようとした。
「馬鹿! 反対に締め上げられるぞ!」
まだほとんど縁の下にいる化け物を捕まえきれなかったミタカを、シヅキは腕を引いてフューと合流した。
その間に這い出した化け物は、確実に三人に狙いを定めて動きだす。
先ほど現れた二体の化け物はまだ遠くへ行っていない。
出て来た屋内に戻るには化け物を回避しなくてはいけない。
「やるしかねぇな、こりゃ」
「やってみた感じ、麻袋のざらざらで捕まえられそうです」
「お前さっきも狙われてたんだからな」
呆れるシヅキはナイフを振って化け物に攻撃を加える。
遅れず動いたフューもナイフを振ったものの、持ち上げられた触手の手を警戒して目測が狂った。
「ち、外し…………狙いはお前だ!」
フューは避けた触手の先にミタカがいることに気づいて叫ぶ。
しかし触手はすでに動きだしており、強打がミタカを襲った。
「ぐ…………! ぅう、痛ったいじゃないですか!」
最初に殴打されたのとは反対の脇を狙われ、ミタカの目に怒りが宿る。
「ただでさえ痛いのに反対側まで打つなんて、性格悪すぎやしませんか!?」
打たれた脇をそのまま締めたミタカは触手を捕らえる。
痛みに歯を食いしばり身を返すと、体を投げ出すように化け物の上にのしかかった。
高身長のミタカの重みに、這うことしかできない化け物は身動きが取れなくなった様子でうごめくだけ。
「今です!」
「マジかよ!?」
「やるしかねぇな!」
ミタカにナイフが当たらないようにしながらも、シヅキとフューは攻撃を加える。
化け物は抵抗するように灰緑色の表皮を波打たせ、ミタカを押しのけるように動いた。
しかし全体重を乗せたミタカの抑え込みから逃れることはできない。
「これでもまだ死なねぇのか!」
ナイフを深く差すシヅキに、化け物は身を震わせるがまだ動いている。
「あーもー! 本当なんで靴はいて来なかったかな、俺!」
言いながら、フューは動きだそうとする化け物のもう一本の腕の付け根を渾身の力で踏みつけた。
フューの足の裏に、何か水袋のような物が破裂する感触が伝う。
それまで抵抗をしていた化け物は、空気が抜けるように力を失くしていった。
「うぇー、なんで肩っぽいところに臓器があるんだよ」
「え、お前何踏んだんだよ?」
靴下を地面にこすりつけるフューに、シヅキはミタカに手を貸しながら引きぎみに聞く。
答えを知らないフューは肩を竦めてミタカの様子を窺った。
「ったく、無茶しやがって」
「本当に爆発したな」
「だってひどくないですか? 私ばかり狙われてる気がします」
打たれた箇所を納屋で見つけた布類で圧迫し直し、ミタカはぼやく。
その目は恨めしげに化け物へと向けられた。
「あ、そこ、また紙がくっついてますよ」
「お、本当だ。さてさて、今度は? …………うわぁ」
紙を拾い上げたフューは嫌そうな声を上げた。
シヅキは嫌な予感がして覗きには行かない。
「なんだよ?」
「俺の読み違いかもしれねぇから、自分で見てくれ」
そう言ってフューが見せた紙にはカナ書きでつづられている。
そして目につく漢字が『人間』『盾』だ。
「『他ノ人間ヲ盾ニスルナラバ化ケ物ハ獲物ヲ定メ余人ハ逃ゲ果セル。奴ラハ鈍イ』って、いらねぇよこんな情報!」
「俺もうこいつのメモは見たくねぇな」
「気持ちはわかりますがここから得られる情報もあると考えましょう。まず、仲間を囮にすれば奇襲をかけられます」
「確かにそうだな。たぶん隠れる所があればあいつら簡単に俺たち見失うだろ」
「って言ってもこれから数が増えてくんだぜ? 隠れる場所もなくなるんじゃねぇか?」
シヅキの指摘に嫌な顔をしたミタカは、不意に気づいて辺りを見回した。
「そう言えば、最初に化け物を倒したのもここだったはずですが?」
「…………死体がなくなってるな」
「なんでだよ。実は生きてたのか?」
戸惑うシヅキにフューは地面を指す。
そこには確かに倒した化け物の血の跡があった。
同時に、千切れた皮膚片のような灰緑色の物もある。
「骨なさそうな感じだし、食っちまえば何も残らねぇんだろうな」
「「食っ…………!?」」
シヅキとミタカは言葉を詰まらせ口を覆う。
辺りを見回したフューは、新手がいないことを確認した。
「たぶんまたここに化け物が来たら食いつくんじゃねぇか? ベルが鳴って出て来た奴はすぐにどこか行くみたいだが」
「おい、ミタカ。立てるか? ここはヤバすぎる」
「えぇ、化け物の共食いなど見る気はありません」
シヅキがミタカを支えて立ち上がる。
フューは当初の目的を忘れず祠の中を慎重に覗き込んだ。
「お、やっぱりあったぜ。紙だ」
「今は見たくねぇ気分だな」
「私、弟さんのメモなら見てもいいです」
そんなことを言いながら、物陰の多い屋内へと退避する。
次の間の障子や板戸を動かし、警戒と脱出を考え全ては閉じないよう配置した。
「うん? なんかこれ違うぜ」
「おい、これ和紙じゃねぇか」
フューが見つけた紙は三つに折られた和紙。
シヅキの弟もカナ書きのメモも、どちらもわら半紙のようなざらつく紙に書かれていた。
フューが開くと、そこには細く流れるような墨の跡。
「なんだこれ? 線ばっかりだ。暗号か? くそ、わからねぇな」
「いや、これたぶんすっげぇ古い文字だぜ。俺らでも読めねぇよ」
「…………読めそうですよ」
「「え!?」」
驚くシヅキとフューに、ミタカは不安そう笑った。
「たぶん、ですが」
毎週日曜月曜更新
無視されたギミック
1)赤い花の咲く池
何げなく池を覗き込んだあなたは気づくだろう。その池の異様な深さに。
そして黒い空から降り注ぐ光が、深い水底の淀みを照らす。
淀みを作るのは腐敗した肉や皮、骨のない灰緑色をした化け物の残骸。
小川に流れるのは化け物の死体の上澄みでしかないことに気づいてしまうだろう。
2)土蔵
鍵を開けるか壊すと中に入れる。
灯りがなければ中を見通すことはできず、不用意に入り込めば敵の思うつぼだ。
土蔵に封印された大きな蟻のような化け物は知能が高く、暗がりに隠れて不意打ちをしてくる。
何処かにある酒と祈祷文を使えば隷属させられるかもしれない。
3)黒い小山
納屋で道具を手に入れたあなたは不自然に存在する黒い小山を掘り返す。
固まった土は硬かったものの、運よく化け物に見つからない内に山を崩すことに成功した。
そして現れるのはミミズが絡みつくようなデザインの水筒に入れられた酒と古文書。
日本語ではない言葉も書かれており解読は難しい。
けれどその文言を口に出すと、土蔵のほうで大きな生き物が動く音がした。
4)塗りこめられた勝手口
箱庭を形成する壁を壊すことはできない。
魔術的守りが施されれば、塗りこめられただけの壁も石の硬さとなる。
破壊のため攻撃をした場合、与えたダメージと同じ分のダメージを負うことになる。
5)井戸
石を括りつけた木の板で蓋がされた井戸。
その蓋を外して中を覗いても暗くて底は見通せない。
けれど昇って来る腐敗臭にあなたは気づいてしまうだろう。井戸の底に死体があることを。
灯りを持って照らせば体の半分が腐り落ちた男性と目が合う。
残った半分は蝋のように白く、なお生きているかのようにあなたを見て片腕を伸ばしている。
正気を失わずよく見れば、男性は間違いなく死んでいることがわかる。
また腰に墨壷と筆、わら半紙を下げていることに気づくだろう。