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闇に足を取られた日常で  作者: うめー
伝家の宝刀
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殺した帰還者

 化け物が見えなくなって、シヅキ、ミタカ、フューの三人は母屋の中を移動した。

 向かったのは座敷と壁を隔てた八畳ほどの座間。

 縁側はなく、板戸の開いたそこは屋敷の門から一直線に開いた取次の間だった。


「おい! 上手くやったな!」

「シヅキくん、お見事です!」

「へ、あんなにバタバタ音立てて成功するのなんてあの化け物相手だからだよ」


 シヅキは手に入れた紙を振って誇らしげだ。

 思いの外上手く行った作戦に、ミタカとフューも悪のりをする。


「元不良のキヌヅカだな!」

「それを言うなら杵柄です。さすがネトゲでまで女性に手を出そうと考えるフットワークの軽さ!」

「えーと、脛に傷持つやつは違うぜ!」

「お前の日本語知識が違ってんだよ!」


 さすがに怒ったシヅキは、二人を睨みつけつつ紙を開いた。

 そして視線を落とすと、盛大に顔を顰める。


「どうした、シヅキ?」

「まさか漢文でしたか?」


 聞いても答えないシヅキは紙を渡そうともしない。

 痺れを切らしたフューが奪うと、シヅキは止めるべきかどうかを迷ってやはり無言のままだった。


「長い。ミタカパス」

「はいはい。えー、『鬼畜ノ所業コソコノ箱庭デハ正シキ行イデアツタヤウダ。共ニ囚ワレタ同朋ヲ斬リ捨テシ外道者モ消エタ。帰還ヲ果タシタノデアロウ。アノ時、死ヲ前ニシタ者ヲ看取リシハ間違イデアロウカ。コノ手デ引導ヲ渡シテオレバ今頃私モ』…………」

「うわ…………」


 古風な言い回しであっても、フューにもおおよその意味は聞き取れた。

 そしてその内容が人間を殺してここから抜け出せた者がいるという事実であることが三人の口を重くさせる。


 上手く行ったと気分が高まった分だけ、突きつけられた非情な現実が叩きつけるような衝撃を与える。


「…………やはり殺し合わせることがあの掛け軸の意図なのでしょうか?」

「だったら、俺の弟はヘタレじゃなかったんだな」


 普段と違ってシヅキの憎まれ口を笑える者はいない。

 ただフューは紙を見つめて指を折った。


「少なくともこの紙を書いた奴は四人以上で来てたわけだ」

「え? あ、そうですね。書いた人、斬り捨てた人、斬り捨てられた人、看取られた人で確かに四人です」

「四人の内二人は死んでる、か。帰れる奴が一人なんてことはないだろうな?」

「それはシヅキの弟が一人だけ生き残って今までどおりの生活ができる神経持ってるかどうかだな」

「…………あいつ、妙なところで図太いからなぁ」

「けれどシヅキくんと同じ環境で育って不良の道にも入らなかったのでしょう? でしたら良識のある青年だと思いますが」


 ミタカの想定にシヅキは複雑そうな表情を浮かべた。


「あぁ、そうだよ。あいつは周りに愛想いいし、失敗しても気にしないで笑ってられる奴だ」

「そう言えば出来のいい弟がうざいって言ってたことあるな」

「うるせー」

「シヅキくんにはシヅキくんのいいところありますよ」

「ち、今はそんな話じゃねぇだろ。どうするんだここから!」


 見るからに苛立つシヅキに、ミタカとフューは雑な話題の転換に乗った。


「情報が足りねぇな。それにこれ書いた奴は、仲間殺した奴が帰れるとは思ってなかったんじゃないか?」

「確かに鬼畜の所業とずいぶん批判的ですね」

「おい、外道者もってことは、一緒に消えた五人目がいたんじゃねぇか?」


 シヅキの気づきにミタカとフューは頷く。


「確かにそう読めますね。となると、この戦中の方々は何かしら正規の、他人を殺さずに帰れる方法を知っていた」

「なのに、他人殺した馬鹿野郎がいて、正規の手を踏んでねぇのにそいつまで帰っちまった」

「自分も誰か殺してれば帰れたんじぇねぇかなんて思ってる当たり、こいつも相当きて…………」


 言葉を不自然に切ったシヅキは、口の前に指を立てる。

 もう一方の手で指すのは庭先。

 そこには離れのほうから当てもなく這いずる化け物の姿があった。


 頷いたフューは、親指で座敷のほうを差し音を立てないよう立ち上がる。

 ミタカが脇を庇いながらその後に続き、化け物に注意を払いつつシヅキも後退した。


「新手は…………いねぇな。よし、今の内に納屋に行くぜ」


 縁側から黒い小山周辺を見渡したフューの合図で、他の二人も庭に降りる。


「…………今思ったんですが、納屋に鍵がかかってたらどうしましょう?」

「ちょうどヘアピン持ってるし、簡単なのなら開けられるぜ」


 犯罪者紛いなシヅキの発言に、良識的な大人を自認するミタカも頼もしさを覚えた。

 ただし、懸念は思い過ごしで納屋の引き戸は簡単に開く。


「暗いな。隙間から光が入ってるぶん、物陰が全く見えねぇ」

「小さいですがライトを持っていますので、何を探すか決めてから動きましょうか」

「適当に物置きすぎだろ。くそ、こっち足の踏み場もないぞ」

「おい、シヅキ。その足元にある物なんだよ?」

「あ? これか? なんだろうな? 作りかけの…………なんか盾?」

「足元には木くずや縄の切れ端が落ちていますね。なんだか、さっきまで誰かが作業をしていた途中のような」


 削られた木材の表面に劣化は見られず、中身を確かめるために降ろされ蓋を開けられた葛籠は直されないまま。


「普通に考えたら、納屋にはなんでもあるなんて書き残したあいつだろうな」

「弟さん、ですか。ではここにもメモが残してあるかもしれませんね」

「なぁ、こういう所ってさ、ゲームなんかだと死体が…………」

「捜さねぇよ!?」

「捜しませんよ!」

「お、おう…………。あ、これじゃねぇか?」


 フューは天井の隙間から差し込む光の先に、炭で文字の綴られた紙を見つけた。


「『食べ物はないし化け物は増え続けるし、困ったな。みんな疲れ』って、またかよ」

「ただ今度はわかりやすいですね。それに重要な情報もきちんと書いてあります」

「あぁ、化け物は増え続ける。逃げ隠れしてる場合じゃねぇなこりゃ。水があっても化け物から逃げる体力維持することすらできねぇ」


 長期戦は無意味であることを三人は確認し合う。


「やはり頼みの綱は弟さんのメモですね。生きて帰った彼の言葉が脱出の手がかりです」

「正直、あの古いカタカナの紙は参考にしたくねぇしな」

「増える化け物なんて、化け物の時点で意味がわかんねぇのにつき合ってられるか」


 シヅキが毒づくと、ミタカは納屋とそこに仕舞われた物品に目を向ける。


「たぶん、ここは現実ではないのでしょう。けれど、確かに現実に即した建物ではあります」

「どういう意味だ? まぁ、転移してる時点で現実とは思えねぇけど」

「大まかに見て回った限り、ここは武家屋敷なのではないかと思います。門があって取次の間があって、生活動線も機能するよう配置されています」

「こんな所に住んでた奴がいるってのかよ」

「シヅキ、逆じゃねぇか。むかし住んでた奴が何かの理由でこんな不思議空間を作り上げたんだ」

「私もそう思います。先ほどの古い手記には、この場所を箱庭と表現していました。きっとこの壁に囲まれた敷地内から出ることはできないようになっているのでしょう」

「そんなの、外の壁越えればいいだけじゃねぇのかよ?」


 シヅキには難しくとも、ミタカとフューは高身長だ。

 武士が生きた時代の日本人を想定して作られた外壁の高さは踏み台でも作れば超えることはできるだろう。


「こんな黒い空がある世界の外がどんな場所かシヅキは見たいのか? だったら俺が抱え上げてやってもいいぜ」

「…………いらねぇよ。もし何かあるならあいつが書き残してるはずだ。それを捜してからでも遅くねぇだろ」

「えぇ、誰かが何かの目的でこの空間を作って箱庭にしたのなら、ルールを破った場合ペナルティが課される危険もあります」


 そう言いながら、ミタカは布類をわき腹に巻き付け補強し、大きな麻袋を拾い上げる。

 フューは切られていない縄を掴むと、絡まず伸びるよう手慣れた動きで丸く纏めた。

 手持ち無沙汰のシヅキは肩を竦める。


「まぁ、ご丁寧に掛け軸にやることは書いてあったしな」

「全然親切じゃねぇし、アメリカなら訴訟待ったなしだけどな」

「ともかく、情報収集を続けましょう。ここまで見て来た形から、母屋の向こうの門の近くに何かあるはずです」


 三人は納屋を出て、辺りに化け物がいないかを確かめた。

 そこで納屋の近くにある壁が一カ所、他と違って土台の黒い基礎がないことに気づく。


「なんだこれ? ここだけ真っ白だ」

「きっと勝手口があったのでしょう。ここは屋敷の裏手に当たるようです」

「塗りこめられてるってやつか。ゲームならここに抜け道とかあるんだろうけど」


 納屋の中で決めた方針に従い、三人は母屋の横を抜けて門のほうへと向かう。


「なぁ、ミタカ。あの四角い箱はなんだ?」

「井戸でしょうね。台所の土間が見えますし」

「どうせ食いもんないんだから意味ねぇな」


 通りすぎて門の見える場所まで来ると、門から取次の間まで、白い石が敷いてあるのがよく見えた。


「ここの石割れて外れそうだぜ」

「あの化け物、石で殴った程度で効くのか?」

「あなた方は自前の得物をお持ちじゃないですか」


 ガタつく石を足で確かめていたフューは、ミタカの指摘に納得してその場を離れる。


「あぁ、母屋の玄関がここですね。上がりの板間もあります」

「おい、こっちには白い丸い石があるぞ。これのほうが殴りつけるにはいいんじゃないか?」


 取次の間近くにある玄関を覗き込んでいたミタカはシヅキを振り返る。

 フューもシヅキが持ち上げた白く丸い石のほうを見た。


「あれ? 妙に軽、い…………うわぁ!?」


 持ち上げて改めて見たシヅキは、その石に歯が生えていることに気づく。


 石だと思っていたのは頭頂部がへこんだ小さな頭蓋骨。

 放り出して尻もちをついたシヅキを笑う者はいなかった。


「小さい…………こ、子供もこんな所に?」

「くそ、なんだってんだ胸糞悪い」

「ひっ、ひっ…………」


 しゃっくりのような声を漏らすシヅキに気づき、ミタカとフューはすぐさま駆け寄った。

 シヅキの目は放り投げた小さな頭蓋骨に固定され、呼吸さえままならなくなっている。


「おい、しっかりしろ!」

「フューくん、ここは危険です。一度母屋に」

「わかった。お前は怪我してるから俺が連れて行く。辺り見ててくれ」

「はい」


 玄関の板の間に座らされたシヅキは、視界から頭蓋骨がなくなったことでようやく呼吸を取り戻した。


「…………情けねぇ」

「あれは仕方ありませんよ」

「俺も人間のはそう見ないからな」


 フューの不穏な言葉に、ミタカは聞かないふりをした。

 突っ込もうとしたシヅキは、ミタカの対応を真似て一度開いた口を閉じる。


「さて、せっかく来ましたし、少し台所を覗きましょうか」

「お前は座ってろ、一番の怪我人のくせに」


 立ち上がろうとするミタカを、フューが上から頭を押さえて止めた。

 玄関から入って左手の台所に異変がないか耳をそばだてて、フューは足を踏み入れる。

 すると板の間から通じる別の引き戸を使い、台所の板間に移動していたミタカとシヅキが待ち構えていた。


「だから動くなって言ってるだろうが」

「いっそ腰を落ち着けると痛みで動く気がなくなるんですよ」

「化け物がうろついてる所で休んでなんていられるか…………って、あったぜ」


 シヅキは竈の影に手を伸ばし、一枚の紙を取り上げる。

 やることを取られたフューは口を尖らせながら二人と共に紙を覗き込んだのだった。


毎週日曜月曜更新




クトゥルフ神話について

 クトゥルフ神話は宇宙的恐怖に晒されるTRPG。

 プレイキャラクターの死亡率は高く、恐怖を楽しむゲーム。

 出会ってしまえば即死という存在(神話生物)が複数いる。

 SAN値と呼ばれる正気度を喪失しながら進めて行く。

 SAN値は非日常的なものごとに触れると削れる。

 SAN値が0になると廃人となりデッドエンドと同義となる。

 生存したからと言ってハッピーエンドとは限らない。

 生存したからと言って全ての謎が解き明かされるとは限らない。

 戦っても勝てない敵がいるので日常への生還が一つの目標。

 戦って勝てない敵でも対処が用意されている場合がある。

 情報収集が必須で取りこぼしが死に繋がることもある。

 クトゥルフ神話の警察は無能。(有能ではあっては事件が起きない)


上記はあくまで私見。

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