屋敷への逃亡
火の海と化した花屋敷の庭。
その中でうごめく樹木の影。
意思を持って動く怪物は今も火の中だが歩みを止めない。
枝の先が燃え尽き折れても、執念さえ滲ませながら炎を掻き分け追い駆けて来ていた。
「止まるな! このまま屋敷に逃げ込むぞ!」
ジウが先頭を走って指示を出す。
続くウィットは迷うように敷地内からの出口を見ていた。
その動きに追いついたティゼが肩を後ろから押す。
「さっき枝が伸びたように見えたわ! 近くを通り抜けることはしないほうがいい!」
「もう! 丸飲みするだけでも化け物だって言うのにな!」
最後尾のグラムはプランツ夫人を抱えたまま、開いた手で屋敷の横手を指した。
「屋敷を盾に裏の小川のほうへ逃げられないかな!?」
「やめたほうがいいわ。夜な夜なあの木、屋敷の裏から林のほうへ行っているの!」
ティゼの言葉でウィットが気づいた。
「あ! 林で獣に襲われたかで死体が見つからないって、あいつに丸飲みにされたのか!」
「木を隠すなら森の中か? 誰も気づけなかった訳だ!」
玄関の階段を駆け上りながらジウが吐き捨てる。
ティゼもグラムとウィット追い越して二番手で玄関へと辿り着いた。
「応接間に飾られている猟銃! 手入れはされていないけれど弾も入っているはずよ!」
「銃なら俺が…………グラム、後ろ!」
ティゼに答えたウィットは、迫る音を敏感に聞き分けて叫んだ。
全員が振り返る。
燃え盛る庭から現れた燃える木の怪物が、屋敷玄関に向けて攻撃態勢を取っていた。
今まで隠していただろう頂点にある歯の並んだ大きな口を向け、獲物を食い尽くそうとしているのが見て取れる。
「うわ、まずい!?」
目のない怪物であるはずが、視線を固定されているような感覚をグラムは覚えた。
危機感にグラムが叫ぶと同時に、折れた枝のようだったものが伸びる。
木の怪物はグラムを打とうと伸縮する太い枝を振り回した。
けれど炎によって身もだえる怪物の狙いは定まらず。
それでも打たれた地面は抉れてその威力を物語った。
「う、うぅ…………」
「突っ立てるなウィット!」
「あーもー! 二人も抱えられないからね!」
怪物を目前に足の竦んだウィットをジウが叱咤する。
近くにいたグラムは開いた片手でウィットを引っ張った。
「急いで! まだ向こうは諦めてないみたいよ!」
玄関を大きく開けて叫ぶティゼ。
足を縺れさせながらなんとか全員で屋敷の玄関広間に駆け込む。
庭の炎が窓から入り室内を赤く照らしていた。
迫る怪物の動きに花器が震え、そこかしこで音を鳴らす。
「ここって木が倒れて来ても持つような設計かい?」
「さすがにそれは知らないわ、刑事さん。普通に考えてあんな威力の枝打ちつけられたら崩れるでしょうね」
「あれだけ盛大に燃えてれば、その内誰かが通報するだろうが」
ジウが玄関に鍵をかけながら呟くと、聞こえたウィットが震える声を上げた。
「通報してどうなるんだ! あんな化け物倒せるのか!?」
「正直、銃が効くかわからないね。けど、やらないで死ぬよりはやるさ」
グラムは片手で銃を取り出す。
「比較的頑丈なのは地下よ。生き埋めにされる可能性もあるけれど」
「考えてる暇はねぇ。ともかくこの荷物を地下に降ろすぞ。手伝えウィット」
プランツ夫人を指して命じるジウは、最初から体格的に不適。
ウィットはプランツ夫人の腕を首に回してグラムから受け取った。
「来たわ! 早く地下へ!」
ティゼが地下に向かう階段に駆け寄って呼ぶ。
けれど窓を突き破って怪物の枝が襲いかかった。
狙いはグラムだ。
「おわっと!?」
咄嗟に厚い靴底で枝の側面を滑らせ直撃を避ける。
枝の勢いに押され、グラムは一人階段から離れたほうへと転がった。
「狙いが俺ならそれでいいさ! 一般人は地下に!」
グラムが銃を構えると、同時に地下から足音が昇って来る。
「ティゼ、ティゼ? いったい何があったの!? 外が赤いのはどうして!?」
状況を把握できていないコックが声を聞いて駆けあがって来たのだ。
ティゼはその姿に驚きながらも、階段の前に立ちふさがって玄関広間に入るのを阻止する。
「帰ってたの!? 危険だから地下に戻って!」
「なんのこと? って、奥さま!?」
まだ庭が燃える前に帰って地下にいただろうコックは、ウィットに支えられたプランツ夫人の姿にさえ驚く。
状況がわからないまでも、雇用主を助けようと手を伸ばしながら階段の最後の段に乗った。
ティゼは横をすり抜けられてコックを止められない。
「おい、待て! こっちに来るな!」
ジウも階段を上がるコックを掴むけれど振りほどかれる。
コックはウィットに支えられたプランツ夫人に一直線に向かった。
そして、窓の外に迫る木の怪物を目撃する。
「きゃー!?」
まるで悲鳴に反応するように木の怪物が攻撃を繰り出した。
今度は窓から狙うのではなく屋敷ごとを太い枝で容赦なく打ち据える。
打ち付けられる枝が轟音を立て、激しく揺れる屋敷の内部では悲鳴と破壊音が断続的に上がった。
さらに目に見える範囲の硝子は全て砕ける。
窓枠も歪んで外れ、玄関扉もひびが入った。
「君はどうか奥さんを地下で介抱してやってくれ! 俺は猟銃を取ってくるから! 頼む!」
ウィットは猶予がないと見て、コックにプランツ夫人を押しつけた。
咄嗟に脱力したプランツ夫人を受け取ったコックは、まだ化け物を見た衝撃で思考が追いつかないようだ。
「あ、あぁ、は、はい…………」
「ちゃんと隠れているんだよ! 奥さんを守って!」
「はいぃ…………!」
混乱のまま返事をしたコックは、恐怖で判断力が鈍る。
勢いに押されて疑問をさしはさむ余裕もなく、プランツ夫人を抱えて地下の階段を下り始めた。
ジウとティゼは階段側で身を低くして玄関を窺う。
「おい、メイド。今みたいなことされると屋敷がもたないぞ」
「わかってるわ。けどこれはチャンスよ。あの怪物、刑事さんしか目に入ってない」
グラムに威嚇するように口を向ける怪物。
その間にグラムは銃を撃つ。
「あ、外した!」
「そんな図体でかい相手に何やってんだ!」
グラムが叫ぶとウィットが足を止めて野次を飛ばす。
「幹に当てても小さな穴が空くだけだろ! だから口っぽい所を狙ったんだよ!」
「いいからお前は猟銃取って来い、ウィット! 前、狩猟クラブに登録したとか自慢してただろ!」
ジウから追い払うように言われ、ウィットは一人応接間へと移動を再開した。
その間にジウは足元に散らばる割れた窓ガラスを拾う。
「こっちに攻撃を集中させておく。行け、ウィット!」
「わかったよ! けど後で文句聞けよ!?」
ウィットはそう叫ぶと、もはや怪物に背を向けて一目散に応接間へと駆け込んだ。
「私もやるわ」
「何ができる?」
ティゼにジウが手短に確認する。
「外から回り込んで、燃料を浴びせてみる」
まだくすぶる木の怪物は、確実に炎が効いている。
表面の焼けた幹は動く度に剥がれ落ちていた。枝の先は燃えて明らかに短くもなっている。
メイドとして働いていたティゼは屋敷の備品を網羅しており、使える燃料の場所も把握していた。
「どれだけもつかわからないぞ。急げ」
「言われなくても」
ジウを残してティゼは食堂のほうへと移動する。
窓を押し上げてそこから外へと飛び出した。
「グラム、聞いてたか?」
「何を?」
「もういい! お前はそのまま化け物を引きつけておけ!」
「言われなくても! 市民を守るのが仕事だからね!」
ジウも戦闘態勢に入ったことがわかったのか、怪物は威嚇する様子をみせる。
けれど攻撃を届かせるには小さな窓から狙わなければいけない。
もしくは屋敷の壁を破壊して、獲物を狙い撃ちにする必要がある。
怪物は破壊を選択してまた枝を振り上げたのだった。
毎週土曜日更新
*ダイス目抜粋
1)樹木の怪物の攻撃
触手(枝)×2:91、09(50)→一撃のみ成功
グラム:受け流す12(71)成功
2)コックを阻む
ティゼ:素早さ対抗85(70)失敗→すり抜けられる
ジウ:筋力対抗64(50)失敗→振りほどかれる
ウィット:説得50(74)成功
*事件のあらまし
イギリス旅行へ行ったプランツ夫妻は殺人事件に巻き込まれ、さらには冒涜的な生物が起こした凄惨な事件により狂気に染まる。
プランツ氏は極度の不信に囚われ引き篭もり、自らが見たイギリスの事件さえも疑ってオカルトにも手を伸ばすほど調べ尽した。
プランツ夫人は偏執に囚われ、その対象として植物に異常な執着を見せるようになる。元から愛護活動に積極的だったことから、虐げられる植物に似た怪物を保護。引き篭もった夫にばれず、イギリスから樹木の怪物と死の植物を持ち帰った。
夫が引き篭もっている内に庭を改造し、樹木の怪物に言われるまま死の植物の花を咲かせようと活動する。最初は野生動物を狙い血を絞った。
血の臭いを紛らわせるため、匂いの強い植物を植え、命を犠牲にする内に人間にさえ手を出すようになる。
正気に戻ったプランツ氏だが、妻を説得しようとして失敗。妻に殺され血を絞られる。けれど死体を樹木の怪物に食べさせることは拒否し、事故死を偽装して小川に遺棄した。
そして止める者がいなくなったことでプランツ夫人は知人を招いて殺害を繰り返す。邪魔な証拠は全て樹木の怪物が丸飲みにするので物証がなく警察も手出しができない状況だった。
狂人一歩手前で、植物の世話をする以外の思考は薄く、樹木の怪物に何をすべきか諭されなければ寝食を忘れて植物の世話をする。(探索者が来訪した時点でSAN値7)
かすかに残った人間性は、夫の話題に過敏。植物への偏執という狂気を孕んでいるため、庭についての話なら饒舌になった。




