図書室
一階応接間の隣の部屋は、作り付けの棚が壁を覆う図書室になっている。
飾りとしても足りる装飾された背表紙がずらりと並ぶ中、グラム、ウィット、ジウの三人は足を踏み入れた。
「思ったよりも多いね。なんで自分の家に図書室なんて作るんだい?」
グラムが蔵書の豊かさにぼやく。
そんな礼儀知らずな言葉にウィットは苦笑いで講釈を垂れた。
「昔は本作って飾れるってのは一種のステータスだったんだよ。だから美観にもこだわってるのが見てわかるだろ」
「一体いつの話だ。ふむ、英語じゃないのも多い、な!?」
辞書を探そうとしたジウは、出っ張った飾り棚の装飾に足の小指をぶつける。
しゃがみ込むのをウィットは横目に笑うだけだ。
その間にグラムが、手早く目的の物を見つけた。
「あ、あれじゃないかい? ラテン語辞書」
グラムが書架から取り出したのは比較的新しい書物。
現代の技術で印字された物だった。
「お、どれどれ。貸してみな」
ラテン語が少しわかるウィットが辞書を受け取る。
「えー、アーレア・ヤクタ・エスト…………あったあった。これだ。意味は、賽は投げられた。なんだ、カエサルの名言じゃないか」
「聞いたことあるな。映画なんかでも聞くやつか」
痛みをやり過ごしたジウが立ち上がった。
「どういう意味だい?」
「もう始まってんだからやるしかないって意味か?」
「ま、そんなところだね。後戻りはできないから腹をくくれってことだ」
意味を聞いてグラムは眉間を険しくする。
「なんでそんなのが使用人部屋に隠してあるんだい? 何か犯罪を決意したのかな?」
「それは曲論として、特に辞書には訳以外ないからな。これだけ本が揃ってるならカエサルの逸話が載ってる本がないかね?」
ウィットは書架を見回しすものの、装飾重視の背表紙にはタイトルが書かれていない物もある。
じっと見るウィットにつられてジウも書架を見上げた。
「だいぶアルファベットも慣れたが、こうして大量に並んでると漢字が恋しく、な!?」
今度は反対の小指をぶつけてうずくまる。
あまりのどんくささにグラムとウィットは口を覆って笑うのを堪えなければいけなかった。
「うぅ…………なんの呪いだ…………」
「え!? 呪われてるのかい!? 近づかないでくれ!」
「単なる老化だよ、落ち着けグラム」
ウィットは辞書を適当に捲りながら笑う。
するとグラムが見上げた先の書架を指した。
「あ、ウィット。カエサルって、Cから始まる?」
「そうそう。何かあったか?」
グラムが持ちだしたのはカエサルの伝記。
「そこら辺の本はだいたいカエサルって書いてあるぞ」
「あ、本当だ。ドニーの奴、カエサルファンだっけ?」
「そう言えばその死んだ旦那は何か趣味でもあったのか? 仕事部屋とは別に書斎を持ってるなんて」
ジウはまだ床にしゃがんだままながらそう聞いた。
するとウィットは気まずげに視線を逸らす。
「なんだい? 何かプランツ氏には秘密が?」
「グラーム、邪推するなって」
カエサルの伝記を捲りながらウィットは考えた末に話し出した。
「…………イギリスで旅行失敗したって言っただろ? あの後調子悪くなったらしくて仕事の集まりにも出て来なくなったんだよ」
「調子悪いなんてもんじゃなかったみたいだがな」
二階で見た日記を思い描くジウの言葉にグラムも頷く。
「俺も聞いただけだから。仕事忙しい時期で見舞いもしてなくて。で、見舞いした奴から聞いたんだけど、どうもオカルトにはまったらしいって」
「オ、オカルト!? なんで夫婦旅行失敗したからってそんな方向に!?」
グラムがあからさまに嫌がる姿に、ウィットはいっそ吹っ切れた様子で肩を竦めた。
「いやー、そこのところはわからなくてさ。けどイギリスって幽霊が出ると観光地になるし。ドニーも旅行先でそんな体験したんじゃないかとかって仲間内じゃ話してたんだけど」
「そんなあやふやなものに対する恐怖じゃなかっただろ、あれは」
ようやく立ち上がるジウの言葉にグラムも大きく頷く。
どちらかと言えば幽霊関係を否定したい気持ちのほうが強そうだというのは、他の二人の目には明らかだった。
「そうだよ、死んだ、殺したなんて言葉、幽霊じゃないさ!」
「いや、混乱してたみたいだし、幽霊みたいな姿の見えない相手に…………なんて言ってて馬鹿ばかしくなってきたな」
ウィットは自分の言葉で冷静になり、オカルト方面の話を放り投げる。
ジウも両足の小指をぶつけたことなどなかったかのように応じた。
「何があったかは知らないが、旅行先で何かあった。その何かは人間の死に関わることだ。で、プランツって奴はそのショックを紛らわすためにオカルトにはまった。これでいいだろ」
「本当にオカルトにはまってたのかい? ここにはそれらしい本は一つもないけど」
「あ、それなら書斎にあるらしい。奥さんが電話でそう言ってたんだ」
ウィットの言葉にグラムは本棚にぶつかる。
「おい、怖がり過ぎだぞ。本が噛みつくわけでもあるまいに」
ジウが本気を交えて行った時には、グラムが服の上から銃を押さえていた。
「殺しても死なない訳のわからない相手なんて怖がらないほうがおかしいだろ」
グラムが心底お化けを苦手としていることを理解して、ジウは首を左右に振る。
「おい、ウィット。この怖がり刑事は放っておいて書斎の鍵捜すぞ」
「え? 噛みついてくる本が襲ってくるかもしれないのに?」
ウィットが冗談を返すと、グラムが馬鹿にされていると判断して睨む。
ジウは巻き添えを食わないよう、二人を相手にせず床を探し始めた。
今度は足をぶつけないよう慎重に探るジウ。
「ま、俺もそっちが目的だからやるよ。あ、ジウのところ古書とかの処分は」
「オカルト本なんて歴史的価値がなければただのゴミだ。初版だったら買い取ってやる」
即座に商売っ気を出すジウに、ウィットは呆れて伝記に目を戻した。
「あ! そうか、カエサルだ!」
「なんだい、いきなり。最初からそういってるだろ? 君までぼけたのかい?」
「おい、もって誰のこと言ってんだ若造」
グラムとジウのやり取りを気にせず、ウィットは二階を指差した。
「ほら、ドニーの日記のメモ。答えが七月のなぞなぞだよ」
そう言われても、グラムとジウに思い当たることはない。
「Julyはジュリアス・シーザーが由来だ。ラテン語のユリウス・カエサルは、英語だとジュリアス・シーザーになるんだよ」
使用人部屋のメモにはなぞなぞとの関連があったことにウィットは気づいたのだ。
けれどグラムとジウの反応は鈍い。
「それがわかって、どうしたって言うんだい? カエサルがどうしたって?」
「日記のなぞなぞがカエサルのことだったとして、カエサル好き以外にわかることあるのか?」
改めて聞かれてウィットも詰まる。
関連がわかっても進展がないことに変わりはない。
消沈したウィットは伝記を閉じて書架に戻した。
「もうここに用もないだろ。だったら、改めて行方不明者を捜そう!」
「おい、私は書斎の鍵を…………」
ジウが文句を言うと、グラムはこれ見よがしに手を開閉し始める。
「うわ、こいつ力に物言わせてやがる」
ウィットもグラムの意図を察して身を引いた。
けれど応接間のほうを指差すグラムには逆らわず、一緒に移動することに。
「食堂での毒を盛られた事件も気になるね」
「犠牲者もいないのに事件化するな」
「いや、俺毒盛られた被害者でしょ!?」
そんな掛け合いから、三人で食堂へとやって来た。
「元気に歩いて話してる奴が、なんの被害があったって?」
「まぁ、ジウが気づかなかったら知らなかったよね」
「うーん、毒食ったって言う割に、確かに何もないな」
ここまでウィットの体調に変化なし。
グラムとウィットはジウを見る。
「ジウの見間違いだったんじゃないのかい?」
「お前が知らないだけで食用だったとかじゃないの?」
「最初に効き目には個人差があると言っただろうが」
変わらず言い合いをしながら食堂を調べても、怪しいところはなく花の匂いだけが充満している。
甲斐のない捜査にグラムが顎に指をかけて階段のほうを見た。
「もし毒の混入が故意だとしたら、最初に疑うべきはコックじゃないかい?」
「いや、どう考えても行動が不審なのはあのメイドだろう」
「どっちもやりそうには見えなかったけど、だからって奥さんがやるとも思えないしな」
揃って反対され、グラムは不服そうに二人を見る。
途端に地下への階段から足音がした。
三人が階段のほうの入り口を見ると、そこにはメイドのティゼが姿を現していた。
毎週土曜日更新
*ダイス目抜粋
1)ラテン語辞書を探す
グラム:目星をつける70(28)成功
ウィット:図書捜索25(67)失敗
ジウ:図書捜索55(97)大失敗→足の小指を打つ
2)カエサル関連の本を探す
グラム:目星をつける70(37)成功
ウィット:目星をつける25(59)失敗
ジウ:目星をつける75(96)大失敗→逆の小指をぶつける
3)カエサルについて
グラム:アイデアを閃く80(84)失敗
ウィット:アイデアを閃く80(47)成功→七月の語源と気づく
ジウ:アイデアを閃く70(95)失敗




