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宿泊

 沈黙を破るようにジウが息を吐いて顔を上げる。


「ウィット、旅行はいつのことだ?」

「二年いや、一年半くらい前だよ」


 グラムはすぐに書架を離れて部屋を回る。

 その姿は犯人を捜す警察犬のようであり、行く先は机に定めたようだ。


「うーん、半年前くらいまでそういう記録残してくれてればいいのに。そうすればプランツ夫人のアリバイが抑えやすかったのにな」

「お前当人見てもまだ言うか。っていうか、あいつまさか…………」

「旦那のほうは自殺だったかもしれねぇな。オカルトにはまった良心の呵責ってのもおかしいが」


 全部は言わなかったウィットに、ジウは他人事で続けた。


「あ、机の引き出しに鍵かかってる。何処かに鍵ない?」

「グラム、私たちは書斎の鍵を捜しに来たんだ。捜査は優秀な刑事がどうぞ」


 ジウの嫌みにグラムは笑顔でサムズアップをする。

 優秀な刑事という部分しか聞いていないのだ。


「…………ウィット、もういない相手にどうこう思ってもしょうがないぞ」

「お前も慰め方雑ね」


 アジア人特有の表情の乏しさを発揮するジウに、ウィットはそれ以上慰めもないとわかって溜め息を吐いた。

 そして日記を書架に戻そうとしてあることに気づく。


 日記からはみ出た紙があるのだ。

 明らかに日記とは紙質が違うメモのような小さな物。


「なんだこれ?」


 ウィットが引っ張り出した紙には文字が書かれていた。


「『結婚二十周年記念五月』と、『M J ■ A S』に『31 30 31 31 30』?」


 並んだ文字を読むとグラムが寄ってくる。

 書かれているのはたった三行の意味のわからない文字列。


「なぞなぞかい? Wow…………わかった!」

「あ、俺もわかったぞ」

「で、なんだこれ?」


 考える気のないジウは答えだけをせびる。


「答えはJ! 七月だね」

「最初の段の五月が第一のヒント。次の段が月を表してることを示してる」

「ははぁん。つまりさらにその下の数字はその月が何日あるかか」


 そして三人は顔を見合わせた。


「で、これがどうした?」

「知らないよ。書いた奴に聞いてくれ」

「もう死んでるじゃないか」


 ウィットは日記に紙を戻して溜め息を吐き直した。

 そうして床で書斎の鍵探しを始める。


 けれど成果はなく、時間だけが過ぎて行った。

 そこへノックの音がし、現われたのはプランツ夫人。


「もう十七時になりますが、今夜は泊まって行かれますか?」

「え、もうそんな時間ですか? やれやれ、進んだのは無駄話ばかりだ」


 ウィットはぼやいて窓の外を見る。

 確かに日は沈み始めており、今から帰っても夜になるだろう。


 スマホで時間を確認したグラムは、画面を操作すると不自然に笑顔を浮かべた。


「俺は泊まることに賛成だ。その分しっかり調査をしよう」

「お前、それ面倒な連絡が来てただろ?」


 察したジウが突っ込むけれど、気にしないのかプランツ夫人は笑顔で応じた。


「では三つある客間の好きな所をご使用ください。十八時頃には夕食ができますのでまたお呼びしましょう」


 泊まるとわかった途端上機嫌になったプランツ夫人は、階下へと去っていく。

 足音が遠ざかるのを聞いて、ウィットは室内の連れを振り返った。


「ここは女性ばかりだから失礼のないようにしろよ」

「一番女相手に腰の軽い奴が何言ってるんだ」


 ジウが蔑むような視線をむけると、グラムは手を打つ。


「そうだ。時間があるならまだコックに会ってなかったし、事情聴取だ!」

「待て待て! いきなりそんな言い方して話すわけないだろ! お前は一回引っ込んでなさい!」


 勇んで動こうとするグラムをウィットが止める。

 ジウは夕食までの暇潰しにつき合う様子をみせた。


 そして三人は二階から地下へと移動する。

 広くない階段ホールの正面と右手には扉のない部屋がある。

 正面が厨房のようで、右手を見ればランドリールームのようだ。


「失礼、こちらのシェフはいるかな?」


 ウィットが気取って厨房に声をかけると、シェフと呼ぶにはまだ若い女性が振り返る。


「これはお客さま。何かご用でしょうか?」

「あぁ、作業を邪魔するつもりはないんだ。今夜お世話になることにしたから、お昼のように美味しい夕食を期待していると言いたくてね」


 ウィットの褒め言葉にコックは微笑む。

 素直に喜んでいるのがわかる笑顔にウィットが和んでいると、ジウだけ違う方向を見た。


「他に誰かいるのか? あっちはなんだ?」

「隣はワインセラーです。奥さまは庭へハーブを取りに行かれたので、メイドのティゼじゃないでしょうか。…………でも、食堂で準備をしてるはず」


 コックは困惑した様子で答えながら首を傾げる。


「君、ここ長いのかい?」


 グラムが待ちきれずに話に割って入った。

 するとその積極さにコックは身を引く。


「いえ、一月ほど前から。あたしは近くの村の出身で。ちょうど村に戻った時に求人を見つけて」

「それだけの腕なのに夫人一人しか住まないお屋敷に? 勿体ないと思ってしまうなぁ」


 ウィットが人当たりよく料理の腕を褒めて信用を得ようと小細工をする。

 けれどグラムは直球を叩き込んだ。


「俺は警察なんだけど、この辺り物騒なことあるようだし何かあったら言ってくれよ」


 途端に目の色が変わるコックにジウは気づいた。


「こっちの優男がここの主人の知り合いだが、こんな刑事がついてきた時点でわかるだろうが、不明者についても調査中だ」

「そう、ですか」


 ジウの簡潔な説明に、コックは動揺を声に出す。

 三人の視線に気づいたコックは、言い訳のしようもなく素直に話し出した。


「実は、私の友達も、この付近でいなくなってるんです。それで、私…………ここで行方不明者が続いてるって聞いて、捜しに」

「大した勇気だな」


 端的なジウに、コックは強張りながらも笑ってみせた。

 グラムは真面目な表情になると、一歩コックに近づく。


「知っていることがあるなら教えてくれ。少しでも生の情報が欲しい」

「生の…………大して聞き取りもせずに、家出人扱いをしたのは警察なのに…………」


 コックの友人は家出扱いになっていた。

 そのことにウィットはとりなすように話しかける。


「証拠がないんだ。死体さえも出ていない。そんな相手を死んだと決めつけるのも難しい。君の悔しい思いはわかる。その友達のために行動を起こした勇気は素晴らしい。だからこそ、俺たちは君の言葉を信じる。知っていることがあるなら教えてほしい」

「三人揃えば文殊の知恵ということわざがある。一人で抱え込むより他の者の知恵を借りることが良い場合もあるぞ」


 ジウの後押しにコックは頷いた。


「…………泊まるなら、気を付けてください。たぶん、この屋敷で人は消えてるんです。あなたたちのように遺品整理で来ていた実業家の方も、一晩泊まって行った。急用ができたとかで夫人に声をかけるだけで朝食も待たずに出て行って、そのまま」


 コックの証言に三人は顔を見合わせる。


「つまり、君はその実業家がここから出て行くのを見ていないんだね?」


 グラムの確認にコックは頷く。

 ウィットは新たな証言に考え込んだ。


「けどあいつの車も跡形もなく消えてるんだぜ? 車の音は?」

「すみません、全く」

「あの未亡人がやっぱり最後か。あんた疑いはしないのか?」

「あの方、庭仕事も一日がかりでふらふらになるくらいですよ。男性をどうにかするなんて、そんな」


 コックはプランツ夫人を疑ってはいない様子。

 そしてすっかり夕食を作る手が止まっていることに三人は気づいた。


「ありがとう。夕食楽しみにしてるよ」

「また何かあったら教えてね」

「邪魔をした」


 それぞれ声をかけて厨房から出ると、三人はそのまま無言で玄関広間まで戻る。


「…………やっぱりあの人には無理だな。大の男相手に襲いかかっても反撃されるだけだ。それは他の女の子たちにも言える」

「じゃ、他の可能性か? そう言えば新聞にこの辺りで化け物だったか幽霊だったかが出るって書いてあったな」

「な、なななん、なんだいその話? 変な獣がって話じゃなかったのかい?」


 ジウの言葉にグラムがわかりやすく動揺した。


「え? お前、本気か?」

「な、殴ってどうにかなる相手じゃないなんて、非科学的な奴無理だよ!」

「おいおい、野蛮なのか繊細なのかどっちだ?」


 笑うしかないウィットとジウに何を言われても、グラムは真面目に動揺していた。


毎週土曜日更新




*ダイス目抜粋

1)日記のメモの謎

  グラム:アイディアが閃く80(15)→答えがわかる

  ウィット:アイディアが閃く80(48)→答えがわかる

  ジウ:アイディアが閃く70(90)→閃く気がない


2)コックの事情を聞き出す

  グラム:信用を得る50(36)

  ウィット:信用を得る55(21) →コックはチョロイ子

  ジウ:信用を得る15(08)


3)深く事情を聞き出す

  グラム:言いくるめる15(65)失敗

  ウィット:説得する74(01)大成功

  ジウ:値切る55(55)成功

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