奇妙な木
何かを見つけたグラムが庭の木々を払いつつ進む後ろを、ウィットとジウはついて行く。
見通しの悪い庭園は長身のグラムには歩きにくいくらいだ。
そうして掻き分けた先に、突如としてトーテムポールが現われる。
一番上には牙の生えた口があるものの目鼻はなく、全体的に作りかけに見えた。
「えー? ここでなんでトーテムポール?」
ウィットは半端に枝も残されたトーテムポールに声を上げる。
するとジウは適当に答えた。
「アメリカだからじゃないのか?」
ウィットとジウが睨み合う横で、グラムはトーテムポールをじっくりと観察して周囲を回る。
「なんだか妙だな。まるで作りかけに見えるけど、トーテムポールを作るつもりがないみたいだ。顔のようなものが積み重なって彫られるはずなのに、ほぼ変な傷ばっかり。それに左右に伸びた枝はそのままのと折れてるのと残してある」
そうして観察していたグラムは、トーテムポールの下にしゃがみ込んだ。
つられてウィットとジウも覗き込む。
「うわ! 見てくれよこれ。木の根じゃないか?」
「え、本当だ。これ生きた木なのか? 枝はあっても葉の一枚もないのに?」
「うーん、あまり木の状態がいいようには見えないが、これはなんの木だ?」
ジウの疑問に答えられる者はいない。
「ウィット、君以前ここに来たんだろう? プランツ氏から何か聞いてないのかい?」
「いや、前の庭はこんなんじゃなかったしなぁ。っていうかこの木、本物?」
「適当に斧でも入れてみるか? もちろんウィットの責任で」
ジウが手を斧に見立ててトーテムポールに振ると、ウィットは顔を顰めて反対した。
もちろんジウも軽口なのでさらに言い立てることはしない。
「しかし本当におかしな木だな。本物だとすれば幹には太さがあるのに葉が一枚もないなんてありえないだろ」
「それで言えば枝も異様に少ないよ。枝を落とした痕もなさそうだし。だいたい生きた木がこんなに傷だらけなのはなんでだろうな?」
不可思議なトーテムポールをウィットとジウが見上げていると、グラムはさらに地面で発見をした。
「よほど不器用な製作者だったんじゃないかい? あ、こっちに何かの配管があるね。トーテムポールの周りにも同じ物があったよ」
「配管? あぁ。穴が空いてるってことはスプリンクラーか?」
ウィットが配管一つを見る間に、ジウは配管の先を眺める。
「ずいぶん長いな。何処まで続いてるんだ? まさか庭全体に?」
「ありえるんじゃないかい? あのプランツ夫人一人でこの庭の水やりだって大変だ」
小柄で見るからに非力な夫人であることは、もうグラムも否定はできない。
「不思議な庭だなぁ。…………なぁ、そろそろ書斎の鍵探さない?」
窺うウィットをグラムは気にせず、配管の先を指差した。
「何処に繋がってるか見に行こう!」
また引き摺られるだけだと学んだウィットとジウは、大人しく庭を配管に沿って進んだ。
予想どおり庭全体に伸びていた配管は、トーテムポールから一番遠い庭の端にある納屋に続いている。
「鍵はかかってねぇな。 ふん、だいぶ人が入っていないようだ。手入れも悪い」
ジウが遠慮なく納屋に入って内部を眺めた。
灯りのない室内は広くもなく、一目で配電盤のような物しかないことがわかった。
「なんだろうこれ? 電動のスプリンクラーだったのかな?」
「配管が水やりようなら可動装置だろうけど。勝手に触るなって」
ウィットの制止も遅くグラムが手を出す。
けれど配電盤は動かない。
そこでジウがもう一度納屋の中を見回した。
「燃料の臭いがする。何処かに配電盤を動かすモーターがあるんだろ。遺品整理には関係ないな」
そう言うと狭い納屋からさっさと外へと出る。
つられてグラムとウィットも庭に戻った。
「ジウ、よく燃料の臭いわかったな。俺はもうこの庭の花やハーブの臭いで鼻効かない」
「料理に使うのか最近切られた庭木が多いからな。その分匂いも強いんだろう」
「よし、それじゃ庭の奥に行こう!」
「まだお庭見学かー?」
グラムに文句を言うウィット。
だが、グラムは聞いてないし振り返りもしない。
そうして屋敷正面から一番遠い壁に行き当たる。
そこは植物に覆われていて元の壁がほとんど見えないものの、どうやら石材が違うようだ。
「これは庭の境じゃないね。ここだけ壁に囲まれてる」
辺りを回ったグラムに、ウィットが見つけた物を教えた。
「ここの植木の影に扉があるよ。鍵がかかってるけど、あの納屋よりまだ使われてる雰囲気がある」
庭の中で塀に囲まれた一角には鍵までかけてある。
「怪しいと思うんだけど、君どう思う?」
「否定はしないさ。けど中身はなんだろな?」
二メートルを超える塀を前に、グラムとウィットは同時に跳んだ。
ジウは最初から話に入らず配管がここまで届いているのを確認していた。
跳躍したグラムとウィットは、大きな音を立てて振らつきながら着地する。
「どうした? 中は見えたのか?」
「今、何か? な、中は、見えた、気もするけど、わからな…………」
「う…………ぐぇ?」
何を見たかわからないと混乱するグラムの横で、ウィットがうめき声を上げた。
そのまま体勢を保てずウィットが崩れ落ちる。
ジウが膝をついて様子を窺うと、ウィットは吐き気を催したかのように口を覆っていた。
「…………なんか、気分が悪い」
「何か見えたのか?」
ジウの質問にウィットも首を横に振る。
「何も。けど、なんだろ。気分が悪くなる理由がわかる気がする。見ちゃいけないものが、あったような」
それまで乗り気だったグラムが引け腰になって呟く。
「さ、最初のトーテムポールの辺りまで戻ろう」
「うん、ここいたくないわ」
ウィットも同意したことで、ジウだけがよくわからないまま庭の奥から離れることになった。
「はぁ…………、なんだったんだろ? 俺たちはいったい何を見たんだい?」
「やめて、なんか思い出したくない…………いや、いっそ何も見てない気がする」
「わけがわからん」
ジウは要領を得ない二人を放り出し、庭の奥を眺める。
その間にグラムとウィットは深呼吸をして耳を澄ませた。
するとぎしりと木が軋む音がすぐ近くで鳴る。
「なんだ今の音? グラム、聞こえた?」
「たぶんトーテムポールから…………」
二人が振り返ってもトーテムポールあるだけだが、重い軋みは風で揺れた音ではなかった。
「なんか、まるで自分で動いたような…………」
ウィットが推測を口にすると、グラムは大袈裟に驚く。
「君何を言ってるんだい? そんなことありえないよ!」
「なんの話だ? お化けでも出たか?」
「はぁ!?」
何げなく聞くジウにグラムは怒りを交えて顔を向ける。
グラムがあまりに大きな声を投げかけたことで、ジウは嫌そうに耳を塞いだ。
「馬鹿なこと言うなよ! もういいよ! 君たちの望むとおりあの臭う屋敷の二階へ行こう!」
かんしゃくを起こした子供のように叫ぶと、グラムはずんずん庭から出て行く。
残されたジウはすぐには動けなかった。
「なんだぁ? 何を怒ってるんだ、あいつは」
「あーうん、あいつにお化けの話はねぇ」
ウィットは知っている様子で言葉を濁すものの、その一言で確信したジウは面白そうに笑う。
「お化けだと? まさかお化けと言っただけであれか?」
「いや、実はあいつ…………滅茶苦茶ホラー苦手なんだよ」
「ぷ」
秘密であることをウィットは人差し指を立てて示す。
けれどそんな話が聞こえたのか、グラムが振り返った。
「Hey! そこの足の遅いおっさんども! 早くしなよ!」
憎まれ口を叩かれても、ジウは笑いながら応じる。
「ガキが生き急ぐな。屋敷は逃げやしない」
ジウは弱みを知って余裕を見せると、ウィットもグラムの慌てように笑った。
「急いては事を仕損じるってな。グラム、もう少し落ち着けよ」
「ニヤニヤしてなんだよ…………」
グラムは嫌そうに言うと、そのまま庭を出て行く。
行く先に異論はないのでウィットとジウも大人しく足を動かした。
そして玄関扉を開くとむせかえる花の匂いに足が止まる。
三人は顔を見合わせて心を決めると、逃げ場のない匂いが充満する花屋敷へと再度足を踏み入れたのだった。
毎週土曜日更新
*ダイス目抜粋
1)敵の攻撃タイミング
敵:運頼り50(64)失敗
二回目(59)失敗→何ごともなく庭の探索続行
2)奥の壁の中見るかどうか
グラム:運頼り65(41)→運良く垣間見えてSANチェック65(31)→ただし理解はできない
ウィット:運頼り45(17)→運良く垣間見えてSANチェック45(59)→-2→同上
ジウ:運頼り75(95)→運悪く見えない
3)トーテムポール付近の異変
グラム:聞き耳を立てる70(50)→トーテムポールからの異音に気づく
ウィット:聞き耳を立てる75(47)→トーテムポールからの異音に気づく
ジウ:聞き耳を立てる25(85)→何も気づかない




