花に埋もれる屋敷
翌日改めてグラムの家に集まり、ウィットのナビでジウたちは花屋敷へと向かった。
「うわ…………、これは酷い」
降り立ったジウの感想へ抗議するように、風が大きく草木を揺らす。
二階建ての大きな窓の並ぶ屋敷を囲む壁には蔦がはびこり、中に入ると右手に屋敷、左手には広大な庭が広がっていた。
そしてそこには花花花。
一陣の風が吹けば千花が香るようだ。
「通りにくそうな庭だね。これは手入れできているのかい?」
「うーん、たぶんイングリッシュガーデン風なんだとは思うけど…………」
屋敷の前に車を停めたグラムは理解が及ばず首を傾げる。
ウィットがフォローしようとするけれど、彼の美意識とも反するようだ。
「さっさと屋敷行くぞ。さすがに庭に鍵はないだろ」
「敷地内でどうガーデニングしようと個人の自由だしね」
ジウとグラムは興味を持たず両開きの玄関扉へ向かう。
ウィットだけは庭を眺めて揺れる草木を吟味しようとした。
「うーん、ハーブもあれば匂いの強い観賞用もある。植生は考えてないようだし、いまいちイングリッシュガーデンにしては雑だね」
そんな批評を下し、ウィットも二人を追って屋敷玄関へとポーチの階段を登った。
古風な真鍮のノッカーのついた扉に手をかけたグラムは足元を見る。
「下から音がする。地下があるのかな? 誰かいることは確かだね」
「昔は使用人地下住まいだったと聞いたことがあるな。まぁ、これだけ大きな屋敷なら手伝いくらいいるか」
「うーん、屋敷はフランス風建築なのに庭がイングリッシュガーデン風かぁ」
好き勝手に喋りながら、グラムがノッカーを叩く。
ほどなく内側から扉を開いたのは、黒い服の中年女性だった。
プランツ夫人だ。
「まぁ、良くいらっしゃいました。どうぞ、お入りになって」
笑顔の夫人だったが、血色は悪く小柄で頼りなさげ。
本人を見て、ようやくグラムは上司の言っていた意味を理解した。
玄関広間に入ると、柱時計が時折リズムを外すような音がする。
扉のない広間には左手に二階への階段、右手には廊下が続き、正面には広い部屋に続いているのがわかった。
そんな間取りより何より、訪問者の意識を奪うのはむせかえるような花の香りだ。
屋外の庭からも匂った花が、室内ではより強く濃密に押し寄せて来る。
「昨日の内からいらしても良かったのに。あぁ、そうそう。自己紹介はこちらで。お茶にします? それともお酒を?」
何処か浮足立った様子の夫人は、男三人を応接間に通した。
そこには花瓶だけでも五つ。リースは三つ。小皿に飾られたポプリがテーブルに一つずつ置いてある。
「あぁ、えぇ…………。いや、悪いですよ」
匂いに圧倒されながらウィットが断り、応接室の椅子に座る。
改めて見ると椅子に沈み込むように座る夫人の健康状態の悪さが目についた。
「大丈夫ですか? 旦那さんから生まれつき体が弱いとお聞きしていたんですが、その、体調のほうは?」
「まぁ、あの人は誰にでも私の悪口を言って回っていたのね」
「え、いえ」
「そうして家のことを何もできない病弱な金食い虫とでも言っていたのでしょう」
「そんなことは…………」
話の振り方が悪かったのか、体調を気遣ったウィットに夫人はへそを曲げる。
その目からは猜疑心が窺え、最初の歓待からは一転していた。
ジウが我関せずで傍観を決め込むと、グラムは果敢に切り込んだ。
「初めまして俺は刑事のグラムです」
「あら、そうなの。ウィットさんとはどのようなお知り合い?」
「顔見知り程度です。でも今回プランツ邸に行くと言うので同行させてもらいました」
グラムは笑顔で警察であることを明かす。
そしてそのまま屈託なく行方不明者事件について調べたいことも伝えた。
「あ、もちろん遺品整理も手伝いますよ。お一人じゃ大変でしょう。困った方を助けるのも警察の仕事です。力には自信あるんで任せてください」
「まぁまぁ。お仕事熱心なのね。私も知った方たちが何か事件に巻き込まれたのではないかと心配しているの。どうかいなくなった方々を見つけてくださいな。頼りがいのある刑事さん」
正直なグラムに夫人は協力的だ。
笑顔の引き攣るウィットに気づいてジウは鼻で笑った。
「それで、何かお心当たりはありませんか?」
「警察の方が不明者と呼ぶのは我が家に訪れた六人でしょう? けれどその前から、夫がいた時から周辺で事故も起きていて、行方の知れなくなった方がいるんですよ」
「そう言えば不明者が六人以上いるかもしれないと同僚が。差し支えなければ事故でも事件でも知っているいなくなった人の情報を教えてくれませんか?」
完全にお株を奪われたウィットは、ジウに両手を広げて見せてグラムに話を任せる。
「近くに川とその周辺に広がる雑木林があるの。そこに悪い獣が住みついたみたいで帰らない方が出ているそうよ。そこにはちょっとした崖があって転落事故もあったの。落ちた方も獣に食われたのか遺体が見つかっていなくて」
「あー、旦那さんも事故でと聞きましたね。この辺りではそうしたことが多いんですか?」
堪らずウィットが聞くと、夫人は虚空を眺めて呟くように答えた。
「えぇ、もしかしたら獣に会って怪我をしたのかもしれませんね」
その後、夫人は俯くと、悲壮な雰囲気を醸し出した。
黙り込んでしまった夫人に、グラムがウィットを睨む。
小さく溜め息を吐いたジウは、全く別方向に話を変えた。
「私はジウという。地下に誰かいたみたいだが他にも人が?」
「えぇ、コックとメイドよ。お昼の支度をしてもらっているの」
「それはありがたい。車で来たが周辺にサブウェイはなさそうだった」
ジウの冗談に夫人は気を取り直す。
「そうそう、書斎。書斎は二階の奥にあるの。庭に面していないほうの部屋よ」
本題にウィットが挽回を目論んで前のめりになった。
「そう言えば六人目になってしまったあいつは、書斎の遺品整理をしただけなんですか?」
「えぇ、時間がかかって泊まっていらしたわ。でも部屋にも書斎の鍵はなかったの」
「もう持って帰って行方不明になってるんじゃないか?」
ジウが投げやりに言うと、グラムが事件解決に絡めようとする。
「だったらその行方不明の実業家を捜せば万事解決じゃないか」
「そんなわけあるか。屋敷の何処へ行ったとかはわからないのか?」
「ごめんなさい、お任せした後私は庭で植物の手入れをしていて。お部屋は何処でも行っていいと言っていたから。もちろん皆さんもお好きにどうぞ」
夫人の言葉にウィットが反応した。
「ドニーの仕事部屋にも?」
一度来たことのあるウィットは、応接間の右手奥を見る。
そちらには図書室があり、さらに図書室を抜けると亡夫が使っていた仕事部屋があるのだ。
「どうかしら? 探していただいても結構よ」
夫人の安請け合いにウィットが満足げに頷く。
その胡散臭さに気づいてグラムが低く囁いた。
「君、俺の目の前で犯罪に手を染めたらどうなるかわかってるよね?」
「…………しねぇよ」
「やるなら資産の盗み見くらいだろ。止めても書斎の鍵を捜すという大義名分を振りかざすつもりだろ。まぁ、やることが決まったならさっさと済ませよう」
ウィットの腹蔵を言い当てたジウは、最後の言葉だけをはっきりと声にする。
夫人はジウの積極性に満足したのか微笑んだ。
「どうぞ、お願いします。お昼が整いましたらお呼びしますね」
そう言って夫人は二階へと去った。
自室があるのだろう。
「さて、これの出番か?」
ジウは鍵開け道具を取り出す。
途端にウィットがジウを押さえ込んだ。
「早い、早い、早い! まずは仕事部屋を捜そう」
「おっさんどもは欲望に忠実すぎるだろ。まずは庭師が最後に行った庭園だ!」
グラムは自らを棚に上げて主張をした。
文句を言おうとしても一番力が強いのはグラムであり、ウィットとジウは片手を掴まれ引き摺られる。
「っていうか一回外出よう!」
グラムの切実な発言にウィットとジウも抵抗をやめた。
自ら歩き出したウィットは今までいた応接間を振り返る。
「あそこさ、サロン室なんだけど。前来た時にはピアノと芸術品飾ってある応接間だったんだぜ?」
「ピアノなかっただろ。大きな花瓶がドン、ドン、ドンだ」
ジウが眉間に皺を寄せて言う間に、大股で玄関扉を開けたグラムは胸いっぱいに息を吸った。
「ふぅ! 風があるだけましだね」
息詰まるほどの花の香りに満ちた屋敷はまさに花屋敷。
遅れて玄関から出たウィットとジウも人心地ついたように息を吐き出す。
「うん? あれはなんだろう。見に行こう!」
グラムは気を抜いたのもつかの間、外に出て一番に動く。
高い位置にある玄関から庭園を見て突き立つ人工物を木々の間に見つけた。
「おい、待て待て! お前絶対庭を踏み荒らすだろ!」
「全く、忙しない! こんなことで弁償だなんだと言われるのはごめんだぞ」
ウィットとジウは慌てて追うしかなかった。
毎週土曜日更新
*ダイス目抜粋
1)庭への印象
グラム:法律的知識55(57)失敗
ウィット:芸術的知識55(15)傾向はわかる
ジウ:歴史的知識50(88)失敗
2)プランツ夫人への印象
グラム:目星をつける70(80)失敗
ウィット:聞き耳を立てる75(93)失敗
ジウ:目星をつける75(54)成功→体が弱いことがわかる
3)プランツ夫人への対応
グラム:信用を得る50(25)成功
ウィット:信用を得る55(96)致命的失敗→地雷を踏む
ジウ:歴史的知識50(83)失敗




