怪我と日常
刀に取り込まれて化け物と戦った。
そんなことを言っても同じ経験をした者しか信じはしない。
シヅキ、ミタカ、フューはイツキと同じく真実には口を閉ざした。
イツキの紹介で同じ経験をした医師を受診し、治療のための通院には苦労しなかったミタカだが、職場ではそうもいかない。
「聞いたわよぉ。知り合いの旧家に行ったら大きな蛇が住みついていたんですって? 私のところの田舎でも、蛇に巻きつかれて子供が攫われかけたなんて話しあったのよ」
「奴らでかくなりおる上に力もそれなりにあるからなぁ。骨にひび入ったそうじゃないか。わしも昔こんな蛇に山で遭遇してなぁ」
「えぇ、そうなんですよ。暴れられて脇の辺りを打たれてしまいました。寝起きに難儀しています」
書架の整理などに支障をきたす部分に傷を負ったミタカは、怪我をしていないふりもできず言い訳を捻り出した。
図書館職員は半信半疑だったものの、老人たちは自らの蛇退治武勇伝と一緒に肯定してくれている。
そのため、少々長話につき合わされることはあるものの、怪我の治療のために早退することを職場は了承してくれた。
「だから、日本ヤバいって! すごい化け物出てよ!」
『はいはい、日本の技術力すごいねー。お前、こっちでも野生動物相手にリアルファイトしてたくせに、そっち行ってもヴァーチャルで戦闘にはまってるとか』
「違うって! 本当なんだっての!」
電話の相手に信じてもらえず、フューは不満げに眉を顰める。
『はいはい。俺忙しいからそれじゃね』
「おい、こら。なんだその対応。お前が連絡して来たんだろうが」
『だって、まさか海渡ってるなんて思わないじゃん。こっちにいるなら仕事手伝ってほしかったのにさぁ』
「俺呼び出そうとするなんて、それ仕事じゃなくて力任せの厄介ごとだろ」
『いやー、フュー睨み効くからなんかの役に立つかなって思って。ま、いないなら使えないし、じゃね』
「あ! おい!? 切りやがった。ったく」
一方的な友人に舌打ちをすると、スマホ画面に通知が来ている。
それは現実とは思えない苦難を共に乗り越えた友人からの呼び出しだった。
「…………あーあ、どうせならあんな時しか使えないかっこいい台詞言っとけば良かったぜ」
「よう。上がれよ」
「お邪魔します」
「オジャマシマス!」
ミタカとフューを自宅に招き入れたシヅキは、台所に顔だけを入れる。
「イツキ、上行ってるぞ」
「うん、お茶とお菓子持って行くね」
「おや、お手伝いしましょう。こちら、手土産です」
「わー、ありがとう」
ミタカとイツキが茶と菓子を持ってシヅキの部屋へと向かう。
先に座り込んでいたシヅキとフューは何げない会話をしていた。
「暑いのにこの怪我のせいで着る服選ばなきゃならなくて面倒ったらねぇぜ」
「どう見てもそれ、転んだ怪我だもんな」
シヅキが片腕を上げてぼやくのは、化け物に不意打ちを食らって負った傷だ。
恰好をつけたいシヅキは袖の長い服で怪我を隠す毎日を愚痴る。
「俺転んだって言ったんだけど、誰かに意地悪されたんじゃないかって学校のみんなに心配されたんだよね」
「お前の場合怪我が多すぎる上に包帯まで巻いてたからだろうが」
「あ、兄ちゃんも包帯巻く? 俺、病院で貰ったのまだ余ってるよ」
「いらねぇよ」
四人が腰を落ち着けると、視線はイツキに集まった。
この集まりを呼びかけたのがイツキだからだ。
「えっとね、あの宝刀はしかるべきところ? に送ることになりました」
「その然るべき所についてお聞きしても?」
ミタカの質問にイツキは思い出すようにしながら語った。
「俺とお医者であの宝刀がどんな物か調べてたんだ。それで、宝刀を伝えていた旧家は、戦争の時になくなったんだって。親戚が残った財産相続して、その人も死んだらまた親戚に、その親戚も死んだらまた別の親戚にって渡って行ったらしいよ」
「医者のほうから俺も説明受けたけどな、どうもその親戚の間じゃ呪いの刀って噂になってたらしくて、宝刀最初に持ってた家から血の繋がりもないような親戚に渡ってたらしい。で、そいつが最近の流行りに乗っかってネットオークションにかけやがったんだよ」
「うわ、マジかよ。持ち主だった作家ってもしかして、それで手に入れたのか?」
フューが先を予測すると、説明していたシヅキは確かに頷く。
「その親戚の方、呪いのことご存じなかったのでしょうか? いえ、そうして呪いの刀と呼ばれていたと知っていたから面白半分にネットに…………」
「うん。俺たちが問い合わせたら噂はあるけどって、本人信じてなかったんだ。でもお年寄りから絶対抜くなって言われてたから、鞘の札は取らなかったって」
「宝刀に紙の切れ端くっついてただろ? あれ黄ばんでよく見えないけど封印みたいなことが書かれてたらしいぜ」
シヅキの言葉でミタカとフューも思い当たる。
初めて宝刀を見た時に気づいたことだ。
三人が抜いた時には既に破れていた。
つまり、以前の持ち主である作家が破り取ったのだろう。
「それで、その親戚のほうに返すってことになるのか? またネットに上げるんじゃねぇだろうな」
「ううん。けどその人には死人が出たってことはお医者が怒って伝えたんだ。そしたら慌てて自分の知ってるお坊さんに相談したらしくて、そのお坊さんのほうから俺たちに連絡があったよ」
「そう言えば気になって調べたのですが、あの祠にあったベル。金剛鈴という仏具でしたね。術者は陰陽師ではなく、法師だったのでしょうか」
「そこまではわからねぇよ。けどなんか寺の古い記録で、宝刀扱いきれなくなったら寺に納めるって約束してたらしい。寺のほうは呪いの道具って思ってたみたいだな」
シヅキの後を次いでイツキが寺から聞いた宝刀の来歴と宝刀の中に残された情報を元に語った。
「途絶えちゃった旧家に、まず邪教の人がやってきて憑依者が生まれたらしいよ。それで旧家の人はずっと邪教を滅ぼそうと追っていたんだけど、憑依者を倒してはまた逃げられて新しい憑依者が出て来てって、終わりがなかったんだって」
「第二第三と言っていましたが、いたちごっこをしていたのですね」
「うん。それででっかい化け物なんかも現れて危ないから、色んな人と協力して宝刀作って封印するっていう方法に変えたんだって。それで邪教を持ち込んだ人も封じて数を減らしたら、残った邪教の人は海の向こうに逃げたらしいんだ」
「おいおい、まさか太平洋渡ってないだろうな? 俺は国に帰ってまであんなの相手にしたくねぇぞ」
「もう何百年か前のことだろ。寺の奴が言うには、戦国とかの古い記録辿った旧家の奴がそういう話持って来て、扱いきれなかったら頼むって約束を江戸の終わりにしてたんだと」
シヅキは何処か投げやりに言ってお茶を飲み干した。
「ともかく、宝刀はもう医者が寺のほうに持って行った。一応何があったかは説明したらしいぜ」
「信じてないみたいだけど、ちゃんと封印するし、二度と鞘から抜けないように漆で固めるって約束してもらったって」
シヅキとイツキの説明に、ミタカは胸を撫で下ろした。
その横で、フューは肩を竦める。
「結局、あの宝刀に閉じ込められた憑依者は、死にもせず化け物のままってことか」
「そうですね。和紙を書いた人は倒してあげるほうがいいと考えていたようでしたが」
「できるかよ。あんな妙な宝刀作れるような奴らが倒しきれなかったってのに」
「ねぇ、陰陽師ってどういうこと?」
途中から合流したイツキが遅い疑問を投げかけた。
面倒臭がったシヅキは、身振りだけでミタカに聞くよう示す。
説明を丸投げされたミタカは、茶室で思いついた四神相応について話した。
「けれどそう見えると言うだけで特に確証はないのですよ。実際、母屋が守られているようでもありませんでしたし」
「そう言えば、なんでキリンの絵でミタカはそのシジンソウオウってに気づいたんだよ?」
「わからないのは、どうやらフューくんだけではないようですね。ではまず、四神は四つの方角と色を表しています。北と黒の玄武、南と赤の朱雀、東と青の青龍、西と白の白虎。そしてもう一体、方角と色を表すのが、中央と黄色の麒麟なんです」
ミタカの中で麒麟と四神は同系統の存在であったため、連想できたのだ。
「ん? ってことは真ん中の母屋に何か黄色いもんがあったんじゃねぇか?」
「あったかそんなの? って言っても俺らあんまり母屋探してないな。行ってない部屋もあるし」
「兄ちゃん、俺見たよ。書斎の壁黄色かったんだ」
「おや、でしたら何か意味があったのでしょうね。その書斎という場所に私たちは足を踏み入れてませんから」
今となっては検証のしようもないことだ。
四人はそれ以上この謎を深追いしようとはしなかった。
「私のほうでもつてを頼って宝刀の処分をとある方に持ちかけたのですが、そういう曰く付きの物を生まれた土地から持ち出すとろくなことにならないと怒られました」
「なんか妙に本格的なこと言う奴だな。お前、どんな知り合いなんだよ」
シヅキの疑問にミタカは意味深に笑う。
「いえ、親の頃にお世話になった相手なのですがね。今はアメリカで曰く付きの物品を扱う古物商などを」
「やめろよ。俺の国に変な物持ち込ませようとするな、ミタカ!」
「けど海渡って邪教の人がアメリカ行ってるかもしれないんでしょ? 邪神っていうのが召喚されてるかも?」
イツキの悪意のない思いつきに、フューは項垂れる。
「そろそろ観光ビザ切れるから帰ろうと思ってたのに、帰りたくなくなってきた」
「お前観光ビザで来ておいてアルバイトしてたのかよ。それ不法就労とか言うやつじゃねぇのか?」
「まぁまぁ、シヅキくん。フューくんが遊びに日本に来ていることに間違いはないんですから」
「そう言えば、兄ちゃんたちってゲームで知り合ったんだよね? それ面白い? 俺にもできそう?」
イツキの明るい声に、ミタカとフューが表情を明るくする。
その様子にシヅキは一人知らぬ顔で眺めていた。
そこにあるのは弛緩した日常。
命の危険も、解かなければいけない謎もない安穏とした日々。
もはや見通すことのできない闇はその手を離れ過去にわだかまるだけ。
伝家の宝刀に封じられた非日常は、関わった者たちの心に爪痕を残しながらも、日常に上書きをされて行くことになる。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
*黄色い壁の書斎
机や押し入れ、火鉢のある部屋。
各所を個別に調べることができる。
部屋全体を調べることで、柱の横木に小判が置いてあることに気づく。
この小判には被害を逸らす魔法がかかっており、持っている者に与えられたダメージ分魔力を消費することで物理攻撃を無効にできる。
ただし、青い布を小川から引き揚げ、白い石の道から石を取り除き、赤い花を摘み、黒い小山を崩すと小判は黒ずみ効果を失くす。
*術者
時代時代で協力者がおり、陰陽師もいれば法師もおり、方士もいれば魔法使いもいた。




