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闇に足を取られた日常で  作者: うめー
伝家の宝刀
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最後の一手

 池のほうの縁側から見えた化け物の姿に、四人は祠のある縁側から座敷を抜け出した。

 気づいていないのか灰緑色の化け物は、手や足の面影のある部位を蠢かせて這い続けている。


「たぶん進んでる方向が前だな。ってことで後ろ行くぜ」

「おい、ミタカ。お前は俺たちの前に出るなよ」

「わかっていますよ。さすがに一番後ろで襲われることもないでしょうし、皆さんの雄姿を応援させていただきます」

「兄ちゃん、まず俺が行くよ。一撃入れたらミタカのほうに戻る」


 四人は頷き合うと化け物への奇襲を開始した。


 宣言どおりイツキが素早く化け物に近づき、手製の棍棒で化け物を殴りつける。

 鈍い化け物は動きを止めただけで振り返るようなことはしない。

 イツキのすぐ後に化け物の左を切り裂いたシヅキは、左手のほうに待機する。

 続くフューは右を狙い、ナイフで切り裂いた後は右へ。


 のろのろと方向転換を始めた化け物の様子を窺って、武器を手にした三人はアイコンタクトでまた攻撃を行った。


「くそ! 行けると思ったけど死なねぇか!」

「ごめん俺、すかしちゃった!」


 慌てたイツキが空ぶった後、シヅキはナイフを当てる。

 だがさらに続いたフューは、ちょうど動いていた化け物にナイフを避けられてしまう。


 そして狙いを定めた化け物が触手のような手を伸ばしたのは、ミタカへ向けてだった。

 しかし距離が足りずに伸ばした触手は地面を叩く。

 化け物はミタカへ向けて前進を始めた。


「なんで私なんですか!? おかしくないですか!?」


 距離を取っていたとはいえ、集中攻撃を受けているような被害者意識をミタカは覚える。

 いっそやられる前にと危険な考えがミタカの表情に浮かんだ。


「落ち着けミタカ! まだ届かねぇ!」


 ミタカから一番遠い立ち位置のフューが声を上げて無謀を諌める。

 その間にシヅキとイツキは走り出した。


「やるぞ! イツキ!」

「うん!」


 ミタカへ触手が届くよう移動する化け物を、イツキが棍棒で殴りつける。

 打ちどころが良かったのか、化け物は灰緑色の表皮を震わせて動きを止めた。


「今だよ、兄ちゃん!」

「くたばれ!」


 シヅキは最初につけた傷をなぞるようにナイフを走らせた。

 瞬間、化け物は黒っぽい血を噴き出して弛緩していく。


 力を失くした化け物の姿に、四人は同時に大きく息を吐き出した。


「本当に、どうして私ばかり狙うんですか? 私、何か化け物に狙われる理由ありました?」

「こいつらもしかした武器持ってるかどうかがわかる、とか?」

「いや、俺もシヅキも攻撃は受けてんだ。たまたまだろ」

「みんな大丈夫? 怪我ないよね?」


 心配するイツキに頷いたミタカは、ふと目を落とした化け物の表皮に貼りついている物を見つける。

 瞬間、顔が引きつった理由を、他の三人も視線の先を確かめて悟った。


「…………和紙、ですね」

「いちおう、がさがさの紙もくっついてるぞ」

「あとは帰るだけになって二つかよ」

「えーと、見ないでおく?」


 イツキの気遣いにミタカは笑みを見せて紙を二つ拾い上げる。


「もし他にも帰還条件があった場合が怖いですから、念のため見ておきましょう。戦いでは見せ場のなかった私ですが、和紙のほうの文章は翻訳できますから」

「ミタカすごいね。俺たちの時には宝刀の持ち主が作家で、一生懸命読んでたよ」

「じゃ、俺たちはこっち読んでおくか。お、カナ書きだ。上のほうは千切れてるみたいだ」

「なんだ短いな。『ハ、人間ニ似テイルガ頭蓋ノ形、目ノ間隔ナド顕著ナ違イアリ。学者曰ク、人ナラザル者ノ骨デアルヤウダ』。あれかよ…………」


 読んだシヅキが嫌な顔をすると、イツキも心当たりがあるのか眉を下げた。

 フューは一人和紙を翻訳するミタカに声をかける。


「わかったか? …………すごい顔してるぞ。そうとう悪い内容か?」

「そう、ですね…………。これは脱出には関係しないので、私の胸に留めておこうかと」

「あほか。今さらだろう。変な気使ってないでさっさと教えろ」

「兄ちゃんの言うとおりだよ。一人だけ苦しい思いしてほしくないよ」

「わー、気遣いに善し悪しがあるとは思いませんでした」


 失礼なミタカにシヅキは軽く蹴りを入れて先を促した。

 それでも迷ったミタカは、三人の視線に囲まれ重い口を開く。


「『狂っていると言わざるを得ない。あれは紛うことなき邪神だ。一族から出た愚かな邪教徒は、神を降ろすと言って醜い化け物へと姿を変えた。戦い勝利し、邪神の招来を阻んだものの、神の依代となった者は醜悪な姿のまま戻すすべはなかった。体毛は抜け落ち、肌は沼の藻に似た色となり、骨はどうやら溶けて消えたようだ。最早人らしく立つこともできない。このおぞましく変貌し這いずるしかない同朋を生かすことのほうが残酷であった』」


 ミタカが意訳を終えると、全員の視線はもう動かない灰緑色の化け物へと落とされた。

 体毛のない体、鮮やかさのない肌の色、骨の存在を感じさせない這いずる手足。


「「「「やっぱり…………」」」」


 誰もが思ったことだ。

 この化け物には人間の面影がある。


 いや、人間が化け物になったのだと、受け入れがたいが想像はついていた。


「だー! ここに来てそんな確信いらねぇんだよ!」

「だから私の胸の内に収めると言ったんですよ、シヅキくん」

「予想はしてたが、人間かー。これ人間って言っていいかわからねぇけど」

「あ、う…………お、俺たち人殺しになっちゃったの?」


 イツキの震える声に三人は揃って首を横に振った。


「馬鹿。こいつらが人間だって誰が信じるんだよ? だいたいこんな所に警察が来るか?」

「それにこの方々は大変昔の人間でしょう。本来なら墓の下にいるはずの方々です」

「シヅキもだがイツキもこう、考えすぎる割に考えねぇよな。なんでこいつら俺ら襲ったんだよ?」


 フューのわかりにくい言い回しに首を傾げたイツキは、襲われる理由を考える。


「俺たちが縄張りに入ったとか? …………あ、もしかして俺たちを食べるため?」


 顔色を失くすイツキだが、もう自らの罪に怯える色はなかった。

 同じ人間だと仮定するなら、人を食糧と見る相手と自らも同じであると言っているようなものだ。


 イツキが覚えた恐怖は、かつて人間であった者がその人間性を失い化け物になり果てるという現実に対してであった。


「そう言えば…………。ねぇ、憑依者って書かれた和紙、見たことある?」

「イツキくんも見ていたんですか? そうですね。きっとこの化け物が憑依者なのでしょう」

「第二第三の憑依者がってあったのは、これかぁ。いったいどれだけいるんだよ、邪教徒。素直に唯一神ゴッド信じておけよ」

「生贄とかなんとか書いてあったし、信仰の自由なんて話じゃねぇしな。逆にこれだけの数捕まえた和紙の奴らすげぇよ」


 シヅキは三人がかりで倒した憑依者を横目にそう言った。


 フューは思いついたように母屋を顧みる。


「ところでイツキ、四匹目倒したけど宝刀の側にいなくても大丈夫なんだよな?」

「あ、どうだろう? 倒すのには使わなかったけど、帰る前には持ってたんだよね」


 フューの確認にイツキは不安そうに答えた。

 曖昧さに溜め息を吐いたシヅキは歩き出す。


「だったらいつまでもここに突っ立ってる必要ねぇだろ。化け物来る前に座敷戻るぜ」

「そうですね。私たちが襲われないまでも共食いが始まるかもしれませんし」


 ミタカの嫌な想像に、四人は足早に座敷に戻ろうとした。

 瞬間、祠のベルが今までとは違う音を鳴らす。

 一振りずつだった音が、今は振り鳴らすような激しさで断続的な音になっていた。


「これだよ! これで俺たち体が!」


 イツキが言いかけたところで異変は起こる。

 まるで体を隔てるように光の膜が現われたのだ。


「おい、あれ見ろ! 宝刀だ!」


 フューが座敷のほうを差すと、屋根を越えて光る宝刀を浮かび上がる。

 まるでその宝刀に引っ張られるように四人の体も浮かび上がった。


「うわ!? なんだよこれ! お、落ちないよな!?」

「大丈夫だよ、兄ちゃん。俺も驚いたけど気づいたら戻ってたから」


 騒ぐシヅキにイツキが経験を語る。

 体勢を整えたフューは自ら足元を見て声を上げた。


「おい! 化け物が消えて行くぜ!」


 屋根より高く浮かび上がり続ける四人の眼下では、庭を徘徊する憑依者が順次影に溶けるように消えて行く。

 それはまるでベルが鳴って現れた時とは逆の現象だ。


 ミタカは視界の端を掠める物を視認して言った。


「あ、紙が! な、何か私たちから色々剥がれてるみたいですが?」


 ポケットに入れていたメモや和紙が、滑るように空中へ流れ出し庭へと帰って行く。

 返り血や土塊も細かな粒子となって庭へと舞い落ちて行った。


 紙の行く末を見つめていると、どれも風に翻弄されるように屋敷の至る所へ散る。

 そこに和紙やわら半紙の違いはなく、庭に落ちる物もあれば家屋の中へ滑り込む物もあった。


 それらを見守っていた四人はいつの間にか目の前が真っ白な光に包まれたことに気づく。

 そして気づくと同時にまるで夢から覚めたかのように、目の前に現実の光景が広がっていた。


「…………帰って来たのか?」

「ここ、お前の部屋だろシヅキ」

「あ、イツキくんもいますね」

「やった、やった! 無事に戻れた!」


 喜びシヅキに抱きつくイツキの声に自然と笑みが浮かぶ。

 生きて戻った。

 その喜びに今は目を向けていたい気分だ。


 四人は誰も、鞘に収まって箱の中に横たわる伝家の宝刀について口にしようとはしなかった。


明日で終わり




お助けキャラ


イツキは前攻略者、お助けキャラとして設定。

物語にすることに決めていたので、いきなり主要キャラを殺すことに抵抗があったための保険。

誰かが死ぬ攻撃を受けた際に乱入することに決めていた。

出番がない可能性も、イツキが庇って死ぬ可能性もあった。

メリットは一度だけ死を回避できること、必要な物品を持ち込んでくれること、生きていれば明確な脱出条件を提示してくれること。

デメリットは倒すべき化け物の数が増えること、以降湧く怪物の数が増えること、錯誤した情報を持っているので惑わされる可能性があること。


最初にキャラクターを決める際に作った中からお助けキャラをサイコロで決める。

→主人公属性だけどヘタレ

サブキャラに主人公属性がついた。


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