脱出要件
「俺たちも最初はどうして戻ったかわからなかった。けど、やっぱりお医者さんになるくらい頭良くて、もう一人が気づいたんだ」
イツキは自慢するように笑った。
「たぶんね、生きてる人間と同じ数の化け物を倒せば戻れるんだ。兄ちゃんたちは何匹倒したの?」
「さっきので三匹目だったな。ってことはお前が来たから四匹目が必要になってるのか」
「え!? ご、ごめん! 人数分倒した後に祠の鈴が鳴ったら帰れたはずなんだけど」
「おいおい、シヅキ。イツキが来なかったらミタカがどうなってたか考えろよ。お前絶対返り血浴びてたぞ」
「げ…………」
「そうですね。あなたが来てくれて助かりました、イツキくん。辛い思いをしたというのに私たちのためにこんな危険地帯にもう一度飛びこむ決断をしてくれてありがとうございます」
ミタカが改めて礼を言うと、イツキは唇を噛んで俯く。
「俺、俺…………何もできなくて、化け物怖くて倒してもいないんだ。あの子が死んだから、頭数減って、俺、帰れて…………」
イツキは無力さを語り目に涙を浮かべた。
けれど今度は流さず自分で拭う。
「今度こそ俺、戦うよ! 怪我が酷いなら身を守ることに専念して」
「おい、弟。兄貴としてお前に助言してやろう。ミタカはお前が思うほどいい奴じゃないからな。腹の内は真っ黒だからな。あと切れると自分から向かってくみたいだからミタカの進路上に入るな」
弟の涙に気を紛らわせようと悪態を吐くシヅキを、イツキは感心したように見た。
「兄ちゃんがそこまで悪口言えるってことは、信用してるんだね」
「なんだと、この!」
「痛、痛いよ、兄ちゃん!」
仲のいい兄弟喧嘩を眺めて、フューが片手に持っていた物を振る。
「よーし、気分転換はこれくらいでいいだろ。問題のブツのお出ましだ」
フューは倒した化け物についていたわら半紙を回収していた。
「あ、カナ書きのほうですか。確かに問題ですね。何なに? 『帰還者ト共ニ宝刀消ユ。望ミハ絶タレタ。最早死ヲ待ツノミダト言フノカ』えぇ?」
「つまり、これ書いた奴って、ここに取り残されて…………?」
「これ、俺も見たよ。台所で見つけた紙だ。持ってたはずなのに戻ったら消えてて。…………それと、この人たぶん…………井戸の中の人だと思う」
イツキの一言に三人は揃って身震いした。
ここに来て見た井戸は一つだけ。
台所に近い場所にあり、納屋から出る時に三人も横を通り過ぎたものだった。
知らなかったとは言え、死者の横を歩いて通っている。
その事実に三人は背筋にうすら寒い物を感じずにはいられなかった。
押し黙った中で、フューが意を決して聞く。
「…………残ってるのか、死体?」
「うん、って言っても見ちゃったのは死んだ女の子で、戦中の人みたいな恰好って言ってたから」
「なんでそいつの死体は残ってんだよ? その女の子は化け物に食われてんのに」
シヅキの言葉にイツキは顔色を失くし震え始めた。
死体を確認せず帰還したイツキは、残された死体がどうなるかを知らなかったのだ。
「イツキくん! 化け物の死体がどうやら化け物に食べられているようだと推察したことからの、ただの予想ですから!」
ミタカの気遣いに、イツキはぎこちなく頷き返す。
失言をしたシヅキはフューに小突かれていた。
「えーと、それで帰るためにこの宝刀で斬りつける必要ってあるのか? 俺らナイフで切ってはいたんだが」
「う、うん。ないと思うよ。俺たち宝刀の存在忘れちゃってて、屋敷の周り逃げ回ってたから。その間にこういう棍棒作って殴ったり蹴ったりして倒してたんだ」
「イツキ、お前らあの這ってる化け物以外も倒したんだろ? そう書いてあるメモ見つけたぞ」
「うん、蝙蝠の羽根生えた蟻みたいな奴。灰緑色のほうは四体倒したんだ。四体目を倒してる間に女の子は、死んじゃって。次に鈴が鳴った時、帰れてた」
「なるほど。ですが状況証拠だけで帰還条件を断定したとは思えないのですが?」
ミタカが水を向けると、イツキは悼むように目を閉じる。
「井戸の中の人、他にも書き残してて、たぶん残されてから三日くらい生きてた。その間にどうしていきなり他の人たちが消えたんだろうって考えを書き残してて。自分だけは化け物に止めを刺してない、でも人間を殺したから縛り上げていた人も帰ってる。なら、自分以外の命を犠牲にすれば帰れたんじゃないかって」
「けどお前は化け物倒してないのに帰れてる。だったら止めが絶対条件じゃねぇってことか」
「あとは倒した化け物の数と生き残りの数で考えて、倒した化け物の数が条件と」
シヅキとフューの推測にイツキは頷いた。
そして真剣な顔で帰還してから考えた条件を語る。
「たぶん、ここに宝刀がある間しか帰れない。それに、宝刀はずっとここにあるわけじゃない」
「確かに取り残された方を思えばそうですね。つまり時間制限があるんですね。私たちがここへ来てからは…………」
「三時間くらい経ってるよ。俺たちは六時間くらい居たんだ。それで、井戸の人が三日くらい生きてたとして、たぶん一日も経たずに宝刀は消えたんだろうって」
成人男性が飲まず食わずで生き続けたことを考えた上での推論だった。
「ところで、見つけた紙って俺と井戸の人のだけ?」
「いえ、和紙に書かれた物も見つけました。なんとも気の滅入る内容ですが」
「うん、それなら俺も見つけた。けど、ペンで書いたやつは?」
「そんなのなかったぞ。お前の下手な炭書きしか見てねぇ」
「ペンってことは、一緒に取り込まれた奴が何か書いてたのか?」
「うん、紙は書斎にいっぱいあったから。お医者の奴は俺と一緒に大事なこと自分のペンで書いてたんだ。それで、俺たち戻った時、持ってた紙がなくなってたんだよ。返り血も消えてて、ここの物は何も持ち帰れないんじゃないかって」
「その逆もまたしかりということでしょうか」
「イツキのメモが残ったのはここにあった炭で書いたからか?」
「うん、俺台所にあった炭使ってたんだ。その時持ってたの、木工用のカバンだったから鉛筆とか入れてなくて」
聞いてはみたものの、特に現状役立つ知識ではない。
「あ! おい、イツキ。戻った時何処にいたんだ?」
「何処って、宝刀が引き抜かれた場所に戻ったよ。俺たちはビルの裏手にある空き地あたり。宝刀持ってた二人は人目のないところで抜いてみようってそこに行って、俺は近道で通って、お医者も同じ。女の子は仕事の休憩で静かなところを探してって感じ」
「つまり、このぐちゃぐちゃの靴下で俺の部屋に戻るのか…………」
「シヅキくん、落ち着いてください。こちらの物は持ち帰れないということでしたし、返り血さえ残らないのなら、きっと靴下の裏も汚れない状態で戻れますよ」
「俺とかこのまま帰ったらヤバかったな! 化け物踏みつけちまったぜ!」
フューの笑顔を睨みながら、シヅキは何処か安心した様子だった。
「すごいな。兄ちゃんもっと怖がると思ってたのに、帰った後のこと心配できる余裕があるなんて。いざとなったら強いんだね」
「お、あ、当たり前だろ! 俺を誰だと思ってんだ!」
何かを言おうとするフューを、ミタカが袖を引いて止める。
静かに首を振るミタカは、シヅキの取り乱しようを語ることをやんわりと禁じた。
「イツキくん、他に気を付けるべきことはありますか?」
「えーと、あ! そろそろ移動しよう! じゃないと化け物が寄ってくるんだ!」
「おいおい、建物の中には入ってこないんじゃなかったのかよ!?」
「いや、それ東洋の魔法使いがやったかもって話だったろ。決定じゃねぇよ」
「あのね、えーと、一時間くらい? それくらいいたら入ってくるんだ」
イツキの言葉に三人は顔を見合わせた。
「たぶんそれくらいここにいたことありますよね? その、シヅキくんの、手当てのために」
邪教の異民族の人骨に取り乱したシヅキを落ち着けるため、時間をかけている。
けれど一時間経つ頃にフューが気づいて違う部屋に移動したくらいで慌てるイツキに違和感を覚えた。
「え、そうなの? 俺たち納屋に隠れたんだけど色々している内に化け物に入り口塞がれちゃったんだ。それに外に出たら必ず化け物がいたから、逃げ続けるしかないけど隠れることもできなくて」
「イツキ、ちょっと外見てみろ。出たら必ず化け物会うって、どれだけ目が悪いんだよ?」
フューに言われてイツキは素直に縁側から庭を見る。
「俺がいた時より化け物が少ない? え、なんでだろう? 十やそこらじゃない数がいたんだよ?」
「はて、違いとしては人数、それとイツキくんたちが倒した大きな別の化け物の存在でしょうか?」
「母屋じゃなかったから駄目だったとかじゃねぇのか? 四神相応とかで」
「えーと、母屋にもいたけどやっぱり化け物が縁側登ろうとしてたよ」
シヅキの推測も否定するイツキは困惑する。
「考えてもわからねぇことはしょうがねぇ。ミタカ、前にあのベルが鳴ったのいつかわかるか?」
「今日は仕事ではないので腕時計をしてこなかったんですよね。体感になりますが、一時間は経っていないでしょう。ですが、三十分は経っているかと」
「そう言えばさっき倒した化け物、ベルが鳴って現れた奴だったな」
言ったシヅキは手を打った。
「そうか、次のベルが鳴るまでにもう一匹倒しとかないとまた次のベルが鳴る場でここに居なきゃならねぇのか!」
「そういうことだ。どうやらイツキがいた時より化け物は少ないらしい。なら、このチャンスを逃す手はねぇぜ」
「一匹でうろついている化け物を見つけて、先ほどのように急襲ですね」
やる気を見せるミタカを、他の三人が呆れた目をして見つめた。
無言の圧力に、ミタカは大きな体で肩を縮める。
「わ、わかっています。今度はちゃんと身を守りますから」
「本当にやめろよ? イツキが助けたからっていきなり化け物に飛びつくとか、マジで」
「今回囮もなしだ。全員で後ろを取る。そしてミタカは俺たちの後ろを守るために一番離れてろ」
「えっと、みんな怪我してるのに何もしてないの、すごく落ち着かないと思うんだ。でも、せっかく無事なんだから、みんなで帰ろう? 俺、絶対守るから」
決意の目を向けるイツキに、ミタカは胸を両手で押さえた。
「なんでしょう、この特別感? まだ私バ美肉してないのにそんなことを言ってくれる方が現われるなんて。シヅキくん、何故か女運がいいなんてあなたわかってませんね!」
「うるせぇ、ネカマ! バビニクってなんだよ!? するとかしないとかの動詞なのか!?」
「ここで騒いで変に体力消耗するなよ。って言ってたら、声に気づいみたいにこっち来た化け物いるぞ」
フューの指摘に全員が腰を浮かせる。
そして身振り手振りで化け物の背後を取るための打ち合わせを行った。
毎週日曜月曜更新
前被害者の末路
作家と俳優が主導し行動。ベルが鳴る度に五体の化け物が現われるという不運に見舞われ、移動時は戦闘か逃亡の繰り返し。
池を覗く、小川から青い布を引き上げる、塀に登る、大型の別の化け物に遭遇する、異民族の頭蓋骨見つける、門を開けようとする、井戸を覗くと順調に罠にはまった。
異常事態にまず俳優が発狂し大声で叫び化け物を集める。
次に異常性欲に目覚めた作家がエンジニアを襲い、他の仲間に縛り上げられた。
錯乱した作家が逃げ出し、戦闘になったところへ化け物も乱入。
エンジニアは一人逃げ出し、死亡する。
六回目の戦闘を終え、四人は生還。
六時間ほどの脱出で、徘徊する化け物の数は二十八体になっていた。




