伝家の宝刀
日本の都市部に近い住宅地。
高い塀に小奇麗な家々。
瀟洒な高級住宅街に少々不釣り合いな二人組が歩いていた。
「この辺りのはずなんですが、一度電話をしてみましょうか?」
そう言ってポケットからスマホを取り出そうとするのは、威圧感を与えそうな高身長とは対照的に、人当たりのいい柔和な喋り口の成人男性。
「あ、今シヅキから返信来たぜ。家の前に出てくるってよ。あれじゃないか、ミタカ」
日本人にしては高身長なミタカよりいくらか身長の高い連れが青い瞳を一軒の家に向けた。
「フューくんは目がいいですね」
「鍛えてるからな!」
フューはアメリカ人で、金髪碧眼という目立つ容貌。
さらに人目を引く身長と野生動物に襲われたという顔の傷が、高級住宅街では浮いてさえ見えた。
「何を鍛えたら目が良くなるんだよ。そんなことできるなら世の中眼鏡の奴いなくなるだろ」
憎まれ口を叩くのは、ミタカとフューを出迎えたシヅキ。
二十歳を超えた若々しい容貌に明るめに染めた髪色が良く映え、整った顔立ちをしている。
「くそ、相変わらずお前らでかすぎだろ。何処かで頭でもぶつけて悶絶しろ」
挨拶代わりの憎まれ口を続けつつ、シヅキは年齢も国籍も違う友人二人を自宅へと招き入れた。
もちろん高級住宅街に一軒家を立てたのはシヅキの親であり、大学院生であるシヅキの身分は学生だ。
「お邪魔します。あ、こちら手土産です。お口に合えばいいのですが」
「…………これって開けて茶と一緒に出せばいいのか? それともこっちで用意した茶菓子出すのが正解なのか?」
「おや、相変わらず妙なところ真面目ですね。いい子には飴ちゃんをあげましょうか」
「子供扱いするな、ネカマ野郎!」
「どっちも食おうぜ!」
「お前は遠慮を覚えろ、アメリカン厨二!」
シヅキが突っ込みを入れると、ミタカとフューは悪のりをした。
他人の家の玄関でミタカは大きな体でシナを作り、フューは「ドドドドドド」と効果音つきそうなポーズを取る。
「やめろ! 弟帰ってくるかもしれねぇんだから!」
「おっとそれはご挨拶をせねば。今回の集まりの発端なのですし」
「いや、帰ってくるとまずい」
「おいおい、シヅキ。まさかお前…………」
「あいつの部屋からパクった物はすでに俺の部屋に置いてある。わかったら無駄話してねぇで一緒にキッチンから茶と茶菓子を運ぶ手伝いしやがれ」
「「はーい!」」
ノリが命のミタカとフューは、同じネットゲームで知り合い友人となった者同士だ。
そこにシヅキが女の子目的でゲームに参入し、ネカマをしていたミタカに引っかかり今の交友関係ができている。
「くそ、でかいやつ二人もいると狭いな」
「いやぁ、十分広いですよこのお部屋。私のワンルームマンション涙目ですね」
シヅキの部屋に入ってお茶を啜るミタカ。年齢の違いはひと回りもないのだが、口調や仕草がさらに年齢を上に見せる。
「…………お前本当、なんでそれでネカマできてるんだよ。ってかなんで小さくて年齢より若く見られるなんて設定にしたんだよ」
「案外、騙れるものですよ。『自分に合う靴がないのぉ』『デザイン気に入って買ったのに、既製品だと体に合わない~』とか」
「ひでぇ裏声だな」
「くっそ、なんでこんな奴に騙されたんだ俺は」
「修行が足りませんね」
「こいつお前とオフ会する時俺呼んだの、ヤリモクかどうか見極めるためだったんだぜ」
「いやぁ、そんな理由でオフ会に誘ったのに、着の身着のまま来日してしまうフューくんの身の軽さに私も驚きました」
フューの暴露にシヅキは下心があったからこそ恰好のつかない羞恥に頭を抱えた。
「ただシヅキくんは私がフューくんを呼ぶと言ってもオフ会を断らなかったので、すぐさま手を出してきたり、騙されたと暴力に訴えるような短絡な人間ではないと思っていましたよ」
「あーくそ! 初回は次の約束取りつけるくらいでがっつかないつもりだったんだよ! こんな大男出て来て何しろってんだ! ミタカの職場に行って、この司書性格が悪いってジジババに教えてやりてー!」
「俺行ったことあるけど、あそこのジジババに囲まれるとミタカもさすがに下手なこと言えずに困るんだぜ」
「あ、フューくん!?」
「へー、爺臭い喋りしてても本物には敵わないわけか」
弄られる側に回りそうな気配を察したミタカは、本題を振って逃げを打つ。
「ところで、いつまで勿体ぶるつもりですか? 私たち、伝家の宝刀を見せてもらいに来たのですが?」
「押しかけて来たの間違いだろ。ったく、下手なこと言うんじゃなかったぜ。お前らが妙に興味持つから、弟に色々聞いて嫌な顔されたんだぞ」
「なんだよ、シヅキ。弟と仲悪いのか?」
「…………別に。良くはないだけだよ」
短くフューに答えたシヅキは、クローゼットに隠していた箱を取り出した。
細長く重厚な木の箱には金具の他に組み紐で縛ってある。
表面の傷み具合が過ぎた年月を思わせ、ミタカとフューの期待を高めた。
「ほらよ。これが弟が何処からか手に入れた旧家のお宝だ」
シヅキが蓋を開けると、布に巻かれた一振りの小太刀が姿を現す。
「Wow! 本物の刀だ! すげー! 黒い! かっこいい!」
「これは小太刀ですね。握りは鮫皮ですか? 鍔の紋は、装飾目的の物ではなさそうですね」
「知らねえよ。弟もたまたま知り合いから貰ったもんで詳しくないとか言ってたからな」
興奮する友人二人を眺め、シヅキはふてくされたように横を向いてポケットに手を入れた。
その動きにフューが青い目を向ける。
「なんでナイフなんて持ってんだよ」
唐突な指摘にシヅキは驚きポケットの中に持っていた折り畳みナイフを落とした。
「本当に持ってましたね。フューくんどうしてわかったんですか?」
「音。それバネで刃を出すやつで、握ると軋むんだ」
「…………なんで知ってんだよ。別にお前らどうこうしようなんて思ってねぇけど」
「うわー、果物用以外のナイフって私初めて見ました。昔取った杵柄というやつですか、シヅキくん?」
「確かに、半グレしてた頃のやつだけど、そんなすごい物みたいな目で見るなよ」
「で? なんでそんなのポケットに持ってたんだよ?」
フューの確認に、シヅキは極まりが悪そうな顔をした。
「その刀、俺の部屋にあると思うと落ち着かなくて、なんか、これ握ってるとちょっと落ち着くから」
「わー、今では更生したシヅキくんも、フューくんのように患ってたんですね」
「中二病じゃねーよ! そう言われると思ったから言いたくなかったんだよ!」
「わかるぜ! 不安な時に手に馴染んだ得物持ってると落ち着くよな! 俺もいつも愛用のナイフ持ってんだ」
親指を立てて見せたフューは、上着で隠していたベルトの後ろから一本のナイフを抜き出してみせた。
「なんだその凶悪な刃物! 銃刀法違反だろ!? アメリカのバックパッカーはそんなもん常備してんのか!?」
「刃も握りも真っ黒な上に峰の部分ギザギザですね。もしかしていつもそれ潜ませてたんですか?」
「俺はサバイバルキャンプが主目的だから刃物は必須だぜ」
「その割には私と時差考えずにオンゲして、今じゃこの国で立派なアルバイターしてますけどね」
「いやー、ネカフェって居心地いいんだよな。あと日本人って頼み込めば意外と雇ってくれる」
緊張感のないミタカとフューを前に、シヅキはナイフを直して溜め息を吐いた。
「くそ、弟が妙に脅してくるから柄にもなく緊張しちまった。もういいからさっさと見てあいつが帰ってくる前に…………」
そうシヅキが言っていると、階段を軽快に上がって来る足音が聞こえる。
帰って来た。
三人は即座にその事実に思い至り焦る。
「せめて一目!」
「馬鹿! すぐに戻して!」
「もう遅いだろ! 抜け抜け!」
騒ぎ始めた気配に、廊下の人物も何かを察したのか動きを止めたようだった。
「あ? なんだこの紙? 鞘に張り付けてある」
「破れてるな。ま、なんでもいいから刃を見せてくれよ」
「あなたまずその手のナイフを直して、おや、文字が書いてありますね」
言い合いつつシヅキが伝家の宝刀を握って鞘に手をかける。
部屋の外では別の部屋の扉の開閉音が聞こえていた。
そしてほどなく、慌ただしい足音と扉を力の限り開ける音が響く。
「兄ちゃん! 俺の刀! あの宝刀知らない!?」
「まずい!」
シヅキは弟に気づかれたことを察して一思いに鞘から小太刀を引き抜いた。
「兄ちゃん! 抜いたら駄目だよ! あれは抜いたらトリコマァ、ァアアァアァアァ」
シヅキたちの耳には弟の声が間延びした太いただの音へと変化していく違和感を聞き取った。
同時に、自らの体も何処かへと引き摺られるような抗いがたい力を感じる。
見ていたはずの光景は歪み、渦を巻き、全てが混じり合った判然としない闇に変わった。
そして、突如として戻った体の感覚についていけず、三人は座った状態のまま床へと身を投げ出すことになってしまう。
「うわ!? なんだ? 今の変なの?」
フューはそう言いながらすぐさま体を起こした。
その隣でミタカは手に触れる畳の感触に瞠目している。
「あれ? 俺今、伝家の宝刀抜いたよな?」
そしてシヅキは何も握っていない自身の両手を見つめて混乱していた。
「…………二人とも、周り見て見ろ。ここは何処だ?」
「俺の部屋…………じゃねぇな。なんだこれ、和室?」
「日本家屋の座敷、でしょうね。シヅキくん、伝家の宝刀はそちらの床の間にあります」
ミタカが指差した先には、鞘に収まった宝刀が、誂えたような刀かけに鎮座しこの異常事態をただ静かに見据えているようだった。
毎週日曜更新(二話目は明日)
十二話予定
キャラクターの作り方
1)十人分の属性を書き出す。
例:「ナンパ野郎だけど良家」
「オタクだけど外面がいい」
「厨二だけど兄貴属性」
2)十面ダイス(1~10)を振って該当番号のキャラクターのバックグラウンドを作る。
例:「良家の生まれで逆にグレた」
「将来の夢はバ美肉おじさん」
「行動力のすごいプー太郎」
3)クトゥルフ神話TRPGにそって能力値を決めるサイコロを振る。
例:「筋力4」=寝たきりかも
「精神力8」=豆腐メンタル
「俊敏6」=鈍足不器用
4)気に入らない能力値を振り直す。(キャラ一人につき三回)
例:「筋力4→12」=ジム通い並み
「精神力8→13」=こんにゃくメンタル
「俊敏6→11」=俊敏で器用め
5)クトゥルフ神話TRPGにそって職業を決める。
例:「ストリートローグ(不良)」「司書」「放浪者」
6)クトゥルフ神話TRPGにそって決めた技能なども含めてさらにキャラクターの方向性関係性を決める。
7)名前を決めて終わり。